63話 第一次アルディア星域会戦
東暦7029年6月3日
戦争開始から一日が経過したこの日、全力で前線に急行していた俺の率いる艦隊に、驚愕の報告が届けられた。
「敵艦隊が撤退しただと?」
「はっ、敵艦隊は国境沿いのルーンハイム王国の要塞をことごとく破壊した後、トウキョク星域の方へ撤退していったそうです」
グライムがいつも通りの冷静な声で報告をする。
「なんのためだ?」
当然、そんな怪しい報告を、俺は疑った。
「惑星シューマンへの我が軍の降下が成功した今、我が軍を迎撃するために艦隊を撤退をさせた可能性が高いと思われます。 向こうに展開している第四、第五艦隊の戦力では奴らの前線部隊と戦うと、兵数的に敗北は必須です、追わざるを得ませんが、どうしますか?」
「もちろん追うぞ、しかし、敵艦隊がどこかに潜んでいる可能性もあるな...................」
奇襲という戦術を使いまくっていたからこそ、俺の思考は、敵の伏兵がどこにいるかを常に疑っていた。
「国境沿いに設置してあった我が軍の偵察衛星はどうなっている」
すると、グライムは少し眉をひそめて、いつも通りの冷静な口調で俺の問に答える。
「我が軍の事前に設置してあったですが、ルーンハイムの要塞群と共に、全てが破壊されており、敵艦隊を探ることは不可能です.................. しかし、このまま敵を追撃して待ち伏せに会い、損害を被るよりも、第四、第五艦隊と陸軍が壊滅することの方が、我が軍にとって痛手です............」
その言葉を聞いた俺は、覚悟を決める。
「わかった............ 全艦、これよりトウキョク星域に向かうぞ!」
しかし、この命令で艦隊が出撃した翌日、戦艦ヴェストファーレンの司令部にさらなる驚愕の報告が届けられた。
「敵艦隊が、再びアルディア星域に現れただと!?」
「はっ、しかし、現れた敵艦隊はほんの二十隻程度、対して脅威ではありませんがどうしますか?」
それを聞いた俺の思考は、二つの意見に分かれた。
一つは、急いで反転して敵艦隊を殲滅する方法。
これの場合は、数敵優位を考慮して間違いなく勝てるものだ、しかし、ルーンハイム王国を守る代わりに、トウキョク星域に展開している我が軍を失うリスクがあった。
二つ目は、敵艦隊を放置してトウキョク星域に向かうこと。
これの場合、向こうの軍と合流して敵の攻撃によって軍を失わずに済む、更に、敵艦隊を戦力で圧倒することが出来た、しかし、リスクとしては、本土が完全に手薄になってしまうということだった。
そんな中で俺が決断したものは、言ってしまえば”最悪”と言ってしまえるものだった..............
「艦隊を二つに分けよう、ガスターは第二艦隊を率いてルーンハイムに戻り、残った第一、第三艦隊を用いて敵を追撃する」
しかし、当然の如くグライムの表情が変わった。
「それはなりません! 敵の狙いはおそらくですが、我々に兵力分散をさせることです。その後、兵力が減少した我が艦隊をどこかしらで迎え撃つと思われます。」
「じゃあ、どうするんだ?」
俺は、少し軍事のプロにすがるような感じの気持ちを心に含みつつ、グライムに問いかける。
「ここは、精鋭の第二艦隊を投入するのではなく、ルーンハイム軍に任せましょう。二十隻ほどの艦隊無ならば、ルーンハイム軍でも戦えます」
しかし、そんなもので当時の疑い深い俺が納得するわけが無かった。
「なるほどな........ しかし、心配だ。 ならば、第三艦隊の半数をルーンハイム軍と合流させるという形でどうだ?」
それを聞いたグライムは、少し納得しなさげの表情を一瞬見せたが、普段の碧色の目のままで口を開いた。
「まあ、わかりました......... しかし、艦隊の指揮を取る人物はどうしますか?」
そこで俺は、かなりミスってしまった発言をしてしまった。
「グライム、君が行けるか?」
その瞬間、グライムの表情は、少しキョトンとした表情へと変貌した。
「君ならば後方を任せられる。それに、これからの戦略が定まった以上、君にも前線で戦ってもらいたい。何より、我々は指揮官不足だからな..........」
少し間を置いて、グライムが落ち着きを取り戻して口を開く。
「わかりました................ では、第三艦隊から十五隻ほど引き抜かせてもらいます」
「ああ、頼んだぞ!」
しかし、この判断が、俺達を苦しめる事となる。
同じ日、ドルツィオ帝国軍前線部隊旗艦、戦艦インペリアの艦橋内にて。
「閣下、敵の艦隊は予定通り我々の別働隊に向けて、艦隊の一部を差し向けました。まあ、小規模ですが....................」
参謀からの報告に、艦隊司令官のカカロマフ提督は、不敵な笑みを浮かべる。
「さすがは君の作戦だ、いつも通り、私は目の前の敵を叩き潰すだけで済みそうだ。 しかし、本当にこれでよいのか?」
それを聞くと、参謀長であるモルトケ参謀は上官とは対照的に、少し乗らなそうな顔で口を開く。
「はっ、艦隊を分散させるということは、それを率いる指揮官が離脱するということ。奴らの基本的な戦いかたは、各艦隊での連携です。なので、少しでも敵の司令官を減らす作戦にしました............. まあ、これで我々の犠牲者を減らすことはできそうです..................... それに、”予言”通りなら、奴らのトップは”異界”から来たことになるので、それほどの軍事指揮能力を持っているわけではないでしょう................」
それを聞いた提督は、少し笑った。
「いつも見ていて思うが、君は軍人らしくないな。なんというか、どちらかと言うと文官だ.............. 君の性格なら、このままなら軍の総参謀長とかを目指したほうが良さそうだ。 君に前線指揮官は向いていない.............」
「そうですね................」
若き参謀は、少し照れたように頬を赤らめて、静かにそう言った。
二日後の東暦7029年6月5日
この日、両国の艦隊はお互いの艦隊をレーダーに捉えていた。
「グレース、敵艦隊は単縦陣で同航戦を挑んでくるようだな!」
戦を前に張り切っているガスターの声が、通信回線を超えて、艦橋内に盛大に響き渡る。
「第四艦隊がいたら、機動力で勝てたんだがな.............」
それに対して俺は、ないものについて独り言をつぶやいた。
「艦隊の数的にも、同航戦を挑んで消耗戦になるのはまずい、先頭艦を潰して敵を混乱させつつ、敵艦隊を一挙に仕留めるぞ」
そう言うと俺は、戦艦ヴェストファーレンの通信回線を、全艦に繋いだ。
「これより作戦を伝える! 我が艦隊もこのまま単縦陣を三列展開し、一気に敵艦隊に向けて突入する。そして、ミサイルの有効射程に敵艦隊が入り次第、ミサイルの飽和攻撃を仕掛け、敵が混乱した隙に全艦回頭し、敵の先頭を叩き潰す!」
一見すると、かなりしっかりした作戦だ。
この命令を聞いた時、この艦隊にいた多くのロボットではない将兵は、皆勝利の雰囲気を感じ取っていたそうだ。
俺だって、ガスターだって。
しかし、そのような甘い妄想は、通信員のロボットの無機質な声によって一瞬にして消し去られてしまった。
「緊急報告、敵艦隊ミサイルを発射、数二百」
それを聞いた瞬間、俺の頭に浮かんだことは「してやられた!」そのことだけだった。
尋常ではないスピードで、二百本のミサイルがこちらに向かってくる。
「全艦で対空防御! なんとしても撃ち落とせ!」
こちらの艦隊からも、迎撃ミサイルと対空砲が火を吹く。
次の瞬間には、宇宙空間上に物質と物質が衝突したことによる火球が無数に生み出されていた。
しかし、毎度の如く全てのミサイルを迎撃できるものではない。
遅れて飛んできたミサイルの何本かが、こちらの艦艇に突き刺さった。
「急いで被害を報告しろ、それに、こちらもミサイルを撃ち返して反撃だ!」
俺が威勢よくそう言ったその瞬間、オペレーターのロボットからのさらなる報告が届いた。
「敵艦隊急速接近、今こちらがミサイルを打ち込めば、こちらも巻き込まれます」
そう、この時の俺達は、自分たちでやろうとしていたことを、敵に先にやられたのだ。
「なっ...................」
その報告を聞いた当時の俺は、驚かされたと言うより、敵に先手を取られたのが悔しくてたまらなかった。
しかし、この男の判断は鈍ることはない。
その報告が艦隊全体を包みこんだ瞬間、第二艦隊が一斉に陣形を崩して、敵艦隊に突っ込んでいった。
第二艦隊の指揮官は、ガスターである。
「全艦、急いで敵艦隊に突入、もうこれじゃあ、先手を取れねえ! 乱戦状態に持ち込むぞ!!」
この時、ガスターは適切な対応を即座に判断していたのだ。
それに続いて、第三艦隊も続く。
「第二艦隊に続け! 全艦、砲戦準備!」
無論、ガスターの姿を見て、俺も同じことを命じた。
そして、両軍の距離が六百キロを切った時。
「砲撃開始!」
「撃て!」
両軍の指揮官は、コンマ数秒の差で同じ命令をした。
後に、”子どもの殴り合いのような戦い”と呼ばれるようになる、第一次アルディア星域会戦の始まりである。




