063.ラブハリケーン
「タツロウ……返事を、返事をしてください。お願いですから。お願い……返事を、何でもいいから、声を聞かせて……!」
自分に覆い被さったままグッタリと力無くうなだれているタツロウへ、すがるような声で呼びかけるソフィア。
だが返答は何もない。その身体の重さのみが伝わって、時間が経過するごとにソフィアの声に焦燥感が増していく。
フランツは直属の騎馬中隊へとタツロウの始末を命じ、騎兵たちは彼らを二重に取り囲んで遂に複数の槍を背中に突き刺したのだ。
背中から槍の穂先を伝ってやや黒ずんだ赤い液体が流れ落ちている。それは致命傷である証、と思われた。
しかし槍を突き刺した兵たちは次々と違和感を口にする。
「なあ。なんかおかしくないか?」
「……確かに。貫通した手応えはあった。でもその割には出血が少ない」
「それにさあ。槍を引き抜こうとしても動かないんだよ。まるで岩にでも突き刺さったみたいに」
タツロウを仕留めながら次の行動に移ろうとしない兵たち。ソフィアの身柄を無事に確保したいフランツはその様子に苛立ちを隠せない。
「貴様ら何をやっている! タツロウの身体をさっさと引き剥がしてソフィアを俺様の前に連れてくるのだ。もちろん無傷でな……!」
「なんだよ偉そうに。大公の嫡男だからって」
「滅多なことを口にするな、気持ちはわかるが」
「はっ。直ちに、ご命令のままに」
内側の円陣として動いていた兵たちはやむなく馬から降りてタツロウの身体に近づいていく。
ソフィアは呼びかけても動かないタツロウに包まれたまま、じっと座り込んでいる。
怖いという感情なのか、或いはタツロウがいない世界となって、これからどうすればいいのか分からなくなっているのか。
「さあ、早いところ覆い被さっている男をどかせるんだ」
「女は絶対に傷つけるな。丁重にな」
兵たちはタツロウの身体に手を掛けられる位置まで接近している。万事休す……と思われた瞬間だった。
「タツロウ! 今です!」
「おうよソフィア!」
「なっ! こ、こいつ!!」
「どうして生きていやがるんだ!?」
◇
悪いがオレは死んじゃいねえ。ここから反撃開始だ!
「風圧魔法くらえ! オラアッ!!」
「ぶわあっ!」
「い、息が……だがこの程度で!」
背後からオレの身体を引き剥がしに来た連中を振り向きざまで薙ぎ払うように風圧魔法をぶつけたが、あまり効いちゃいないらしい。
だがこれは計算のうち……この攻撃の真の狙いは大きいモーションができる空間と時間を確保することなのだ!
「続けて喰らいやがれ! 烈◯拳ッ!!」
右腕を後ろに引いてから魔力で起こした風圧に闘気を織り交ぜ、地面を這わせて押し出すようにアンダースローで前に放つ!
「ぐおあああっ!!」
「なんだこの風圧……というかまるで拳を当てられたみたいな痛みが!」
ふっふっふ。前世で遊んだ古い格ゲーのボスキャラのカッコいい必殺技をパク……いや参考にさせてもらった。
風属性の者として、いつかはやってみたいと思いつつなかなか実現できなかったのだが。
商館突入の際に敵から目の当たりにした闘気の練り方をイメージしたら、できてしまった。うーん、やっぱオレってスゲー。
などと自分に浸っている場合ではない。
怯んでいる周りの兵たちも正気に戻って攻撃しようとしている。ソフィアを軸として回るが如く移動しながら、左右の腕で立て続けにアンダースローから放つ!
「オラアッ! ダブル……いやトリプル◯風拳だあっ!!」
「ぎゃあああっ!」
「息が……身体が吹き飛ばされそうだ!」
「と、とても近づくどころじゃ……こちらも魔法で対抗しないと」
「ならん! そんなことをしてもしソフィアの身に何かあれば……即刻処刑だ!」
滅茶苦茶だなフランツの奴。自分の配下だろうに、パワハラどころじゃねえぞ。
だがこの状況を最大限利用させてもらう。それにオレがあえて死んだフリをしたもう一つの狙い……ゆっくりと回っていた二重の円陣の動きを止めてこちらの攻撃を当てやすく、そして隙間から突破しやすくすることも実現した。
既に内側の円陣兵たちはあらかた片付けている。馬たちは驚いて逃げてったし問題ない。
この勢いで一気に外側の円陣も突破だ!
と言いたいところなのだが。
「うろたえるな馬鹿者どもが! 隊列を組み直してもう一度円陣となるのだ。一重で問題ない……ヤツの攻撃は落ち着いてかわしながら近づけばいい。日頃の訓練の成果を出せ! さあやるんだ!」
クソッ。フランツの野郎、なかなか的確な指示を出しやがる。
思ったようにはいかないな。と思いつつ、率直にソフィアへ胸の内を話しておく。
「すまないソフィア。脱出できるか雲行きが怪しくなってきた」
「……それよりも私にとっては、貴方が無事であったことが何よりなのです。既に背中から槍が全て抜けていますが、一体どうやって」
「ああ、それは風属性の魔力で空気を圧縮して、あとは今着ているベストのおかげってトコかな」
「圧縮? ベスト? それがどう役立ったのか、ちょっとよく分かりません」
「詳しくはあとで話すよ。というか絶対にそうしてみせる」
「そうですか。では楽しみにしておきます」
ソフィアはそう言うと一旦視線を切って地面に落ちている槍を一本拾い、オレの顔をジッと見ながら思いがけないことを口にした。
「……私もこれで戦います。ですから貴方は気にせず思う存分に戦ってください」
「いや、それは」
「こう見えても、神学校時代の剣技の授業は成績優秀だったのですよ? なので問題ありません」
「……わかった。でも無茶はするなよ」
「はい。あと、相手は私を無傷で確保しなければなりませんから。それを利用させてもらいます」
「なるほど。そうだったな」
理解したふりをしつつも、正直言えばソフィアには戦闘に入ってほしくはない。
もちろん彼氏としては彼女を危険に晒すなんて……という感情もあるのだが、やはり授業と実戦は違う。
正確には、授業で習った剣技は役に立つ……しかしそれがそのまま通用する相手ばかりではなく、経験が少ないと見破れないこともある。
いくら相手が傷つけられないとしても。何が起こるか先のことはわからない。
それでもここはソフィアの気持ちを優先したい。オレは傍で彼女を守り続けるのみ。
そんな決意を嘲笑うかのようにフランツは矢継ぎ早に指示を繰り出している。
「騎兵隊! 理由はわからんが服の上から突き刺しても効果はないようだ。ゆえに肌が露出している部分、頭部と首筋を狙え! ソフィアの注意を引いて2人を引き離しつつ仕留めるチャンスを伺うのだ!」
相手に聞こえてもお構いなしってか。それだけ騎兵隊の練度に自信があるのだろう。
だけどオレだって黙ってやられたりはしない。やれるだけは抵抗してやるさ。
騎兵隊は指示を受けて急速に円陣を狭めてきている。オレとソフィアも隣り合わせで迎撃態勢を……さあ来い!
ドガガッ!!
「ぐわああっ! いったいどこから攻撃が!?」
「円陣の外側から……こ、こいつ! 気をつけろ、強いぞ!」
突如現れた男が木刀を片手に外から騎馬隊へ襲いかかっている。飛行魔法を小さな出力で制御しながら、まさに飛び回るように動きつつ槍の攻撃を上手く捌いてダメージを与えているのだ。
その格好は、なんと白いシルクハットにタキシード、顔には目元を隠す仮面……。
まさか本物のタ◯シード仮面様が?
と思ったのは一瞬だけとなった。なぜなら男がオレたちに向かって叫んでいる声が。
「やあタツロウ、ソフィア! 一応無事なのかな? 助けに来るのが遅くなってすまない!」
その聞き覚えのある声は、マルコ!
そして続けざまにその背後から大きな高笑いが聞こえてきた。もちろんよく知ってる声で。
「うわっはっはっ! 夜更けに仲睦まじい男女を集団で襲う卑劣な集団は、このあたし……ムーンライトレディが許さないんだからね!」
こっちは神学校時代のジャージに色々と装飾品をつけて、一応は顔を半分以上隠すマスクを装着しているサンドラだ。
コイツらマジで何やってんだ……しかし2人は決してふざけておらず、真剣にオレたちを助けようとしてくれている。
「さあ行くわよマル……いえホワイトタキシード男爵!」
「はいはい、伯爵様。仰せのままに」
どうやらムーンライトレディは伯爵、タキシード仮面はその配下の男爵という設定らしい。
「この女! 我らを相手に調子に乗るな……がはあっ!?」
そしてサンドラは薙刀みたいな柄の長い武器……先端は切れないナマクラみたいだが、それをキレのある身体の回転から生じる遠心力で振り回して暴れまわる。
そしてマルコも。
「コイツ、動きが速くて無駄がない……おごおっ!?」
「ヤツが木刀を振るごとに激しい乱気流が起きて、その隙に接近されてしまう!」
「このままじゃコイツ一人に我ら精鋭の騎兵隊が!」
一見すると優雅な舞い踊りにも見える華麗なステップで軽やかに、かつ確実に相手を仕留めていく。
マルコって本当はこんなに……いや、実は神学校時代から薄々気がついていた。
座学の授業は言うに及ばず、剣技や魔力の実技でも飲み込みがとにかく早かった。
それに必死で全力を出している姿を全く見かけなくて……本人は器用貧乏なだけだって言ってたが、その時の勘は間違ってなかった。
今となってはリィンゲンブルク方伯家ご令嬢の従者、ということでこの実力も納得なんだけど。
そして騎兵たちがほとんどいなくなったことで、フランツの声に焦りが入り混じってきた。
「おい! 貴様、リィンゲンブルク家の……このような狼藉を他家の領内で行って、タダでは済まさんぞ!」
「あーら、なんのこと? あたしは月からやってきた正義の美少女ムーンライトレディ! それより、そっちこそ騎兵隊まで動かして街中でこんな大騒ぎってどうなのかしら? ねえどこかの嫡男殿下!」
「くっ……!」
お互い仮面をつけている以上、相手の家と正面切ってやり合うわけにもいかない。脅しが利かずに狼狽を隠しきれないフランツ、ざまあみさらせ。
だが諦めの悪いこの男は最後の手段に打って出た。
「こうなればすべての部隊をこの場に集める……さあ来い!」
フランツは勢い良く指笛を鳴らし、その大きな反響音で広場に通じる各道路から続々と兵が集まってくる。
恐らく封鎖に必要な最低限の兵を残しての召集……この数はオレたち4人では流石にきつい。
ならばここは、一か八かでやってやる。こんなことができたらスゴいだろうなと頭に思い浮かべていた必殺技を、ソフィアと一緒に。
「ソフィア! その槍を捨てるんだ!」
「……まさか諦めて投降するつもりでは」
「いや違う。実は協力してほしいんだ。この場を切り抜けるための必殺技に!」
「それは何なのですか? いきなりそう言われても」
「大丈夫……ソフィアはいつも通りにワルツを踊ってくれるだけでいいんだ。説明してる暇はないけど、あとはオレが何とかする」
「……わかりました。私は貴方を信じます」
「サンドラとマルコは何でもいいからしがみついてくれ! 吹き飛ばされねえように!」
「ちょっと! あたしはムーンライトレディだかんね!」
「了解したよタツロウ!」
そしてオレとソフィアはスッとホールドを組む。これで準備万端だ。
「それじゃ行くよソフィア」
「私はいつでもいけます、タツロウ」
お互いに声を掛けた直後、どちらともなく動き始める。
ついさっきの懇親パーティーで会得したサイドリーディングを駆使して自然なターンを見せるオレたち。
そして回るごとにステップが勢いづいて本気度が増していくソフィア。
そろそろ頃合いだな。
周りで兵たちとフランツが騒いでいるがもう遅い。
「いったいこれは……広場の中央でワルツを踊ってるぞ!?」
「この状況で何やってんだアイツら!」
「ええい、怯むな! とにかく男の方は捕らえて、女は無傷で俺様の前に連れてこい!」
仕方なく接近してくる兵たち……命令されただけなのに気の毒だが吹き飛んでもらう!
「ワルツの出来が最高で十分に風を纏っている……ここに魔力と闘気を織り交ぜれば……!」
一心不乱に踊り続けるオレたちの周囲を包むように風が発生している。
それに加速するワルツの勢いと魔力、闘気を乗せることで竜巻状の風が巻き起こり、徐々にだが確実に大きく強く発達していく。
これを可能にしているのはもちろんソフィアの激しいステップ……つまりオレとソフィアが協力して初めて出せる技なのだ!
「さあ喰らいやがれ! オレたちの初めての共同必殺技、『メガ=ラブハリケーン』を!」
ブワアーッ!! と竜巻は一気に巨大化して兵たちとフランツに襲いかかっていく!
「ぎゃああああ! ふ、吹き飛ばされるぅ!!」
「身体が巻き上げられて、回転しながら地面に……ぐはああっ!!」
「うぎゃああああっ! 息が詰まりそうだぁ!」
そうしてしばらくしてから、オレたちは激しく熱いワルツを終えた。フィニッシュのポーズのまましばらく見つめ合う。
そして……。
「ちょっとアンタたち! バカップルやってないで周りを見なさいよね!」
「おっと」
「すみませんサンドラ」
なんだよ、いい雰囲気だったのにサンドラのヤツめ。
そしてホールドを解いたオレたちの目に映ったのは……大勢の兵たちと、仮面が剥がれたフランツが倒れ込んでいる姿であった。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は8月30日(日)の予定です
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