1-3 終末世界
男はすっと私の横に立った。
「中学生くらいか?」
男は抑揚のない声で聞いた。恐怖心がないことに、私は生命の危機を冷静に感じ取った。死ぬかもしれないってこういう状況なんだ、と酷く冷静に考えていた。
「そうだけど」
男はふっと笑った。鼻で笑ったというよりも、鼻で呼吸したのが、タイミング的に鼻で笑ったように見えた。彼は鼻で笑おうとしたけど、感情を込められなかったのだ。
「名前は?」
「青井晴翔」
「飯沼浩平」
彼はそう言って、名前の漢字まで丁寧に説明してくれた。
「本当なら、晴翔君を殴ってしまいたいんだけど、そんな気になれない。不思議な空間だよな?」
飯沼は目の前の空間に手を伸ばした。その先に私の顔がある。けれども彼は拳をひっこめた。
「お節介を焼くつもりはない。自慢をするつもりもない。晴翔君がまだ身に着けてないとしても教える気はない。なんとなく、この力は今後の役に立つが、説明したら俺が損する気がする」
何を言っているのか分からないが、呪文のように飯沼は話した。意味が分からないので、覚えておこうとも思わなかったが、開かない扉の鍵を見つけたような、神秘的な話のように思えた。もし、この部屋じゃないところで聞いていたら、恐怖していたか、もしくは興味を抱いただろう、と不思議な感覚になった。
突然、部屋の中に火が灯る。
青白い火だった。青い火は温度が高いと聞いたことがある。冷静に火を見続けた。飛んで来たら、避ける準備をしなければならない。
「それは俺の火だ」
私は飯沼を見た。
「どうやって?」
「言ったろ。教える気はない」
「この部屋に関係があるのか?」
「さあ」
さあ、と言われたが、恍けたのか、さあ行こうかの、さあなのか区別がつかないほど抑揚のない口調だった。
青白い火は徐々に大きくなり、炎になっていく。部屋の半分を覆いつくす巨大な渦を描き始めた。
「こんなことできるか?」
「できない」
「そうか、そりゃあいいことを聞けた。俺だけの特権だ」
そう言って、飯沼は目をかっと開いた。恐怖心を覚えたときには、私は公園のブランコに揺られていたのだった。
すぐにブランコから離れる。そして次にはスマートフォンを手にしていた。大丈夫、少し寝ていただけだから。そう思って、私は公園を走って出た。家の壁面に車が突っ込んでいるのを見たとき、飯沼の顔が思い浮かんだ。あの人は、私を殺すつもりだったんだ、と恐怖した。車の運転席の男は頭から血を流していた。生存確認よりも、冷静さがなかった。
スマートフォンの電話が鳴る。
友人の彰からだった。
「すっげえことになってるぞ」
彰はドラゴンのことをもう気にしてない。私もそんなことどうでもよかったのだ。何かがおかしい、と思った。
「まるで、世界が終わったみたいだよ。そこら中で、車が事故を起こしているんだってさ。それに変な部屋に閉じ込められた」
「白い部屋?」
「晴翔もいたの?」
「そうだよ」
電話口で沈黙が流れる。
「これってさ、やっぱり凄くね?」
「天国だったのかな?」
私は彰に聞いてみた。
「いやいや、世界が終わったんだよ」
彰はそう言って嬉々とした声を上げた。




