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File32.日常の崩壊

──前回のあらすじ──


 初めての顔合わせをし、白龍の真神類(オリジナル)について、互いに情報をした誠良とセカイ、コトハ。

 時を同じくして、ホルスザクへ反撃した明大へ、ヌセイリンの魔の手が迫りつつあった。

 1日というのは早く流れ過ぎ、暮れかかった日が、町を照らしだす。

 散々だったというべきか、予想外のことに1日費やした気もするが。…起きたのが朝方だったのが幸いか、こうして現状復帰できるまで落ち着いたけど。それ以上、振り返るだけ億劫になる気がして、俺は新しい服に袖を通す。


 兎にも角にも、特段変わりなく、ある意味平和に終わった今日という1日。いつも通り、玄関の扉をガチャリと開けて、見慣れた銀髪が俺の視界に入る。


「華奈子さん…じゃ、ないしな。智代子さんか」


 アパートの階段下、泣きぼくろのある恋人(華奈子さん)と瓜二つの女性。誠良曰く、最近は忙しくしていると聞いていたが…こうして外にいるなら、一段落がついたんだろうか。あり得る選択肢としては、調査で近くまで来ていたというのもある。だとしたら、あの格好は目立ちすぎたが。

 いずれにせよ、身内同然であることには変わらないし、ここで会ったのも何かの縁だろうしな。挨拶…と、差し入れくらいはしたほうがいいだろう。


 俺は階段を降りて、何処となく挙動不審な彼女へ近づき歩く。


「お疲れ様です、智代子さん」


 ビクッと。盛大に肩を揺らして、振り返る彼女。

 俺としては、足音も鳴っていたし、そんなに驚かしたつもりはないんだが…きっと、それくらい考え込んでいたんだろう。兎にも角にも、鞄から瓶飲料を取り出した俺は、固まる彼女に突きだして、顎を上げ促す。


「えっと、お疲れ様です?田辺さん」

「はは…なんで疑問形なんですか」


 恐る恐る手を伸ばし、瓶飲料を受け取る智代子さん。

 和ますように出した笑いも、空回りのような気がするが…まぁ、そういう時もあるだろう。華奈子さんもそうだが、女性に深入りはナンセンス。俺は紳士なのだ。


「じゃあ、俺はこれで」


 紳士らしく、短く言葉を繋げて、そっと踵を返す。…まぁ、元々華奈子さんのお迎えという外出であったわけだし、見知った顔がいたから挨拶をしただけなのだ。帰り際2人で(華奈子さんと)飲もうと思ってた瓶の片割れを渡したのは、流石に勢いというか、想定外ではあったけど。あれはあれで、俺が我慢すればいいだけだし。

 そう、心の中で言い訳して、一歩を踏み出そうとした刹那。不意に引っかかった袖が、離れようとした俺を引き留める。


「智代子さん…?」


 引っかかった袖の先、確かに掴んでいる智代子さんの手。しばらくそのまま、固まっていた彼女は、一度静かに息を吐くと、その視線正面に向き直らせる。



「──田辺さん。…華奈子ちゃんについて、少し時間いいですか」



ーーー



 糸羽町病院の一室へ、3人揃って訪れた誠良達。

 彼等を待っていたように、起き上がった出雲(病室の主)は、その顔を一瞥して、渡されたメモへ手を伸ばす。


「──成る程。確かに、それなら辻褄が合うわけね」

「あ、おい返せ」


 ヒョイ、と。出雲の背後から、呟きと共に伸びた細い手。彼に軽く睨まれた庄司(声の主)は、指を唇に指し当て、3人の方へと視線を戻す。


「─で、結局貴方達はどうするの?…このままじゃまるで、庇い立てしてるように見えるのだけど?」


 メモに書かれた内容。──それは、推定オリジナルである華奈子(誠良の実姉)を、保護観察扱いするというもの。彼等としては、今までの真神類の習性を見るに、確実に狙われるであろう彼女(華奈子)を守ることは、理に適った行いであるという認識で。しかしながら、仮にも警察に属している庄司にとって、怪物である可能性を持つ彼女を、野放しにするのと同義ではないか、と。そう思わざるを得ない内容でもある。尤も、彼女(庄司)とて、身内であることは把握しているし、それを加味した上で、であるが。


 兎にも角にも、改めて情報を共有し、その認識を改めた一同。

 庄司と、そして出雲は、互いに顔を見合わせて、静かに頷き口を開ける。


「…これは、俺達の独り言なんだが」

「うんうん。あたし達の独り言なんだけどね」


 そっと、目を逸らした2人の、見え透いた言葉の前置き。一瞬、反論しようと動いたセカイをコトハが抑える中、しんとした病室に、2人の声が続けて響く。


「警察の連携には時間がかかるからな。真神類事件も、表出した直接的な被害が減っているのがまた、拍車をかけている現状だ」

「だから、他で事件が起きない限り、あたし達は協力者である英雄(ヒーロー)に、原則として口出しすることができなくてね。特に佐倉君は、平時に何をされていても自由なんだよねー」


 ま、もちろん常識の範囲ならな、と。出雲がそうつけ足して、言葉を締めくくる。

 あくまで、組織として動く彼らなりの掲示。ただ、言外に語られたソレは、現状の誠良達にとって、お墨付きを得たもの同義であっただけで。互いに頷き合った3人は、そんな2人の背を前に口を開け──


「──っ、こんな時に」


 コトハの声が、漏れては虚空へ消えて行く。

 ビービー、と。2人(セカイとコトハ)のレイテュールから鳴る、警告じみた音。すぐさま表情を変え、端末を確認する庄司の姿を目に、誠良は振動する腕時計型デバイス(インヒビションブレス)を握り締め、奥歯を静かに噛み締める。


『──緊急!緊急!湊地区2番、並びに西地区14番で怪物の目撃ありと緊急通報!繰り返す!湊地区2番、西地区14番で怪物出現の緊急通報!至急避難誘導と応援を──』


 庄司端末と、レイテュールから漏れる三重奏。続け様にブツリ、と。通信が切れ、病室内が静まり返る。


「みっちゃん」

「えぇ」


 阿吽の呼吸というべきか。互いに頷き合って、流れるように退出する2人。

 そんな去り際に、両肩を叩かれた誠良は、消え行く後ろ姿を見送って、新たな酸素を取り入れる。


「出雲さん、庄司さん。俺は──」



「──お姉さんのところに行きたい、だろう?佐倉君」



 語るより先に、告げられた出雲の声。


 誠良と、そして出雲の感じていた、妙な既視感。─複数の同時通報という、明らかな異常事態。彼等にとって、明大(一般人)を巻き込んだあの日と、それはとても酷似していて。ただ、2人の第六感が、轟々と警鈴を鳴らす。


 一刻を争う中の、刹那の一時。そんな無音を見比べて、間に立った庄司。ゆっくりと、しかし一瞬にして誠良に近づいた彼女は、その肩を無理矢理扉へ向け動かすと、軽く背中を押し叩く。


「行ってくるといいよ、英雄(ヒーロー)君。後悔先立たず、ね」


「──っ」


 返事も無く、閉まった扉の音が、遠のく足音を消し響く。


「──これで、よかったたんでしょ?出雲ちゃん」


 扉に向けて、反射し返る庄司の声。


「なんの話をしている庄司。この部屋には独孤君と衣光君しか来なかった。そうだろう」


 病室のベッドの上。ただ誰に見られるわけでもなく、ようやく半身を起こした出雲は、問いかけるようにそう呟いた。



ーーー



「──そんな馬鹿な話、信じろというほうが無理だと思いますよ。あ、運転ありがとうございました」


 停まったオープンカーの助手席。隣にそのままそう返して、夕陽の差す外へ足を踏み出す。


 時間を取ってしまうから、と。智代子さんの提案で、彼女の車に乗りながら、聞くこととなった大切な話とやら。

 その内容は、オリジナルとか呼ばれる白龍の怪物が、華奈子さんである可能性がある、と。彼女曰く、現実を書き換える能力があり、改竄すらも行われた可能性があるらしい。認知できていない以上、それはまるで悪魔の証明だ。事実として客観的に見れるものがあるとするなら、そのオリジナルという怪物が存在している、という点に関してだけか。尤も、それは俺の幻覚の可能性もあるし、興信所で見たものも、造り物の可能性だってあるわけで。ただ、その無関係に見える2つの細部も同じだった以上、限りなく真であると、そう考えられるだけで。変な宗教にはまったとか、そっちのほうがまだ現実味がある。

 …彼女には申し訳ないが、華奈子さんがオリジナルだとか、現実の改変だとか、そんな世迷言を言われたところで、もちろん俺が肯定できるはずもなくて。華奈子さんの職場へ送ってくれると、そう口説かれ乗ったことを少し後悔していたり。

 兎にも角にも、足早にその場を立ち去って、恋人(華奈子さん)の待つ店の通りへ身体を向かわせる。…去り際に、智代子さんが慌ただしくしたように見えたが、まぁ俺には関係無いだろう。一応、彼女の仕事と、誠良達の件が上手くいくよう願いながら、細道を抜け、通い慣れた道へ出る。


「───!明大さん!」


 華奈子さんの職場、小さくも存在感のあるアパレル系の店。鈴村のやった傷跡こそ残るものの、通り全体として、既に元の活気を取り戻している。

 いつのもように待っていたのだろう。小道の向こう、俺の姿を確認した彼女が、店から飛び出しこちらへ駆け寄る。


「お疲れ様、華奈子さん」


 胸に収まる彼女を撫でて、労いの言葉を口にする。

 …うん。わかってはいるが、こんなに華奢で愛らしいんだ。こんな華奈子さんが、あの白龍の怪物─オリジナルなんて、そんなことがあるはずない。


「…明大さん?」

「──っ、いや、なんでもないよ」


 上目遣いの彼女に、ついて出かけた言葉を濁す。


「帰ろうか」

「うん」


 どちらともなく伸びた手を、指を絡ませ繋ぎ合う。


 ──全ては杞憂である、と。そう、自身に言い聞かせようとした刹那。不意に走った嫌な気配(・・・・)に、俺は彼女を抱え押し倒した。



ーーー



 蒼いバイクが風を切り、焦燥する誠良を乗せ動く。


 向かう先は、糸羽町市東地区(長姉の職場がある場所)


 流れる人混みに逆走して、滲み出た己の汗が、ライダースーツ内にへばりつく。


『誠良!東地区で真神類の目撃情報!今すぐ現場に急k──』

「もういる!避難は!?姉さんはどうなってる!?」


 通信越しに叫んで、グリップを回し速度を掴み速度をあげる。

 誠良にとって、考え至った最悪のケース。オリジナルであったとしても、なかったとしても、襲われるという事態を変えることはできず。ただ、前情報から予測して、予測できていたがために、後手に回ったのが歯がゆくて。メットの下で噛んだ口が、奥歯にギリリと音を立てる。


『避難誘導はこっちで進めてるわ!でも華奈子ちゃんはわからない!それに!田辺さんも一緒にいるはずなの!』

「──っ!」


 風に遮られながら、確かに届いた次姉の声。その内容は、避難誘導という、現場近くにいなければおかしな話でもあって。そして──



 ──俺は、華奈子さんを守る。



 脳裏に過った、馬鹿なまでに長姉を愛する男の言葉。

 無意識に、心の何処かで頼りにしたその姿は、どう動くかを容易に想像できるもので。見えてきた光景が、そのイメージと重なり映る。


「姉さん!明大ォ!」


 叫びと共に、重量を浴びたバイクが、その勢いを殺す。

 見渡す限りの、蜘蛛のような人型。今にも彼等(・・)を襲い近づこうとしたそれらが、ドサドサと地面に落ちては崩れていく。


「誠良!?」

「誠良ッ!」


 方や、驚きの声をあげる姉。方や、信頼混じりに名を呼ぶ男。

 そんな2人の眼の前で。メットを人型へ投げ捨てて、バイクを降りた誠良は、インヒビションブレスに手を添えて、眼前の『敵』へ視線を向ける。


『loading…』


 今まで、心配させまいと隠したもう一人の自分(エンバハルの姿)。ただ、ボロボロ彼を目にした瞬間、こうなると決まったような気もしていて。


「──『エンバハル』ッ!」


 ガチャリと、デモルフィネの刺さったソレが、倒れては姿を黒く塗りつぶす。


 ──モノクロのボディに入った、紅く光る一筋のライン。

 スチームと共に現れた英雄ヒーローは、静かに拳を握りしめると、黄色い複眼を淡く輝かせる。


「明大。姉さんは任せた」



ーーー


「は?任せたってお前、それは…」

「いいからいけ!」

「──っ」


 目の前で変身した、誠良─否、エンバハル。

 俺の疑問を一喝して、語ったその背中を前に。無意識に上がった口角が、この絶望的な状況を麻痺させてくれる。


「──行こう、華奈子さん」


 へたり込む彼女を引き上げて、彼に背を向け走り出す。


 あの悪寒の直後、明らかに狙ってきた無数の糸。間一髪で回避したはいいものの、蜘蛛のような人型が、俺達を取り囲んでいた、絶望的とも言える状況。

 なんとか抵抗を試みたものの、所詮多勢に無勢。向かってきた彼の気配さえなければ、考える余裕なんてものも無かったに等しかったが。


「クソっ、どきやがれッ──!」


 華奈子さんを入れ替わるように引き寄せて、襲ってきた人型を殴り飛ばす。

 逃走を図っても尚、執拗に向かい来る人型。その矛先が明らかに俺達──いや、華奈子さんを狙っている以上、ここで歩みを止めるわけには行かない。


「明大さん、誠良は──」


 人型の間を抜けようとした最中、華奈子さんの声が、俺の鼓膜を震わせる。


 そういえば、誠良(アイツ)は自分が戦っていることを、華奈子さんに隠していると言っていた。…なら、こうして彼女が動揺するのも無理もない、が。


「大丈夫。誠良──はっ、自慢の弟、だろ?」


 ふと、無意識に出た本心からの言葉。立ち塞がる人型を蹴り飛ばし、作った笑顔を彼女へ向ける。


 そうだ、俺は誠良(アイツ)を──英雄(ヒーロー)を信頼してる。だから、彼に任されたこの状況、妙に高揚していて。


「いや、俺自身が守るって、そう言ったからな」

「明大さん…?」


 ──この高揚の正体はきっと、信頼の証だ。根拠なんてない、が。邪推するだけ無意味だしな。

 俺は、呟く彼女の頭を撫でて、人型まみれの周囲を見渡す。


 兎にも角にも、最優先課題は、華奈子さんを連れこの場を離れること。今は何とかなっているとはいえ、歩きであるこのままでは、速度、数から見ても難しい。

 ──なら、このまま強行突破するにはどうしたらいいか。


「紅いバイク…?」


 投げ飛ばした人型の先。ふと、誠良のによく似た、紅いバイクが視界に入る。

 誰のものか、そしていつから置いてあるのか。なんて、理性に任せた思考を潰す、不思議なまでの存在感。ただ、これを使えば、少なくともこの状況を打破できる、と。根拠もなく、そう確信めいた予想図が思考の中にこびりついて。


「チッ──なるように、なれ、だッ!」


 無理矢理道をこじ開けて、そのまま紅いバイクに飛び乗る。


 ──初めてのはずなのに、手に馴染む感覚。

 すんなりとかかったエンジンをふかし、立ち尽くす彼女へと手を伸ばす。


「行こう、華奈子さん。俺達の、愛の逃避行だ」


 おおよそ場違いであろう、冗談めかした、ついて出た言葉。

 華奈子さんはただ一瞬、笑みを零して。そんな手を取った彼女は、後方に跨り、柔らかな肢体でしがみついてくる。


「行きましょう明大さん。私達の愛の逃避行へ」


 幾度目と俺達を囲む無数の人型。雰囲気も、何もかもが間違いなこの状況で、彼女のそんな声が、俺の鼓膜を揺らす。


 このバイクで抜けた先…それがきっと、進む道である、と。そう自分に言い聞かせて。俺達2人は、人型を挽き飛ばしながら、その場の空気を置き去りにしていった。

『ステージ』

「What awaits beyond that point? Something inhuman, or perhaps death itself.」

・デモルフィネの使用による、人外化の係数。または、真神類が進化した段階の名称。オピレイドによって促進することができる。

・真神類が進化する(=人間という種から離れる)度に、1段階上昇する。上限は3であるが、それ以上に相当する存在(完全に人外な為、本概念外のもの)も理論上存在する。


・進行度(加算方式)

■第1ステージ──真神類へと変貌し、生殖能力が消える。身体能力が飛躍的に上昇、アンゲロスの生成が可能になる。

■第2ステージ──人間状態で、1部怪人態の能力を扱うことができる。アンゲロスへ自身の特性を付与することが可能となる。

■第3ステージ──デモルフィネを使用せず怪人態への任意変身が可能。個として完結している。


■第4ステージ(※)──人外。神。

※現状、オリジナル(=白龍の怪物)のみ該当。分類上は真神類であるが、完全に別の存在である為、1〜3と異なり、下位の全てを内包するわけではない。

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