のどかな黒の中で、とけていった紫。
和花の父親は道場の師範である。和花も幼い頃から柔道を習っていた。
中学までは負け知らずだった。中学までは。
元々"女の子の趣味"にあまり興味の無かった和花は、工業専門の高専に入学を決めた。
そこでも勿論柔道部に入った。女子はたった1人。和花は次第に勝てなくなっていった。
男と女の絶対的な差だった。
もう勝てない。
その思いが確信に変わったときから和花は部活をやめていた。父の道場にも行かなくなった。
いつものように授業を終え、真っ直ぐ帰路に着こうと校門をでた和花。
「君が和花ちゃんだね?」
「…誰、あんた」
和花は校門にもたれ掛かる青年に声をかけられた。
「僕はオオヤ。君に会って欲しい人がいるんだ」
静まり返った病室。
そこに眠る少女がいた。
「この子が…紫乃‥」
「そ、もう目を覚まさないんだけどね…」
紫乃は和花によく似ている。違うのは和花より長い髪と開くことのない瞳だけ。
「それで、俺にどうしろと?この子の目を覚ませって言うんじゃないだろうな」
「うーん、電脳世界に行ってしまった人間は完全にNPCに成り果ててしまうからねえ」
"NPC"、NotPlayerCaracter。
ゲーム内に元々組み込まれたキャラクター。
「つまり現実世界に戻れても所詮ゲームのキャラでしかないってことか…」
そうならもう今までの生活を送ることは不可能だろう。
「君に頼みたいのは紫乃の"元"彼氏とルームシェアして欲しいってことなんだ」
「…は?」
"ホーム"の玄関を開けたオオヤ。
「入って入ってー」
「ちょっと会うだけだからな…」
オオヤと和花は談話室に向かう。
ドアの向こうには少しやつれたような青年がソファーに深く腰を下ろしていた。
「黒、お待たせ」
「ったく…話ってなんだ…よ…」
黒という青年は和花を見て大きく目見開いた。
「紫乃…いや…違う…」
「どう?そっくりでしょ」
黒は冷めた視線をオオヤに向ける。
「どういうつもりだよ」
「彼女、新しいルームメイト」
「入居するなんて言ってねえ!」
すると玄関から大きな声が。
「すいませーん!引っ越し屋ですけどー!」
「荷物は上に上げといてくださーい!」
オオヤがその声に応える。
「荷物って…」
「ん?和花ちゃんの生活品」
和花が頭を抱えて叫ぶ。
「勝手に段取りしてんじゃねえ!てか親父が見ず知らずの男と同居なんて許さねえだろ!」
「和花ちゃんのお父様に交渉したら『彼女は男性です』って言って許してくれたから」
「…今なら親父を越えられそうな気がする…」
こうして"ホーム"でのルームシェアが始まったのだった。
少しして和花はオンラインゲームを始めた。
ゲームでなら男女の差が無いのがよかった。和花は"ルチア"と名乗っていた。
いつものようにゲームをしていたある日。
ルチアの目に"あの少女"が写った。
「紫乃…」
『武器の強化はそこの鍛冶屋で行えますよ』
紫乃は同じことしか言わない。ただのNPCでしかなかった。
「あ、和花」
「その名前はやめろ。俺はルチアだ」
ルチアは黒の部屋を訪ねた。中に入ると机の側の椅子に座り、クルクルと回る。
「…さっき紫乃に会ったんだ…」
「…」
回り続けながらルチアが言う。
「紫乃は…その…」
「…もういいよ」
黒が椅子に手を掛け、ルチアを自分の方に向ける。
「あいつとは終わったんだ」
「でも…」
「いいから!」
「っ!」
黒の唇がルチアの唇と重なった。
「んっ…っ…!」
ルチアの頬に涙が伝う。
ゆっくり黒は彼女から離れる。
「…お前、泣いてるほうが可愛いな」
「っー!死ね!」
ルチアは勢いよく部屋を飛び出す。
「…」
黒は1人ベッドに転がった。




