71話 地獄の訓練
東暦7029年7月20日
その日、ジュリョン軍港を取り囲んでいる第四軍司令部のもとに、ガーランドからの緊急電が電撃のように届けられた。
最初にそれを見たのは、司令部にいたケンプフ少尉である。
彼は、一度報告書を見てとんでもない顔になったそうだが、司令部の人間らしい落ち着き払った表情にしようとした後、作戦会議を開いていたギノーとハルトマンの元へと駆けつけた。
熱気による男たちの汗の匂いの会議室を開いた彼は、会議室に入るなり結局、もとのとんでもない顔に戻ってしまった。
「閣下、これを見てください!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それを聞いた会議室の人間全員の視線が、彼の元へと向けられる。
最初に口を開いたのは、いつも通りの温和な表情のギノーだ。
「そんなに慌ててどうしたんだ? すごい顔だぞ?」
それを言われた彼は、自分の顔の状況を思い出し、少し赤面するも、少し荒い息が混ざった声で報告を始めた。
「ガーランド将軍からの報告によりますと、我軍は敵七万五千を捕虜としたそうです!!!!!!」
その報告に、会議室全体からざわめきが起こる。
しかし、最高司令官の老将は、そんな報告では喜ばずに警戒をしている。
彼は、七万五千の軍を捕虜にしたのなら、当然こちらも大損害ということを考えていたからである。
次に口を開いたのは、ギノーの心の中を代弁するかのようなハルトマンだ。
「こちらの損害は?」
二人の将軍の冷静な声に、彼はこのときのことを後に「少しビビった」と言っている。
「ゼロであります!!!!!!!!!!!!」
その瞬間、二人は少尉と同じような顔に変貌したそうだ。
後に、ケンプフ少尉はこんなことを言っている。
「あれは面白かったです!! 普段から熱血とは無縁なあのお二人があんな顔になるとは思ってもいませんでした!」
彼からしたら、なんとも面白い顔だったのだろう。
私も見てみたかったが、まあ、あのときはいろいろとな.................................
報告書をもう一度確認した二人は、ようやくガーランド達のやり遂げたことを理解したのか、顔を元に戻して、冷静に会話を始めた。
「まさか、こんなことをやってのけるとは................... 若い力というものは、恐ろしいものじゃ......... 奇想天外なことをやってのける................」
ギノーがそのようなことを口に出した時、彼の顔には微小が浮かべらおり、言葉とは裏腹に恐れなどはまったくなかった。
「我々も負けていられませんね.................」
ハルトマンは、共にグライムの元で戦ってきた戦友に対して羨ましさを浮かべたような口調だったそうだ。
そして、ハルトマンのその言葉を聞いたギノーは、表情をいかにも歴戦の武人らしい表情へと変貌させる。
そして、大きく息を吸い込んだかと思うと............
「諸君、我々はあのドルツィオ帝国軍に対しても互角、いや、それ以上に戦えるのだ!!!!!!! あんな要塞など恐れることはない!!! ドルツィオに祖国を滅ぼされた後、さまようしか無かった我らを迎え入れてくれた、グレース様に、今こそ恩を返すときだ!!!!! 何としても、我ら第四軍のちからでジュリョン軍港を攻略するぞ!!!!!!!!!!!」
老人から発せられたとは思えないほどの大声が、会議室全体を満たす。
そして、それが反射する前に、会議室でギノーの声を聞いていた者たちの声の嵐が帰ってきた。
「やってやるぞ!!!!!!!!!!」
「今こそグレース様への恩を返すときだ!!!!!」
こうして、二度の要塞攻略に失敗したことで、軍全体を覆っていたモヤは取り除かれたのであった。
しかし、そのような中でも、意気消沈している者が一人だけいた。
「そういえばギノー将軍、グレース様は?」
ハルトマンがそう何気なくそう聞くと、ギノーは少しなんというかがっかりしたような顔になった。
「いつもの場所です.................」
それを聞いたハルトマンも、ご自慢の赤毛の色が僅かに薄くなるように、俺を憐れむように声を沈めた。
「今日も生きて帰ってこれますかね..................」
その頃、俺は二人の憂い通り、ガスターに殺されかけていた。
「どうしたグレース、そんなんじゃ奴らに勝てねえぞ!!!!!!!!!」
当時の俺からしたら、悪魔の声のようなガスターの大声がいつも通り辺り一面に広がった。
ジュリョン軍港への第二次総攻撃の二日後、目を覚ました俺を迎えたのは、ハルトマンの心配、そして、本人は無自覚の殺意を秘めた笑顔を浮かべているガスターだった。
そして、俺はその日の内にガスターに連れて行かれた。
ガスターから言われたことは一つ、「次の総攻撃までに、奴をぶち殺せる力をつけさせる!!!!!」ただ、それだけだった。
そこからは、ただただ地獄だった。
普段のようなガスターではなく、ただ一つのことをできるようにするために鬼のようにトレーニングを行わせる。
その、「ただ一つのこと」というのは、「魔法を考えずに即時に発動できるようにする」というものだ。
どうやら、ガスターが言うにはバクサックのような熟練の者は皆、何も考えずに感で魔法を発動しているそうなのだ。
まあ今思えば、当時、感覚で魔法を発動するのは、おそらくガスターともう一人だけだと思うが.........................
そんなこんなで、ガスターが俺に行わせたトレーニングは、俺の意識が朦朧とするまで俺をボコり、そのご意識が朦朧としている中で、俺に魔法を発動させるというなんともトチ狂ったトレーニングだ。
「走れグレース!!!! さもなきゃ俺に叩き斬られると思え!!!!!!!!!!!!」
こんなことを言うガスターから逃げ切る毎日、俺はある日、あまりにもつらすぎてガスターにこう言った。
「そんなにあいつを殺したいんだったら、お前が直接殺せばいいだろ!!!!!! お前の方がよっぽど強いんだし!!!!!!!!!!!!」
だが、感情を暴走させる俺に対し、ガスターはなんというか少し申し訳なさそうな表情になってこう言った。
「グレース、お前と初めて会った時、俺は封印されていたな.....................」
「それが今なんの関係があると言うんだ!!!!!!!!!!!」
それに対しガスターは、当時はあまり深く思わなかったが、今思い返してみれば、とんでもないことを言いやがった。
「封印されていたってことは、俺を”封印したやつ”がいる................. 俺は、そいつにバレないようにしないと行けねえ、だから魔法を堂々と使えないんだ............. 本当にすまない...........」
当時の俺は、ガスターが謝るというこの二年で初めて見る異常な光景にビビっていた気がする。
「わかった、お前を信じよう............. しかし、一つ聞いておきたいことがある」
「なんだ?」
それを聞いた俺は、遠慮なく溜まっていた疑問をガスターにぶつけた。
「出会ったばかりの時に、お前は自分のことを大魔族と言っていたな........... 半年前にミストルが報告したドルツィオ帝国軍の参謀が話していた内容に、大魔族という単語が入っていたが、それは何なんだ? それに、その話では俺の魔法が疑われていた、なんかお前と関係があるのか?」
それを聞いたガスターの表情が驚いたように固まる、実はその話は俺と諜報部の人間しか知らない機密情報にしていたのだ。
しばらくの沈黙が二人の空間を支配する。
だが、やがてガスターは観念したように、話を始めた。
「この世界に魔族って種族がいるのは分かっているな?」
「ああ」
それを確認したガスターは、自分のことを説明する。
「俺は、この世界に初めて誕生した魔族だ....................... いや、正確には俺と同じタイミングでもう二体いるんだがな.....................」
この世界には、魔族という種族が存在する。
見た目は人間だったり、魔物だったりと多種多様で、とにかく魔法を使うのに長けた種族だ。
おそらく、科学のなかった時代だったら、この世界のトップに君臨していた種族だろう。
それの初めてということに、俺は最初、あまり信じる気にはなれなかった。
「まあ、大魔族っていうのはそんだけの話だ................... 次にお前の魔法との関連だが、これは、もしかしたら関連があるかもしれない................... いや、お前とカリウスの魔法にだな.............」
ガスターは、冷静に話を続ける。
その中に出てきた単語の、「カリウス」に少し疑問を感じたが、俺は話を冷静に聞こうとする。
「この世界には、”原初の魔法”というのがある.............. お前とカリウスの魔法は、それと少しだが似ているんだ.............. 」
「原初の魔法」この単語が初めて俺の前に出現したタイミングで、俺がその単語のことをもっと質問していたら、もう少し未来は変わっていたかもしれない...................
しかし、当初の俺は、ガスターの話をよくわからないままにしてしまった。
「だが、あくまで似ているってだけだ......................」
ガスターのこの言葉を最後に、この話は終わった。
しかし、俺がこの会話の内容を軽視した結果は、わずか一年ほど後に俺に返ってくることとなる。
それは、友を失う代わりに、この戦争をこえる大戦争という形で.................




