057.陰謀と急展開
「タツロウ……説明の前にまずはお前に問う。普段あまり親しくない相手から贈答品、つまり贈り物を貰ったとする。どう思う?」
病院のベッドで2日ぶりに目が覚めたオレに、その意図がよくわからん質問を投げかけた人は。
はるか北方のブランケンブルク辺境伯領からオレたちを救援するために駆けつけてくれた、ヴィルヘルム家臣団の団長であるコンラートさん。
オルストレリア大公領内で活動しているヴィルヘルム公認の商館『フックス商会』を、大公の嫡男フランツの手下どもが不当に占拠していたのは何が狙いだったのかを尋ねた返答がこれだ。
まったく、質問に質問で返すんじゃねえ! とオレは同じような場面で心の中では必ずそう叫んでいるのだが。
さすがに事を荒立てるだけなので、叫びは胸にしまったまま問いかけに応じる。
「それはまあ、中身にもよりますけど。貰えるのは普通に有難いし、嬉しくないといえば嘘になります」
「なるほど。で、その相手とお前はとある重要な決定事項を話し合う会議に出席することが決まっている。この場合ならどうだ?」
「そうなると……やっぱ警戒するっしょ。なんか企んでんじゃねえかって」
「その贈答品が、高級品とはいえ『お菓子』であってもか?」
「うーん。微妙ですね……それでなんか要求されてもなあ。って、そう思うオレの方がおかしいですか?」
「まあ、それが普通の反応だ。何もおかしくはないから安心しろ」
それは良かった……って、それじゃ別に問題ないとしか思えねえんだけど!
と口には出さなかったが顔には出ていたのか、コンラートさんは一息置いてから説明を続けてくれた。
「では、本題に移ろう。何も問題は無いはずのことが、何故ヴィルヘルム様にとって危険なのか」
「は、はい。イテテッ!」
「そんなに身を乗り出さずとも、ちゃんと聞こえるように話してやる。で、結論からまず話すと」
「はい……」
「もし我々がこの件を把握せずに帝国公会議に臨んでいたら、恐らくヴィルヘルム様の政治生命が詰んでいた」
「ええっ! そんな大袈裟な!? たかがお菓子贈ったくらいで! イテテ!」
さすがにこれは思うだけでなく口に出してツッコまざるを得ない。しかしコンラートさんは大真面目な顔でそれを否定する。
「大袈裟などではない。一見単純で稚拙なやり方だが、実に巧妙な罠が仕掛けられようとしていたのだ」
「……すみません、できるだけわかりやすく解説お願いします」
「例えばだが、票読みの裏工作として自分たちの陣営に入れてくれそうな相手というのは」
「自分たちと仲良いヤツ、得られる利益とか利権が一致するヤツ」
「どっちにつくか決めかねてる相手には」
「本人にカネでも握らせて……それか利益の分け前で釣るか。あとは脅しくらいですかね」
「そうだな。だがどれもあからさまで周囲にも分かりやすいと思わないか?」
「そりゃそうですけど。他に方法があるとでも?」
「本人ではなく家族や親族に贈る。特に奥方様や娘の方々へ」
「ええーっ!? だけどそれがワイロだって気づくかなあ?」
「意外と効き目がある。帝国の有力貴族には奥方様に頭が上がらないとか娘にやたらと甘い人が多いのだ」
「で、でもねえ。オレならたとえ家族でも自分が判断すべきことに口出しなんてさせねーけど」
「そうだな……お前の場合、ソフィアさんが言ったらどうするね?」
「うっ……。って、オレが尻に引かれるのが確定してるじゃないっすか!」
「傍から見れば既にそうなってるぞ」
そんなふうに見えてるんだ……。ショックを受けつつも疲れてきたので話を進めることにする。
「つまり今回のことって、ヴィルヘルムさんがワイロを贈って不正をしたって見せかけたいんですよね。だけど思惑通りに動く貴族ばっかじゃないでしょ」
「そうだな。でも結果は実は『奴ら』にとってはどうでもいいはず」
「ますますわけわからんです」
「重要な決議があって、票を開ける段になって……奴らの息がかかっている貴族が不正を告発する。もちろん『証拠』も添えて」
「……やられた」
「まだやられていないぞ。そしてこれはヴィルヘルム様にとって2つの重大な汚点となりかねない」
「不正な票集めをしようとしたこと……あとは」
「貴族本人ではなく家族にこっそり贈り物をした。あからさまに公会議開催前に集中して。これだけを聞いたら」
「ヴィルヘルムさんって実は姑息なんだなーって幻滅です。失礼ながらそう思いました」
「つまり、選帝侯の嫡男として重大なイメージダウンは避けられない。いかに弁明しようともな」
「二段構えでヴィルヘルムさんを確実に追い落とす算段ってわけだ。ところで『奴ら』ってどういうことです? 大公が仕組んだことでしょ」
「最近、選帝侯ハインリッヒと大公……正確には嫡男フランツが急接近しているという噂が絶えない。ハインリッヒはヴィルヘルム様の政敵、大公とフランツには自分たちが選帝侯となるという動機がある」
ひええ。こんな大きな陰謀が仕組まれていたとは。ハインリッヒとフランツ、確かにコイツらならやってもおかしくない。
しかもお菓子だから貰った方もいちいちヴィルヘルムに確かめないよね。だけど忖度するヤツは当然いるわけで。
そういう心理を巧みに突いて……いち早く知らせてくれたマグダレナには家臣の一人として感謝してもしきれないぜ。
「じゃあ、オレたちは先手を打って『商館を占拠して貴族たちに贈り物をさせた』っていうのを大公に突きつけて反撃ですね」
「それは私の仕事だ。お前はもう役割を終えた、ゆっくり寝ていろ」
「そうか……ついに任務完了ですね! それじゃ早速ソフィアのところへ……イテテテ!!」
「まだまともに動けんぞ。ちゃんと直してから会いに行ってやれ。それにどうせファッションウィークの最終開催地はこのウェーインなのだろう?」
「それはそうだけど……なんか眠くなってきた」
「とにかく後始末は私たちに任せてゆっくり休め。それじゃあな」
そしてコンラートさんが部屋を出たあとのドアが閉まる音を聞いたあとは何も覚えていない。
◇
オルストレリア大公領の首都ウェーインから南西に位置する、領内で2番目に大きな都市であるグラツク。
ファッションウィークの最終開催地ウェーインへの経由地でショーが開催される最後の都市となる。
ソフィアは打ち合わせ会場にてフランツから思わぬ話を一方的に聞かされて動揺を隠しきれない。
「どういうことですか……タツロウが私の元に来るか否か、ウェーイン到着までは事態の推移と結果を待つと。そうお約束したはずです」
「ウェーインはここからすぐそこだ。ここまで来ていまだ現れないということは……クククッ」
「タツロウは、必ず現れます!」
「俺様はもう待てん。予定を繰り上げて、この地にてお前と俺様の婚約を大々的に発表し、正式な手続きを実施する。その準備を進めている……!」
<あとがき>
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