52話 とある会議
東暦7028年12月19日
一年の終わりが近づいてきたその日、ドルツィオ帝国の首都にある、宮殿では、一つの会議が開かれていた。
それは、名目上は「年次総括会議」と呼ばれていた。
しかし、実体は勝利に酔いしれる者たちの祝宴に近いものであった。
重厚な円卓を囲むのは、帝国の貴族、軍の高官、そして、皇帝。
豪華なシャンデリアの光がゆらゆらと揺れる中、誰もが誇らしげに語っていたのは、この一年で成し遂げた”征服”の数々であった。
「やはり、我が帝国の軍勢はこの勢力圏では比類なきものですな」
白髪の老貴族が、満足げにそう言う。
その言葉を舞っていたかのように、玉座に腰掛ける男が笑った。
「当然だ、わしの作り上げた艦隊があれば、トラキアすら敵ではないわ!!!!!!!!!!!!」
威勢よくそう言い切ったのは、ドルツィオ帝国の皇帝である、ドスペル十一世だ。
この皇帝は、四十歳になったばかりの、中年の皇帝だ。
政治力はないが、軍事的才能だけは多少なりとも持ち合わせており、それに自信をつけて艦隊を増強し、領土拡大政策を行っていたのである。
皇帝の堂々と言ったその言葉は、会議の場の空間を震わせ、貴族たちは一斉に追従する。
「まさしく!」 「帝国万歳!」 「陛下の御威光あってこそ!」 あっという間に、そのような言葉で会議室は埋め尽くされた。
これは、会議と言えるものではなく、ただの”雑談”というものをするための場であった。
しかし、少し立ってその雑談にヒビが入った。
「これなら、一年もすればルーンハイム王国までぐらいなら、制圧できそうだ!」
皇帝の軽い調子で放たれた一言。
誰もが同意しようとしたその瞬間...............
「陛下、失礼ですが発言の許可を賜りたく存じます............」
場違いな程の静かな声が、会議室の空気を切り裂いた。
雑談の場に、貴族や軍の高官達の驚きの表情が調味料のように添えられる。
そして、皆の視線が一人の男へと向けられた。
その発言をした男の名は、モルトケ。
年齢は、このときはわずか二十歳。
だが、その肩には”中将”という階級が刻まれていた。
専制国家特有の極端な人事、だが、それは実力至上主義のものからであった。
皇帝の笑顔に、わずかにそれを不快に思う表情が宿る。
「モルトケだったか。いいだろう、言いたいことがあるのならば申してみろ.................」
不機嫌さを、隠そうともしない声。
だが、無視をすることはない。
それだけの能力と実績が、この青年にあったからだ。
「感謝いたします、陛下。」
モルトケは一礼し、迷いなく言葉という糸を紡ぎ始めた。
「現在、我が帝国の領土拡大政策は、圧倒的な戦力により極めて順調に進行しております。
しかし、ルーンハイム王国に手を出すのは危険だと、小官は考えます!」
モルトケは、皇帝に恐れることなく堂々とそう言いきった。
「ほう、なぜだ?」
皇帝の声が低くなる。
試すような、あるいは”不快”を隠すような響き。
だが、若き中将は動じない。
「ルーンハイム単独であれば、問題はありません。 しかし................」
モルトケは、わずかに間を置きながら、核心を突く。
「同国と不可侵条約を結んでいるヴァルキリア王国、この存在が問題です。」
その瞬間、会議室全体にざわめきが広がる。
「あの新興国か................」
皇帝は、記憶を辿るようにそう呟いた。
「あの国は、建国からわずか一年足らずで戦艦を建造し、いまなお大規模な軍拡を続けています............ それに、急速な領土拡大を行っています」
モルトケの声は、冷静だった。
「あの成長速度は異常です.............. あまりにも出来すぎています!」
そして、静かにこう言った。
「不自然とは思われませんか?」
その言葉に、皇帝は眉をひそめた。
「.....................”予言”のことを言いたいのだな?」
その瞬間、会議室全体の空気が変わる。
軽口に満ちていた空間に、初めて恐れというものが入り込んだ。
モルトケは僅かに頷く。
「左様です、陛下」
「三つのいずれかの神の魔法が復活せし時、他二つもまた蘇り、やがて大いなる国が生まれ、世界は戦乱に包まれる」
皇帝が口にした言葉は、国家のトップのような者たちしか知らぬような、古くから語り継がれるものであった。
「................そのヴァルキリアが、それだと?」
「断定は出来ません。しかし、あの成長スピードは予言の魔法を使わないと、出来ないほどの芸当です......... 現に奴らの王は、星一つの環境を、一瞬にして作り変えてしまいました!」
皇帝は沈黙した。
ほんの一瞬だけ、この場で最も危険な思考を巡らせる。
だが、それは長く続かなかった。
「なるほど、たしかに危険だ.......... しかし、仮にそうだとしても、ルーンハイムを攻めれば奴らが動くという保証はあるまい?」
軽く、斬り捨てるような声。
だが、モルトケはここで最も重要な一手を打つ。
「これは、諜報部からの情報なのですが........... ヴァルキリアは条約を結ぶ際に、ルーンハイ厶国内のワープホールにおける、軍用艦の”自由航行権”を獲得しています..........」
それを聞いた瞬間、その場にいた全員の表情が変わった。
「なんと.......................」
会場の皆が、そのようなことを口に出したそうだ。
「なるほどな、奴らはその権益を守りに来るということか...........」
「左様です.............」
皇帝はゆっくりと立ち上がる。
「だが、それでも奴らが我が軍に勝てるとは思わん」
その一言で、会場全体の緊張は断ち切られた。
「それに、参戦するかどうかは奴ら次第だ」
それは楽観、いや、新興国に対する過信だった。
「しかし.................」
モルトケがなおも言おうとしたその瞬間。
「もうよい、下がれ」
冷たい一言が、全てを遮った。
そして、会議は再び雑談の空間へと戻っていった。
会議が終わった後、静まり返った廊下で、モルトケは一人立ち尽くしていた。
「本当に大丈夫なのか....................」
その声は、誰にも届かない。
「もし予言のとおりであったら、”破滅の日”になりかねないな.......................................」
だが、その独語を宮殿の屋根の上から聞いている者たちがいた。
「随分と優秀な男だな........................」
紫色の髪を揺らしながら、ミストルが呟く。
「ええ、あの若さであの洞察力。侮れません」
副官のフェルナーが、静かに応じた。
「しかし、あの”予言”というものについて知っていますか?」
「ああ、知っているさ............. グレース様の魔法は、予言にでてくるものと似ているから、疑うのも当然だ............」
ミストルは、夕暮れの空を見上げた。
「まあ、もしグレース様の魔法が予言にでてくる魔法だったとしたら、とっくに”大魔族”が動いているはずだから違うだろ....................」
そして、静かに結論を下す。
「..............まあ、油断はするな。 時代は確実に動いているぞ..........」
「本国に帰るぞ、フェルナー」
「はっ!」
二つの影は、音もなく闇に消えていった。
この日、誰も決断せず、誰も止めなかった。
だが、確かに歴史の歯車は回っていた。
ドルツィオ帝国と、ヴァルキリア王国。
この二国の戦争は、着実に近づいてきているのだった。




