70話 鬼が20万人の鬼ごっこ
東暦7029年7月7日
第四軍がジュリョン軍港への第二次総攻撃を行おうとしていた準備をしていたこの日、ジュリョンから約三千キロ離れたヴァルキリア軍第一軍の司令部では、第一軍、第二軍、第三軍の司令官と幕僚たちが、来たるべき敵との戦いに備えて会議を行っていた。
「さて、どうするんだ? 最高司令官殿?」
友人を少しからかうように会議を始めたのは、第二軍の司令官であるビューロ中将である。
それに対し、陸軍の総司令官であるガーランドは、一度腕を組んだかと思うと口を開いた。
「俺達の三軍が持っている戦力は、全部で二十万。対して、ヨリョウに集結しようとしている敵は二十五万だ............. 」
ガーランドは冷静な表情で、すでにこの場にいる全員に伝わっている情報をもう一度復唱する。
「戦力比は四:五、ぎりぎり勝てそうだが、どうする? 正面から戦うか?」
ビューロのいつも最初にでてくる脳筋な考えがこのときもいつもと同じように出てきた。
ビューロは、力=全て、みたいな脳筋な戦い方を好む将軍であり、いつも会議を始めるときにはこのような意見を出して場を和めてくれるものだ。
それに対して、これもまた恒例行事みたいに反論を述べるのが、第三軍の司令官であるクルーゲである。
こちらは、知性の塊みたいな感じの将軍であり、ビューロとは真反対の将軍である。
「将兵の犠牲を考えろ、流石にこんな比率じゃ危なくて勝負を仕掛けられん。 で、どうするんだガーランド?」
いつも通りに反論をかますと、クルーゲはビューロと全く同じ質問を再びガーランドに問いかける。
「各個撃破しかあるまい!」
それに対して回答者は、いつも通りの自信満々な声で、ヴァルキリア軍の基本的な戦略ドクトリンを述べた。
今一度おさらいしておくが、ヴァルキリア軍の戦略ドクトリンは、「陽動による戦力分散の後に、分散した敵の各個撃破」である。
ヴァルキリア軍の戦略は、これを全ての根底に置いているのだ。
「となると、撃破するのはいまヨリョウに集結しようとしている三つの軍のどれだ?」
それを聞いたクルーゲは、矢継ぎ早にそのような質問を行う。
「俺達の狙うのは、いまヨリョウに向かっている中で、一番数の多い七万五千の敵だ。」
当時、敵は四つの軍に分かれてヨリョウ周辺に展開していた。
全部を合わせて二十五万だが、その中でも十万は重要な補給拠点であるヨリョウの防衛に、残りは、七万五千、三万、四万五千という形に分かれていた。
その中でも、七万五千の敵軍は、一番離れており、他の軍から援軍が来るにはかなりの時間を要する予測だった。
「いきなり欲張りに敵の主力を叩き潰すってわけか! 大軍同士の正面からのぶつかり合い、面白いじゃねえか!!!!」
それを聞いたビューロは、まるで獲物を目の前に控えた獣のように目を輝かせた。
それに対し、クルーゲは疑問点を投げかける。
「しかしワーグナー、こちらがいくら数が上回っているとはいえ、七万五千の大軍が死に物狂いで抵抗してきたら、こちらも大損害を負いかねんぞ........... それに、そんなことをやったらグレース様の心にさらに負担をかけかねん.............」
クルーゲは、軍人でありながらも優しい人間だ。
一見すると、合理主義者かと思うが、実際は他人のことを第一に思ういいやつだ。
このときも、いつものように俺のことを気にかけてくれたのだ。
それを聞いたガーランドは、やはり、いつもの自信満々な表情を崩すことなく、今回の作戦の詳細を説明しだした。
「正面からはやらないよ、なんせ、そんなことをやったら今後の戦いができなくなる。 なので、戦わずして奴らを降伏に追い込むぞ!」
それを聞いた会議の場にいた者は、みな自分の耳を疑ったそうだ。
この場にいた第二軍の参謀は、後にこのときのことをこう言っている。
「最初聞いたときは、自分の耳を疑いました............ なんせ、あの時の世界の戦争の常識は、正面から叩き潰すことでしたから............. しかし、ガーランド将軍は、これをただの一つの面での戦いとは思わず、複数の面でつなげる、いわば、”戦役”として認識していたんだと思います。」
「戦わずして勝つだと.............?」
それを聞いて最初に声を上げたのは、特徴的な茶色の目を丸くしたクルーゲである。
「そりゃあ、おめでたいことだが.............. どうやってそんなことをやるんだ?」
これに対し、グライムが放った言葉は、このようなものだった。
「こちらの持っている航空優勢を活かして機動戦を行い、包囲して敵の補給線を絶ち、降伏に持ち込むのだ」
これは、後に分かるこの世界の”生命の生まれたとある星”で、はるか昔に行われた”とある戦役”をそのまま再現しようとした作戦であった。
東暦7029年7月14日
ちょうどジュリョン軍港への第二次総攻撃が行われていたこの日、二十万の鬼と化したヴァルキリア軍は、一斉に三つの奔流となって動き出した。
まずは作戦通りに、敵軍通っている街道の正面に第二軍を展開する。
そして、その隙に第一軍と第三軍が敵を両翼から展開し、包囲網を築き上げていく。
一見すると、こちら方が戦力分散で各個撃破されそうな作戦だが、敵よりも遥かに戦力が勝っているのと、敵への援軍が見込めないという二つの有利な条件があるからこそ、実行できた作戦だった。
航空優勢かつ戦力はこちらが多い、この条件は、我軍が包囲網を完成させるのに十分すぎる条件だった。
わずか三日でヴァルキリア軍は、主要な街道、川をまたぐ橋を次々と占領していき、7月17日には完全なる包囲網が完成された。
唯一の懸念点である、敵が逃げ出す懸念点も圧倒的な機動力によって見事に粉砕された。
また、「敵の魔装兵は?」と思う者もいるかもしれないが、空を飛べぬ魔装兵はこちらの航空機によって撃破されていくしか無かった。
結局のところ、いくら魔装兵が強くても、近代的な兵器の前には刃が立たないのだ。
なので、宇宙では艦隊による戦いしか行われないのである。
まあ、宇宙ではそもそも魔法が使えないのだが...............................
7月20日、この状況を見た敵司令官は降伏した、七万五千の兵と、四千両に及ぶ戦闘車両、五千門の野砲と共に。
このような戦いかたは、これからのヴァルキリア軍にとって、形を変えて何回も使われる事となる。
それは、ヴァルキリアが帝国となり、宇宙空間で何百万隻の艦艇を使うこととなっても。




