064.終結
「ゲホッゲホッ……お、俺様は……敗れたの、か」
オレとソフィアの『初めての共同必殺技』によって騎兵隊と共に吹き飛ばされ地面に叩きつけられたフランツは、意識朦朧としながらも自分の現状を把握しようと問いかけてきた。
オレたちはゆっくりと、周りの兵たちが動かないのを確認しながら近づいて、夜空を見あげているフランツに返答した。
「ああ。お前の負けだ」
「殿下……もう、これで終わりにしましょう」
「終わり、か。ゴフッ……まあ、どのみち……俺様にこの先はない」
ソフィアの呼びかけに正面から答えず、顔を横に背けながら物憂げに呟くフランツ。
それを聞いてやる義理はないけど、一応は尋ねてやる。
「先はないって、破滅ってことか? 大公の嫡男からそんなこと言われたってなあ」
「タツロウ、貴様がヴィルヘルムの配下だというのは……わかっている。下っ端か何かは知らんが。ゲホッ!」
「……下っ端ってことでいいよ。で?」
「ヴィルヘルムの評判を貶め、帝国内での勢力と影響力を削ぎ落とす。それが実現した暁にはオヤジ……大公殿下を、新たな選帝侯に推薦する、と……」
「誰に焚き付けられたんだよ、それ」
「貴様もヴィルヘルムの配下なら、それくらい察しろ……政敵が誰か、くらいは……グハッ!」
やっぱハインリッヒか。あの野郎は一見すると金髪碧眼で王子様のように優雅な佇まいだが、裏であれこれセコい真似をするのが好きらしい。
「……タツロウ。私の知らない所で、そんなことが起きていたなんて……」
「すまないソフィア。隠すつもりはなかったんだ。オレ自身、事件……今回の『出張』の用件が片がつくまで詳細は知らなくて」
「いえ、怒っているわけではありません。まさか自分の身近な所でそのような陰謀めいた話が起きるとは思わなかったので、驚いているのです」
「それなら良かった。で、それがお前の破滅とどう繋がるんだよ」
「単純な話だ。俺様は失敗した。貴様が生きてここにいる……それに、ヴィルヘルムの代理人を名乗る使節団がザクツブルクに、入城したという記録も耳に、している」
「ヴィルヘルム……様公認の商館を不当に占拠して、帝国公会議直前のこの時期に帝国内の貴族の家族たちへ、ヴィルヘルム名義で魔術署名入りの『贈り物』を発送させたのは自分だと認めるんだな?」
「否定したところで、貴様らは既に証拠を確保しているのだろう? ゲフッ!」
「だけどさ、お前は大公に命令されてやっただけじゃね―のかよ?」
「……俺様が受けた指示は、『自分が選帝侯となる方策を考えよ』ということだけだ。具体的に実現する方法は俺様……だけではなく、他の兄弟たちも競わされた」
「やっぱ元凶は大公じゃん。それにしても競わされたって、まさかそれで嫡男を選びなおすとか?」
「そのまさかよ……オヤジにとって息子たちは駒でしかない。そして都合が悪くなれば簡単に切り捨てる。だからこそ必死で新しい事業やイベントを考え、領内の経済力を高めて……」
「いやいや待てよ、実の息子たちなんだろ?」
「正確には全て『側室』『妾』の息子たちだ、俺様も含めて……。兄は、正室の一人息子は数年前に亡くなっている。ゴホゴホッ!」
なんかひでー話だな。思わずソフィアと顔を見合わせてしまった。だけど。
「そんなこと話しても同情はしねーから。ヴィルヘルム……様を陥れようとした罪……そして何よりも、ソフィアを苦しませた罪は重いぜ。オレにとっては!」
「……殿下。謝罪だけはお願いします。私はそれ以上のことは望みません」
心優しいソフィアはそれで済ませようというのだ。感謝しろよフランツ、オレならこのままトドメを刺すところだ。
フランツはゴネる……かと思ったが、意外にもほとんど逡巡もなく謝罪の言葉を口にした。
「……ソフィア、お前には迷惑をかけた……これ以降、お前に近づくことは無い」
「わかりました……あと一つ、質問なのですが。何故、私だったのですか? 以前にも申し上げましたが、殿下には相応しい身分で器量も優れた女性が周りにいるはずです」
「……まず一つ、お前は勘違いをしている。お前に並ぶ女など、そうはいない。見つからない」
「……」
「あとは、お前との最初の出会い……俺様に食って掛かり、あまつさえ誘いを毅然と断った。曲がりなりにも大公の嫡男となってからは、あのようなことはありえない……だからこそ惹かれた」
「私は、あの時はタツロウを助けようと必死でしたから」
「そんなお前なら俺様を……自分の全てを受け入れてもらえると、そう思った。だから、拒否されればされる程、執着が強く……グホッ!」
「もういいよ、それ以上は喋らないほうがいい」
「殿下……貴方のお気持ちに応えられなくて申し訳ありません。重ねて申し上げますが、私の心にはタツロウしかいないのです」
「……ならば行け。これ以上、お前たちに醜態を晒すのは不愉快だ」
「でも、この広場に繋がる街道は全て封鎖してるんだろ?」
「それなら大丈夫! 抜け道になりそうな所を見つけてあるから!」
「でかしたぞサンドラ!」
「ちょっ! あたしは月からやってきたムーンライトレディだって言ってるでしょ!」
「それでは案内をお願いします、ムーンライトレディ! それとホワイトタキシード男爵様!」
「OK! 任せなさいソフィア!」
「それじゃ2人とも俺たちに付いてきて!」
なんだよソフィアの方がノリノリじゃん。いや、さっきのは演技っぽかったな……つまり演劇部のノリであいつらに合わせたってことか。
そして広場から少し出たところで草むらに隠れた排水溝が見えた。身体を屈めると何とか通れる地下へと続くトンネルをずっと抜けていく……。
◇
「やっと川に出られたぜ〜!」
「ふふっ。空気が新鮮に感じられますね」
「小柄なあたしでもキツかったもんね〜。あっ、ソフィアの髪と服が汚れちゃってる……!」
「気にしないでください、サン……いえムーンライトレディ。戦闘の時から既に汚れていましたので。それに洗えば済むことです、生きてさえいれば」
「ソフィアらしい割り切りだね。俺の白い衣装はそれこそすぐに洗い落とさないと……しばらくホワイトタキシード男爵は休業だな」
街の中心である広場からやや離れている川沿いにまでやってきたオレたちは、ひとまず軽口で緊張を解きほぐしつつ、階段を登って地上へと戻っていく。
夜更けのマンション街は恐ろしく静かで暗いが、誰にも気づかれずに歩くには丁度いい。
「本当にありがとうな、お前ら。あのままじゃオレたちは危なかった……またいつかお礼をさせてくれ。あっ、ボーナス出るまでは待ってくれよな」
「あたしは親友のソフィアを助けたかっただけ。でもまあ、お礼がしたいって言うなら気長に待ってるから」
「とにかく2人が無事で何よりさ」
「それにしてもさ、お前らなんでそんな格好してんだよ」
「……こっちにも色々事情があんのよ」
「サンドラはリィンゲンブルク家領内の正義と治安を守るべく、仮面をかぶってムーンライトレディと名乗り、夜な夜な悪党を成敗して回ってるんだよ」
「それにマルコも付き合ってるってわけか。だけどサンドラは自分ん家の領内なんだから、そんな回りくどい真似をしなくったって」
「ご両親から理解を得られないんだよ」
「ウチの親、ほんっと頭が固いから……『街の、下々のことにいちいち領主がかかわる必要はない、捨て置け』って平気で言うのよ!」
「そいつは大変だな。ヴィルヘルムは自身ではそこまでやんね―けど、オレたち家臣は都の治安維持も日常業務の一つだぞ」
「いいなー。あたしが家を継いだら参考にさせてもらうから」
「是非そうしてくれ」
「あの。今さらなのですが、2人はどうやって封鎖を突破したのですか? 排水溝はその後で見つけたって言ってましたけど」
「そんな難しいことじゃないわよ。マルコが封鎖している部隊に向かって局所的に竜巻をぶつけて、混乱している間に横をすり抜けただけなんだから」
おいおい。簡単に言ってくれるけど竜巻を起こせるのは、この世界の風属性としてかなり上級レベルで、しかも思い通りの場所にピンポイントで発生させるなんて……。
オレはつむじ風止まりで、闘気と合わせて烈◯拳が飛ばせるレベルにようやくなれたところなのに。
オレは神に感謝した。マルコと学校の友人として引き合わせてくれたことに。
「サンドラが説明したとおり俺がやったことなんだけど、ソフィアは何か引っかかることでもあるの?」
「いえ……単なる好奇心です、すみません」
思わぬ答えにみんな笑ってしまった。ソフィアにそのつもりは無かっただろうけど、おかげで一気に緊張が解けて場が和んだ。
それからサンドラたちが泊まるホテルにオレたちもお邪魔させてもらった。なんとスイートルームで、元よりソフィアとギーゼラを招待してパーティやるつもりで借りたんだと。
そして出迎えの準備をしてくれたギーゼラと合わせて5人で、その夜は神学校時代の思い出話に花を咲かせたのであった。
◇
「皆様、本日この『芸術と文化の都』ウェーインにて執り行われたファッションショー、おかげさまで満員御礼となっております。そして最後まで多大なるご声援をいただきまして誠にありがとうございました。これにて、オルストレリア大公殿下の領内にて2週間に渡り開催されたファッションウィークも好評のうちに終了となります。改めて皆様、ありがとうございました」
あれから4日後。
オレはウェーインに戻ってロベルトたちと合流し、商館の後片付けやらなんやら雑務に追われていた。
そして今日はファッションショーを……ソフィアの姿を見にきたのだ。
ソフィアはいつも通り、前衛的なデザインからおとなしめのものまで服と装飾品を着こなし颯爽とランウェイを往復して……他のモデルたちよりも輝いて見えた。
彼氏のひいき目かもしれないが、そう見えたのだから仕方がない。
それにしても2週間か。オレがブランケンブルクを出発してからだと約3週間……長かったような、短かったような。
なお、フランツの姿は貴賓室はもちろん観客席にも見かけることはなかった。
まあ、ショーが始まる前に『臨時の騎馬隊夜間演習で指揮を執った際に負傷して静養中』と発表されたので当然だけど。
ヤツの邸宅で開催予定だった懇親パーティーも中止となったので、少なくとも今回はソフィアがヤツに遭遇する恐れがゼロとなり、安心して去ることができる。
明日朝イチにオレとロベルトたち、そしてコンラートさんもブランケンブルクへの帰路に着く。
ソフィアも同様に次のファッションウィーク開催地へと旅立たねばならない。
昨日の夕方に彼女と会って心ゆくまでお喋りして、また会いましょうと約束も済ませたのに……やっぱりまた会いたくて仕方がない。
しかし準備もあるので諦めて戻る……。
「おい、タツロウ!」
会場を出てすぐの所で聞こえたのはギーゼラの声だ。
振り向くとギーゼラ、そしてフード付きのラフな格好で顔を隠して立っているソフィアの姿が。
ウッカリ呼びかけそうになったが、まだ周りに帰り路の客たちも多く、騒ぎになってはいけない。
オレたちは黙って笑顔で手を振り合う。
それはお互いの姿が見えなくなるまで続いたのであった。
◇
ブランケンブルクへ帰り着いてから数日後。
ヴィルヘルムは公会議へと既に出発しており、その留守中はコンラートさんを中心としたオレたち家臣団が都を守っている。
「コンラートさん。結局あの件、オルストレリア大公とヴィルヘルムさんの痛み分けみたいになっちゃいましたね」
「そうだな。貴族たちの家族への『贈り物』について、その全てが領内に配るためにヴィルヘルム様公認の商館へと自分が発注した物だと大公は認める。そしてそれを『誤った宛先へ』送付してしまったことをヴィルヘルム様も認める、という内容で手打ちとなった」
「全部、大公……正確には嫡男のフランツが仕組んだことなのに理不尽極まりねえっす」
「やむをえまい。双方ともこの件を長引かせたくない……それこそ帝国公会議の場で泥仕合を演じるなどあってはならん」
「そのとばっちりで商館長は更迭……被害者なのに可哀想ですよ」
「彼にも簡単に占拠を許した落ち度があるから責任は免れん。だがヴィルヘルム様の気遣いでもある。あのような目にあって、そのまま職務を続けるのはキツかろう。少し休んだあとに別の赴任地へ行ってもらう予定だ」
「そういや、フランツについてはなんか続報ありましたっけ?」
「しばらく休養を続けるようだが廃嫡はされていない。だが大公からの信頼は地に落ちているだろうから、これまでのような好き勝手はできまい。心配はいらないと思うぞ」
「そうですか。それならいいです」
1年後にもまたあの地でファッションウィークが開催されるだろうから、その時にヤツが約束を守るのか分かることになる。まあ、万が一の際はまたオレたちの愛の力でヤツを吹き飛ばしてやるだけさ。
「タツロウ! そろそろ現場へ行く時間だぞ!」
「あーあ、結局おれたちソフィアちゃんに会わせてもらえなかった……むほおっ! 今殴っていいか?」
「ああいいぜロベルト、アルヌルフさん。でも倍にして殴り返すけどいいか?」
「そんな、約束が違うじゃねーか!」
「横暴だって訴えてやる!」
「いやいや、殴り返さねーとは言ってねーし! ケッケッケ!」
◇
帝国最北部に位置するフリシュタイン公国。
ソフィアの故郷であり、現在は帝国の中でも弱小公国として知られているこの地は、北の強国ノルマーク王国と境界線を接している。
その強国にはソフィアの伯父(母の兄)が王族の一人として存在する。
そして王都のとある邸宅にて、腹にでっぷりと脂肪を蓄えた中年男性がその息子と話をしている……。
「ねえ〜パパ! 従姉妹のソフィアってどんな女子なのさぁ〜!」
「うむ。背が高くてなかなかの良い女……ゴホン、なかなかの器量良しだ。頭も良い……我が妹に似たのであろうな」
「へえ〜! それなら楽しみだねぇ〜、会うのがさあ! ぐふふふ!」
「待っておれソフィア。今度こそフリシュタイン公国を我が手中に収めてやる……それが成された暁には、我らが王国が帝国へと進出する橋頭堡にしてくれようぞ……ムヒョヒョヒョ!!」
<あとがき>
読んでいただいてありがとうございました
「フランツの野望編」は今回で終了です
次章は構想中のため、しばらく休載します
再開する際は活動報告でお知らせします




