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※タイトルの文字化けについて、このプラットフォームの仕様的に全角に変換されているため、本来は半角カタカナ表記であることをご留意ください。
──前回のあらすじ──
華奈子との行動範囲を広げるべく、着々と「足」の確保に乗り出した明大。
そんな何気無い日常の裏側にて、白龍の真神類を探す中、ノックオフと遭遇した誠良は、その存在へ憤りを覚えるのだった。
人が寝静まる深夜、街を彷徨う男女が2人。
コソコソと、公園から出てきた彼らは、周囲をキョロキョロと見渡すと、手招くように生垣へ屈み込む。
「にゃ、にゃーん」
「ちょっと恥ずかしがらないでよ!」
「ちょ、みっちゃん声でかいって!?」
端から見れば、明らかに怪しい男女─セカイとコトハ。生垣の向こう、去っていった子猫の姿を目に、セカイが年甲斐も無く肩を落とす。
特に大きな目的は無く、近所に出ていた2人。何故こんな時間に─そう、強いて理由を挙げるとするならば、唐突にコトハがカップ麺を食べたいと言い出したことが事の発端だろうか。無論、歳を考えろと呟いたセカイは、三十路女の逆鱗によってその場で蹴り飛ばされてはいたが。
紆余曲折を経て、カップ麺を手に入れた2人。そんな帰り道の途中、微かな鳴き声に釣られたセカイ。そんな子どもらしい一面に感化され、コトハ主導で子猫探しを始めたところで、話は冒頭へと戻る。
いずれにせよ、コンビニの袋を片手に、励まし合うその姿は、何処からどう見てもただのカップルに相違ない。
ありふれた日常、その一幕。不満げな表情を零しながら、泣く泣く公園を後にした2人。不意にガサガサ、と。風に吹かれた袋が、警鈴のように音を奏でる。
「セカイ」
「…わかってる」
先程までとは異なる、芯の通った声。
少し前住宅街から外れた路地。その前に立ち止まった彼らは、互いに視線を交わし合うと、懐に、或いは腰にさした拳銃へ手を添えた。
ーーー
蒼いバイクを走らせ、自宅へと向かう「足」を速める誠良。
日付けはとうに変わっており、帰宅と言うには遅い時間ではある。もっとも、本人が大人である以上、彼の姉がそれを咎めることは無い。…まぁ、連絡無く遅くなった理由はしつこく求められることにはなるのだが。それは家族──特に、戦場に身を置く誠良を心配したが故である、と。相互に理解しているため、彼が文句を言うことは無い。
繁華街を抜け、静かな住宅が並ぶ景色へ変わる。
糸羽町市の一角に建つ、姉と2人暮らしの一軒家。両親亡き今、若い男女が住むには豪華すぎるような一軒家である。…無論、それは両親が糸羽町市で信頼され、遺した両親の功績の一部であるのだが。それのおかげで、2人はこうして町を守れている。
さて、話は変わるのだが、そんな好条件の中。三姉弟の中で、長女は一人暮らしをしているのだが、妹弟はその理由を知らない。
自他共に認める、恋人無し=年齢の病弱な女。それがつい1年と少し前、突然一人暮らしをすると言い出したことは、未だに誠良の記憶に新しい。…尤も、今では明大という高物件を恋人にしているのだから、智代子とふたり、それ以上言うことは無いのだが。
「いや、待てよ…?」
交差点に差し掛かり、動きを止める誠良。ふと、そこまで思考して、得体の知れない違和感が、彼の脳裏にチラつき出す。
直近1年よりも前、彼女は病弱だった。そう、病弱「だった」のだ。
──しかし、今の彼女は健康そのもので、むしろイキイキと人生を謳歌している。
それに、彼女はずっと、何かに固執していて。だから──いや、何に?
「──っ」
元々、次姉に劣らず頭の回転が早い誠良。違和感が確信に変わりつつあった刹那、切り替わった信号の緑色の光に、それは無残にも消えて行く。
「あれは…いや、今はいいか」
メット越しに呟いて、思考を切り替える誠良。
その視界の先、いよいよ近づいた実家には、ポツンと明かりがついていた。
ーーー
街灯も無く、月明かりすら照らさぬ路地。
互いに死角を合わせ、中へと侵入した2人は、ぼやけた人型のシルエットを目に、各々の銃を構え直す。
「──翔んで火に入る夏の虫とは、よく言ったもんだなぁ…?」
コツリ、と。床を鳴らす音が、全身の毛を逆立てる。
ゆっくりと、近づいてくる気配。刹那、体を反らした2人は、互いに銃口を向け、引き金を引き合う。
「『ヒロアス』ッ!」
「『カフラマン』っ!」
ただ一瞬、そして彼らを襲う凄まじい衝撃。差し込まれたデモルフィネにより、ヒーローへと、その姿を変えた2人は、覆い被さる建材を吹き飛ばし、その複眼を灯し立つ。
『The next generation system "Héros"』
『The next generation system "Kahraman"』
火花を撒き散らし、遅れて流れる電子音。
彼等の視界の先、対峙していた人影はその輪郭を露わにすると、バイザー越しに4つの眼を妖しく光らせる。
「丁度いい。ん、ん゙ん゙…ぁ゙ー、よし。俺の名は『ノックオフ』。旧世代に成り代わり、メシアになる男だ」
決まったぜ、と。静かに呟いて、決めポーズをとる4ツ目。
そんな姿を目に、一瞬互いの顔を見合わせたセカイとコトハ。2人は、直ぐ様言い回しにたどり着くと、己の警戒を一気に引き上げる。
「おい、どういう意味だこの野郎ッ!」
「──ククッ、答える義理は無ェ…ッ!」
ヒロアスが引き金を引くのと同時、ゼロとなる距離。直後、飛んできたノックオフの拳が、ヒロアスの肩に直撃する。
「──っ!」
「ヒロっ!」
意識外、第三者からの狙撃。光弾ノックオフの装甲に着弾し、火花がはじけ飛ぶ。
普段の真神類と異なり、明らかに少ないダメージ。ただ、彼女の次弾が着弾することは無く、ノックオフの身体が不規則にブレる。
「ククッ!遅ェ──よッ!」
嬌声じみた悲鳴が、ヒロアスの耳に響く。
視界の端に、糸に拘束された番が入り、彼の拳銃を握る手に力が籠る。
「チッ」
地面、或いは壁にぶつかり、虚構へ消えて行く光弾の数々。確かに狙いは定め、撃っているにも関わらず、だ。庄司の改造により、真神類以外への被害を出さぬそれは、最早敵を刺激するためだけの、玩具と化している。
舌打ちをした直後、彼を襲う無数の糸。絡め取られた拳銃を手放し、咄嗟に後方へと壁を蹴る。
「カフラマン!」
「は──」
ヒロアスの叫ぶ声。瞬間、ノックオフの複眼の一つに、飛び出した肉薄したコトハが映り込む。
火花が飛び散り、路地を一瞬照らす。
ノックオフの、自らが拘束したカフラマン。上から聞いていた、番との連携は思った以上に強力で、油断ならなかった。…が、しかし。
最小限の糸、そして動きだけ。迫った鉤爪の軌道をずらし、背後に回るヒロアスへぶつけた彼は、3次元的に壁に張り付くと、共に倒れた2人へ視線を落とす。
「うひょー大惨事。いたいでちゅねー、なんてな!…ふぅ、まぁこんなもんか」
煽るように、パンパンと埃を払う姿。ソレは多量の糸を吐いて、無理矢理二人を地に伏させる。
コツリ、コツリ、と。あえて音を立てて近づく中。バイザーの下、下卑た表情の怪しい瞳が、不意に一点を視界に捉えその口角を吊り上げる。
「さてさて、旧世代のはどんな感じかな、っと」
カチャリ、と。刹那に手首から伸びた糸の先、一瞬にして手元に収まった拳銃。
玩具を与えられた子どものように、弾む口調で言い放ったノックオフは、徐に銃口を向けると、引き金へとその指をかける。
「お前…どこまで愚弄して──ッ!」
「ククッ…バイバーイ──せ・ん・ぱ・い♡」
響く、気色悪い声。マスク越しに睨むセカイにそう返し、カチリと引き金の音が鳴る。
「──ヒロっ!」
路地を包む、熱風と多量粉塵。
連鎖的な爆発音に一瞬遅れて、コトハの声が響く。
「あーあ、呆気ないもん──だぁ?」
周囲が晴れだした頃。ノックオフの小馬鹿にした声が、困惑へと移り変わる。
「…ククッ、そうかそうか。…俺ァ運が良い」
煙の中、ぼやりと現れた白いシルエット。
直後、振り被り肉薄したはずのノックオフの身体が、背後の壁に突き刺さる。
「──白龍の、真神類…」
爆心地のすぐ下。変わらず、地に伏せたままのヒロアスは、立ち尽くソレを見上げてそう呟いた。
ーーー
ガチャリ、と。玄関の鍵が閉まる音。グローブとヘルメットを外し置き、履いていた靴を脱ぎ揃える。ただいま、という声が消えた廊下。軽装になった誠良は一歩踏み入れて、キシキシという足音を鳴らす。
「姉ちゃん?」
リビングに踏み入れ、訪ねるように声を漏らす誠良。見渡す視線の先、乱れた銀髪まま突っ伏す姉を捉えた彼は、静に溜息を漏らすと、流れるように部屋を出る。
──佐倉智代子。糸羽町市の興信所を営む、完全無欠の敏腕美人探偵である。…尤も、それは外からの評価であり、私生活を知る弟や双子の姉からすればただのだらしない姉妹の一人なのだが。敏腕や美人という点においてでは、身内贔屓無しにも否定できないことが悔しいところである。唯一謎と言えるのは、この歳になっても浮いた話を聞かないことだ。もう一人の姉同様に、固執しやすい彼女の気質が原因でもあるのだが…その姉に恋人ができた今、弟の誠良としては少し気がかりでもある。…もしや、過去の弟に対する暴虐無尽ぶりがバレたのではないか。同じ遺伝子の長姉と違い、包容力のほの字も無い彼女なら、あり得ない話でもない。
姉弟ながら、そんな失礼なことを考えて、再び溜息が漏れる。その矛先が彼女ではなく、自分自身に向けられたものではあるのだが…まぁ、それは外から観測できない程度の些細な問題であるだろう。
いつものように手を洗い、夜食の準備を済ませた誠良。ただ、実際はいつもというほど夜食を出す訳では無いのだが。不定期的に訪れる修羅場が今である、とソレを象徴していることには間違いない。
「…ったく、こんなに散らかして。一体何を調べてたんだか」
寝入る彼女をそっと抱きかかえ、ソファに寝かせてタオルをかける。幾度目となる姉の寝落ちは最早慣れたもので。散らかった資料を日付け順にまとめていく。
もちろん、調べ物の正体は予想した通りで。相変わらず固執気味だな、と自分のことを棚に上げる。
事務所総出で、情報を集めている存在─白龍の真神類。それに並行して、ノックオフなるヒーローモドキを調べていたことが、誠良をこの時間に帰す原因になったのだが…それはそれ、これはこれである。
案の定、散らばっていた資料はどれも白龍の真神類についてであり、どれもこれも核心を突くものはない。尤も、あの時、偶然テレビ中継に映り込んでいたというだけで、遡っても1年以上も前に一度、智代子自身が撮影した1枚しか姿を示すものも無い。…ここ数カ月の目撃情報だけは確かにあるのに、だ。
進展もない資料をまとめ終わり、一息つこうと腰を降ろす誠良。ふと、埋まっていたテーブルの下、開かれたままのメモ帳が視界に入り、無意識的に手が伸びる。
「──…!どういうことだ!?」
見慣れた姉の筆跡。反射的に漏れた声が、誠良の身体を無理矢理動かす。
机上に置かれたままの、半開きのPC。まるで吸い寄せられるように。ソレを開いた彼は、画面いっぱいに映る静止されたままの動画を目に、再生ボタンへカーソルを合わせた。
ーーー
蒼いラインの入った、全身を覆う純白の鱗。紫の眼を淡く光らせたその怪物は、神々しく、優雅にその路地をあとにする。
「なんなの、あれ…」
コトハの声が、セカイの耳に届く。
突如として現れた、白龍の真神類。己の鉤爪も使い、なんとか拘束を抜け出した2人は、ノックオフと、ソレを一蹴した怪物を目に、気持ちを同じくする。
路地という閉所とはいえ、2人がかりで苦戦した相手、ノックオフ。
月明かりに照らし出され、白い鱗をキラキラと反射させる怪物は、壁から引き抜いた彼を投げ飛ばし、ただゆっくりとその距離を縮める。
「っ──ククッ、これがオリジナル。思ったより強──」
ノックオフが言い終えるよりも先に、破裂音が鳴り響く。木が彼の身体に激突し、木っ端微塵になったのだ。
「クソッ──クソクソクソクソ…ッ!」
路地から無人の公園へと、舞台を移すや否や、ノックオフの口から漏れる声。木の粉を振り払い、なんとか立ち上がった彼は、バイザー越しの瞳をギラつかせると、堂々と近づく白龍の真神類──オリジナルを睨み付ける。
「原初だか何だか知らねぇが…俺は、俺はァ───ッ!」
癇癪を起こしたような咆哮。絡みついた糸を手繰り、掌にセカイの拳銃を納め、銃口を向ける。
一歩、白龍の真神類が踏み込んで、背筋が悲鳴を上げる。
一歩、原初の怪物が踏み込んで、呼吸がまともにできなくなる。
ただ対峙しているだけ。ただ、それだけ。
本能的な恐怖か、或いはもっと別のナニカか。唯一できる抵抗はこれだけである、と。発狂しそうな思考で、引き金を引こうとした刹那、目先の輪郭が消えた。
「お゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙───ッ!?!?」
ノックオフの耳に届く悲鳴。それが自分の声だと認識するよりも早く、ねじり曲がった己の両腕が視界に入る。
──怪物となり、全てを超越したはずの肉体。そんな全能感すら、足者に及ばないのだと。彼の本能が、脳から、心臓から、全身から警鈴を鳴らす。
「───ッ」
ガシャン、と。バイザーが割れる音。対応するよりも早く、次の拳が目前に迫る。
一瞬だけ、オリジナルの瞳に映った、怪物の顔が露出した己の姿。自分は狩られる側であると、本能がそう叫ぶ。
「───!?」
「──何!?」
あわや、命の灯火が消えかけた刹那。代わりに出現した水柱に、2人の声が響く。
拳銃が、転がり持ち主の元へと戻る。彼等の視界には、無人の公園と、確かに残る戦闘の後だけが映し出される。
「消えた…?一体なんだったってのよ」
「演出…って訳では無さそうだしな」
それぞれ変身を解き、顔を見合わせ呟く2人。
戦闘となり、敗北しかけるや否や、新たに現れた怪物の乱入。…そして、それらの消失。セカイの言葉もその通り、目まぐるしく変化した状況は、演出じみた幻覚にも似ていて、戦闘跡が、或いは頬を抓った痛みが、夢ではなく現実であると2人の脳を刺激する。
「──!待てっ!」
不意に叫び、コトハの元を飛び出すセカイ。彼に釣られて、公園の外に出た彼女は、誰もいない周囲をしきりに見渡す。
「セカイ、どうしたのいきなり走って…」
「あ、いや…──そう、女の人だ。誰か、俺達を覗いている人がいたんだよ!」
セカイの網膜にキラリ、と。公園から外れた物陰の向こう、僅かに映ったはず人影。月明かりに照らされ、2人の影が輪郭を帯びる中、一陣の夜風が、銀色の髪を吹き飛ばした。
ーーー
「──は?ちょっと待て、どういうことだ?」
静止した画面の前、ひとり呟いて、頭を抱える誠良。逡巡の後、改めて画面と向き合った彼は、再びカーソルを最初の方へと戻し流す。
「っ、やっぱり…そういうことなのか…?」
何度も何度も、同じ箇所に戻しては再生を繰り返す。しばらくのループ、再び最初に戻った映像は、確かに時を刻み出す。
次姉のメモ曰く、一月ほど前にあった、姉とその彼氏達が襲われたあの日。表向きは避難が間に合い、怪我人無く済んだ─はずだったのに。避難中の一般人─その一人が、野次馬のように撮影したとされる動画。画面に映る長姉が、大量の白い人型─そして、幹部の一人に囲まれ立つ。
『私はゲアジェント。矮小な人間共、私のために死になさい』
撮影者の怯えか、ブレる映像。PCのスピーカーから、敵として聞き慣れた声が流れる。
向かい立つ華奈子へ向かって、ゲアジェントとアンゲロスが、雪崩れるように襲いかかる。
『は───?』
ゲアジェントの声。
多勢に無勢。分かりきった結末が起こりそうになるや否や、素っ頓狂な雑音が、続く映像を切り替える。
──純白の鱗を持つ、龍のような怪物。
ゲアジェントの掌が届く瞬間、立っていた長姉の姿が、怪物のソレへと置き換わる。
…それはまるで、合成された映像のように。或いは、編集された映像のように。何度も何度も見返して、理解することを拒否した映像。──ただ、次姉の情報曰く、現実そのものである、と。
『オリジナル…ッ!そう、丁度いいっ!』
歓喜に揺れる女の声。瓦礫が、光弾が、多量アンゲロスが、宙に浮かび上がり、白龍の怪物──オリジナルへと襲いかかる。
衝撃により、乱れる映像。
砂煙が晴れ渡り、光が戻ると同時に。ゲアジェントの頭を鷲掴みにしたオリジナルの姿が、その輪郭を帯びる。
誠良─否、エンバハルにとって、敗北を刻まれた幹部。かつて、手も足も出ず、無様に地面をなめたことか。ゲアジェントとは、そういう存在…で、あったはずなのに。
ただ一方的に、拳を、蹴りを叩きつけられ、沈んでいく真神類の姿。そこからの展開は単調で。反撃しようと動くも、全ていなされ、カウンターを食らう始末。…ここまで立っていられるのは、彼女が幹部であるが故か。はたまた、防御力に定評のある存在であるからなのか。いずれにせよ、詰みであることは明白であったのだが。
「──やめてくれ…」
誠良の声が、映像の音に重なる。
先程から、繰り返し見た光景。画面の向こうでは、ゲアジェントの胸を、オリジナルの腕が貫き引き抜く。
一瞬のハム音、そして乱れた映像。
多量の液体を撒き散らし、爆発四散した中心に、紅く染まった白龍が、紫に光る瞳をこちらへ向ける。
──ブツッ、と。幾度目となる映像の終わり。
再びループ再生が始まる中、メモを持った誠良の腕が、力無く下がり落ちた。
ーーー
カーテンの隙間から、新たな1日を運ぶ光が漏れる。
チュンチュン、と。小説とかならそんな擬音が流れるだろうか?俺は上体を起こして、バキバキと鳴る背中を伸ばす。
「いつもと変わらぬ朝…うむ、実に素晴らしい」
「何言ってるの明大さん」
「いや、ちょっと変な夢を見てだな…」
食欲をそそる匂いと共に、鼓膜を震わせる愛しい声。
俺は弁解するようにそう返して、思わず頭を掻きむしる。…まぁ、変な夢を見たのは事実である、が。それはそれとして恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
気を取り直し、ベッドから降り、カーテンと窓を明け放つ。
「おはよう華奈子さん」
「おはよう、明大さん」
いつものように、挨拶を笑みと共に交わし合う。
ただ、いつもと違うとするならば。目の前の彼女が、既に甘えモードであることだろう。俺はすり寄ってくる彼女を、壊れないように抱き寄せて、差し出された頭を撫でる。
華奢な身体に、確かに感じる彼女の熱。…俺みたいに、変な夢でも見たのだろうか。せめて、俺といる間だけはそんなことがないように…なんて、キザかもしれないけど。
そのまま重心をかけられ、2人してベッドにもつれ込む。…どのみち今日は休日。偶にはダラダラと1日潰すのもありなのかもしれない。
そんな、自堕落を誘う多幸感。今はただ、これだけでいい気がして。確かな温もりを感じながら、俺は思考を放棄した。
☆ー★ー☆ー★
数日前、自分達を襲った2つの頭を持つ怪物。
今度は仕事の一環として、『糸羽町自然公園』を訪れたアヤ。普段は店長がやっていた仕事ではあるのだが、今日任されたのは信頼の表れか。兎にも角にも、2度目の来訪である彼女は、綺麗なままの風景を目に、静かに首をひねらせる。
「どうしました?」
公園管理者の訪ねる声。ただ一瞬、我に返った彼女は、思考の隅にソレを追いやると、交渉の場に話を移す。
──あの日の出来事について、彼女がわかることは3つ。
1つは、確かに怪物が存在していたということ。
2つは、怪物と戦う4人組がいたということ。
そして3つは、それらについて、誰も覚えていないということ。
店長に聞いても、実物を見ても。近頃は、別の黒い怪物がなんだと噂を聞くようになったくらいで、この件について触れられたことは無い。そもそもこの件ですら、争った痕跡すら無く、地元メディアも一切触れなかった為、一時は疲れて幻覚を見たのかさえ疑ったものである。
「ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ。今後ともご贔屓にさせていただきます」
社交辞令と共に、いつものように握手を交わす。花の売買という、関係の無い人からすれば小さな出来事ではあるが。彼女達の界隈にとって商談。それも、無事成立したのだ。
柄にもなく、安堵の息を吐いて、道中となる公園内を進む。
「あ、紫陽花…」
ふと、一点の花々に視線を奪われ、その場に足を止める。
梅雨も末、未だに鮮やかさを彩る、力強い姿。ただ、あの日。目の前で枯れたのが嘘のように、萼を反射した光が、網膜へ強く残る。
「貴女も、覚えているんですね」
「──!?」
一陣の風が、アヤの長髪を激しく乱す。
幻覚のように思えた、焦がれた声。振り返った彼女の目に、ハットを被った男が映る。
「すみません。たまたま、見かけたものでつい」
爽やかなそうな表情で、そう言葉を繋げる男。乙女のフィルターを通した彼は、どんな男よりも美しく見えていて。尤も、影となったその表情は、彼女以外には見れないのだが。
焦がれた男を前にして、しばらく固まるアヤ。対する彼は、目の前の紫陽花を軽く撫でると、ハットを深く被り直す。
「数日前、かな。俺も枯れてしまったと思ったんだけどね。…でも、これなら大丈夫そうだ」
「えっと、もしかしてあの時…?」
あの場にいたのですか、と。続く言葉を出そうとして、目に入った口元に人さし指を添えた姿。空きかけた口を塞ぐと、彼はそのまま微笑み返す。
「君も、早く忘れたほうがいい。…そうしたらまた、いつもの日に買いに行くから」
何処か悲しげに、爽やかな声で言い放つ男。アヤが制止するまでも無く、背を向けた彼は、花々の向こうへと、その姿を消していく。
「どういうこと…?」
残されたアヤの、口から漏れた独り言。
──そして、それから半月後。
その日、毎月のようにアヤが待っていた男が、花屋に姿を現すことは無かった。
『No魔Re:action-BLASTER』
「A fatal blow to correct the abnormality.」
・H.A.T.E.の面々が協力して放つ必殺の一撃、又はその砲台の総称。
・使用者の意思が重なることによりその威力を増す一方、戦闘中に一度しか使用できず、隙が大きい。
『フィナマノイド』
「Invaders from the Other Dimensions.」
・突如世界に現れた「伝NO空間」からの侵略者。
・異なる生物を継ぎ接ぎにしたような特徴を持ち、各地で超常現象ならびに破壊活動を起こし、人々を脅かしている。
・現実世界での肉体が保てなくなった際、「電NO空間」へ逃げ込むことで強化・巨大化する。
・これらによって引き起こされた超常現象は、該当個体が完全撃破されることによって元の在るべき状態へと戻る。




