10話 下水道を越えて
歩き始めた俺たちは、警戒をしながら足を進めていく。
靴底と地面のコンクリートが接触するたびに下水道内に響いたあのシンプルな音は、当時の神経を集中して警戒をしていた俺にとって、本当に不気味な音だった。
あの時の俺達の役割は、俺が攻撃、カリウスが防御という感じだった。
下水道の匂いというものは、とんでもないものだ......................
とにかく臭い、そんなことを考えながら歩いているうちに、俺達は最初の扉へとたどり着いた。
あの下水道は、細かく区分けされている構造だ。
そうなってくると、一つ一つの区画を確認して制圧しながら進んでいかないといけない。
当然ながら、当時の俺は心の中で「めんどくさいな...........................」そんな感じのことを考えていた。
一方、そんな感じのことを思っていた俺とは対象的に、カリウスは扉を見つけるなり、扉に耳をくっつけて中に何がいるかを慎重に確認していた。
そして、静かに口を開く。
「音を聞いた感じだと、相当な数が溜まっていますね......................... 迅速に制圧しちゃいましょう.......」
そう言うと、カリウスは片手に防御の魔法を展開し、もう片方の手で扉のバルブを掴んだ。
俺も、それに続いて片手に手榴弾、片手に火炎放射器を構える。
ぶっちゃけ、当時の俺としてはビビって乗り気ではなかったが、ここまで来たからにはやるしかないと思い、扉の向こう側を制圧する準備をした......................
「OK、いつでもいいぞ」
それを聞いたカリウスは、ゆっくりとバルブを回す。
あのバルブを回していた時間は、緊張もあってか、当時の俺にはとてつもなく長い時間に感じられた。
「開けますよ」
カリウスがそう言って扉を僅かに開けた瞬間、俺は急いで手榴弾を投げ込み、叫んだ。
「急げ!」
カリウスが扉を閉めてから数秒後、扉の中から、とてつもない爆発音が辺り一面に響き渡った。
数秒たつと扉の裏から爆発音が聞こえてきた。
すぐさま、俺は火炎放射器を手に構える。
そしてカリウスが扉を開けたのを、確認した後に、火炎放射器の引き金を引いた。
次の瞬間、あの暗かった空間を照らすには十分すぎるほどの炎が、火炎放射器という名のドラゴンの口から、ブレスのように勢いよく放たれた。
しかし、中から聞こえて来る音はない。
俺は、なるべく燃料を節約する必要があったため、引き金から指を離した。
「ひとまず安全そうだな」
「そうらしいですね、ですがまだ安心はできませんよ...........」
そう言うと、カリウスは肩に掛けていた散弾銃を構えて扉の中に入っていく。
俺もそれに続いて中に入って行った。
扉の中は、まさに、地獄絵図と言って良いほどのものだった。
巨大ネズミの血や肉が焼け焦げて、部屋中に散らばっている。
巨大ネズミは人間ではない、だが、同じ生き物である。
あの時の俺は、自分のやったことの惨さに我に返り、しばらく言葉を失っていた。
すると、カリウスが俺の肩を叩きながら、口を開いた。
「こんなんで驚いていたら、下水道を突破するなんて絶対に無理ですよ。気を取り直してください、なんせ、この世界は弱肉強食なのですから............」
「弱肉強食」、カリウスの言ったそれは、この世界を一言でまとめるのにぴったりの物だ。
喰うか喰われる、この世界はそういう常識なのだ。
前の世界とは違う、だが、この世界に来てしまった以上は、俺はこの世界に合わせて行かなければならなかった。
その言葉を聞いた俺は、再び歩きだした。
五時間ほど歩いただろうか、俺たちはまだ下水道の中を歩いていた。
あの後、俺たちは何度かネズミと戦った。
何度か戦ってしまえば、段々と慣れてくる。
だが、流石に五時間も戦いながら下水道を歩いていくのは、本当に大変だった。
さすがに、俺が疲れてきていることを確認したカリウスが、休ませてくれた。
「あとどれくらいで、下水道を抜けられるんだ?」
休んでいる最中、俺はカリウスにそう質問した。
すると、カリウスはいつも通りの笑顔を絶やすことなく、笑いながらこう言った。
「あと一時間もすれば、多分抜けられると思いますよ!」
その声は、俺とは違って、まだかなりの元気を残しているような感じだった。
だが、そんな平和なやり取りは、長く続くようなものでではなかった。
その会話をした直後、下水道内になにか巨大な生物の声が、尋常じゃないくらい響き渡った。
あの叫び声を聞いていた当時の俺は、空間が裂けたのではないかと思ったほどに、ヤバい音だった。
だが、俺がその音にビビっている間に、カリウスは俺の手を掴んで、焦りながらこう言った。
「あれはミュータントの叫び声です!!!!!!この大きさだと絶対近くにいますよ!」
あの時のカリウスの顔は、今でもめったに見れない、とても動揺していた顔だった。
俺達は、ミュータントに遭遇する前に下水道を突破するために、休憩を終了して、全力で走り出した。
あの時の俺達の走っている速度は、空間を切り裂くぐらいに速かった気がする。
まあ、そんだけミュータントという存在にビビっていたということだ。
五分ほど走ると、扉が見えた。
「やりました! これで逃げ切れますよ!!!!」
カリウスが、表情を一気に明るくしながらそう言った。
「よし、急ごう!!!!!!!」
この時の俺達は、「もう大丈夫だ!」そんな感じの甘いことを考えながら走っていたと思う。
だが、現実は全然甘いものではなかった。
扉まで、約十五メートルほど。
それくらいの距離に達した時に、一瞬にして、何かが落ちてくるのが、俺達の視界に入った。
そしてそれは、大きな物が落ちた時の、あの鈍い衝撃音と共に、勢いよく地面に落下した。
その光景を見た瞬間、一気にカリウスの表情がこわばる。
そして、カリウスは小さくこう呟いた。
「まじか......................................」
天井から落ちてきたもの、それは、ミュータントであった。
体長約七メートル、それは、ドロドロとした液体に包まれた、タコのような生命体であった。
それを見た瞬間、俺の体の中で警鐘が鳴らされる。
そりゃそうだ、目の前に現れたのは、見たことのない異形の化け物だったのだから....................
だが、そんなビビっている俺に対し、落ち着きを取り戻したカリウスが口を開いた。
「あれがミュータントです、今回は遭遇したくないと思っていましたが、無理なようですね................」
そう言うと、カリウスは腰に差している刀を抜き、こう言った。
「三年前とは違うってことを、奴に思い知らせてやりましょう!」
あの時のカリウスの姿は、俺にとって、”勇者”と言えるものだった。
そんな物を見てしまえば、俺は、自然とやる気が湧き出てきてしまうような人間だ。
「ああ!」
俺も、カリウスに続くように刀を静かに抜いた。
戦いの先手は、俺たちが切った。
全力のダッシュで俺達は、やつに肉薄する。
それに対してミュータントは、カリウスめがけて、足を伸ばしてきた。
当然、そんなことに動じないカリウスは、冷静に防御の魔法で、ミュータントの足を防ぐ。
その瞬間、ミュータントに大きな隙が生まれた。
俺は、その隙を見逃すことなく、ミュータントの体に刀を思い切り切りつけた。
するとその瞬間、ミュータントからの絶叫が、空間全体を震わした。
近くで聞いたあの声は、まじで鼓膜が破れるかと思ったものだ..............................
俺は、あまりのうるささに思わず両手で、耳を塞いでしまった。
すると、今度はこちら側に大きな隙が生まれる。
目の前のそのような隙を、奴が見過ごすはずもなく、奴は俺を串刺しにしようと、触手をものすごいスピードで伸ばしてきた。
「これは刺さる!」と、俺は直感でそう感じだ。
しかし、奴の足が俺に突き刺さる瞬間に、距離を積めてきていたカリウスが奴の足を二本まとめて叩き切った。
再び、奴から絶叫が放たれる。
だが、今度はそんなのに驚くことはなかった。
俺は、再び生まれた絶好の隙を見逃すことなく、「この一撃で仕留める!」、そう息巻いて、奴の胴体に刀を強く叩きつけた。
するとどうだろう、奴が大きくよろめく。
そして、そんな隙を見逃すことなく、カリウスが奴の顔を両断した。
「やったか!」
俺は、頭を半分失って、胴体を大きく切られている奴の状態を見て、反撃を気にしつつ距離を取り、そう言っていた。
普通の世界じゃ、これで俺たちの勝利だろう。
だが、この世界は異世界である。
突然、奴の触手がすごい速さで伸び、瞬く間に奴の上半身を覆ってしまった。
それを見たカリウスは、冷静に言葉を発する。
「ここからが本番です..........さて、どうやって倒しますか...........」
カリウスは事前に、「奴は第二形態になると、触手で体全体を覆ってしまい、攻撃が通らなくなる」、そう聞かされていた。
あの時、俺たちの目の前にいたのは、まさにそれだった。
奴は、触手で体全体を覆い終わると、俺たちに向かって距離を詰めてきた。
幸いにも、奴の移動するスピードは遅いままで、先程と変わらない。
俺は試しに、奴の触手を切りつけてみた。
しかし、結果はカリウスの言う通りで、全く効いている気がしない。
俺は、再び距離をとった。
「どうするんだよこれ?!」、奴に攻撃が通らないことを見て、そんなことを心の中で考えていると、奴の触手が勢いよく俺に向かってきた。
しかし、ギリギリのところでカリウスが防御魔法を展開してくれたので、なんとか助かった。
たが、状況は絶望的だ。
再び、奴の触手が俺たちめがけて突っ込んでくる。
そのとき、なにか考え付いたらしいカリウスが、大声でこう言った。
「火炎放射器です!火炎放射器を奴に放ってください!!!」
俺は、それにすかさず反応する。
「わかった!」
俺は、火炎放射器をしっかりと構え、引き金を引いた。
次の瞬間、大量の炎が奴に向かって放たれ、奴は炎に包まれた。
するとどうだろう、なんと、奴は炎に包まれた途端に絶叫を上げて暴れたのだ。
俺は、これを逃さずに、さらに炎を浴びせる。
少しして炎が消えると、奴を覆っていた触手の盾はなくなっていた。
絶好のチャンスだ。
ただ、奴の触手は再生するという特徴がある。
現に、奴の触手は少しずつ再生してきていた。
この機を逃すはずがない俺たちは、左右から一気に距離を詰める、そしてカリウスは首を、俺は胴体を全力で叩き切った。
上半身をズタボロにされた奴は、ついに動かなくなった。
それを見届けた俺は、半端ない達成感と共に、一気に体から力が抜けていくのを感じた。
そりゃそうだ、なんせ、五時間も歩き続けたの後に、あんな強敵と戦ったのだから.........
カリウスの方も俺と同じようだった。
まあとにかく、俺たちはさらに脱出の歩みを進めたのだった。
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