061.方伯家と仮面男
「えっ。本当は『リィンゲンブルク方伯家』のご令嬢、だったのですか?」
いつもは少しくらいのことで声を上ずらせることのないソフィアが、周りにも聞こえるほどの声でその驚き具合を見せた。
リィンゲンブルク方伯家のことはオレもそれなりには知っている。
帝国の南西部、西の王国と国境を接する領地を我がご先祖……ルドルフ1世より直接封ぜられたという。
つまり帝国、すなわち皇帝直属の領主ってわけだ。要地に配して周辺の領主を牽制するなどの役割を持つ。
なので普通の伯爵家より格上……辺境伯とほぼ同等ってところかな。
で、そのご令嬢ってのが。
「うん、まあそうなんだけどね〜。でも改めてご令嬢だなんて言われると、なんか照れくさいっていうか、ちょっとね〜!」
などとこれまでと変わらない砕けた口調のサンドラである。
「つまり今後オレたちは、アレクサンドラ・リィンゲンブルク様って正式に呼ばねーといけねーのか」
「いいわよそんなの今さら! アンタたちはこれまで通り『サンドラ』でいいから」
「それなら良かった……っていうかウチみたいな下級貴族が気軽に話しかけていいわけ?」
「もちろんいいに決まってるじゃない、ギーゼラ! 神学校時代からの付き合いなのにさ、水くさいこと言ってんじゃないわよ!」
「わかった、わかったから……じゃあ遠慮なく話させてもらうよ、サンドラ!」
「ところでよー、なんでオレたちに正体隠してやがったんだよ?」
サンドラはオレのド直球な質問にすぐには返答せず、視線を時折動かして恐らくは頭の中を整理している。
まあ、皇帝の跡継ぎだったことを隠してたオレがどうこう言うのもアレなんだけど……ま、いいか。サンドラには結局話してないし、オヤジはもう皇帝じゃないし。
そしてしばしの沈黙のあと、サンドラはおもむろに話し始めた。
「コホン……えーとね、隠すつもりはなかったんだけど。あたし、とにかくマルコと同じクラスになりたかったの」
「……すみません、私にはよくわからない話ですが」
「オレも」
「ウチもわからん」
「わかったから、ゆっくり説明させて……まずはマルコのお家とあたしの家の関係について」
「それは俺の方から説明するよ。俺の家系は代々、リィンゲンブルク家の従者を務めてる。で、俺はサンドラと同世代ってことで、幼い時から遊び相手という名の小姓として側仕えしてた」
「なるほど。で、その時からお互い意識し合っていたってか」
「モチのロンよ! あたし、もうはっきり言って一目でマルコのこと……」
「へえー、俺のことそう思ってたんだ?」
「マルコ……まさか本当にあたし以外の女を」
「い、いや違うって! ただ、俺の場合、まずは小姓としての務めを」
マルコはイケメンで神学校時代もサンドラが心配してたが……最初からやっぱそうだったんだな。
それにしても、これで合点がいった。
この二人とはオレが神学校に転入した当初からの付き合いだが、当時からどことなくマルコがサンドラを見守ってるみたいな関係だった。
あの頃は、暴れん坊……もとい、ちょいとお転婆なサンドラを大らかなマルコが包み込むような、お似合いの関係だと思ってたが……有力貴族のお嬢様と従者ならば、そりゃそうだろうと。
「ところでさ、学校で苗字を『リンデンブール』って名乗ってたのはなんで?」
「あたし、どうしてもマルコと同じクラスになりたくて……でも『リィンゲンブルク』じゃ絶対に爵位持ちクラスにされちゃうから」
「俺の方はさすがに上級貴族には成れないから……サンドラは親戚の家名を名乗って下級貴族として入学したのさ」
「親戚だと?」
「西の王国にいくつかいるのよ。リンデンブールは西の王国内での呼び方ってやつね」
「よく親御さんが許可したな」
「認めてくんなきゃ家を継がない! って散々ゴネてやったのよ、あたし」
「サンドラには弟もいるんだけど幼い時から病弱で、とても家督を継ぐのは無理だから。まあ、ご両親のお気持ちを考えると俺としては申し訳ないんだけど」
「なんでよ! あたしと同じクラスが嫌だったとか言わないでしょうね!?」
「そ、そんなんじゃないって」
そして今でも二人の関係は変わってないらしい。
ちなみに二人の将来だが、マルコが別の上級貴族の養子となって身分を合わせた後に一緒になる予定だそうだ。
それからオレたちは旧交を温めつつ美味しい食事に舌鼓を打ったりワルツを踊ったりしながら楽しい時間を過ごした。
ヒルデがマルコに目をつけそうになって危ない場面もあったけど……まあ何事もなくと言っておく。
フランツの野郎については……爽やかな笑顔で他の客たちと談笑してたのを度々見かけた。
オレたちには一切関わってこず……そう、不気味なくらいに。
◇
「ここでこうやって一緒に歩いてデートできるなんて……ほんの数時間前には想像できなかった」
「ふふっ。それは私もです……殿下に囚われていた時は、もう二度と会えないかと。でも助けに来てくれて……本当に嬉しかったのです」
フランツ主催の懇親パーティーが大盛況のうちに終了したあと、オレはソフィアと一緒に街中を歩いていた。
目的はもちろん、夜も更けた時間帯に彼女を一人で歩かせないため……という言い訳のデートであった。
同じくパーティに出席していたギーゼラやヒルデ、サンドラと一緒に帰る事も出来たのだが、ソフィアもオレと歩きたいと……そしてギーゼラたちも気を使ってくれて。
というのは全て表向きの話。実際は違う。
オレはもちろん、ソフィアも肌で感じているのだ。
フランツはこのまま黙って引き下がる男ではない。必ず……いや、今夜にでも仕掛けてくると。
でもオレは、ソフィアにはむしろギーゼラたちと一緒に帰ってほしかった。その方が安全だと思ったから……フランツのターゲットはあくまでオレの命のはず。
だがソフィアはオレだけに聞こえるボリュームで、そして頑としてそれを断った。
「彼女たちを巻き込む恐れがあります」
「じゃあみんなで馬車に乗ってけばいいじゃん」
「……会場から出発する馬車は全て殿下が手配したものです。下手に乗れば、それこそ何処へ連れて行かれるかわかりません」
「まあ、ギーゼラとヒルデが乗ってる馬車ならそうかも知れねーけど。サンドラとならさすがに手は出せねーだろ」
「……タツロウは殿下を甘く見すぎです。ここはあくまでオルストレリア大公領内なのですから……確かにサンドラとマルコ君には手出ししないとは思いますが」
「なんだかんだ理由をつけた検問で馬車を止めてソフィアだけ引っ張っていく、ってことだな」
「その通りです」
「それなら尚の事、サンドラが黙っちゃいないだろ。親友なんだからさ」
「……そうなれば家同士の問題に発展しかねません。私のことで彼女に迷惑をかけたくないのです……!」
と、オレがいくら説得しても頑として拒まれてしまったのである。
まあ、ソフィアのそういう自分の信念を貫き通すところも好きなのだ……ゲフン、ノロケてすまない。
で、フランツの裏をかいて二人で歩いて帰ることにしたのだ。
このグラツクは大公領第2の都市だけあって夜更けでも表通りは街灯が明るく通行人もそこそこいる。体面とメンツを殊更気にするフランツは何もできまい、と。
しかしその見込みが甘かったことを認めざるを得ない。オレたちは話に夢中になって、いつの間にか周りに通行人が誰もいないことに気づくのが遅くなってしまった。
そして街の中心とも言うべき大きな広場にたどり着いたところで、一人の男がオレたちを待ち受けていた。
「タツロウ。貴様との忌々しい関わりが始まってから3年近く……だが、その因縁も今宵限りで終焉を迎える」
やはりか。ソフィアを背に隠して……こんなストーカー野郎に怯むもんかと強く言い返した。
「おい、フランツさんよぉ! この広場にオレたちが到達するまでの間、どれだけの人数をかけて周辺を封鎖したんだ?」
「……俺様はフランツではない。大公家の嫡男が下郎を相手にこのような場所まで来るなどありえん」
またまた……目元を隠すだけの仮面とシルクハットをかぶってるだけで正体を隠せていると本気で思ってるのかね?
服装は全身を覆うことができる漆黒のマント、その下は見えてる限りパーティで着用してたタキシードってところか。
まんま◯キシード仮面じゃん! と異世界で叫んでも仕方がないので自重する。
それはともかくとして。
「で、オレとソフィアになんの用事があるってんだ? 仮面さんよお!」
「知れたこと。タツロウ、お前をこの場で始末して……ソフィアを改めて我が物とする……クククッ」
<あとがき>
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