09話 大遠征
あの戦いの後、俺達は一度拠点に戻った。
倉庫の番人である奴との死闘を終えたばかりの体は、想像以上に疲弊していた。
おそらく、気力だけで建っているような状態だったのだろう。
拠点にたどり着いた瞬間、俺はカリウスとほとんど言葉を交わすこともなく、寝床へと倒れ込んでしまった。
まあ、カリウスはその後普通に家事をやっていたそうなのだが....................
俺は泥のように眠った。
夢を見た記憶すらない、ただ深く、暗い眠りであった。
そうして、目が覚めたときには、すでに丸一日が経過していた。
それからの二日間、俺は寝ていた一日を取り戻すべく、黙々と働いた。
廃墟で確保した食料を、何度も何度も往復して拠点に運び込む作業。
あれは単純な作業であったが、生存を左右するほどの重要な作業であった。
それにしても、懐かしい。
宇宙を統一したこの国の皇帝がこんなことをしていたなんて、自分でも信じられないくらいだ.............
缶詰の山が、拠点の一角を埋め尽くした時、俺達はようやく一息つくことができた。
「これで、しばらくは飢えに怯えずに済む」
だがそれは、同時に次の段階へ進む覚悟が整ったことを意味していた。
食料を運び終えた翌日、俺達は下水道を越えるための準備を始めていた。
「何を持っていくんだ?」
拠点の倉庫へ向かう途中、俺はカリウスにそう問いかけた。
カリウスは振り返り、いつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「それは見てからのおたのしみです!」
そう言うと、カリウスは倉庫の奥へと消えていく。
しばらくして戻ってきたカリウスの手には、見慣れない長い筒状の物体が握られていた。
黒光りの金属の塊。
あれは、どこか禍々しい雰囲気すら漂っていた。
「..................なんなんだ、これは?」
俺が思わず尋ねると、カリウスは誇らしげにこう答えた。
「これは火炎放射器と呼ばれている武器です。 効果は炎を吐き出すといった感じです!
これで、下水道の巨大ネズミを制圧するんですよ!!!!!!」
「火炎放射器」その名前を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
炎で閉所のものを焼き払う武器。
これのことは、前の世界で祖母から恐ろしいほどに聞かされている。
祖母は、子供の頃に故郷が戦場になった。
その戦いは、住民が洞窟にこもって抵抗するといったものだったらしい。
そんな洞窟を制圧するために投入されたもの、それが”火炎放射器”だ。
あの話を聞いたときは、「恐ろしい」と思ったのと、「二度とあんなものを使っては行けない」そう思った。
なので、あれを目の前に出されたときは、俺は喜ぶことができなかった。
それどころか、「持って行きたくない」とまで思っていた。
しかし、そんなものを持っていくような場所ということは、それだけ危険な場所だということだ。
弱肉強食、あの星はそれを体現したような星だった。
だからこそ、俺はあれを持っていかなければならなかったのである.....................
さらにカリウスは続けた。
「接近戦になるので、散弾銃、刀、手榴弾も持っていきます」
それは、完全なる戦闘用の装備だった。
だが、俺の頭には一つの疑問があった。
地図で見た限り、下水処理場までの距離はおよそ六十キロ。
あのときは今まで以上の大荷物になるので、その距離を徒歩など、現実的ではなかった。
「どうやって行くんだ?」
俺がそう尋ねると、カリウスは意味ありげに笑った。
「ついてきてください!」
そう言って、カリウスは歩き出す。
俺は黙って後を追った。
拠点の外へでて、裏手へと回り込む。
当時の俺は裏手に回り込んだ時点で、おそらく”車”だろうと思っていた。
しかし、カリウスの見せてきたものを見せられたら、俺は息を呑んでしまった。
そこにあったのは、食料庫の番人であった、あのロボットであった。
それが、沈黙したまま地面に鎮座している。
当然のように、俺は反射的に距離を取った。
「攻撃したりしないので、そんな警戒する必要ないですよ~!」
カリウスが、笑いながらそう言う。
しかし、笑えない。
「こんな奴、どうしたんだ................................!?」
聞き返した俺の声は、少しずつ上ずっていた。
「廃墟でたまたま見つけたんですよ! 試しに少しいじってみたら動いたので、安全だと判断して持ってきました!」
カリウスはさらっとそう言っていたが、それは、普通の人間がやる発想ではない。
「まさか...........................」
俺は、嫌な予感を覚えながら恐る恐る聞いた。
「これで下水道まで行くってことか.................................?」
すると、カリウスは満面の笑みでこう答えた。
「そういうことです!!!!!!!!」
当時の俺は、カリウスの楽観的な考え方を不安に思っていたが、それが妙に頼もしく見えたのも事実だった。
遠征の準備には、丸二日を要した。
武器、弾薬、食料、医療品など、必要と思われるものはすべて積み込んだ。
そして、翌日の夜明け前。
俺達は、まだ暗い寒空のもとで、未知なる大遠征に出発してようとしていた。
あの寒さは、今でも覚えている。
とにかく寒く、骨身に染みる寒さだった。
俺が肩を震わせていると、カリウスが家の中から厚手の服を持ってきた。
「ありがとう................ さすがだな、カリウス」
俺がそう言うと、カリウスは少しだけ笑った。
「このくらいは執事として当然ですよ............... それよりも、忘れ物はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ...............」
俺がそう答えると、カリウスはロボットの操縦席へと乗り込んだ。
俺も後を追う。
「それじゃあ、行きますよ!」
その瞬間、ロボットの下についているエンジンが、まるで呼吸を開始したかのように唸りを上げた。
轟音とともに、炎が吹き出す。
ロボットの巨体は、ゆっくりと浮き上がって行く。
それと同時進行で、俺の心臓も興奮で大きく跳ね上がっていた。
「発進します、しっかりと捕まっていてください!」
カリウスは、そう言うとレバーを倒す。
次の瞬間、空を飛ぶあの巨体はゆっくりと前進を始めた。
ついに遠征が始まったのだ...............................
次の日の夕刻、俺達は目的地へと到達した。
あのロボットは、遅かったものの、しっかりと俺達を目的地へと送り届けたのである。
ちなみに、「山をロボットで超えられないのか?」と思いたくなるかもしれないが、あの星は一定の高度を越えると、有毒なガスが発生しているので、山を越えることは出来ないのだ。
夜間行動は危険なので、その日は、俺達は野営を選んだ。
そして翌日、俺達は下水処理場の内部に足を踏み入れた。
下水道の内部は、まさしく下水道と言えるほどのものであった。
いたるところに取り付けられた無数のパイプや機械。
そして、腐敗した水の匂い。
中は不気味な程に静まり返っていた。
だが、その静まりは突然破られた。
何かが走る乾いた音。
次の瞬間には、巨大な影がパイプの陰から飛び出してきていた。
俺は、反射的にライフルを構えた。
あのときは、考えるより先に体が動いていた。
すぐさま引き金を引く。
そして、心の中で精密の魔法が発動するように、強く「当たれ!」と、念じた。
一瞬のうちに、鈍い衝撃音。
そして、獣の絶叫が空間に響き渡り、影が地面に転がり動かなくなった。
「流石です、グレース様!」
次は、カリウスの声が空間に響いた。
カリウスが指を指す先には、巨大なネズミの死骸が横たわっていた。
「これが、この下水道に生息している巨大ネズミです。 すばしっこいので、油断しないでください........」
「ああ...................わかった」
当時の俺は、すでにここが”敵地”ということを実感したものだ...................
下水処理場の中を、俺達はさらに進む。
やがて、地下の下水道に続く巨大なハッチにたどり着いた。
「それじゃあ.......................... 行くぞ!!!!!」
「はい!」
カリウスが火炎放射器を構える。
それを見た俺は、勢いよくハッチを開いた。
中は、不気味なほどの暗闇だった。
俺達は、慎重に一歩ずつ梯子を下る。
底に到達した瞬間、生き物が高速で動き回る不快な音が、闇の奥から耳に響いてきた。
俺達は、お互いにビビったのか、少し顔を見合わせる。
そして、何も言わずに前へ進んでいった。




