7話 あなたは知らないと思ってました
昼休みになり、オクタヴィアは食堂の窓際にある席で一人、紅茶のカップへ手を伸ばしていた。
普段なら、こんなことはまずない。
ローゼンフェルト公爵令嬢が席へ着けば、誰が呼ぶまでもなく周囲には令嬢たちが集まってくる。伯爵家や子爵家の娘たちが当然のように近くの席を取り、オクタヴィアが話せば耳を傾け、笑えば一緒に笑い、誰かのドレスを褒めれば同じように褒める。
三日前までのオクタヴィアは、それを当然のことだと思っていた。
自分はローゼンフェルト公爵家の令嬢なのだから、人が集まるのは当然。
自分の話を聞くのも当然。
自分と親しくしたがるのも当然。
そこに疑問を抱いたことなど、一度もなかった。
けれど今日は、少し事情が違う。
(……見ていますわね)
カップへ口をつけながら、視線だけを動かす。
少し離れた席に、今朝セシリアを囲んでいた令嬢たちの姿があった。こちらを露骨に凝視しているわけではないが、ときおり視線が向けられていることくらい分かる。
無理もない。
腰まで伸ばしていた黒髪を、入学前日に突然短く切った。
それだけでも十分な変化だというのに、今朝は彼女たちがセシリアを囲んでいるところへ現れ、これまでなら一緒になって相手を責めていたはずのオクタヴィアが、逆に彼女たちを止めたのだ。
しかも、「二度とこのような真似はするな」とまで言った。
これまでオクタヴィアが喜ぶと思ってやっていたことを、当の本人から否定されたのである。
(戸惑うのも当然ですわね)
だから今日は、自分から誰も誘わなかった。
向こうも、いつものように近づいてはこなかった。
結果として、ローゼンフェルト公爵令嬢オクタヴィアは、入学初日の昼食を一人で取るという、これまでなら考えられなかった状況になっている。
けれど、不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ。
(……今まで、あの方たちは本当にわたくしと食事をしたかったのかしら)
そんな疑問まで浮かんでくる。
自分が公爵令嬢だから近くにいたのか。
機嫌を損ねたくないから笑っていたのか。
それとも、本当に友人だと思ってくれていたのか。
三日前までなら、考えもしなかったことだ。
そして考え始めてしまった今となっては、何も分からない。
(まあ、今すぐ答えを出す必要もありませんわね)
十五年間かけて作ってきた人間関係なのだ。
三日で整理できるわけがない。
そう思って料理へ手を伸ばしたところで。
「あの……」
聞き覚えのある声がした。
顔を上げる。
昼食の載った盆を両手で持ったセシリアが、なぜか目の前に立っていた。
「……セシリア?」
「はい」
「どうしてここに?」
「食堂なので、お昼を食べに」
「それは見れば分かりますわ」
「あ、そうですよね」
セシリアが少し恥ずかしそうに笑う。
オクタヴィアは周囲を見る。
席なら他にも空いている。
むしろ新入生らしい少女たちが集まっている卓もあるのだから、普通ならそちらへ行くだろう。
「それで、何か御用?」
「はい。あの……」
セシリアは向かいの椅子へ視線を落とし、それからオクタヴィアを見る。
「一緒にお昼を食べてもいいですか?」
「…………」
聞き間違いだろうか。
「わたくしと?」
「はい」
「なぜ?」
あまりにも率直に聞いてしまった。
しかしセシリアは気を悪くした様子もなく、少し考えてから答える。
「今朝、助けていただいたので」
「助けたつもりはありませんわよ」
「でも、あの方たちを止めてくださいました」
「五人がかりで一人を囲んでいるのが見苦しかっただけです」
「それでも、わたしは助かりました」
「…………」
「それに、東棟まで案内していただきましたし」
「入口までですわ」
「ほとんど教室です」
「違います」
「そうなんですか?」
「そうですわ」
なぜそこを訂正しているのだろう。
「それで?」
「はい?」
「助けられたから、わたくしと昼食を?」
「はい。お礼も言いたかったので」
「お礼なら今朝聞きましたけれど」
「じゃあ、もう一度言います。ありがとうございました」
「…………」
どうにも調子が狂う。
オクタヴィアはしばらくセシリアを見たあと、小さく息を吐いた。
「……お好きになさい」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに向かいの椅子へ座る。
その瞬間、周囲の空気が僅かに変わった。
当然だ。
公爵令嬢オクタヴィア・ローゼンフェルトが一人で昼食を取っているだけでも珍しいのに、そこへ今朝彼女の取り巻きに囲まれていた男爵令嬢が座ったのである。
少し離れた席から、また視線を感じる。
(……余計に混乱させましたわね)
今朝の令嬢たちは、ますますオクタヴィアが何を考えているのか分からなくなっただろう。
けれど、だからといってセシリアを追い払う理由もない。
「このスープ、美味しいですね」
「……そうね」
「パンも美味しいです」
「そう」
「このお肉も――」
「あなた、先ほどから食べ物の話しかしていませんわよ」
セシリアのフォークが止まった。
「すみません」
「謝るほどのことではありませんけれど」
「何をお話ししたらいいのか分からなくて」
「でしたら無理に話さなくてもよろしいでしょう」
「でも、せっかく一緒に食べているのに黙っているのも寂しくないですか?」
「そういうもの?」
「わたしはそう思います」
そう言って笑う。
やはりゲームで見ていた印象と、それほど変わらない。
明るく、人懐っこく、少しだけ抜けている。
もっとも、ゲームでは主人公という立場だったため、彼女の言葉や行動の一部はプレイヤーが選択肢から決めていた。
こうして実際に向かい合ってみれば、当然ながら選択肢など表示されないし、こちらが黙っていても勝手に話す。
(……当たり前ですけれど、妙な感じですわね)
「そういえば」
セシリアがこちらを見る。
「何?」
「髪、とても綺麗ですね」
「…………」
また髪か。
「今日だけで何度その話をされたと思っているの?」
「す、すみません」
「別に謝らなくて結構ですけれど」
オクタヴィアは自分の短くなった髪へ触れる。
「そんなに珍しい?」
「珍しいというより、似合っているなと思って。艶々していて綺麗です」
「……そう」
今日一日、何人もの人間に髪のことを言われた。
驚かれ、理由を聞かれ、何かあったのかと勘繰られた。
けれどセシリアは、長かった頃のオクタヴィアを知らない。
だから比較することなく、ただ今の髪を見て綺麗だと言った。
「ありがとう」
自然に言葉が出た。
セシリアが嬉しそうに笑う。
「オクタヴィア様って、思っていたより話しやすい方なんですね」
「…………」
今度は聞き捨てならない。
「どういう意味?」
「えっ」
「思っていたより、とは?」
「その……」
セシリアの視線が泳ぐ。
「言いなさい」
「怒りませんか?」
「内容によりますわ」
「それ、怒るかもしれないということでは……」
「いいからおっしゃい」
しばらく迷ったあと、セシリアは観念したように口を開いた。
「今朝、皆さんがオクタヴィア様を見ていたので、すごく偉い方なんだろうなとは思っていました」
「公爵令嬢ですもの」
「それで、なんというか……近づいたら怒られそうな方なのかなって」
「…………」
否定できない。
「それなのに、なぜ今ここにいるの?」
「今朝は怒られませんでしたから」
「随分と単純ですのね」
「よく言われます」
胸を張るところではない。
「それに、東棟まで案内してくださったときも、わたしが遅れると歩く速さを合わせてくださいましたよね」
「あなたを置いていったら、また迷いそうだっただけですわ」
「やっぱり優しいですね」
「なぜそうなりますの?」
納得できない。
自分としては、案内すると言った以上、途中で置いていかないのは当然のことだ。
「それに、わたくしを簡単に優しい人間だと判断するのはおやめなさい」
少しだけ声が低くなった。
セシリアが目を瞬く。
「わたくしは、あなたが思っているほど親切な人間ではありませんわ」
「でも、今日のオクタヴィア様は親切でした」
「今日だけを見れば、そうかもしれませんけれど」
「なら、今日は親切な方だったということで」
「…………」
どうしてこう、妙なところで頑固なのだろう。
過去の自分を知らないから、こんなことを言えるのだ。
オクタヴィアはそう思った。
少なくともクラリッサなら絶対に言わないし、ミレイユでさえ昨日会ったばかりの頃は明らかに怯えていた。
それに比べれば、セシリアはあまりにも無防備に見える。
(……この子、本当に何も知らないのかしら)
ローゼンフェルト公爵令嬢の悪評だけではない。
もっと直接的なこと。
アーデン男爵家。
三年前、自分が何気なく口にした一言によって、不利益を被った家。
オクタヴィアは目の前の少女を見る。
セシリアは何も知らない様子で食事を続けている。
もし知っていれば、自分から昼食へ誘うなどするだろうか。
(知らないのでしょうね)
そう考えるのが自然だった。
ならば、自分から話すべきなのだろうか。
昨日までなら迷う余地すらない。
知らないのなら黙っていればいいし、わざわざ自分に不利なことを教える必要もない。
けれど、それではあまりにも卑怯ではないか。
知らないことを利用して親しくなるつもりなどなくても、後からセシリアが知ればどう思うだろう。
今朝自分を助け、昼食まで共にした相手が、実は三年前に自分の家へ迷惑をかけた張本人だったと知れば。
「オクタヴィア様?」
呼ばれて顔を上げる。
「何?」
「また難しい顔をしています」
「……皆さん、わたくしの顔について随分とうるさいですわね」
「分かりやすいので」
「初対面に近いあなたにまで言われたくありません」
セシリアが小さく笑う。
オクタヴィアは少し迷った。
ここで話すべきではない。
周囲には大勢の生徒がいるし、少し離れた場所では今朝の令嬢たちがこちらの様子を窺っている。
アーデン男爵家とローゼンフェルト公爵家に関わる話を、人目のある食堂でするなど論外だ。
昼食が終わってから、どこか人の少ない場所へ連れていこう。
そう決めたところで。
「でも、少し安心しました」
セシリアが何気なく言った。
「何が?」
「ローゼンフェルト家の方とお会いするの、少し怖かったので」
オクタヴィアの手が止まった。
「…………」
今。
何と言った?
「ローゼンフェルト家の方と?」
「はい」
セシリアは答えたものの、オクタヴィアの表情を見て何かを感じ取ったらしい。
先ほどまでの笑顔が少しだけ消える。
「どうして?」
「それは……」
セシリアが周囲を気にするように視線を動かした。
その仕草だけで十分だった。
知っている。
何を、どこまでかは分からない。
けれど何も知らない人間の反応ではない。
「……ここでする話ではありませんわね」
オクタヴィアはそれ以上聞かなかった。
セシリアも、小さく頷いた。
◇
昼食を終えたあと、オクタヴィアはセシリアを中庭の奥へ連れてきた。
学院の中央にある大きな中庭とは違い、東棟と図書棟の間にある小さな庭は利用する生徒も少なく、授業が始まるまでの時間なら人目を避けて話すにはちょうどいい。
「ここならよろしいでしょう」
「はい」
向かい合う。
先ほどまでとは空気が違う。
セシリアもそれを分かっているのか、少し緊張した顔をしていた。
「先ほどの話ですけれど」
「はい」
「ローゼンフェルト家の人間と会うのが怖かったとおっしゃいましたわね」
セシリアは少し迷ってから頷いた。
「理由を聞いても?」
「……三年くらい前に、うちの領地で作っている布を扱ってくださっていた商会が、急に取引を減らしたことがあったんです」
やはり。
オクタヴィアは黙って続きを待った。
「一つの商会だけじゃなくて、他のところも少しずつ離れていって、父も母もしばらく大変そうでした。わたしも子供だったので詳しいことまでは分からなかったんですけど、後になって、王都でローゼンフェルト公爵家がアーデン家を嫌っているという噂があったことを知りました」
「……そう」
「父は、公爵様ご本人が何かされたわけではないと言っていました。それに、取引をやめろと命令されたわけでもなかったそうです」
「ええ。父は何もしていませんわ」
オクタヴィアはまっすぐセシリアを見る。
「原因を作ったのは、わたくしです」
セシリアの表情が僅かに動いた。
「三年前、アーデン領の織物を扱っていた商人と、ローゼンフェルト家と付き合いのある商人との間で揉め事がありました。その話を聞いたわたくしが、『ローゼンフェルトに逆らうような家との取引など、やめさせればよろしいでしょう』と言ったのです」
口にすると、十二歳の自分がどれだけ軽くその言葉を放ったのかまで思い出せた。
深く考えたわけではない。
本気でアーデン男爵家を潰そうとしたわけでもない。
ただ、自分の家に逆らう者がいることが気に入らなかった。
それだけだった。
「父は相手にしませんでしたし、誰かへ命令したわけでもありません。ですが、わたくしがそう言ったという話がどこからか広まり、ローゼンフェルト公爵家がアーデン家を嫌っているという噂になったのでしょう」
「…………」
「当時のわたくしは、その結果あなたの家がどうなるかなど考えていませんでした。商人が取引を減らしたことも、ご家族が困っていたことも、つい数日前まで気にしたことすらなかった」
十二歳だった。
子供だった。
誰かを困らせようと思って言ったわけではなかった。
言い訳なら、いくらでも思いつく。
だからこそ、オクタヴィアはそのどれも口にしなかった。
「セシリア・アーデン」
背筋を伸ばす。
ローゼンフェルト公爵令嬢としてではなく、三年前に軽率な言葉を口にした本人として、相手の目を見る。
「わたくしの言葉によって、あなたとあなたのご家族へ不利益を与えたことを謝罪します。申し訳ありませんでした」
頭は下げなかった。
視線も逸らさない。
ただ誤魔化さず、自分のしたことを認めた。
しばらく、セシリアは何も言わなかった。
やがて。
「……知っていました」
「え?」
「オクタヴィア様が、そのときのことに関わっていたことです」
「…………」
今度はオクタヴィアが黙る番だった。
「待ちなさい」
「はい」
「あなた、知っていたの?」
「はい」
「いつから?」
「学院へ来る前からです」
「…………」
意味が分からない。
「では、なぜ」
思わず一歩近づく。
「なぜ今朝、わたくしにあんな態度を取れたの?」
「どんな態度ですか?」
「普通に話したでしょう!」
「はい」
「昼食にも誘いましたわ!」
「はい」
「わたくし、あなたの家に迷惑をかけた張本人ですのよ?」
セシリアはすぐには答えなかった。
少し考えてから、静かに口を開く。
「父が言っていたんです」
「何を?」
「ローゼンフェルト公爵家がうちに何かしたわけではないし、噂だけで取引を変えた商人たちにも事情はあった。だから、そのことで誰か一人をずっと恨むのは違うって」
「ですが、原因はわたくしでしょう」
「そうですね」
あっさり肯定された。
「……そこは否定しませんのね」
「本当のことなので」
「あなた、思っていたより容赦がありませんわね」
「すみません」
「謝らなくて結構です」
セシリアが少し困ったように笑う。
「わたしも、オクタヴィア様のお名前を聞いたときは怖かったです」
「……でしょうね」
「朝、あの方たちがオクタヴィア様って呼んだとき、もしかしてって思いました。それで、お名前を聞いてローゼンフェルトだと分かったときは、やっぱり少し緊張しました」
そうだったのか。
オクタヴィアは今朝のセシリアを思い返す。
確かに名前を名乗ったとき、ほんの僅かに表情が変わった気がする。
自分はゲームの展開ばかり気にしていて、目の前にいるセシリアの反応をきちんと見ていなかった。
「でも」
セシリアは続ける。
「オクタヴィア様は、わたしを怒りませんでした」
「……ええ」
「囲んでいた方たちを止めて、書類も拾ってくれて、東棟まで案内してくださいました」
「入口までですわ」
「そこ、そんなに大事ですか?」
「大事です」
「分かりました」
何が分かったのだろう。
「だから、分からなくなったんです」
「何が?」
「父から聞いていたオクタヴィア様と、今日会ったオクタヴィア様が、あまり同じ人に見えなくて」
胸の奥が僅かにざわついた。
それはそうだろう。
三年前の自分と今の自分では、考えていることが違う。
前世の記憶を取り戻し、自分が何をしてきたのかを別の視点から見られるようになった。
けれど。
「同じ人間ですわ」
オクタヴィアははっきりと言った。
セシリアがこちらを見る。
「三年前にあなたの家へ迷惑をかけたオクタヴィア・ローゼンフェルトも、今ここにいるわたくしも、同じ人間です。別人になったわけではありません」
髪を切ったときにも思ったことだった。
前世の記憶を取り戻したからといって、それまでの十五年間が消えるわけではない。
過去の自分を、別人として切り離すつもりもない。
「ですから、今日少し親切にしたからといって、過去のことまでなかったことにはなりませんわ」
「はい」
「……そこはもう少し迷ってから頷いてくださらない?」
「でも、オクタヴィア様のおっしゃる通りなので」
「そうですけれど」
本当に調子が狂う。
セシリアは少し考えるように俯いたあと、顔を上げた。
「じゃあ、わたしも同じです」
「何が?」
「三年前のことを知っているわたしも、今日助けてもらって嬉しかったわたしも、同じわたしです」
オクタヴィアは黙った。
「オクタヴィア様がしたことを、なかったことにしようとは思いません。でも、だからって今日してくださったことまで、なかったことにする必要もないと思います」
「…………」
「駄目ですか?」
「……駄目ではありませんけれど」
何だろう。
妙に負けた気がする。
「あなた、見た目より頑固ですのね」
「よく言われます」
「それ、レオンハルトも言っていましたわ」
「レオンハルト?」
「あ」
しまった。
二人はまだ知り合っていない。
「誰ですか?」
「……何でもありませんわ」
「でも今、名前を」
「忘れなさい」
「気になります」
「気にしないで」
「オクタヴィア様がそう言うと余計に気になります」
「あなた、意外と面倒ですわね!」
思わず声を上げると、セシリアが笑った。
先ほどまで少し重かった空気が、僅かに和らぐ。
その顔を見ながら、オクタヴィアはふと思った。
自分はこれまで、セシリア・アーデンという少女を知っているつもりでいた。
明るく、優しく、少し天然で、困っている人を放っておけない主人公。
攻略対象たちの心を救い、やがて誰かと恋に落ちる少女。
彼女がいつ誰と出会い、どこで何をして、誰を好きになる可能性があるのかまで知っているのだから、当然だと思っていた。
けれど。
ゲームのセシリアは、こんなふうに頑固だっただろうか。
人の言葉尻を拾い、こちらが困るまで質問してきただろうか。
自分の家へ迷惑をかけた相手について、過去と今日の行動を分けて考えるような少女だっただろうか。
知らない。
そんなことまで、ゲームには書かれていなかった。
「オクタヴィア様?」
「何?」
「また考え事ですか?」
「あなたが思っていたより面倒な方だということを考えていましたの」
「ひどいです」
「事実でしょう?」
「オクタヴィア様ほどではありません」
「…………」
「…………」
「言うようになりましたわね」
「すみません」
「謝るくらいなら言わないでくださる?」
セシリアがまた笑う。
オクタヴィアも呆れながら、小さく息を吐いた。
目の前にいる少女は、選択肢を選ばれるために待っている主人公ではない。
自分で考え、自分で話し、自分で相手を見る一人の人間なのだ。
そしておそらく。
それはセシリアだけではない。
エドガーも。
レオンハルトも。
クラリッサも。
ミレイユも。
遠くからこちらの様子を窺っていた、これまで取り巻きだと思っていた令嬢たちも。
そして、オクタヴィア自身も。
ゲームや立場から見えていたものが、その人間の全てではない。
(……当たり前のことですのにね)
前世では画面の向こう側だったこの世界で、十五年も生きてきたというのに。
オクタヴィアはようやく、その当たり前のことを少しずつ理解し始めていた。




