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爆虫の召喚士  作者: 天野 雪人
第五章 月光国編
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第五十五話 桜の過去

「主殿!」


 桜の目の前で、バベルはお腹を貫かれた。


「プ! プー、プー」


 貫かれ、背中から倒れたバベルをくろまめは悲しそうな鳴き声を上げながら駆け回る。


「ゴアアアアアアアア!」


 鎧武者にとって、その雄叫びは敵を討ち取った勝利の雄叫び。くろまめの鳴き声は、悲しみの声。そして、桜は――。


「主殿……」


 目の前の事実を受け止められず、ただただ唖然とするだけ。


「プウー!」


 絶望の顔をする桜を置いて、くろまめは怒りの声を上げる。そして、爆虫戦艦としての攻撃を打ち始めた。


「プワプワー」


 体の横に付いている二つの筒からセットしてあったロケット型を発射し、後ろの箱に入っていた小型の爆虫を一斉に鎧武者に向かわせる。これがくろまめの力“戦艦”爆虫を装備として認識する事で、くろまめと一緒に収納し、それをくろまめに振るわせる。その一斉射撃はCランクの魔物を木っ端みじんにする威力だ。しかし、そんな攻撃も、鎧武者には効かない。


「ゴワーン!」


 発射された爆虫は、鎧武者に当たっても傷一つ付ける事が出来ない。いや、纏っている電気の鎧も突破出来なかった。


「プ!」


 打つ手がなくなったくろまめは、召喚主の元にもどる事しか出来なかった。


「主殿!」


 目の前の一瞬の戦闘風景を見て、桜は我に返ってバベルの元に駆けつける。


「主殿! 主殿! ――バベル殿」


 腹を貫かれたバベルは目をとじ、永遠の眠りへと誘われている様な――。


「いやだ。またあの時と同じ――」


 グチャグチャになった思考の中、バベルを腕に抱きながら、桜は涙を流し続ける。


「なにも変わらない。私は、何のために……」

「ゴワアアアアア-」


 幾ら感傷に浸っていても、鎧武者は桜を仕留めるために刀を向ける。


「ゴアアアアアアアア!」


 鎧武者は、バベルを見ながら背を向けている桜を一瞥して。桜の背中に刀を振り下ろした。



 ◇



「んー。また来ちゃったのか」

「そうだ。まただ」


 ただただ白く広い空間。

 俺の目の前には、赤い髪。青い目の美少女。マモンが立っている。今は月光国に居るからか、着物姿だ。正直メチャクチャ似合う。


「……俺どうなるんだ?」

「まだ死んではいないが、時間の問題だな」


 確か。鎧武者に刺されたんだよな。


「……そうかー」

「なんだ。もっと慌てるかと思ったが、落ち着いてるな」

「一度死んでるからな。何か落ち着いてる」

「そうか」


 死んだときの記憶はないはずなのに、体? いや魂が覚えているのかな。


「それで、俺は今どうなっている?」

「ふむ」


 マモンは数秒目をつぶる。


「死にかけているバベルの体に桜がすがりついて泣いているな」


 目を開けたマモンが、そう告げてくる。


「それに、しきりに『姉上ごめんなさい』と呟いているな」 

「姉……か。マモン。俺の治療を頼む」

「な! じゃあ、報酬は? 私はお前と同じで、無報酬で働かないぞ」


 目の前の強欲ツンデレがそんな事をほざいている。


「む! 今失礼な事考えなかったか?」

「そんな事考えてない。それより、頼むぜ。天ぷらを食ったときこんど無償で力を貸せと言って、お前が分かったと言ったのは忘れていないぞ」

「う!」


 マモンは図星を突かれた。と、いう様な顔をする。


「約束は守れ」

「あー! 分かった。青の炎。これで良いだろ」

「良いぜ。あと、赤の炎も頼む」

「はいはい。もう意識がもどるぞ」

「サンキューな」


 俺がそう言うと同時に意識が浮上する感覚に包まれる。

 桜も辛い過去を抱えている。家族が死ぬことは辛いが、それを人に被せるなよ!



 ◇



 意識が戻って目に入ってきたのは、泣いている桜とその後ろ。桜に刀を振り下ろそうとしている鎧武者。俺は蘇生したばかりの体を起こして、赤の炎で鎧武者の刀を全力で受け止める。


「グッ!」


 重い。

 体を半分起こした状態から立ち上がり、桜の前に立ち、赤の炎で刀をはじき飛ばす。刀をなくした鎧武者に更に赤の炎で追撃し、そのまま吹き飛ばした。


「……姉上? 生き返って」


 俺の後ろにいる桜が縋り付く様な声をだしながら、言う。


「……桜。俺は姉じゃない。バベルだ」

「なんで。姉上じゃないんですか」


 桜は泣きながら言う。


「俺はバベル。お前の姉じゃない!」

「なんで……。姉上。姉様。……お姉ちゃん――」



 ◇



 桜にとって、姉とは尊敬する人物だった。何をやっても完璧にこなし、いつも桜を可愛がってくれた。そして、稽古もつけてくれる。咲野が重度のシスコンなのも、姉の影響だろう。

 姉、菖蒲あやめにはさまざまな武勇伝がある。3歳で小鬼を倒した。5歳。ユニークスキルを授かって三日後に鎧武者を倒した。10歳で大鬼将軍オーガジェネラル討伐など、信じられない様な実績を残し、将来は剣豪や殲滅将軍を越える実力者になると言われていた。まあ、菖蒲は。


 『私は外国に行きたい』


 と、言っていたので、月光国に残るかは疑問だったが。


 ――そんな出世道を歩くことが決定していた菖蒲に、とある事件が起こった。そして、永遠に帰らぬ人となった。菖蒲15歳。咲野10歳。そして、桜が5歳。その日、桜はユニークスキルを授かる儀式をしていた。


「では、桜様。この円に乗って下さい」

「は、はい」


 貴族などは五歳ほどで屋敷に神官や巫女を呼び、発現する事が大抵だ。桜もそれだった。


「神よこの者に力を。――さあ、桜様は、【超人】というユニークスキルですね」

「ありがとうございます!」

「はあー。可愛い」

「え?」

「いえ、何でもありませんよ」


 桜は、少し危ない所がある巫女さんとの儀式を終わらた。


「桜! 凄いわ。能力の全てに補正を掛ける補助系は強いわよ」


 桜が儀式を終わらせて、一番に話しかけてくれるのは姉だ。


「はい、姉様!」

「はあー。桜は矢っ張り可愛いな」

「そうですよねお姉様。桜は可愛い。僕の中で桜は神の寵愛を受けた子だ。いや、神さえも超越した可愛さ――」


 こいつらは姉弟そろってシスコンだった。


「桜は、姉に次ぐ天才かもしれん。能力を全てほさする補助系なんて、珍しいでござる」

「そうですね。桜も菖蒲も咲野もみんな天才ですよ」


 栄一郎と、朱奈も褒め称える。桜は、愛されていた。


「じゃあ、栄一郎。ユニークスキルを授かったし、渡しても良いよな?」

「ああ。もちろんでござる」


 両親の後ろにいた大男。子鉄が、一本の刀を持って前に出てくる。


「ほれ、桜。これが俺からの、祝の品だ」

「ほあ。子鉄おじさん。ありがとう!」

「お、おう」


 小さい体で刀を持ち、目を輝かせながら桜はお礼を言う。ユニークスキル【超人】を持っていなければ、とても持てない重さだろう。


「この前出来た五本の刀より少し劣るが、俺が心を込めて打った“夜桜”って刀だ」

「うん!」


 こんな平和な日常の三日後に起こった事件は、ある意味必然だったのかもしれない――。




「桜はさー。姉ちゃんの後ろにいつも隠れているクセに、刀なんてもってんじゃねえよ」

「「そうだ、そうだー」」


 儀式の日から三日後、もう一家の将軍家の子供とその取り巻きに桜はそう言われた。


「桜は、弱いんじゃねーの?」

「違う!」


 桜にとって、自分を弱いと言われる事は、いつも稽古をつけてくれる姉を馬鹿にされたも同然だった。そして。


「大人もすごいって言うけど、お前の姉ちゃんも弱いんじゃねえのか? 女のクセになまいきだ!」


 その言葉が桜の怒りに火を付けた。


「じゃあ、鎧武者を倒してくる!」


 自分と姉を認めさせる為、桜は姉と同じ功績。五歳で鎧武者を討伐するため、月光国の外れにある共同墓地へと向かった。




 薄暗く、太陽が差さない場所。共同墓地。ここは死霊が徘徊する、一種の迷宮ダンジョンだ。


「……居ない」


 十分歩きまわっても、鎧武者所か腐敗人ゾンビ一匹出てこない。普通ならこんな恰好をしている獲物を襲わない方がおかしいが、現に桜は何にも襲われていない。もしここで何かおかしいと引き返していれば、事件は起こらなかっただろう。


「……何?」


 共同墓地を歩きまわっていると、突如奥の方から声が聞こえてくる。聞いただけで、人間の声じゃないことは確かだ。その声で、夜桜を握る手を更に強める。


 ガチャガチャという足音と共に現れたのは、鎧武者。いや、鎧武者のイレギュラー(・・・・・)だった。


 その雰囲気だけで、桜は震えが止まらない。目の前の大きく、とてつもない存在に、ただただ圧倒されるだけ。


「――やあっ!」


 桜は震えたままの体を無理矢理動かして、鎧武者に斬りかかった。


「ゴアアアアアアアア!」


 鎧武者は腕を振りかぶり、桜に向けて打ち込んだ。小さな桜の体は吹き飛び、そのままお墓に叩きつけられる。夜桜で受け止めたのと、超人がなければそのまま死んでいただろう。


「うぐっ!」


 幾ら威力を殺そうが、怪我をしたことに変わりはない。超人の能力で痛みが軽減され、回復力が高まったとはいえ、小さな桜にはその怪我は未知の痛みだ。


「ゴア!」


 そして、鎧武者がそのままとどめを刺そうとするのは簡単な流れだった。


 死を覚悟した、桜は、目をつぶる。すると、振り下ろされた鎧武者の腕を、受け止める音が聞こえた。


「桜、大丈夫?」

「姉様!」


 鎧武者の腕を受け止めたのは、名刀“花王”を持った菖蒲だった。


「あいつに聞いたわよ。簡単な挑発に乗っちゃって。だけど、私が来たからには大丈夫!」

「姉様……」


 姉が来たなら大丈夫だろうと、安心した桜は力を抜く。


「桜、休んでなさい」


 菖蒲はそれだけ言って、鎧武者に向かい合う。

 桜にああ言ったが、菖蒲は勝つ可能性が薄いと考えていた。当たり前だ。菖蒲が戦った事あるのは鎧武者などのCランク。最高でも大鬼将軍オーガジュネラルといったBランクまで。目の前ほどの脅威に遭遇した事がない。しかし、菖蒲は桜の笑顔を守る為、鎧武者のイレギュラーに戦いを挑む――。


 そこからの戦いは芸術と言える物だった。無手で戦う鎧武者。名刀を片手に様々な攻撃をくり出す菖蒲。その戦いに、桜は見とれていた。しかし、戦いは永遠に続かない。


 (矢っ張り私ではもうもたない。――ごめんなさい)


 菖蒲は心の中で謝ると、花王を構える。


「私は、桜を守る為に使う。必殺スキル『運命操作』」


 菖蒲は、ユニークスキル【確率操作】LV5で覚える必殺スキルを発動させる。その効果は自分と相手の運命を操るという物。菖蒲は、鎧武者《相手》の勝率と、自分の勝率を入れ替えたのだ。しかし、それだけの効果。LV10で覚える必殺スキルにも匹敵する。それが、何の代償もなく発動出来る訳がない。


 その結果、菖蒲は血を吐いた。


「姉様!」

「桜は下がっていて! 私は、勝つ」

「は、はい」


 その気迫に、桜は下がる。


「私の勝ち……」

「ゴ、ア……」


 菖蒲は鎧武者の鎧を破壊し、その中心に在った魔核を花王で串刺しにした。魔核は魔物の心臓とおなじ。それを破壊されて、生きていられる魔物はいない。

 しかし、鎧武者もただで死ぬほど甘くはない。最後の力を振り絞り、菖蒲の体に腕を突き刺した。


「姉様!」


 その光景に、桜も声を上げる。姉が死ぬかもしれないという恐怖が、倒れている鎧武者を気にさせない。そのまま傷む体を引きずりながら、姉の元に向かった。


「姉様?」

「桜? 桜、私は勝ったよ」

「はい、だけど血が……」

「ああ。そうだね。私なら大丈夫」

「姉様」


 倒れた。菖蒲に、桜は寄り添う。


「……だけど姉様。冷たくなってきました」

「ふふ。桜。わたしな……」

「姉様!」

「うん。桜は矢っ張り可愛いな-」

「姉様?」

「ごめんね」

「なにを……」

「桜を残していくのが辛いかな?」

「姉様……お姉ちゃん!」

「お姉ちゃん、か。良い響きだ。姉様と違って。……桜。生きて。生きて幸せになって」

「お姉ちゃん? おねえちゃん……」


 そして、菖蒲は動かなくなった。


「お姉、ちゃん――」



 ◇



「お姉ちゃん」


 桜は泣いている、立ち上がれずに。


「……桜。お前の姉は何て言った」


 泣いている桜に俺は話しかける。鎧武者はまだ戻ってきていないが、すぐに戻って来るだろう。


「お姉ちゃんは――生きて。生きて幸せになって」

「そうだろ! 家族が家族を不幸にする言葉を残すはずがない。お前はこんな所で死ぬのか?」

「――嫌だ」


 桜は泣きながら、答える。


「そうだろう。それに、俺はお前の姉じゃない!」

「――私は、幸せになりたい。私は、最強になる」

「じゃあ、立ち上がって俺と戦ってくれ」

「姉上なら戦ってくれとは言わない。姉上なら、後ろに下がれと言う」

「俺は強くない。仲間の力を借りないとあんな強敵相手に出来ない!」


 俺は物語の主人公には成れない。だから、こんなかっこわるい事しか言えない。


「はい、主殿、いえ、バベル殿!」


 ……俺の小っぽけな力じゃあいつには勝てない。だけど仲間が居れば。楽勝だ!

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