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私は部屋の中を見回した。白い壁があるだけだ。一応天井もあるが、部屋全体を明るくしているのは電灯の明かりではないことに気づいた。密閉され、光が入ってこない密室がどうして明るいのか、この時初めて疑問に思ったのだ。
「天国かもしれない」
私はそう呟いた。少女は両手で口を塞ぎ、叫び声を上げた。感情のこもっていない乾いた叫び声だった。
「味がしないガムを噛んでるみたい」
少女はそう言って、私の顔をじろじろと見てきた。急に顔を近づけて、頬に彼女の口元を当てようとしたが、触れそうになったところで引っ込める。
「もしキスをしても、何も思わないなんて、不思議じゃない。それにあなたとは初対面なのに、こんなにすらすらと言葉が出てくる。本当に天国?」
私はもう一度部屋の中を見回す。少女が接吻をしようとしたのも、気にならないくらい、この部屋の不気味さに感情が支配されていた。まるで無だ。
「待機室なのかも」
「順番待ちってこと?」
「そう」
私は頷いて見せた。少女は首をかくっと横に動かした。
「どういうことかな?」
と、まるで歌うようにリズミカルに尋ねてきた。私は何を意図した質問かわからなかったので、あえて聞き直そうとは思わなかった。ただの同意のように思えたからだ。少女は部屋の中を歩き回り、壁を押した。びくりともしない白い壁を前にして、呆然と立っていた。今度は叩いてみた。
「ねえ、全然痛くない」
私は少女とは少し離れたところに立ち、壁に触れてみた。すっと、手が壁に吸い込まれそうになり、恐怖心を覚えた。びくっと、手を引っ込める。隣にいる少女のほうを見ると、彼女はもうそこにはいなかった。
「おい」
振り返ると、ベットに中年の男が腰掛けていた。髪が長くて、後ろに結んでいる。ごわごわしていて、髪を洗っているようには見えなかった。けれども、男には威圧感があった。何か、世の中を恨んでいるような、いわゆる無敵の人の感じを男から抱いた。きっとホームレスだったんだろう、と私は思った。ネットカフェを転々としている人がいると、テレビの報道特集で聞いたことがある。そのとき、母は可哀想な人と言っていた。そしてこう続けた。こういう人に会ったら、すぐに離れなさいと。




