062.悲痛な叫び
「タツロウ……お前はやり過ぎた。いかに寛容な俺様といえども、これ以上野放しにはできんと思うほどにな……!」
オレとソフィアは仮面男……フランツだとバレバレなのだが、ヤツと夜更けの広場で対峙している。
フランツ自身が主催した懇親パーティーの帰り道、2人で歩いて帰る道の途中で待ち構えていたのだ。
それにしてもお前が寛容だと? 笑わせるぜ!
と煽ってやりたいのは山々なのだが、今はソフィアがオレの背にいるのだ。まずは周囲を確認せねば。
誰もここへ立ち入らないようにと周辺道路は大掛かりに封鎖されているとはいえ、周囲には人家も建物もない……逆に言えばいくらでも脱出する隙間はあるはずだ。
そんな余裕を心に持っていたんだけど。
「フン。どうやら逃げられると思っているらしいな。だが、今度こそ逃がさん。お前も、ソフィアも……!」
フランツはオレたちを牽制するかのように言葉に力を込めて、同時にパチン! と右手で指を鳴らした。
不気味なほど静かなこの空間で遠くまで響いたそれは、オレたちを絶望に突き落とすための合図だったのだ。
ソフィアはオレの二の腕を両手で掴む。そして落ち着きを装ってはいるが焦りを含んだ声で囁いてきた。
「タツロウ……蹄の、馬の蹄の音が」
「ああ、そうだな。それも四方八方からとは念入りなこったぜ」
この広場から放射状に伸びる幾本もの道の向こうから、石畳と蹄鉄がパカパカとリズミカルに奏でる足音が聞こえてくる。
その数は増える一方で、広場で合流すると外周に沿って反時計回りに円を描きながらオレたちを取り囲もうとしている。
いや、さらに外側に時計回りでもう一つの円が取り囲み始め、2重の動く円陣が誕生した。
厄介だな。ゆっくりだが常に回っている騎兵の円陣に隙間は無いに等しい。内側の円陣を何とか突破しても外側から即座に詰められる。
「タツロウ……!」
ソフィアは耳元で、再度オレの名を呼んだ。
もちろんそれは潤んだ瞳で甘く囁きかけるようなものではなくて、このまま傍に居てほしいみたいな、切迫感のある声色で。
そして、二の腕をギュッと掴まれる感覚も。
ソフィアの指の力が強くなっていく……顔は平静を装っているけど、何の武器も持たない個人がこんなのに囲まれたら冷静ではいられない。
こうなったら、ソフィアを抱きかかえて飛行魔法で脱出するか。
……いや。やっぱやめておこう。
この世界の飛行魔法は空中を浮遊するタイプではなくて、ジェット気流を身体から噴射して飛び上がるタイプ。
魔力を溜める隙も消費量も大きいので、よほど大きな魔力の持ち主でなければ長く飛び続けられない。
今取り囲もうとしている中隊を飛び越えられたとしても……そう簡単にはさせてくれねーだろうけど、できたところでその先には道を封鎖した部隊が待っている可能性が高い。
つまり、かえってソフィアを危険にさらしてしまいかねない。
とにかくここはコイツらを呼び出した張本人に兵を引かせるのが最善。難しいのは承知でヤツとの話し合いを試みる。
「おい、フランツ……いや仮面さんよぉ! オレ一人を始末するために中隊レベルの騎兵隊を用意するなんざ、やりすぎじゃねーの?」
「……俺様には、手段を選ぶ余裕など既にない」
「意味がわかんねーんだけど。大公の嫡男様ともあろうお方がよお!」
「タツロウ……お前がここにいるということは、少なくとも俺様が進めてきた計画に何らかの問題が発生していることを示している。ならばこそ、今のうちに……俺様がこうやって部隊を動かせる間にやっておく必要がある」
ああ、あの陰謀の件ね。お前がハインリッヒとツルんでやろうとしていたアレ。まあ確かにその中心となっていた商館は解放した。
だけど、コンラートさんがヴィルヘルムの代理として大公に『協議』を申し入れるって言ってたのを聞いただけで、それがどうなったかは知らない。
なのでどう返答しようかと戸惑っていたら、ソフィアがたまりかねたように強く大きな声でフランツを問い詰めた。
「いい加減にしていただけませんか、殿下! 貴方は私に約束しました。タツロウが私のもとに現れたら、私たちにはもう手を出さないと」
「それは俺様とて承知している。故にパーティではお前たちに花を持たせ、婚約の儀も中止した。だが、それとこれとは話が別だ」
「……私には何が別なのかわかりません。婚約が成立しなかった以上、私に執着するのはやめていただけませんか? そもそも、殿下にはもっと相応しい相手がいずれ現れるはずです」
「ソフィア、お前以上の女は今後も現れることはない。俺様の直感がそう言っている……そして今となっては、お前と婚約できなかったのはむしろ都合が良いと考えている」
「……それはいったい」
「正室となればそれに相応しい活動、つまり表に出て何かと務めを果たさねばならん。大公の正室であれば尚の事。だが側室として屋敷に閉じ込めておけば、俺様だけがいつでもお前を愛でることができる……思う存分に」
「……」
「そしてお前は、自分の心にはタツロウしかいないと言った。ならばこの世から消し去ってしまえば良い。そうすれば、空いた心の空間に俺様が入り込める。いかに頑ななお前でも、いずれは俺様を受け入れる余地が生じるのだ……クククッ……フハハッ!」
「……なんという恐ろしいお考えを」
ソフィアはフランツのあまりの執着ぶりに絶句してしまった。
ストーカー野郎だとは思ってたけど、まさかここまでのサイコパス野郎だとはな。
平気でオレを殺すとか言ってるのもそうだが、ソフィアの気持ちや人格なんて全く考えちゃいない。結局は自分の欲望を叶えることしか頭にねーんだ。
そして、ヤツを話し合いで説得するのは無意味だというのが思い知らされただけであった。
というわけで脱出する手立てを考えねば……それにはもう少し時間稼ぎしたいが、騎兵隊の円陣は思ったより早く輪を縮めてきている。
そしてフランツは最悪の命令を騎兵隊に下した。
「あの男を殺せ……必ず息の根を止めろ。但し女は一切傷つけるな。丁重に扱って俺様の元へ連れてこい……精鋭部隊であるお前たちならできるはずだ。さあ、やれッ!!」
内側の円陣は器用にフランツを避けつつ、回りながら一気にオレたちとの間合いを詰めてきた。
そして各々が手に持つ槍を構え始める。
臨戦態勢を……とこちらも構えようとしたら、ソフィアがとんでもないことを口走った。
「タツロウ! 私を盾にしてください! それなら彼らは貴方に手出しできません!」
「何を言い出すんだソフィア!」
「……そして、貴方は必ず生き延びてください。何処にいようと、どんな目に遭おうと……私は貴方のことを決して忘れません!」
ソフィアは自分の身を差し出してオレを助けるつもりだ。
だけどなあ。彼氏としては、そんなことを彼女にさせちゃなんねえんだよ。
絶対になあ!!
「ソフィア! オレの身体の下に隠れるんだ!」
「何をするのですか!? 貴方こそ私の下に」
抵抗しようとするソフィアに無理矢理覆い被さって、とりあえずひと息ついた瞬間だった。
ドスッ。
何かが刺さる音……それはオレの背中から聞こえてきた。そして続けざまに。
ドスドスッ! ドスッ!!
複数の刺突音……同時に背中に何かが刺さった感触を複数感じた。
そして何かの液体が流れ落ちる感触も……。
同時にソフィアの悲痛な叫び声が耳に突き刺さった。
「タ、タツロウ……そんな……いやああああーっ!!」
<あとがき>
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次回更新は8月16日(日)の予定です
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