3-1 アリス
鬼の死体は黒く焦げていた。肉を焼いたような臭いが下駄箱の周辺に漂っている。この臭いが死臭に変わる前に、外に運ばなければならない。しばらく小学校を拠点にして行動するなら、なおさらのことだった。私は鬼の体を運べる機材を探すことにした。どこかに工事用のキャスターがあればいいのだが、小学校の周辺で工事はしていないのか。学校の校門前にやってくると、車が勢いよく走ってきて停車した。運転席のドアが開くと、スーツを着た男が降りてきたのだ。私は男を見上げた。身長は高く、180近くある。顔立ちは整っているが、表情は険しかった。男は周囲を警戒するように見渡し、私の側に歩いてきた。
「私の娘を探しているのだが」
そう言って、男は胸元のポケットから手帳を取り出し、手帳に挟まれている写真を見せてきた。どこかで見たことある女の子だった。目元がくっきりしていて、大きな口で笑顔を作っていた。
「知らないか?」
「自分はこの学校の部外者なので」
「そうか」
男は残念そうに肩を落とした。
「まだ学校にいるかもしれませんよ」
男は頷いて見せた。そして校門を通り、下駄箱のほうに入っていった。私は彼の後ろ姿が消えるのを見送った。幸い小学校の裏でマンションの工事をしていた。工事現場は囲いに覆われ、中に工事用のキャスターもあった。工事関係者はおらず、私はキャスターを借りて押しながら学校までやってきた。鬼のいる下駄箱にやってくると、キャスターを横に置いた。そこで違和感に気付く。あの男はこの鬼の横を素通りしていった。それは普通の人間の反応ではない。私は走って体育館のほうに急いだ。
まず彰を探さなければならない。体育館のほうに足を運ぶが、扉は堅く閉ざされていた。扉を三回叩く。もう一度三回叩くと、向こうから施錠を解除する音が聞こえた。
隙間から彰が顔を覗かせた。
「晴翔か」
「スーツを着た男が現れなかったか?」
「来てるよ」
「来てるって」
私は体育館に入った。体育館の中には生徒の大半が集まっていた。教室から体育館に移動し、しばらくはここに避難をすることにしていたのだ。もしかしたら、自衛官が助けにきてくれるかもしれないと考えていた。
「どこにいる」
彰は体育館を見回した。
「さっきまで上段で話をしていたんだけどな」
「誰と」
「先生と」
職務を放棄し、学校を去ったのが大半だったが、三浦という、あの女教師は残っていた。しかしながら体育館の上段には誰もおらず、私は三浦先生を探した。
「あの人、なんか怖かったんだよな」
「鬼の横を素通りしていったんだ」
彰は私の顔を凝視する。
「そりゃあ、やべえじゃねえか」
「だから探しているんだよ」
彰は体育館の裏に向かい走った。私は彼の後を付いていく。裏側にある黒い布の上に、三浦先生は倒れていた。意識はあるが、不意に倒されたのか、頭を強く打っているように見えた。三浦先生は頭を押さえ、体を丸めていた。
「先生大丈夫ですか」
彰が言う。
「向こう」
三浦が指差すと、体育館の裏手にある扉が閉まり切っておらず、扉は少し開いていた。私は扉を開けると、雑草が生い茂る裏手に出た。スーツの男の後ろ姿が薄っすらと遠目に見えた。私は走って、男を追うが、車のタイヤの音が聞こえると、男は走り去ってしまった。
私は体育館に戻り、彰にそのことを話した。
「何をしに来たんだろうか」
私が彰に聞いた。
「写真の女の子はどんな感じだった」
「どこかで見たことある気がするんだ」
不意に記憶が鮮明になる。白い部屋で、出会った少女に似ている気がした。
「会ったことあるかもしれない」
私が言う。あの少女は何か重要な人物だったのだろうか。それとも、あの男の子供なのだろうか。きっと違うと思う。あの男が追っている理由は、自分の娘なんかじゃない。そういう切迫を感じなかったからだ。あの男は、何か目的をもって、少女を追っている。




