第23話 A.M.11:40 by 犬井
明木のおばあちゃんに挨拶をしてから、私たちはタクシーで駅まで行って、それからバスに乗って新山口駅に着いた。ここに来るのは昨日ぶりで駅の景色も覚えてるからか、なんだか少し馴染めた気がする。
で、今は新幹線が来るのを待ってる。昨日と今日で2回も新幹線に乗れるなんて思ってなかったなぁ。
それに、この後『徳山』ってところで降りて、乗り換えでまた新幹線に乗って広島に行くらしい。
それも合わせると、3回ってすごいなぁ。
「その……大丈夫?」
私はすごいワクワクして落ち着かないけど、雨がすごい降ってるからなのかな?
東萩のバス停でバスにまた置いて行かれたり、それともタクシーとその後に乗ったバスのせいか、百瀬くんは真っ青なすごい疲れた顔をしてる。
「……大丈夫」
ぜったい嘘だ。ひどい顔でトイレに行ってたし、それにちょっと長かったし。
それにいつもはスタスタ歩くのに、今は私の少し後ろを歩いてるし、息も吸って吐いてを頑張ってしてる感じだし。
「辛かったら言ってね? お水とか買ってくるからさ」
「いいよ、もう必要ないから」
そう言うけど、見るからに呼吸が浅くなっててすごい辛そうな顔をしてる。
「そっか……」
◆
広島に行くため、『徳山』ってところへ向けて新幹線に乗って5分くらい。
トコトコ、窓の外からそんな音がする。窓に雨があたってる音だ。新幹線が速すぎて雨のつぶはすぐに飛んじゃうけど、すごい量が降ってるのは分かる。
「今日ってさ、広島に行くんだよね?」
外の景色はドンヨリして、まるで夜みたいに暗くてなってる。
それにつられてるのか、百瀬くんも暗い顔をしてる。
「そう……だったんだけどなぁ」
スマホを見つめる百瀬くんはめんどくさそうにため息を吐いた。
気になって覗いてみると、徳山で乗る予定の新幹線が運転を見合わせてるって書いてある。
「わ、わぁ……」
「……」
広島、楽しみだったなぁ……けど、クヨクヨしてちゃダメだよね。心配かけちゃダメだし。
なにより、任せっきりじゃなくて私もなにか見つけなくちゃ。
何か広島以外で、百瀬くんと面白そうなところに行けないかな?
……そういえば、山口県のページって――
「百瀬くん、ガイドブック見せてくれない?」
「あ、あぁ……ちょっと待ってて」
百瀬くんは目を丸くしながら、棚の上のバッグから本を出してくれた。
確か山口県のページの左の方に――
「えっとね……あっ、あった!」
「どうした?」
『瓦そば』ってグルメがあるから、百瀬くんの行く理由にもなるよね。写真もすごく美味しそう。
観光地……は観光できるか分からないけど、とにかくある。渋い感じで『あきよしどう』に行こうとしてた百瀬くんも楽しめるかな。
「『岩国』ってとこ、行ってみない? 新幹線じゃなくても行けるみたいだからさ!」
◆
徳山駅で降りたあと、乗り換えで少し迷いながらホームについたら、すごい風で雨が屋根を通りぬけて降ってる。
そんなびしょびしょのホームに止まってた電車は一両だけで、すごく短いのがイモムシみたいでちょっとかわいい。
くすんだ夕焼けみたいな赤っぽいオレンジ色で雰囲気は温かいけど、中はヒンヤリして少し暗い。景色も雨がザァーッと降って暗いから、何だかしんみりした気分になる。
二人で棚の上に荷物を上げて、他に人がいない電車の中で向かい合わせの席に座ると、ドアがバシンとしまって動きだした。
「電車、乗れてよかったね」
「そうだな」
もしこれを逃したら100分待ちだったらしい。
駅の影が見えなくなると、窓に雨がタンタンと当たってちょっとうるさい。それに当たった雨は滝みたいに流れてて、くもり空のぼやっとした灰色一色で外がぜんぜん見えない。
ゴトン、ゴトンっと、東京の電車よりものんびりした音がする。それと、この天気のせいか空気はヒンヤリして、少しだけカビっぽいみたいな、古い感じの匂いがする。
でも、もし行っちゃってたら私たち、びしょ濡れだったんだろうなぁ。雨でカビっぽくなるのは私たちだったかもしれないと思うと、本当に間に合ってよかった。
百瀬くんも同じみたいで、首がダラッとなってグッタリしてる。
「……本当にすごい降ってるな」
「そうだよね。私、髪の毛が首に貼りついて気持ち悪い~」
「長いと大変だな」
「うん、もう切っちゃいたいくらいだよ~……ッ!?」
ぐっちょりと濡れた前髪をどけようとした時だった――
「プッ! アハハッ!」
しんみりした空気なのに、こんな不意打ちなんて卑怯だよ!
「……何」
「あはっ、は、か、髪が……」
笑っちゃいけないのかもしれないけど、我慢できずに大きな声が出ちゃった。
「百瀬くん、髪の毛がすごい立ってるっ! ピョコンって!」
サラサラだった髪が雨と風だけでこんなキレイに固まるなんて……
「あっ、頭のてっぺんが鬼の角みたいになってるのっ! そっ、それも……プッ!」
「……なんだよ」
電車の中だけど……他に人いないし、大丈夫かな?
百瀬くんはヤレヤレって表情で角を直すけど、それが余計に――
「みッ、右だけ!? 左の角もっ、わ、忘れないであげてッ! アハハ……ハッ、ハ、ハァっ……」
2本も立ってるんだからツボに入っちゃってしょうがない。小っちゃい鬼みたいだった。
「……」
百瀬くんは左の角も直すと、ムスッとして窓のほうを向いちゃった。
写真、撮っておけばよかったなぁ。かわいかったのに、もったいないことした。
◆
「その……ご、ごめんね?」
「……別に」
思いっきり目を逸らされてる。さすがにちょっと笑いすぎちゃったみたい。
まるまる一駅のあいだ、思い出し笑いが収まらなかったのはやりすぎだったなぁ。
◆
暗い緑の山と錆びた線路、一軒家……雨が少し落ち着いて、気がつけば外の景色も見えるようになってきた。
駅で止まってもホームには誰もいなくて、電車の中には運転手さんと私達だけ。
前で静かに座ってる百瀬くんはウトウトしてるみたいだけど、揺れで上手く寝れないみたい。
窓の外を見るふりをして、ガラスに映る百瀬くんの顔をこっそり見る。でも、目が合ったらどうしようって思って、すぐにまた外の景色に集中してるふりをする。
誰もいないからさっきみたく笑っちゃっても、誰にも迷惑がかからないのはいいんだけど……笑いすぎたせいでちょっと気まずくなって、どんどん話づらくなってのはなんだか辛い。
「ね、ねぇ、百瀬くん」
――でも、話さないまんまだともっと話づらくなる気がする。
百瀬くんは重たそうにまぶたを開けた。相変わらず疲れた目をしてる。
昨日のおにぎり……一緒に食べたら、また話せるかな?
「昨日のおばさんたちに貰ったおにぎり、いっしょに食べない? お腹すいちゃった」
電車の中で食べるのはマナー違反かもだけど……絶対こぼさないから神様が見てるなら許してほしい。
「……いい、腹が減ってない」
「えぇ~、一個でもダメ?」
「食欲がないんだよ」
突き放した言い方で、胸がチクッと痛む。百瀬くんは顔色が悪いまま、頭をうつらうつらさせてる。
「……そっか」
返事をする声が、自分でも分かるくらい小っちゃくなった。誰もいない電車はすごく静かで、すごく寂しい。
話しづらい雰囲気のまま電車が駅に止まる。このままじゃダメだと思って、私はササっと棚のバッグから貰ったきんちゃく袋を出す。
淡い水色の袋は、見てるとおばさん達の顔を思い出してフフッとなる。
膝の上で袋を広げると、アルミホイルで包まれた大きなおにぎりが3つ、コロンと顔を出す。
手のひらのアルミホイルのヒンヤリした感じは、暗い天気のせいか、なんだか不安になってくる。
ゆっくりむきながら、百瀬くんがどうしているかチラッと見る。
やっぱり……私には目もくれてない。顔が青くて、寒そうに少し震えてる。
こんなにグッタリした百瀬くんを見てると、ろおどのおばさん達が「また来てね」って手を振ってくれたのが、なんだかすごく昔のことみたいに思えてくる。
アルミホイルの中はピンク色の身が混ぜこまれた、きれいなシャケのおにぎりだった。
一口かじるとほんのりしょっぱくて、ちょっとだけ甘い。優しい味がする。
「ん……おいしい」
聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく――少しでも食べる気になってくれたらって。
けど、百瀬くんは聞いてないみたい。
……もし百瀬くんが元気になったら、「このおにぎり、すごく美味しいよ」って教えてあげよう。今食べるのは1個だけ、残りは百瀬くんと一緒に食べよう。
一緒に食べれないのは悲しいけど、そう決めてると少しだけ元気になれる気がして、私は電車が『岩国』に着くまでゆっくり、ゆっくり食べることにした。




