File31.疑念の深化
──前回のあらすじ──
決定的な証拠が集まった最中、そんなオリジナルに関する記憶・記録が無かったこととなり、混乱の渦へと陥った誠良。
一方その頃、教習所を卒業し、二輪免許取得を目前に控えた明大は、迷惑な喫煙者に絡まれ、服を一つダメにされていた。
「だよなぁ…洗うだけ無駄かぁ…」
目の前の惨劇。漂う悪臭を前にして、思わず膝から崩れ落ちる。
案の定、というか。あの場を離れてすぐ、洗ったはずの服はもう着れる状態ではなくなっていて。取れない灰跡と匂いを前に、俺は絶望する他ない。
…こんなんになるなら、クリーニング代かなんかを請求すればよかった、なんて思いもしたけど。まぁ、最初から話が通じないオッサンだったし、どのみち無理そうか。泣き寝入りするしかないが、変に関わるよりも安牌だと思いたい。
深く息を吐いて、袋詰めした口を閉じる。…尤も、ここが滅多に利用客のいないコインランドリーなのが幸いか。華奈子さんも帰る家でやるわけにもいかないし、我ながら、よく換気の利く外に駆け込んだ自分の判断を褒めたい。まぁ、今の着替えを買ったコンビニからすりゃ、テロもいいところだと思うけど。ただ、取り敢えず──
「これは明日捨てるとして。…今日は大人しく新しい服探しといきますか」
今がありあわせなのは仕方ないとして、だ。この際だし、外行きの服を揃えておいて損はないだろう。
厳重に、そしてしっかりと封をして、服だったものを担ぎ帰路につく。…大丈夫、匂いは漏れてないし。明日の燃えるごみで一緒に出せばいい…はず。
ーーー
糸羽町市の一画、川沿いにあるこじんまりとした喫茶店のテラスにて。コーヒー、そしてカフェモカを飲んでいたセカイとコトハを前に、蒼いバイクが停まる。
「──出雲さん」
「あぁ、アンタが──痛っ」
ヘルメットを外し、バイクを降りた男─誠良。彼の呟いた名前に対し、反応したセカイの頭にコトハの平手が炸裂する。
「何すんだよみっちゃん!?」
「何するって、初対面の相手にいきなり『アンタ』はないでしょ!?それに先輩なのよ、せ・ん・ぱ・い!」
敬意くらい払いなさいよ、とコトハ。勿論、彼女の言う『先輩』というのは、学生における上下でなく、英雄としての経歴を指していて。事前に出雲から『歳下である』と聞いていた彼女にとって、関心と尊敬を抱く相手であったことは間違いない。
「あはは…はじめまして、かな。俺は佐倉誠良。えっと…」
突然の夫婦漫才を前にして、愛想笑いを浮かべる誠良。差し出された彼の手を前に、席を立ったセカイは、流れるように手を出し帰すと、しっかりとした握手を交わす。
「独孤世界だ。ヒロアスって方をやってる。そんで──」
「私はコトハ。衣光言葉よ。よろしくね」
「あぁ、よろしく」
誠良とセカイ、そしてコトハ。同じく英雄として活動しながら、何気に初顔合わせとなる3人。互いに出雲経由だった彼等が一堂に会するのは、そうなる運命であったか。尤も、今回の直接的な原因は、誠良が出雲に頼んだことであったのだが。
慣れた手つきで席を動かし、同じテーブルにつく誠良。店員にコーヒーを頼んだ後、急に連絡してすまない、と前置きをして。会話の主導権を握った彼は、本題へ向け口を開ける。
「白龍の真神類──オリジナルについて、情報共有がしたい」
セカイか、コトハか、或いはその両方から聞こえてきた、息の詰まる音。その反応をもって、仮定を導き出した彼は、ホッとしたように一息つくと、2人の顔を一瞥する。
「その様子だと、そっちも妙なことになってるみたいですね」
「…そう、ね」
「少なくとも、他の真神類で起きたことはない」
短く言葉を交わして、頷き合う3人。誠良と2人、経緯は違えど、実際に見たことにかわりはなく。順に言葉を紡ぎ合い、それを一つへ統合する。
「──なるほど。確かに、それなら問題視されないのも納得ね」
「俺らが戦ったこの前のあの公園も、翌朝には痕跡一つ無かったしな。…まさか、あのデート?の日にそんなことが起こってたとは」
思い返すように呟いて、状況を整理する2人。
誠良が話したのは、件の動画─明大と華奈子がデートをしていた、あの日のこと。彼にとって、白龍の真神類─オリジナルが関係すると知るまでは、実姉が襲われていたことすら、知り得ない内容であった。が、故に。2人が話す、痕跡が無かったという情報は、彼の仮定を裏付けることと同義で。
「なら、やっぱり他の人は…」
「俺達が確認した限りは、誰も覚えてないな」
「だとしたら、現実改変系の能力、か」
「構造物に記憶、データからも消えてるとなると、多分そうね。出雲さんに話しても、そもそもあの時間に真神類の事件の記録は無かったって。ただ──」
「ただ…?」
聞き返す誠良の声。
一拍置いて、懐から銃型デバイスを取り出したコトハは、一瞬言い淀んで、再び口を開ける。
「これにだけ、戦闘データが残ってるって、庄司さんが。防犯カメラには私達のことは一切無かったみたいだし、すごく不思議がっていたけど…」
後半、自信がなさそうに呟きへかわる彼女の声。曰く、オリジナルやそこにいたノックオフについて、しっかりと記録されていた、とのこと。
記録、そして記憶に残るモノと、そうでないモノ。
その共通項を探そうとして、ふと、誠良の脳裏に白龍の怪物と対峙した、ゲアジェントの姿が過ぎる。
「オリジナル──そうか…!」
「─っ、えっと」
「話が見えないんだけど…」
唐突に、そして勢いよくメモを書き記す誠良。若干引き気味の2人など露知らず、ピタリとそのペンを止めた彼は、落とした視線を引き上げる。
「セカイさん、コトハさん。──その『オリジナル』って呼び名、どこで知りました?」
ーーー
とあるビルの屋上、その一角に設けられた休憩スペースにて。タブレットを片手に、上機嫌な女がひとり。
彼女─ヌセイリンは、鼻歌混じりに画面を眺めると、恍惚とした笑みで肘立てをする。
「──ふふ、遅かったですね。ビャステコ」
「えぇ、お陰様で。…貴女が笑っているとか、相変わらず気色悪いわね」
足音も無く、ヌセイリンの背後に現れた女─ビャステコ。外行きの、お硬い口調を崩したスーツ姿の彼女は、寄りかかるように背後へ腰かけると、横目で画面を覗き見る。
「オリジナル、ねぇ…なんで今更、姿を現したんだか」
「だからこそ、調べがいがあるというものです」
まるで恋焦がれた乙女のように、狂気に満ちたヌセイリン表情。画面の反射越しに、吐き気を覚えたビャステコは、静かに為息を吐いて、視線を明後日へと向ける。
原初にして、人工的に生み出された『神』そのものであるモノ、オリジナル。そして、そんな神の領域へと踏み出し、生物として逸脱した存在、真神類。無謀にもオリジナルへ挑み、散っていた存在を含めて。幹部と呼ばれた彼等は、文字通り三世代の真神類を統べる存在──で、あるのだが。
「それで、貴女の始末状況はどうなのです?」
「…順調に進んでるわ」
ヌセイリンの言葉に、ビャステコが言葉を吐き捨てる。
ある意味無差別的に、意図して拡散されていたはずのデモルフィネ。それにより生まれた怪物、その数は減少を示していて。暗部たる彼女が、粛々と始末していたことを物語る。…尤も、減った個体の中には、自己崩壊による消滅やエンバハル達英雄が倒したものも含めるのだが…そんな個体数など、氷山の一角に過ぎないわけで。寧ろ、中でも『人間』として命を繋いだ者は、更にその一部と数を減らす。
閑話休題。
おおよそ予定通りである、と事の進捗を確認した2人。
彼女等が、くだらぬ雑談に花を咲かせる中、不意に陽炎が立ち込めると、ビチャリという音が、屋上の床を鳴らし濡らす。
「あら、涼しそうですね。ホルスザク」
流し目に姿を捉え、ヌセイリンが呟く。
赤染めされた白髪の男─ホルスザク。水濡れた彼は、盛大に舌打ちをすると、使い物にならぬタバコ箱を、地面に向かった投げ捨てる。
「ヌセイリン、貴様──」
「ストップ!それ以上いけないわ、ホルスザク」
「──チッ」
勢いのまま殴りかかろうとして、割り込んだビャステコの腕が、その前髪を数本はらりと落とす。
ある意味で、彼等ならではの、いつもの光景。腕を虚構へ振り下ろした彼は、ドカッと音を立てて、立て付けのベンチへ腰掛ける。
「それにしても、珍しい失態ですね。オリジナルの情報が出揃い始めた今、人間相手から情報を引きずり出すだけの簡単な仕事だったはずですが…」
「──違う!『無関係なら殺すな』というアマトゥス様の意向さえなきゃ、あんな小僧程度簡単に…チッ」
「──あらあら、反撃されたんですね。かわいそうに」
誰に向けての『かわいそう』なのか。すくっと立ち上がった彼女は、満面の笑み浮かべ、彼の横を通り過ぎる。
「どこに行くつもり?」
ビャステコの声に、ピタリと足をとめるヌセイリン。
「オリジナルの─いえ、少し用事を。あぁそうそう、ホルスザク。関係者でなければ、関係者にしてしまえばいいのですよ」
不意に、雲に隠れた太陽。そんな声が木霊する中、奪われた光は、彼女の元へ影を落とした。
ーーー
「そう…そういうことなのね」
電話口で呟いて、椅子の軋む音が、室内に響き渡る。
佐倉興信所、その執務室。そこに腰掛ける銀髪の美女─智代子は、デスク上にまとめ上げた情報を横目に、深く為息を吐く。
彼女にとって、数少ない肉親たる弟─誠良。真神類の脅威以降、特に衝突らしい衝突は無かった─が、しかし。先日より始まった、白龍の怪物に関する調査。その進展が見込めなくなったのと矢先の衝突。もちろん、彼女とて、心当たりがなく──
「…違う。これは──」
──消された、と。情報の一切、その記憶すらも改竄されて。
そこまで思い至って、背もたれ体重を預けたまま、目頭を軽く抑える。
電話口の向こう、尚も続けて聞こえる小山の声。
念の為、と。弟につけた彼の言伝に、彼女は三度息を吐く。
誠良と、そして英雄であろう2人組みとの会話。その内容として。
一つ、オリジナルは、幹部を凌駕するほどの力を持つこと。
二つ、その戦闘の一切は、現実の状況証拠すら無かったことになること。
そして、三つ──
「──華奈子ちゃんが、白龍の真神類…」
妙に納得してしまうのは、本来ならたどり着いていた情報であるが故か。今朝方、誠良が言っていた言葉が、思わず口から漏れる。
誠良の言っていた、『映像』内で姿が変わったという話。そして、2人組の語る、戦闘後に見かけた、或いは防犯カメラには映っていた銀髪の女という情報。自分も姉も特徴的な容姿である分、その時間に、自分が出ていない事実そのものが、語られた内容の輪郭を補強する。
『──解散しました。追いますか?』
「…大丈夫、そのままでいいわ。ありがとう、小山さん」
プツリと切れた通話音。
人伝とはいえ、彼女にとって、予期せず進展した白龍の怪物─オリジナルという存在。正確には、既に自力でたどり着いたものを、再び焼き直しているだけに過ぎないのだが…少なくとも、今の状態が、本来の状態まで戻ったのは確かであるか。
偶然か、それとも必然か。改竄前と全く同じように、自らのメモ帳へ情報をまとめた智代子。復元が終わった彼女は、新たな情報を一つ、そこへ書き加える。
・真神類、或いはデモルフィネの使用者に、改竄は適応されない。
誠良達がたどり着いた共通項、『デモルフィネ使用の有無』。それによって変貌した真神類、そして変身する英雄のみが、オリジナルへの認知をそのままにしていた、という事実。
「兎に角、詳しいことは本人達に聞いてみるしかないわね」
パタリ、と。メモ帳を閉じて、自分に言い聞かせる。
推定、オリジナルである実姉と、その彼氏にして、英雄の変身者─明大。脳裏に過った2人の姿を前に、椅子から降りた彼女は、執務室を後にした。
名前:佐倉華奈子 (26)
性別:女
備考:本作のヒロイン。
明大の恋人であり、誠良(=エンバハル)と智代子(一卵性双生児)の姉。元々は病弱であったが、1年半ほど前を境に驚異的な改善した。
明大のことで知らないことは無い。




