↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが、原作開始まであと三日しかありません  作者: トントロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/26

5話 始まりの日

 四月十日。


 王立セレファイス学院の入学式当日。


「……随分と見られていますわね」


 学院の正門をくぐってからまだ五分も経っていないというのに、オクタヴィアは既に帰りたくなっていた。


 周囲から向けられる視線が、あまりにも多い。


 もっとも、原因は分かっている。


『あれ、ローゼンフェルト公爵令嬢よね?』


『髪が……』


『切ったの? あの髪を?』


『どうして……?』


 聞こえている。


 本人たちは声を潜めているつもりなのだろうが、これだけ同じ話題があちらこちらから聞こえてくれば、嫌でも耳に入ってくる。


(覚悟はしていましたけれど、ここまで騒がれるものなのね)


 昨日まで腰まで届いていた黒髪は、今では首元で綺麗に揃えられている。


 朝、制服へ袖を通して鏡の前に立ったときには我ながらよく似合っていると思ったし、今でもその評価を変えるつもりはない。


 けれど、周囲にとってはそう簡単な話ではないらしい。


 ローゼンフェルト公爵令嬢の黒髪といえば、社交界でも有名だった。


 艶やかで美しいと褒められるたび、以前のオクタヴィアが満更でもない顔をしていたことも皆知っている。それを学院入学の前日に突然切ったのだから、何かあったのではないかと勘繰られるのも仕方がない。


(失恋したと思われていたら嫌ですわね)


 しかも婚約者は第二王子である。


 下手をすれば、エドガーとの間に何かあったという噂まで流れかねない。


「まあ、いいですわ」


 誰に聞かせるでもなく呟き、そのまま歩く。


 説明して回るわけにもいかないのだから、好きに想像させておけばいい。


 それより今は、もっと重要な問題がある。


(今日ですのね)


 四月十日。


 『花冠の乙女と銀の誓い』の物語が始まる日。


 そして、主人公セシリア・アーデンが王立セレファイス学院へ入学する日でもある。


 前世の記憶を取り戻してから三日間、何度も思い出した名前だった。


 まだ会ったことすらない少女。


 けれどオクタヴィアにとっては、自分の未来を大きく左右する人物でもある。


(別に、こちらから近づく必要はありませんわ)


 セシリアを虐めなければいい。


 彼女が誰と仲良くしようと、エドガーと恋に落ちようと、余計なことをしなければ破滅には繋がらないはずだ。


 少なくともゲームでは、そうだった。


「オクタヴィア様?」


 聞き覚えのある声に振り向く。


 そこに立っていた少女を見て、オクタヴィアは僅かに眉を上げた。


「ミレイユ」


「やっぱりオクタヴィア様……ですよね?」


「わたくし以外の誰に見えますの?」


「いえ、その……髪が」


「切りましたわ」


「それは見れば分かります」


「でしたら、なぜ聞いたの?」


 ミレイユが困ったように笑う。


 昨日よりも随分と表情が柔らかい。


「とても驚いたので」


「皆さん同じ反応をなさるのね」


「だって、あんなに長かったのに……」


 ミレイユはまじまじとオクタヴィアの髪を見ている。


「似合いませんこと?」


「い、いえ! そんなことはありません。とてもお似合いです」


「そうでしょう?」


 即答すると、ミレイユが目を瞬いた。


「……そこは変わらないんですね」


「何が?」


「いえ、何でもありません」


 最近、この返答をされることが増えた気がする。


 オクタヴィアが少々不満に思っていると、ミレイユが制服のスカートを握りながら、少し躊躇うように口を開いた。


「あの、オクタヴィア様」


「何?」


「昨日のこと……ありがとうございました」


「謝ったのはこちらでしょう。なぜあなたがお礼を言うの?」


「それもそうなんですけど……」


 ミレイユは一度俯き、それから小さく笑った。


「今度、お母様のドレスを着てみようと思います」


 その言葉に、オクタヴィアは一瞬だけ目を見開いた。


「そう」


「はい」


「でしたら、そうなさい」


 それだけ答える。


 嬉しいのかと聞かれれば、おそらく嬉しいのだろう。


 ただ、ここで大げさに喜ぶのも違う気がした。


 あのドレスはミレイユのものであり、着るかどうかを決めるのも彼女なのだから。


「もし誰かに何か言われても、今度は――」


 ミレイユが言いかける。


 オクタヴィアはその先を待った。


「……できれば、自分で言い返してみます」


「そう」


 今度は少しだけ笑った。


「それがよろしいですわ。わたくしが黙らせるより、その方がずっといいでしょう」


「やっぱり黙らせるつもりだったんですね」


「昨日は少しだけ」


「少しだけ……」


「何ですの?」


「何でもありません」


 またそれだ。


 だが昨日まで怯えていた少女が、自分へこんなことを言えるようになったのだから、悪い変化ではないのだろう。


「では、また後ほど」


「はい。入学式で」


 ミレイユと別れ、校舎へ向かおうとしたところで、今度は正面から見覚えのある栗色の髪が近づいてきた。


 クラリッサだった。


 目が合う。


 クラリッサが止まる。


 オクタヴィアも止まる。


 二人の間に、なんとも言えない沈黙が流れた。


「……何ですの?」


「いえ」


「何?」


「髪」


「あなたもですの?」


 今日だけで何度このやり取りをするのだろう。


「切ったのですね」


「見れば分かるでしょう」


「ええ。ですから確認しただけです」


「確認する必要がありますの?」


「ありませんね」


「でしたら話しかけないでくださる?」


「あなたから聞いたのでしょう」


「あなたが見ていたからですわ」


「相変わらず面倒な方ですね」


「あなたにだけは言われたくありませんわ」


 言い返してから、オクタヴィアはふと気づいた。


 昨日、クラリッサは「もう関わりたくない」と言っていた。


 ならば、ここで自分から話を続けるべきではないだろう。


「……失礼」


 それだけ言って横を通り過ぎようとすると、背後から声が飛んできた。


「似合っていますよ」


 足が止まった。


 振り返ると、クラリッサは既にこちらを見ていなかった。


「何ですの、急に」


「別に。思ったことを言っただけです」


「……そう」


 少しだけ間を置いてから、オクタヴィアも前へ向き直る。


「ありがとう」


 背後から返事はなかった。


 それでよかった。


 昨日あれだけのことを話したからといって、今日から友人になる必要などないのだから。


 嫌いなら嫌いなままでいい。


 それでも、必要なときに言葉を交わせるくらいの関係にはなれるのかもしれない。


(まあ、急ぐことでもありませんわね)


 そう考えながら歩き出したオクタヴィアは、自分の口元が僅かに緩んでいることには気づかなかった。



 ◇



 入学式が行われる大講堂の前には、既に多くの新入生が集まっていた。


 公爵家、侯爵家、伯爵家といった高位貴族の子女だけでなく、地方の小貴族や特別な才能を認められて入学した者もいる。


 王立セレファイス学院では、少なくとも規則の上では身分に関係なく同じ生徒として扱われる。


 もちろん、規則と現実が同じとは限らない。


 誰がどの家の人間なのかを皆が気にしていることは、周囲を見れば明らかだった。


 そしてその中でも、ローゼンフェルト公爵令嬢であるオクタヴィアは嫌でも目立つ。


 しかも髪まで切ってきた。


(……目立たず過ごすという選択肢は、最初から無理でしたわね)


 ならば堂々としている方がいい。


 背筋を伸ばし、周囲の視線など気にしていない顔で歩いていると、人だかりの向こうに淡い金髪が見えた。


 エドガーだ。


 第二王子という立場上、彼の周囲にも多くの生徒が集まっている。


 昨日までのオクタヴィアなら、迷わずその輪へ入っていただろう。


 婚約者なのだから自分が隣に立つのは当然だと考え、エドガーと話している令嬢がいれば牽制していたかもしれない。


 しかし今日は、そのまま通り過ぎることにした。


 わざわざ避ける必要もないが、こちらから人混みへ割って入る必要もない。


 そう思っていたのだが。


「オクタヴィア?」


 見つかった。


 エドガーの声に周囲の生徒たちが一斉にこちらを見る。


(余計に注目されましたわ)


 内心でため息をつきながら振り返ると、エドガーがこちらへ歩いてくるところだった。


 そして三歩ほど手前で止まる。


 青い瞳が、オクタヴィアの髪へ向けられた。


「……髪」


「殿下まで同じ反応をなさらないで」


「いや、だって昨日は長かっただろう?」


「一晩あれば髪くらい切れますわ」


「それはそうだけど……」


 エドガーはまだ驚いているらしく、珍しく言葉が続かない。


「何かございましたか?」


「いや」


「似合わないとでも?」


「まさか。似合っているよ」


「でしたら問題ありませんわね」


「君は本当に……」


 何かを言いかけ、エドガーは小さく笑った。


「何ですの?」


「いや、昨日よりさらに君らしく見えると思って」


「昨日より髪が短いのに?」


「そういう意味じゃないよ」


 よく分からない。


 問い返そうとしたところで、講堂の鐘が鳴った。


「そろそろ入らないと」


「そうですわね」


 エドガーが自然に隣へ並ぼうとしたため、オクタヴィアは少しだけ驚いた。


 昨日、学院では別々に過ごして構わないと話したばかりだ。


 しかし、だからといってわざわざ離れる必要もない。


 結局そのまま二人で講堂へ向かうことになった。


(……距離を取るというのも、案外難しいものですわね)


 これまで十五年間、婚約者として過ごしてきたのだ。


 一日で赤の他人のようになる方が不自然なのかもしれない。



 ◇



 入学式そのものは、前世の記憶にあるゲームよりずっと長かった。


 学院長の話。


 来賓の祝辞。


 在校生代表の言葉。


 学院生活についての説明。


(ゲームでは数分で終わりましたのに)


 当然といえば当然だが、現実になれば何でも長いらしい。


 ようやく式が終わった頃には、オクタヴィアは少し疲れていた。


 新入生たちはこれから各教室へ移動し、担任から説明を受けることになっている。


 オクタヴィアも案内された教室へ向かおうとして――足を止めた。


(……確か)


 このあとだ。


 記憶の奥から、ゲームの序盤が蘇る。


 入学式を終えたセシリアは、自分の教室が分からなくなって校舎内を迷う。


 そこで最初の攻略対象と出会う。


 誰だったか。


(エドガー……ではありませんわね)


 エドガールートへ入る場合でも、最初から彼と出会うわけではなかったはずだ。


 確か廊下で――。


「きゃっ!」


 少し離れた場所から声がした。


 反射的に振り向く。


 一人の少女が、廊下に座り込んでいた。


 手にしていたらしい書類が床へ散らばり、その横には数人の令嬢が立っている。


 少女の髪は、柔らかな蜂蜜色。


 見覚えがあった。


 いや。


 実際に見るのは初めてだ。


 それでも、オクタヴィアはその顔を知っている。


(……セシリア)


 セシリア・アーデン。


 『花冠の乙女と銀の誓い』の主人公。


 ゲームの中で何度も見た少女が、ほんの十数歩先にいる。


 そして彼女を囲んでいる令嬢たちにも見覚えがあった。


 オクタヴィアは眉を寄せた。


(待って)


 これは。


 記憶を探る。


 入学式。


 廊下。


 散らばった書類。


 複数の令嬢。


 そして――。


(……わたくしのイベントではありませんの?)


 思い出した瞬間、嫌な汗が流れた。


 ゲーム序盤。


 セシリアが学院で初めてオクタヴィアと遭遇するイベント。


 身分の低いセシリアが廊下でオクタヴィアの取り巻きとぶつかり、彼女たちに囲まれる。


 そこへオクタヴィアが現れるのだ。


 そしてゲームのオクタヴィアは、助けるどころか。


『まあ。男爵令嬢ごときが、随分と大きな顔をなさるのね』


 そう言ってセシリアを見下す。


(……そうでしたわ)


 思い出した。


 これが最初だ。


 オクタヴィア・ローゼンフェルトとセシリア・アーデンの、最初の出会い。


「オクタヴィア様!」


 令嬢の一人がこちらに気づいた。


 最悪である。


「ちょうどよかったですわ!」


(よくありませんわ)


 心の中で即答する。


 しかし相手はそんなことなど知らず、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。


「この方ったら、廊下でわたくしたちにぶつかってきたのに、まともに謝ろうともしませんの」


「わ、わたしは謝りました!」


 セシリアが立ち上がりながら反論した。


「申し訳ありませんって、ちゃんと言いました。でも――」


「お黙りなさい。今、オクタヴィア様がお話しになるのよ」


「…………」


 セシリアが口を閉じる。


 そして、こちらを見た。


 初めて目が合った。


 ゲーム画面では何度も見た、蜂蜜色の髪と明るい緑色の瞳。


 けれど画面越しに見るよりずっと表情が豊かで、今は明らかに警戒している。


(……なるほど)


 オクタヴィアはようやく理解した。


 自分が何もしなくても、こうなるのだ。


 取り巻きたちはオクタヴィアが何を嫌い、どのような人間を気に入らないと思うのかを知っている。


 身分の低い男爵令嬢。


 特別枠で学院へ入った少女。


 そして、第二王子の婚約者である自分より目立つかもしれない存在。


 彼女たちは、以前のオクタヴィアならセシリアを嫌うと分かっている。


 だから先回りしている。


(……三日前のわたくしなら)


 間違いなく彼女たちの味方をしただろう。


 事情など聞かず、セシリアを叱りつけていた。


 ゲームのシナリオ通りに。


「オクタヴィア様?」


 令嬢が期待するようにこちらを見る。


 何を期待されているのかは、よく分かった。


 オクタヴィアは小さく息を吐く。


 そして。


「おやめなさい」


 静かに言った。


「……え?」


「聞こえなかったの?」


 令嬢たちが固まる。


 オクタヴィアは彼女たちの横を通り過ぎ、床に散らばった書類へ目を落とした。


 セシリアも困惑している。


「あなたも、いつまでそこに立っているつもり?」


「え?」


「書類が落ちたままですわ。拾いなさい」


「あ、はい!」


 慌ててしゃがみ込むセシリアを見て、オクタヴィアも一枚だけ足元に落ちていた紙を拾った。


 そこには大きく名前が書かれている。


 セシリア・アーデン。


 間違いない。


(……本当に、始まってしまいましたのね)


 妙な気分だった。


 前世では画面の向こう側から眺めていた物語の主人公が、今は目の前にいる。


「オクタヴィア様」


 背後から令嬢の一人が戸惑った声を上げる。


「ですが、この者は――」


「五人がかりで一人を囲むことが、セレファイス学院の礼儀なの?」


「それは……」


「それとも、わたくしがそうしろと命じました?」


「い、いいえ!」


「でしたら、おやめなさい」


 声を荒らげる必要はなかった。


 それだけで令嬢たちは黙った。


 その様子を見て、オクタヴィアは昨日のミレイユとの会話を思い出す。


 自分の言葉は、思っているより重い。


 ならば。


 今度は、その重さを間違えなければいい。


「それから」


 オクタヴィアは令嬢たちを順番に見た。


「わたくしの前で、二度とこのような真似はなさらないで」


「……はい」


「分かりましたわ」


 令嬢たちは明らかに納得していない様子だったが、それでも逆らうことはなかった。


 そのまま去っていく背中を見送り、オクタヴィアは内心で息を吐いた。


(……よし)


 今回は虐めなかった。


 たったそれだけのことなのに、妙な達成感がある。


「……あの」


 声をかけられ、振り向く。


 セシリアが書類を抱えて立っていた。


「ありがとうございました」


「別に、あなたを助けたつもりはありませんわ」


「え?」


「五人がかりで一人を囲んでいるのが見苦しかっただけです」


「はあ……」


 セシリアはよく分からないという顔をしている。


 それでいい。


 ここで親しくなる必要などない。


「それより」


 オクタヴィアは先ほど拾った紙を差し出した。


「あなた、教室はこちらではありませんわよ」


「えっ」


「一年の特別入学生でしょう? あなたの教室は東棟です。ここは西棟ですわ」


 セシリアの顔から血の気が引いた。


「……逆ですか?」


「完全に逆ですわね」


「…………」


「…………」


「どうしよう」


 小さく呟いたセシリアを見て、オクタヴィアは眉を寄せた。


 確かゲームでも迷子になっていた。


 しかし今ここで自分が道を教えてしまえば、原作で出会うはずだった攻略対象とのイベントが起きなくなる可能性がある。


(……それは、まずいのではなくて?)


 セシリアが攻略対象と出会わなければ、物語そのものが変わる。


 だが、そもそも自分は物語を変えようとしている。


 ならば原作通りにする必要はない。


 いや、でも。


「……あの?」


 セシリアが不思議そうにこちらを見る。


 オクタヴィアは数秒考えた末、ため息をついた。


「ついていらっしゃい」


「え?」


「東棟まで案内しますわ。このままでは、あなた一人で辿り着く頃には授業が終わっています」


「そ、そこまで方向音痴ではありません!」


「今、西棟にいる方がおっしゃっても説得力がありませんわよ」


「……確かに」


 素直に認めるのね。


 オクタヴィアは呆れながら歩き出した。


 数歩遅れて、セシリアが慌ててついてくる。


「あの、わたし、セシリア・アーデンと申します」


「知っていますわ」


「え?」


 しまった。


「……先ほど書類に書いてありましたでしょう」


「あ、そうでした」


 危ない。


 ゲームで知っているなどと言えるはずがない。


「あなたのお名前も聞いていいですか?」


 今度はオクタヴィアが止まった。


「……わたくしを知らないの?」


「すみません。地方から出てきたばかりで、王都の方にはまだ詳しくなくて」


 本当に知らないらしい。


 少し衝撃だった。


 王都ではローゼンフェルト公爵令嬢の名前を知らない貴族などほとんどいない。


「オクタヴィア・ローゼンフェルトですわ」


「オクタヴィア様ですね」


「ええ」


「改めて、ありがとうございました」


 屈託なく笑う。


 ゲームで何度も見た笑顔だった。


 けれど実際に向けられると、少し印象が違う。


(……この子が)


 いずれエドガーを好きになるかもしれない。


 そして、自分の人生を大きく変えるかもしれない。


 ゲームでは、そうだった。


 オクタヴィアは隣を歩くセシリアを横目で見る。


 不思議と、嫉妬は湧かなかった。


 今のところは。


「オクタヴィア様?」


「何でもありませんわ。前を見て歩きなさい。また誰かにぶつかりますわよ」


「はい」


 セシリアは素直に前を向いた。


 その横で、オクタヴィアは小さく息を吐く。


 四月十日。


 物語が始まる日。


 本来なら最悪の出会いになるはずだった二人は、なぜか並んで学院の廊下を歩いている。


 ゲームとは違う。


 早くも違う。


(……まあ)


 オクタヴィアは首元で揺れる短い黒髪へ、ほんの少しだけ触れた。


(そのために、三日間足掻いたのですものね)


 ならばこれでいい。


 少なくとも今は、そう思うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。