File30.白龍の怪物
──前回のあらすじ──
ノックオフとの戦闘中、突如現れた白龍の真神類─オリジナルの強さを目の当たりにしたセカイとコトハ。
時同じくして、智代子がたどり着いた資料、その映像を開いた誠良の瞳に映ったのは、姉である華奈子と、真神類幹部を一蹴するオリジナルの姿だった。
「H.A.T.E.、か…」
とある商業施設の一角、その屋根の上で。メモ帳を片手に、外を見下ろす影が一つ。紅いラインの入った、全身を覆う漆黒の鱗。黄色の眼を淡く光らせたその怪物は、唯一白い左腕を抑え、そんな声を漏らす。
「…その名が示すはヒーローか、それともヒールか。唯一共通するならば、いないことが一番か」
怪物の視線の先、2つ頭の怪物と戦うカラフルな4人の戦士。彼等の力が重なり、フィナマノイドが爆散するのと同時、黒龍の怪物は一陣の風と共にその姿を消していた。
★ー☆ー★ー☆
「いってきます、明大さん」
「あぁ…いってらっしゃい、華奈子さん」
軽くハグを交わし、職場に入る彼女に手を振る。いつもの日常──そして、今後変わるであろう、なんてことない日々の一幕。
「…やっぱいいな、こういうのは」
踵を返した路上で、そんな声が漏れる。
まぁ、今後変わるであろう、とは言ったものの、しばらくはいつもの見送り。…尤も、今はまだ構想の段階に過ぎないのだか。
職が決まり、二輪免許の試験を控えた今。将来的にはランダムして、送迎しつつ出勤…なんてことも考えるのは自然だと思う。まぁ、それを実現するには二輪免許を持って1年以上経たなきゃいけない関係上、少なくとも1年以上先の話にはなるのだけど。
「一先ず、中古車でも買うべきか…?いや、置き場所が無いな…」
移り変わる信号の光を目に、言い聞かせるように呟く。
なんだかんだ、二輪免許を取りがてらやった失効手続きを終え、運転自体はできるようになったのだ。このまま1年待つよりは、車での送迎も視野に入れておきたい。…ま、物騒な世の中だから、という理由ももちろんあるけれど。
いつもと同じはずで、心なしかいつもと違う道のり。そんなぼんやりとした俺の思考は、浮ついた俺の足によって、景色と一緒に置き去りにした。
ーーー
とある建物の、その一室。
薄暗い照明が照らす中、中央に位置する手術台へ視線を向けた女─ヌセイリンは、己のタブレットに映る数値を見比べ、その口角を吊り上げる。
「さすがはオリジナル、と言ったところね。こうも簡単に想定を超えてくるなんて。人間風情も、中々いいものを作ってくれたみたいだし」
艶めかしい舌なめずりをして、反響したそんな声。伸びた手の先、軽く撫でられた『サプレスバックル』は、繋がった配線により、物言わぬオブジェと化してる。
彼女にとって、眼の前に横たわる実験体はその程度の存在である、と。言外に語ったそれは、瀕死の本人に届くことは無い。
──真神類の原点、オリジナル。人類が犯したの禁忌そのものであると同時に、人の身でありながら、『神』へと至った唯一の存在。…故に、その一部から産まれた我々は、神を名乗るに至るのだが。
1年と少し前。秘密裏に、ある意味非人道的に行われ、産み出されたソレは、圧倒的な力を振るい、いつしかその姿をくらませた。一研究者として、その力に魅入られた彼女は、唯一手に入れたオリジナルの一部を元に、人であることをやめた。アマトゥスをはじめとした、所謂『真神類幹部』たる5人は、オリジナルをなぞった第二世代であるため、それだけ神への執着が強かったとも言える。
そして現在。紆余曲折の果て、真神類の根源たる『デモルフィネ』、そして進化を促進させる『オピレイド』の完成をもって、神への到達が、机上の空論からかけ離れつつあった中で。再び姿を現した神は、そんな彼女の想定すら、軽く超えていったのだ。
「──さて、貴方にももう一仕事してもらうとしましょう」
宣言か、はたまたただの独り言か。ノックオフの全身を、無造作に弄くり回すヌセイリン。一方的とはいえ、サプレスバックルに残った『オリジナルと戦った』というデータは、好奇心を刺激するには十分すぎるものである。
彼女にとって、神とは自らの理想を体現するものであり、故にソレ以外はどうでもよくて。同期がどうなろうが、実験と称して生み出した『ヒロアス』と『カフラマン』さえ、礎の一つに過ぎない。彼等が警察に協力していることこそ予想ではあったものの、それはそれで面白いデータが取れた、と。手放しに喜ぶくらいには狂っている。無論、ノックオフの肉体すらも、そんな使い捨ての一つに過ぎない。
「第3ステージの先、一体どうなってしまうんでしょうね?」
いつの間にか、照明の消えた室内。
確かに残ったその声を最後に、ノックオフの4つの目が、怪しく光り開かれた。
ーーー
「──だから!見たままだって言ったでしょ!」
何度も言わせないで、と。朝っぱらにも関わらず、佐倉興信所、その執務室に響く大きな声。長く美しい銀髪を揺らし、そう叫んだ長─智代子は、向かいに立つ実弟を目に、大きく息を吐き捨てる。
事の発端は、数日前の深夜。件の─華奈子が、オリジナルへと置き換わったあの映像をみて以来。詳しい説明を求めようとした誠良に対し、智代子がその一切を語らなかったこと─否、正確には、休日であるにも関わらず、誠良と接触すら無かったことに起因する。
尤も、実姉に対し彼がこうして声を荒げるのは、非常に珍しいことであって。故に、その異常性を知る姉にとって、困惑以外の何物でもないのだが。
売り言葉に買い言葉。それでも尚、食い下がる弟を前にして、彼女は不意に、自らのメモ帳を広げ見せる。
「これで分かったでしょ?華奈子ちゃんが白龍の─オリジナルだっけ?それだなんてあるわけないじゃない」
呆れ混じりの姉の声。誠良の網膜に映った白紙のメモ帳が、その思考を大きく揺さぶる。
──達の悪いドッキリか。いや、そうであるに違いない、と。この数日、動いては辻褄の合う証拠を思い出して、思い込もうとした考えが、音を立てて崩れ去る。
「…どうなってんだよ」
誠良の呟きが、虚構に当たっては消える。
あの日、確かに目にした件の映像。彼の脳裏に焼き付くほど、強烈な映像であったにもかかわらず、だ。翌朝、動画があった痕跡はおろか、次姉本人から不思議な顔をされる始末。
──まるで、自分だけが、達の悪い悪夢を観ていただけのよう。
ただ、白龍の真神類─オリジナルを探していたという事実だけが、結果も実らず続いているだけ。
「あ、ちょっと待って誠良!その話詳しく──」
誠良は執拗に頭を掻いて、執務室を飛び出す。
映像も、記録も、何もかも存在しなかったこの状況で。一縷の望みをかけて、ただ衝動的に、その足を動かす。
「アキヒロ─は、現場を知らないし。出雲さん?─いや、情報が消えてるなら、あの人が知る余地も無いか──」
蒼いバイクに跨り、宛もなく自問自答する。
誠良にして珍しい、見切り発車。メットを被ろうとした刹那、不意に脳裏に過った人物。善は急げか、彼はその両目を見開くと、勢いのまま興信所を飛び出した。
ーーー
「ありがとうございました」
いつものように、しかし深々と頭を下げる。
気付けば卒業試験も終え、合格判定を貰った現在。資料を受け取った俺は、退出を前に礼を言う。…いや、本当はここまで大袈裟に頭を下げなくても良いのだが、やらない理由にはなり得ないだろう。俺自身、驚異的な速さでここまで駆け上がってこれたのも、運こそあれど、教官達が真摯に教えてくれたからだし。
そこまで自分に言い聞かせて、勢いよく頭を上げる。一瞬だけ映った彼らは、愛想笑いを浮かべていたような気もするが…そこはもはやどうでも良くて。踵を返した俺は、そんな彼らを背に、晴れた一歩を踏み出す。
「あとは来週の試験、か…」
バイクに跨る自分を想像して、頬が緩む感覚を覚える。
すぐに、とは言えないが近い将来の話。華奈子さんを後ろに乗せて、送迎が日課になるのだろうか。それに、町の外へ旅行とかも。
増えた選択肢に心を躍らせ、自然と足も軽くなる。
幸い、バイクを買っても不自由なく過ごせるほど金はあるし、趣味として過ごすには時間も条件もある意味理想的なのだ。…最初は、誠良のやつとお揃いにしてみてもいいかもしれない。義兄弟でツーリングは、華奈子さんとはまた違った魅力がある。うむ。
──そんな、思い浮かべるほど魅力的で、トリップしかけた刹那。さしかかったビル群の一角から、不意に、全身の毛を逆立てる嫌な気配が一つ。
「──これ、この前よりも…」
思わず呟いて、しかし息を殺して自然体を装う。
──この嫌な感覚。この前の女といい、怪物といい、厄介事になった試ししか無いのだ。あの鈴村は例外とはいえ、第六感のようなものが、だいぶ発達している近頃の俺。これはスルー安定だと、そのまま身体に指示を出す。…まあ、漂ってくる不快な匂いが、それを助長しているのもあるかもしれないが。
「おい、お前」
「──っ」
ビル脇の喫煙所、そこを無理なく通り過ぎようとして、気配の正体の声が聞こえる。人影は他には見えない。うん、この『お前』は俺のことで確定。
ギギギ、と。そんな幻聴と共に首を回して、恐る恐る振り返る。目が合った。合ってしまった。
「えっと、どちら様d──」
「何処まで知ってる」
「──は?」
素っ頓狂な声が、思わず口から漏れる。
出雲さんの同じくらいだろうか、赤染めされた白髪の目立つ、初老の男。タバコを加えたままの彼は、詰め寄るように一歩踏み出し、臭い息を吐き向けてくる。
「あ、えっと、いや近──」
「何処まで知ってるかと言ってるんだ。大人しくさっさと吐け」
「はぁ…?」
急に胸ぐらを捕まれ、不快な息を撒き散らす男。
何処まで知ってるかとか、そんなこと言われても検討すら付かんし、てか何の話だからわかんねぇし?あと単純に臭いし近いし不愉快なんだが?
反射的に、出そうになった拳をなんとか抑えて、とびっきりの笑顔を浮かべてみせる。…途中で、偶々、男の顔面に向かって、咳を浴びせてしまったのだが、これは仕方がないことだろう。俺はそれとなく鞄に手を入れて、拳代わりにその中身を掴む。…大丈夫、耐えれてる。
そもそも、胸ぐらを捕まれるような心当たり──は、結構あるが、それは同年代相手の話だ。もちろん、こんなひと回りも歳上のオッサンに恨まれるような覚えはは無いはずだが。
「そろそろ、離してくれませんかね。服が伸びるんで」
「──チッ、外れか」
「──ぅぉ…と」
愛想笑いが功を奏したのか。はたまたオッサンが人違いに気づいたのか。俺の言葉のあと、突き放すように押されて、なんとかその場に踏み止まる。
人違いにしても、いきなり胸倉を掴んでくるのはいかがなものか。なんなら飛んできた唾やら、服にこびり付いた匂いや灰やらで、今すぐにでも脱ぎ捨ててシャワーを浴びたいレベルの不快感ときた。回避できなかったとはいえ、やっぱりこの嫌な気配は信用に値する直感なのかもしれない。…それはそうと、この服はもう二度と着れなくなったが。
オッサンはオリなんとか?が─とか、ヌ…ビ、なんとか?が─とか、わけのわからないことを言っていたが、関わるだけ無駄だろう。いや、むしろ関わりたくない。さっさとこの場を離れるに限る。
振り向きざまの一瞬、タバコの火を手品のように掌から出したようにも見えたが、一連のストレスによる幻覚だろう。…だとしても、路地じゃないここは、終日禁煙なんだが。
一刻も早く離れようとして、距離を取った刹那。ただそれとなく、偶々、鞄内で振ってしまった炭酸水を開けると、中身を勢いよく後ろにぶち撒けて。俺は脱兎の如くその場を走り去った。
『黒龍の怪物』
「A tragic product that led to a new god」
・白い左腕が目立つ、白龍の怪物と同じ姿でありながら反転色をした怪物。
・フィナマノイドによる影響の一切を受けず、単騎でH.A.T.E.の面々を圧倒する力を持つ。
・5lie-usによって、幾度となくその姿は観測こそされたものの、いずれも記録に残ったことは無い。




