060.必殺のサイドリーディング
「きゃーーっ! フランツ殿下は漆黒のタキシードにプラチナの胸飾りが素敵! ソフィア様も淡い水色のドレスが清楚でお似合いです〜!」
「今回のご婚約で、殿下にはどことなく威厳が備わったようだ。お相手は気品あふれる女性で、大公の嫡男ご夫妻としてまさに理想的と言える」
「これは素晴らしい! オルストレリア大公領の益々の繁栄が約束されたも同然、実にめでたい!」
ここはオルストレリア大公領第2の都市グラツクに存在するフランツの別邸。
ファッションウイークに関するイベントは全て滞りなく終了し、その夜に懇親パーティーがフランツによって催されている。
招待された大公領内外の有力貴族たちが集まるこの場にて、フランツとソフィアの婚約の儀が執り行われる予定だが……先に主役2人の『お披露目』も兼ねた舞踏会が始まろうとしているのだ。
そこへ満を持して現れたフランツは、どことなく目の焦点が合わない表情のソフィアを会場の中央部までエスコートしつつ、右へ左へと手を振って応える。
「……皆様、お忙しい中このパーティにご参加いただきましてありがとうございます。さて、儀式はもちろん重要なのですが……私とここにおりますソフィアがどれ程仲睦まじいのか、というのをまずは皆様に見ていただきたいのです」
フランツの力強い言葉にどよめく観客たち。大半は軽く挨拶程度に踊るのであろうと思っていたが、それとは違う様子に戸惑いも見られる。
「いったい、どんなダンスが始まるんでしょう」
「舞踏会なんだから、普通にワルツをお二人で踊るのでは」
「それにしては、あれ程自信を持って見てほしいと仰ってる」
「フフフ。戸惑いの声も聞こえてきますが……私のリードによって華麗に舞い踊る彼女を見ていただければ、私たちの相性の良さをご理解いただけると自負しております」
「それは楽しみですなあ」
「ところで、ソフィア様のご挨拶もいただきたいのですが」
「彼女は少しばかり緊張しておりまして……踊りで皆様を魅了することで、挨拶の代わりとさせていただきたく。それでは、今宵の舞踏会を始めると致しましょう!」
フランツが目配せすると控えていた楽団による演奏が会場内に行き渡り、2人は他に踊り手のいないホール中央にてホールドを組む。
「ソフィア。何も心配はいらない……俺様のリードの通りに身体を動かせば、お前なら自然と最高のステップとターンを繰り出せる」
「……」
そしてフランツに導かれるようにして最初のステップを踏み出すと、ソフィアのドレスの裾は舞い上がるかのように右に左にと揺れ動く。
「さすがだな……ならば遠慮なくいくぞ。俺様のスピードについて来れるな、ソフィア!」
「……んっ」
ステップからターン、スピンへと続くフランツの速いリードにソフィアは応えるかのように激しく脚を動かし、身体をついていかせる。
(相変わらず強引に踊らされているような感覚。ですが……あの時と同じく、私は新たなステージへとまた踏み込もうとしているのがわかります……!)
バズールで彼と踊った際に感じた一種の恍惚感……全力を出し切れる喜びをソフィアは感じていた。
そしてキレのあるターンを何度も披露したあと、最後の決めポーズへと移っていく。
「さあ、お前の全てを見せてやれ!」
「……んんっ!」
ターンの最後に動きをピタッと止めた2人。選んだポーズは、ソフィアが上半身を大きくスウェイさせるダイナミックなものであった。
「とても素晴らしいワルツ! 最後までダイナミックでドキドキしましたー!」
「確かにお二人の相性の良さを見せていただきましたぞ! 最高のご夫妻となることでしょう!」
「フフッ……どうだソフィア。俺様と一緒になれば、毎日のようにこの快感を味あわせてやるぞ」
「で、殿下……!」
ソフィアの表情は相変わらず硬いままだが、その両の瞳からそれぞれ涙が一筋流れ落ちていく。
感極まったのか、それとも。
対照的にフランツはポーズを取ったまま観客たちの反応を楽しんでいる。
「見ろ、俺様たちを讃える観客たちの姿を。さあ、お前も歓声に応えて……しまった!」
「……ああっ!」
観客たちの方へと気を向けたフランツは、ソフィアの背中を支える右手の力を思わず緩めてしまった。
バランスを崩して倒れ込もうとするソフィア。フランツは動転して手を組んでいた左手まで離してしまいそうになる。
このままでは……!
「おおっと! 危ないっ!!」
ガシィッ!!
ソフィアが倒れ込む前に咄嗟に駆け寄り、背中を受け止めた男……それは。
「待たせたな、ソフィア。遅くなってスマン」
「……タ、タツ……ロウ……!」
◇
「き、貴様……何故ここに。いや、何故生きている?」
「クックック。残念だったなあ、フランツ。オレがあの程度でくたばるかよ!」
ふうっ。間一髪で間に合ったぜ。
それにしてもフランツめ……やるならキチンと最後までソフィアを支えろよな。あのままだったら本当に頭を打ってたかもしれん。
まあ、その状況を利用して一気に場に現れたオレが言うのもアレかもしれんけど。
「……タ、ツロウ……どう、して」
「うまく喋れないのか。もしかして意識が朦朧として……何か薬とかの影響じゃ」
「お、恐らくは……。さ、先ほどまで、は、声も出せ、ません、でした」
フランツ……てめーだけは……!!
ヤツに怒りの感情をぶつけてやりてーところだが、周りの観客たちの声が聞こえてきて、オレはそれを自分の中に押し込んだ。
「ソフィア様が転倒しなくて良かった……」
「従者か何かかしら。それにしても馴れ馴れしく抱きかかえて……殿下に失礼では」
招待された客たちは事情など知らないから、まあそういう反応になるよな。この場でうっかり暴れるとかえって不利になる……ここは!
「なあ、フランツ殿下さんよぉ……さっきから見てたが、お前のリードはまるでなっちゃいねえ!」
「なん……だと。貴様、言うに事欠いて訳の分からん言いがかりを。見ていたのであればわかっただろう、ソフィアが全力を出せた喜びに打ち震えていたのを!」
「違うね。ソフィアは優しいから、お前の振り回すだけの強引なリードに合わせていただけ。確かに全力ではあるが、それは体力と技術を目いっぱい振り絞ったってだけのことだ!」
「……よくも、よくも! きさまあああ!!」
「そんな自己満足野郎のお前に、ソフィアをどうリードしたらいいのか……どっちが本当にソフィアと相性がいいのか、今からとくと見せてやんぜ!?」
「何を勝手に……おい何をやっている。この狼藉者をさっさと捕らえろ!」
「良いではないですか殿下! ここは一つ、この男のリードとやらを披露させてやれば!」
「殿下はご自分に絶対の自信をお持ちだ。ならばこの男に身の程を知らしめてやるのも一興かと」
「これは面白い展開になってきた! おい、早く曲を始めろ!」
「なっ……不必要に煽って、このような下郎を調子に乗せるのはおやめください……おい、なぜ演奏を始めている!?」
フフフ。思った通り、観客たちが乗ってきた。
フランツは確かに有能な男だ。様々な事業を成功させ、この大公領に繁栄をもたらした。
だが、あの性格は敵を作りやすい。
ヤツと商談して事業のおこぼれには預かりたい……だが人間としては嫌いだ。そんな貴族たちはここぞとばかりにフランツを叩きにくる。
さて、それじゃソフィアを起こそう。本当は休ませてやりたいところだけど。
「すまないな。薬のせいで疲れ切ってるところに」
「いい、え。タツ、ロウの顔を、見たら……ほら、喋れるようになって、身体にも元気が湧いてきています」
「それなら良かった」
「ところで。どうやってこの場に来れたのですか?」
「実はさあ。途中でサンドラとマルコにバッタリ再会したんだよ」
「……サンドラたちと、ですか?」
「うん。で、サンドラがこのパーティの招待チケットを持ってて、オレは彼女の従者の一人ってことにして入り込んだ」
「……どういうことですか。なぜサンドラが」
「ちなみにこの濃紺のスーツはマルコの予備を借りた。本当はフランツみたいな漆黒のタキシードが良かったんだけど」
「そんなことは別に……で、なぜなのです?」
「悪いけど後でゆっくり説明するから。それじゃ踊ろうぜ、ソフィア!」
「はい、タツロウ!!」
オレたちは呼吸をするようにスッとホールドを組んで。
最初のステップを同時に踏み出す!
うん、いい感じ。これならいける。
「……タツロウ。その左腕……!」
「ああ、気づかれたか。さすがだな」
「怪我……いえ、もしかして折れてるんじゃ」
「その通り。それだけじゃないんだけど、実は添え木もまだ取れてない」
「大丈夫、ではありませんよね」
「ぶっちゃけそうだけどさ、この方が上手くリードできそうなんだ」
「それはいったい……あっ!!」
「フフフ。自然にターンできただろ?」
「……サイドリーディング、ですね」
「その通り。今までは左腕に余分な力が入って上手くできなかったけど、ケガの功名でいい感じに力みが取れて。だから、移動する足と同じ身体の側面を先にスッと動かせるんだ」
「確かに……これなら、無理に力を使わなくとも存分に踊れそうです……!」
「見せつけてやろうぜ、フランツに。オレの必殺サイドリーディングで楽しく舞い踊るソフィアを!」
「ええ。この調子で最後まで頼みますよタツロウ!」
ソフィアが本気を出してきた……オレは彼女のターンとスピンを軸としてひたすらサポートするのみ!
「ねえ。あの2人、ステップだけでなくターンもスピンも自然な動きで無駄が無いと思わない?」
「リードが巧みだ。サイドリーディングをきっちり使いこなして、女性に無駄な体重移動をさせていない」
観客たちがいろいろ言ってるみたいだが、オレは一瞬たりとも気を抜けない。最後まで集中だ。
そうしてオレたちのワルツはあっという間にエンディングを迎えて……いよいよフィニッシュで決めポーズ!
ザンッ!! と綺麗に止まって。
やや彼女を抱き寄せるような体勢で、顔は自然と向き合っている。
お互いに少しずつ顔を近づけていって……。
「おおおっ! まさに相手を互いに求め合うように!」
「なんてキレイな光景なのかしら……ウットリしちゃう」
「もう、何も言わずともどちらが相性がいいのか明白では!?」
オレとソフィアはキスをした。
そんな熱いものではなくて、軽く挨拶程度に唇を合わせただけなのだが。
思ったよりも観客たちに祝福されている……でいいのかな?
「あっ……私としたことが、このような公共の場で……不覚です」
「いいじゃん別に。オレはソフィアとならどこでだってできるけど」
「あの……そのように軽く扱うのはどうかと思います」
「だってソフィアと一緒にいれるだけで幸せだし」
「もう。でも、それは私も同じです……!」
オレはソフィアをそのまま抱き寄せて、抱きしめた。ソフィアもオレの背中をギュッて……。
そんな幸せいっぱいのオレの目に入ってきたのは、苦々しい……いや、そんな生ぬるい表現では収まらない程に紅潮したフランツの顔だった。
だが、やがて観客たちの視線がフランツの方へ向き始めると……ヤツは一瞬だけ左手で顔を覆って、次の瞬間には爽やかな外面に戻っていた。
「皆様……このフランツが仕掛けた渾身の余興、楽しんでいただけましたかな?」
「余興、ですと? 婚約の儀の件が、ですか?」
「そうです。実はこの2人とは旧知の仲でして……しかしなかなか関係が進展せず、友人として兼ねてから気を揉んでいたのです」
「なるほど。それで、あえて殿下が悪役となって一芝居打ったと」
「はい。お陰様でバッチリとその成果を皆様の前で披露することができました。ありがとうございます!」
「なんと素晴らしい……さすが将来は大公となられるお方! 器が違います!」
「殿下はやっぱり最高の領主様です!」
「フランツ殿下! バンザーイ!!」
フランツの野郎、さすがにこのままじゃあメンツ丸潰れだから咄嗟に話をすり替えやがった。
でもまあ、儀式が終わる前にカタをつけられて良かった。婚約が成立したあとでは、フランツだけじゃなく大公自身のメンツまで潰してしまうから、話のすり替えすら難しくなったはず。
そしてようやく抱き合っていたのを解除したオレたち。ソフィアはサンドラと再会を喜び合っている。
そこへ不意に近づいてきたのはフランツ。
笑顔を崩してはいないが、オレの耳元でそっと呟いてきた。
「……生きてこの大公領を出られると思うなよ……!」
背中がゾクッとする程の殺気。
こりゃあ、まだまだ気を抜けないぜ。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は7月19日(日)の予定です
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