056.勝つ算段はできている
「うわあああああーーーっ!!!」
「ふははは! 脳ミソぶちまけて死ねいっ!!」
突入した商館の2階で待ち構えていたのは、2メートル超の巨漢レスラー・ゲプハルト。
オレはもちろん捕まらないように間合いを取って牽制しながら闘っていたのだが。
ヤツは気を溜めるような動作を見せて気合いの掛け声を発すると、直後にオレの身体がヤツの目の前に何故か吸い寄せられてしまい……ガッチリとホールドされて身動きが取れなくなった。
そしてヤツはオレを逆さまにした体勢で空中に跳び上がり、どう見てもス◯リューパ◯ルドライバーっぽい必殺技を仕掛けている最中だ。
ここは対魔力結界の中……魔力でホールドを解くことも床に風のクッションを作ることも叶わない。
このままじゃホントに……!
いや諦めるのはまだ早い。ス◯リューと同じ形でホールドされてるなら、両足の膝から先を動かせる余地があるはずだ。
「おらああっ! 離せ、離せよコラァ!!」
「クソッ、頭をかかとで蹴りつけやがって! だが死んでも離さんっ!!」
「それだけじゃねーぜ! おらあっ!! とりゃあっ!! ふんがぁー!!」
「吾輩が頭に気を取られた隙に暴れまくって、体勢が少しズレたか。だがこのまま床に叩きつけても十分な威力がある。フンッ!!」
身体が傾いて頭と左肩が同じくらいの高さに……でもこれが限界、床はもう目の前だ。
「うわああーーっ!! ソフィアーー!!」
「このままくたばれいっ!!」
「タツロウッ!!」
この声は……!
そして身体が回転してるオレの目にチラッと入ってきたのはメガネをかけたあの人の姿。
その直後、オレは腹に突き刺さるような衝撃を覚えた。
「ぐふああああーーっ!?」
「くっ! 吾輩たちがきりもみ回転で落下している最中に蹴りを入れただと? 何者だ!?」
「我が名はコンラート。この半人前男の上司だ」
あまりの衝撃でオレは思わず吐きそうに……そして不意を突かれたゲプハルトもホールドを解いて吹っ飛んでいく。
助かったぜ〜。でもやっぱり頭から落ちそうだ。
こうなったら毒で痺れて戦いで役に立たない左腕を何とか動かして、頭の下に!
ボキィッ!!
ああ、嫌な音が聞こえてきた。だけど頭を保護できたから悔いはない。
それに痺れてるおかげで痛みを感じない。ケガの功名ってか?
「タツロウ! 大丈夫かその左腕……全体的に紫色に変色しているぞ!?」
「大丈夫っす。これは別のヤツ……毒の魔力のタンクトップ男にやられて痺れてるだけなんで」
「だがさっきの音。確実に折れている、すぐに手当てせんとな」
「いや、一応動くんでヒビ入ってるだけかと。それにあの巨漢レスラーに借りを返さにゃならんので」
「お前なあ」
「すんません、ヤツとの決着だけはやらせてください。ところでヤツは魔力も無しにオレの身体を吸い寄せたんですけど、どういう技か知ってますか?」
「もしかしてその前に予備動作はなかったか?」
「ありました。踏ん張って気を溜めるみたいな」
「対魔力結界対策として、体内の魔力を闘気に変換する技が存在する。その動作は恐らくそれだ」
「そんなのあるんだ。だけど神学校でも、家臣になってからも誰も教えてくれなかったんすけど」
「力の制御が難しく、半端者や学生がやるには危険だからだ。下手すると暴走して自我を失う」
「それってオレが半人前って言いたいんすか?」
「そうだと言ってる。で、吸い寄せる技というのは分からんが……圧倒的な闘気で魔力のような技を繰り出せる上級者もこの世界には存在する」
「じゃあ、あの技も」
「推測だが、自分の間合いにいる相手の闘気を感じ取って、それを自分の闘気で引き寄せる……それと同時に身体も引き寄せられる、のかもしれんな」
「なるほど。納得しました」
理屈がわかればどうにかできる。そしてオレの頭の中には既に対抗策ができている。
「ぐぬうううっ! さっきは不意を突かれたが、今度は2人まとめて我が必殺技で地獄に叩き落としてくれるわ!!」
おっと、ヤツも立ち上がった。というわけで第2……いや最終ラウンドの始まりだ。
「コンラートさん。ここはオレにやらせてください」
「だがお前では……」
「大丈夫です。勝つ算段はもうできてるんで。お願いします」
「……はあっ。お前は言い出すと聞かないからな。ではヤツは任せる。私はロベルトたちの支援に回るが、少しでも危ないと思ったら大声で叫べ。いいな」
「はーい」
「おい、コンラートとやら! 貴様、どこへ行こうというのだ。吾輩に恐れをなして逃げるのか?」
「へっ! お前ごときオレひとりで十分ってさ」
「若僧……そんなに死にたいのなら、先に地獄へ送ってやろう。覚悟はできてるな?」
「お前の方こそ、グダグダ言わずにサッサと吸い込んだらどうだ? でないとまた足元攻めてやるぜ?」
「言われんでもそうしてくれるわ!」
まんまと挑発に乗ってくれたぜ。出すタイミングさえ分かってりゃどうということはない……!
「行くぞ! フンッ!!!」
「こっちこそ、おらあっ!!」
ゲプハルトの掛け声と共にオレの身体はフッと吸い込まれた。
但し、前とは違ってオレの両手はヤツの豊かな胸毛を掴み、右足はヤツの腹の上に乗せている。
吸い込まれるタイミングと同時にオレも構えておいたのだ……そしてヤツの上体はオレの身体を掴もうとして前屈みとなっている。
つまり重心が前のめりになっている。それを利用して、巴投げの要領で後ろに倒れ込みつつ一気にヤツを引き込む!
「おらああっ! 喰らいやがれ、『地獄車』!!」
「ぐぬううううっ! 組んだまま前に回転して、吾輩の頭が打ち付けられる!」
ヤツの体重を利用した回転、一度勢いがついたら止められんぜ!
そして2回、3回、4回と回転すると壁端が見えた。左足もヤツのお腹に乗せて、両足の力で相手の身体を壁に向かって勢い良く放り投げる!
「トドメだ! とりゃあああっ!!」
ドガッ!! と派手に叩きつけた音が響き渡り、ゲプハルトの叫び声と負け惜しみが聞こえてきた。
「ぐはああっっ!! ば、馬鹿な。この吾輩が……吾輩の必殺技が、こんな若僧に投げ返されるなど……ゲフッ!!」
フフッ、決まった。壁に逆さまの体勢でめり込んだゲプハルトは、気絶したのか白目を剥いて何も言わなくなったのだ。
そして残念だったな。昔と違って今は、コマンド投げが通常投げに常に勝つとは限らない。同時に発動したら発生が早い方が勝つんだよ。って何のこっちゃ。
おっと、回避しとかないとあの巨体がオレの上に落ちてくる。
サッと身を翻して横に避けて……。そしてなんだか眠くなってきた。
まだ敵はいっぱい残ってるのに。しかし起きようとすればするほどまぶたが塞がってくる。もうダメだ限界……。
◇
ん?
ここはどこだ?
そして今は……。
「おっ。気がついたなタツロウ」
「ロベルト……なあ、ここはどこで今は何日だ」
「まあ待て。お医者さんに診てもらってからにしようか」
そしてロベルトが呼んできたお医者さんという人に、ベッドに寝転んだままあちこち触られたり名前やらを聞かれたりして、ようやくOKみたいなのをもらった。
「ぬふふふ。タツロウの意識が戻ったって?」
「やれやれ、あれほど言ったのに無茶をして」
「アルヌルフさんにコンラートさんも。すんません、みんなでオレをここに運び込んだんですよね?」
「ああ。正確には4人でだがな」
「4人?」
「やあ。タツロウくん、久しぶり……って、覚えてないかなさすがに?」
「いえいえ、忘れるわけないですよマネージャーさん……あれ? お名前を覚えてないや」
「ははは、そりゃそうだよ。あの時は慌ただしかったから名乗るの忘れてたからね」
なんと懐かしい……いや、商館の商店名が『フックス商会』と聞いた時からもしかしたら、と思っていたんだ。
この人にお世話になったのは、まだ神学校に在籍していた時代のこと。
とある事件のことで、オレはソフィアの故郷である『フリシュタイン公国』に潜入したのだが。
その手助けをしてくれたのがこのマネージャーさん……当時は公国内に商館を構えて、もちろんヴィルヘルムの代理人としても活動していた。
「そういや聞き忘れてました。それで、今はこっちで商館長をやってると」
「そういうこと。公国でいろいろと実績を上げて評価されたのはいいが、以前よりも遥かに厄介な所を任されちゃって。まさかここまでとは思わなかったけどさ」
「あはは。でもご無事だったのは何よりです」
「まあ、あちらさんも私を殺すわけにはいかないからね。でも一緒に囚われてた店員たちを人質に取られて、言うことを聞くしかなかった」
「え? どういうことですか……イテテ! 左腕が動かせない!」
「無理をするな。お前の左腕は毒が浸透していた上に橈骨と尺骨の両方が折れていた。お医者様曰く、もう少し来るのが遅かったら壊死して左腕を切断するところだった、と」
ひええ! そこまでだったとは。でも切断せずに済んだのはみんなのお陰様というわけだ。
「ありがとうございます。コンラートさん、みんな。ところでこの病院って」
「ここはブランケンブルク出身のお医者様の病院で、商館長の行きつけだ。なので安心しろ」
「私たち商館の者たちの命の恩人だからね。キチンと治るまでゆっくり入院してるといいよ。それじゃ、私も入院中の身なのでこれで失礼」
商館長は以前と同じく爽やかな雰囲気を残して部屋から去っていった。ちなみに名前はアルバートさん。
「ところでコンラートさん! 商館はどうなったのか今すぐに教えて……アタタ!」
「慌てるな、順を追って説明してやる。まず、あれから2日が経過している。そして結果から言うと商館は無事に我々が制圧した。建物の内外で襲いかかってきた連中はすべて捕らえ、捕縛してある」
「おれたち3人だけで全員縛り上げるの大変だったんだからな〜!」
「特にお前が倒したゲプハルトは重くて」
「それはすまなかった。で、そいつらは」
「後から到着したヴィルヘルム様直属の精鋭部隊が奴らを監視している。あとで大公に見せる『証拠品』として必要なのでな」
「……やっぱ大公、というか嫡男のフランツが関係してやがんのか」
「そのあたりは確定するまでもう少し時間がかかる……そしてこの件、お前たちが考えているよりもずっと深刻な事態なのだ」
「そういや『ショコラリッツ製のお菓子』がどうのこうのって」
「そう、そのお菓子が非常に重要なのだ……それが発覚したのはお前たちの手紙が届く前日のこと」
「な、何があったんですか?」
「実は、マグダレナ様がいきなり殴り込んで……ゴホン、約10年ぶりにヴィルヘルム様の元へ訪ねて来られたのだ」
「マジっすか!! イテテテ!」
オレは思わず叫んじまった。だってマグダレナはヴィルヘルムとは犬猿の仲のはず。
マグダレナは女性で神学校時代の先輩であり、ブランケンブルク辺境伯領とは隣合わせのアウストマルク辺境伯領の長女で跡継ぎと目されている。
昔は幼馴染でもあるヴィルヘルムと仲良くやってたらしいのだが、ある時大喧嘩して今に至るとのこと。
コンラートさんは頭のなかで話をまとめてるのか、一瞬だけ天井を仰ぎ見ると落ち着いて話を続けてくれた。
「動くなと言ってるだろう。で、マグダレナ様は来るなりこう仰られた。『わたくし宛にこのような高級品を、この時期に大量に送りつけてくるなど……いったい、どういうつもりですの!?』と」
「この時期って何かありましたっけ?」
「年に一度の帝国公会議が迫っている」
「まさか……お菓子が票集めの賄賂だとでも?」
「そのまさかだ……!」
それこそマジかよ……と思いつつも、オレは痛みも忘れてコンラートさんの話に聞き入ってしまったのであった。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は5月24日(日)の予定です
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