File33.2人の逃避行
──前回のあらすじ──
複数で怪物が現れ、それぞれが対応に追われている最中。葛藤の末、遂に華奈子の前で、エンバハルへと変身した誠良。
真神類の狙いが華奈子であると気付いた明大は、戦場を誠良に任せ、バイクで2人逃亡することとなった。
糸羽町市、湊地区2番。
住宅街からレジャー施設へと変わりつつある街並みの中に、連続して銃声が鳴り響く。
『深追いはするな!避難を優先しろ!』
「でもこのままじゃ──」
警察の特殊部隊、彼等のインカムから鳴る上役の声。その言葉に反応して、隊員の一人が反論しようとした刹那。不意に起きた爆風が、続きを遮り空気を変える。
「──っ、貴女は…」
「御託はいいから指示に従って。私が奴らの相手をするから」
『Action』
蜘蛛の特性を持ち、糸や、その卵で数を増やす大量のアンゲロス。
そんな彼等に対峙するようにして、部隊を背に現れた女──コトハは、銃型デバイスにデモルフィネを差し、その引き金に指をかける。
「『カフラマン』」
迫りくる蜘蛛のアンゲロス、その一体を撃ち抜いて、呟き響くコトハの声。
直後、跳ね返った弾丸が彼女へ着弾すると、それはまるで花火が舞うように、装甲のような形へ変化しながらその全身に飛び散り包み込む。
『The next generation system "Kahraman"』
庄司の声で流れる電子音声と共に、火花を散らしながら現れた英雄、カフラマン。
流れるように、その鉤爪を伸ばした銀狼は、その地面を強く蹴り上げると、囲っていた人型を、宙へ舞い上げた。
ーーー
メットも無く、風を切る音だけが、鼓膜を震わせる感覚。
危機的状況ではあった──が。背中に感じる確かな温もりに、俺はバイクを停めて、回された彼女の手にそっと手を重ねる。
誠良にあの場を任せ、勢いのままその場を脱したはいいものの。冷静になり始めた思考が、俺の良心に警告を鳴らしはじめて。
ヘルメットを付けずに、しかも誰のかもわからんバイクで2人乗りしていた俺達。…極めつけには、まだ免許試験を受けてない俺が運転するという、この無法状態。窃盗に無免許とか、完全にツーアウトを通り越してゲームセットだが。
閑話休題。
ただ本能に従って、知る人ぞ知る山の小道をぬけ、少しひらけた廃屋へ出た俺達。
幼少期、何度か入り込んでいたここは、10年以上経ったはずの今でも、その当時の姿を残したままでいて。圏外になったスマホの表示を見て、無意識に息を吐く。
今更ながら、俺の思考に追いついてきた「逃げる」ことへの認識。そもそも、俺は今まで喧嘩をすることはあっても、あくまでその程度だったわけで。怪物にしろ、警察にしろ、見つかった地点で普通の生活には──いや、それこそ今更か。
兎にも角にも、頑張れば水も食料もなんとかなりそうなこの空間は、今の俺達にとって都合がいいものであることには変わりなく。だからこそ、こういう場所が犯罪の温床になるんだな、と。そう思考を放棄する。
「明大さん…」
どちらともなく、バイクを降りて互いを見合う俺達。
これまでの危機的状況のせいか、昂る煩悩を頭から振り払う。
今、俺達が優先すべきは、安全にこの場をやり過ごすこと。狙われてる華奈子さんも、そして多分、お尋ね者になってしまった俺も。
一先ず、人気のない建物へ入って、抱き合いながら腰を下ろす。…彼女の身体は、まだ震えている。
愛の逃避行だ、なんて。そんな言い回しをしたところで、これからの生活がどうなるか、なんてわからないわけだし。ただ、俺が今──いや、これからもずっと、確かなものがあるならば。
「大丈夫だ華奈子さん。俺が守るって、そう言ったろ?」
「──うん」
か細い彼女の声が、俺の鼓膜を震わせて。俺は彼女を、そっと、しかし力強く抱き締め返した。
ーーー
『charge…』
人の気配が消えた東地区の町中を、不自然に彩る深紅の光。連続して起きた爆発の中心に、一つの影が佇みふける。
糸羽町市を守る、漆黒の英雄、エンバハル。自らの姉と、その彼氏を逃がした後、蜘蛛型のアンゲロスを掃討した彼は、一息をつこうとして不意にその足を止める。
「──まさか、こっちの方が釣れるとはな。…まぁ、ちょうどいい」
どこからともなく、静まり返った町に響く、汚く低い声。直後、周囲を取り囲んでいた火球の数々が、彼に降り注ぎ落ちる。
「──っ!?」
詰まった息と共に、右へ左へ、そして前後へと身体を揺らし、次々と躱し立つエンバハル。
そんな彼の視線の先、陽炎の中から姿を現した真神類は、全身を包む炎の羽毛を飛ばすと、その正面へと舞い降り立つ。
──ゾワリ、と。
マスクと、そしてスーツの下で、誠良の毛を逆立てる嫌な気配。そして同様に、それはいつか、自身が二度も地面を舐めた記憶と重なっていて。身構えたその身体が、複眼越しにソレを捉え、筋肉をこわばらせる。
「…まさか、幹部のお出ましとはな」
呟いた誠良の声が、陽炎へ消え霧散する。
本当は、一刻も早く、長姉達の元へと駆け付けたい。が、しかし。現実と感情の波が、激しくぶつかり荒れる感覚。
「──いや、違うな」
一歩、また一歩と。こちらに歩み寄り、その全身に炎を纏う真神類。
ただ、己に言い聞かせるための独り言。脳裏に過った、託した男の姿を背に、マスク下の口角は上がっていて。
──真神類が肉薄した刹那、突き出した己の拳が、その胴体へと突き刺さる。
「悪いが、負けるつもりは…毛頭ないんで、ね──ッ!」
「──っ、チッ」
一瞬にして、しかしゆっくりと錯覚したやり取り。どちらともなく、互いに地面を蹴って。間合いを外れた英雄は、懐から出したオピレイドを、無造作に腕時計型デバイスへ付け替える。
『Evolve…』
電子音に続いて流れ出した、ノイズがかった心音ような不気味な待機音。その反動故か、いつしか使う事に躊躇することもあった…が、それは最早、過去の話であって。
「『オーバースペック』ッ!」
より竜のようなエッジのかかったモノクロのボディに、全身を走る紅いライン。その『名』を叫んだ直後、一瞬激しい光に包まれながら、彼は、その姿を変えて。
光と共に現れた英雄は、静かに拳を握りしめると、黄色い複眼を淡く輝かせる。
「──相手してやるよ、焼鳥野郎」
「チッ…俺は、ホルスザク──だッ!小僧ッ!」
売り言葉に買い言葉。
炎上する檻の中。刹那、互いに罵り合った2人は、地面を溶かし踏み込んで、一瞬にしてこの距離を殺し合った。
ーーー
銃声と共に火花が散り、次々と爆散し崩れ去るアンゲロス。軽い足取りで、地面を蹴った英雄は、続け様に別の集団へ肉薄し、その鉤爪を突き立てる。
『みっ──カフラマン!「親」だ!個体を増やす親が混じってる!』
吐息混じりに、メットのインカム部分から漏れる男の声。ソレが収まるや否や、爪を引き抜いた彼女は、まだ尚数を残すアンゲロスを一瞥して、静かに為息を吐く。
「──ったく、これだからセカイはさ」
その違和感に気づかなかった己へか、はたまた彼からの御節介に対してか。珍しく別々に行動する中で、聴こえたソレは、確かな安心感を与えるものであって。次々と煙幕が晴れる中、模様が少し異なる人型を見つけては、彼女の漏れた言葉が、戦場に木霊する。
『over charge』
彼女の呟きに続けて、空気を震わす庄司の声。
腿にレイテュールをマウントして、有象無象を飛び越えた彼女。膝落としの要領で親にマウントを取った彼女は、そのままグリップを握り締め、掛けた指で引き金を低く。
「ひれ伏しなさい」
カチリ、と。淡く、カフラマンの複眼が発光した刹那、マウントされたままの銃口から放たれた、白く輝くレーザー弾。
ほとんどゼロ距離で、逃げ場無く直撃した親は、カフラマンが再び宙を舞った瞬間、爆発と共に砕け散る。
「あ、あー…こちらカフラマン。目標の鎮圧を確認しました」
『同じくヒロアス。こちらも任務完了だ』
統率を失い、次々と崩れ去る蜘蛛型のアンゲロス達。
よくやった、と。自身のインカムのような部分から、労う庄司の声を聞き流して、周囲を見渡した彼女は、静かに変身を解き、一息を吐く。
「また新しいタイプ、ね…本当に、面倒くさい」
私生活の投資同様、データを元に動く彼女にとって、アンゲロス自ら個体を増やすという、想定していなかったケース。本来であれば、そこに気付くセカイと共に行動していたため、対処の穴を埋め合えていたものである、が。──これからも、こうしたイレギュラーが増えそうである、と。根拠も無く、しかし確信めいたその思考に、彼女は再び為息を吐いて、その場を後にした。
ーーー
拳同士がぶつかり、周囲を火花が彩り消える。
人影も無く、既に日に落ちたビル街──の、その壁面。方や、炎の翼を広げ。方や、光の翼を広げた2つの影は、まるで重力を無視するように、3次元的な軌道を描いては火花を散らし合う。
「チッ…小僧が──人間風情が調子に乗りやがって」
戦況は拮抗した──かのように思えた刹那、宙で響いた炎鳥の怪物の声。瞬間、身体を旋回して、四方八方へ炎弾を放ったソレは、輝きを放つ標的を目に、その距離を取る。
オリジナルに続いて、第二世代とも呼べる真神類の一人──ホルスザク。ただ、他者を見下すことでしか自らを肯定できない彼にとって、神になるという選択は、ある意味必然でもあって。故に、アマトゥス、ヌセイリンらと共に、その力を手にした彼は、人間風情よりも上位の存在である、と。そう己に言い聞かせ、傲慢な炎を振りかざす。
「──チッ」
幾度目かの、空気に溶け落ちた舌打ち。
脳裏に過ったのは、上位の存在である自分に対し、液体を浴びせてきた一人の男。同族たるヌセイリンならいざ知らず、自らのプライドを傷つけたあの男だけは、必ず酷く嬲り殺す、と。そう逆恨みを連ねていた矢先の──今。
人の身でありながら、神の力を振りかざす英雄とか呼ばれる名ばかりの存在。ヌセイリンやビャステコから話半分に聞いていた、取るに足らないハズの、偽善者…で、あったはずなのに。いざソレと対峙して──そして、その力と相対して、苛立つ思考がまた一つ、自らの炎で焼き切れる。
人間風情。ただの下等生物である、それだけのはずなのに。
『charge』
暗がりな視界の先、確かに押し込まれた英雄のオピレイド。
咄嗟に、自らを包む炎が、向かい来る光を阻もうとして。肉薄したソレは、目が合うや否や、振り被った拳を、勢いのまま突き入れる。
「────っ、──っ!」
重く、ビルの外壁を叩き割る音。漏れ出た汚い声は、断末魔か、或いはせめてもの抵抗か。激しく吹き飛ばされた炎鳥の怪物は、その上層階を突き抜けて、汚い花火を撒き散らす。
「──早く、姉さん達探さないと…」
光に包まれ、久しく地面へと足をつける英雄。その上空、爆散したその光景を目に、変身を解いた彼は、そう言葉だけを置き去った。
ーーー
俺達がここへ逃げ込んできてから、幾度目かの晩を越して。俺は廃屋から踏み出して、まだ生きている井戸水を汲み上げる。
人間というのは、案外順応する生き物だ、と。いつか聞いたその言葉が、俺の思考で反響する。
逃亡なんてした当日、あのまま一晩を明かした俺達は、急いでその場を後にした──訳ではなく。実際にこうして、残った文明の利器を動かして、もう一晩を明かしている。
…尤も、その発端としては、あの紅いバイクが役目を終えたとばかりに崩れ去って、長距離を移動する手段がなくなった、という話ではあって。下手に移動するよりも、外界から隔絶されつつ、最低限の生活ができるここのほうが都合が良い、と。2人で話し合った結果ではあるが。
「──ま、いつまでも続けられる訳じゃないんだけどな」
わかりきったことを呟いて、現実を自分に言い聞かせる。
前に読んだスローライフモノであれば、このまま2人、ひっそりと生き続けるのもまた一興。でも、それはあくまで創作の話であって。…こうして連絡を絶っているだけの今でも、きっと誠良や智代子さん、他にも親しくなった人達が、きっと俺達を探しているのだ、と。別に根拠がある訳では無いが、漠然とそう思う。…まぁ、お人好しで、情に厚い彼等が、という俺の中での前提はあるかも知れないけど。
結局、停滞なんてものは難しい。
そう、自分の中で結論づけて、眼前に聳える巨木へと、俺は意識を向け直す。
「変わらないのはお前だけ、か…」
水の入ったバケツを置いて、無意識に伸びた手が、巨木へとそっと触れる。
かれこれ10年以上も前。当時からあった、この竜のようにも見える巨木。弟や親すらにも教えたことはなく、俺達だけが知っていた、秘密の場所。──今思えば、これは先人がいた形跡そのものであるし、別に秘密でも何でもなかったわけではあるが。
兎にも角にも、当時と変わらず、あの時のまま存在しているこの巨木。見上げた時の景色が、少し変わっていたことに、時の流れを感じていて。…だからこそ、このまま続けるわけには行かない、と。己の中で反響する。
「また来る」
誰が聞くわけでもなく、巨木へ言葉を残して、バケツ片手に踵を返す。
もちろん、いっそこのまま華奈子さんと二人きりでも──なんて、思ったことすらあった。お互いに愛を交わし合い、それ以上のものはいらない、と。そう、錯覚したことだって、一度や二度に留まるわけもなくて。
…でも、いつかは終わらなければならない──いや、終わってしまうであろう、健全とは言えない状態。ただ、もうしばらくはソレが続いてほしい、と。そう、思っていたのに。
──ゾワリ。
全身の毛が、かつてないほどに逆立つ、嫌な感覚。何故か既視感のあるコレが、俺の心を荒立てる。
華奈子さんが危ない、と。
いつも以上に警鈴を鳴らす、本能にも似た何か。俺はバケツを投げ捨てて、足を速く走らせる。
「ッ、華奈子さ──」
俺達が根城にしていた廃屋の一角。その扉を明け放って、咄嗟に漏れたその声は、それ以上続けることができなくて。
──4つの目を怪しく光らせた、大蜘蛛の真神類。
一瞬、ソレと目が合った、と。そう、思考が回るよりも早く。怪物の目の前、無残に四肢をもがれた彼女の姿が、俺の網膜に焼き付いた。
名前:■■■■(??)
性別:男
備考:大蜘蛛のような特徴を持つ第3ステージの真神類。
サプレスバックルを用い、ノックオフとして真神類狩りをしていたところ、オリジナルに遭遇し敗北。
ヌセイリンの改造により、真神類の特性を極限まで引き上げることで、大幅な知性と引き換えに第3ステージを越えるほどの領域へ到達した。
尚、彼の中に残ったものは、オリジナルに対する執着と、それを誘導するヌセイリンの言葉のみである。




