1日目、朝
背中に尋常ならざる痛みを感じ、佐藤は目を覚ました。
枕元に転がしたスマホを手に取り、画面をタップする。時刻は午前十時。
張り詰めていた緊張が途切れた反動か、だいぶ寝過ごしてしまったらしい。画面上部のアンテナは、相変わらず「圏外」を示したままだ。
起き上がろうと身体に力を入れた瞬間、背中に激痛が走った。
「うごっ……!」
昨日の逃走劇の疲労か、あるいはコンテナの固い金属の床のせいか、全身がバキバキで、身体が鉛のように重い。
周囲の段ボール箱にすがりつくようにして、佐藤はうめき声を上げながらなんとか体を起こした。
ただ起きて体を立ち上げる。それだけの動作に、これほど強い意志を必要としたのは人生で初めてだった。世界が終わっても、肉体の限界という現実からは逃れられないらしい。
手近な缶詰を開けて素早く朝食を済ませると、佐藤は空にした防災袋を背負い、昨日拾ったアルミパイプを握り直した。
呼吸を整え、重いコンテナの鉄扉をすき間程度にそっと開ける。
ヒヤリとした冷気が、隙間から顔に吹き込んできた。
季節は十月。冬の足音が近づくこの時期は、昼前だというのにどこか肌寒い。
周囲に人の気配がないことを確認し、コンテナの外へ足を踏み出す。
その直後、佐藤の足先がなにかに当たった。
「……うわっ!?」
スニーカーのつま先にカラスの死骸が転がっていた。
ざっと見たところ、外傷はない。
だが、まるで剥製のようにカラカラに干からびている。
胸の奥が不快なざわめきを上げた。
得も言われぬ不吉な予兆が、緊張となって肌を刺す。
ふと空を見上げると、灰色の雲の切れ間に、幾本もの黒い煙が太い筋を描いていた。
街のどこかで火災が起きている。
遠くから漂ってくるのは、焦げたゴムとプラスチックが混ざり合ったような、これまで嗅いだこともない異様な火事の匂いだった。
(金属臭っていうのか? 嗅いでいるだけでもめまいがするな。)
佐藤はコンテナのレバーをしっかり降ろし、鍵をかけると、警戒のために周辺の探索へ向かうことにした。
敷地の金網フェンスを抜け、アスファルトの道路に出た瞬間、佐藤は「うっ」と息を呑んだ。
「なんだ……あれは……」
目の前の道路には、黒焦げになった自動車が無造作に並んでいた。
それだけではない。道路の中央では、二台の乗用車がまるでドロドロに溶けて一体化したかのように連なり、車体の一部が地面から数十センチほど空中に浮いていたのだ。
車同士が繋がっている接合部は、怪しく虹色に明滅し、『ジジジ……ジジ……』と肉を焼くような不気味な音を立てている。
通常の物理法則では説明がつかない、狂った光景。
(やっぱり、夢なんかじゃない……)
世界のルールは根底から書き換わってしまった。
その事実を、佐藤は目の前の異常な光景で嫌というほど思い知らされた。
見通しの良すぎる大通りを避け、路地裏をあてもなく進む。
しばらく歩くと、見覚えのあるパチンコ屋の裏口へと行き当たった。
当然のように自動ドアは動かず、店内は静まり返っている。客の姿はない。
佐藤が割れたガラス越しに店内を覗き込むと、通路の空間で『バチッ、バチチッ!』と青白い火花が弾けていた。
火花が散るたびに、周囲のパチンコ台の電飾が、まるで生き物のようにカチカチと明滅する。
(電気が生きている……? いや、あれは――)
佐藤はパチンコ台の周りを注意深く観察した。
少しの間隔をおいて、壁、そして床で電気が火花となって弾けている。
そこに電線やバッテリーの類はない。
昨日の雷球に似た、放電現象が起きているようだ。
異常な現象には違いないが、少なくとも「電気」ではあるらしい。放電現象が起きるたびに、近くの蛍光灯やパチンコ台の電飾が点灯している。
電撃は一度弾けると、少し間をおいて再び復活する。何もないと思ってうっかり足を踏み入れれば、たちまち電撃に焼き尽くされるだろう。
引き返そうと一歩引いたとき、佐藤の足元で『ジャリッ』と硬い感触がした。足をどけると、散乱した瓦礫の中に、銀色に光るパチンコ玉が幾つも転がっていた。
「なんだ……パチンコ玉か。――ん、待てよ?」
佐藤の脳裏に、閃きが走った。
触れれば弾ける放電。そして足元の金属球。
「これを投げ込めばバチッってなって……電撃の間を通れるんじゃないか?」
佐藤はかがみ込み、アスファルトの上のパチンコ玉をいくつか拾い上げた。




