第四十五話 父親も強烈だったが、兄はもっと強烈だった
桜の父。栄一郎さんは、槍を構えて俺達に斬りかかってくる。その速さは目にも留まらず、俺が気付いた時には、槍の先端が、迫ってくるのが見えただけだった。
「父上すとーっぷ!」
俺の人生が終わるのかな-。と、思って構えていると、桜が栄一郎さんの後頭部を、10トンと書かれたハンマーを使って全力で叩いた。
「ふう。大丈夫ですか主殿、エル殿。あとにゃるか」
「にゃにゃにゃ。我はついでか!」
ついで扱いされたニャルカはプンスカ怒り、エルは苦笑する。
「それで。この倒れた。栄一郎さんはどうするんだ?」
栄一郎さんは後頭部に大きなたんこぶを作り、気絶している。
「どうしましょう。とっさに殺ったから、特に配慮もしていませんし……」
「うん。栄一郎さん生きてはいるよ」
栄一郎さんを調べていたエルが報告してくる。生きているなら、起きたときの対応を考えないと……。
「……よし、ニャルカに記憶を消して貰おう!」
「我が闇の誘惑は、強さに比例するにゃ。我が最強なのは決まっているが、こいつは今まで会った中でも一番強いかもしれにゃいにゃ。我でも紙一重で無理かもしれにゃい」
「なるほど。ニャルカじゃ無理なのか」
ニャルカが無理だとしたら、どうしよう。『無理な訳じゃにゃいにゃ!』とかニャルカがほざいているが、気にしないでおく。
「うーむ。困ったな」
「……うぅ」
「「「「!!」」」」
悩んでいると、栄一郎さんがうめき声を上げる。
「は! 拙者は何を……あ! 貴様ら桜に近づくな! 何やら時間が飛んだ気がするが、貴様らを退治するのは拙者でござる。覚悟ー!」
栄一郎さんは俺達をみるやいなや、近くにあった槍を手にとって、俺達に再度襲いかかってきた。
◇
「……本当どうしよう」
襲いかかってきた栄一郎さんは、桜に再度どこからか取り出した10トンハンマーで後頭部を叩かれ、気絶中だ。
「こまったね」
「ああ。それより桜。そのハンマーは何なんだ?」
「これですか? これは船の中で見つけた魔道具ですよ。小さくなるので、持ち運びに重宝します」
船の中で見つけたってそれは泥棒ではないか……まあいいや。俺には関係ない。これは桜の問題だから。
「それにしても、栄一郎さんはどうしよう」
気絶している栄一郎さんをどうするか考えていると、突然襖が開く音がする。急いで振り向くと、黒目黒髪で、腰に刀を差した侍が居た。
「だれだ君たちは。土足で屋敷に入るとはどういう事だ」
その侍は可成り若く、20歳程度だろうか。腰の刀は魔力を感じる事から、魔剣だと分かる。
「……兄上?」
「……桜?」
「「え!」」
目の前の侍は、確かに似ていると言えば似ている。全く似ていなかった栄一郎さんとは偉い違いだ。
「桜-!!」
「あ、兄上-」
桜の兄様は数秒見つめ合った後、兄様の方が桜を抱きしめた。
「桜ー、大丈夫だったかい。5ヶ月と24日と7時間も何処に行っていた。父上などご飯を3杯しか食べず、攫われたに違いないとブツブツ呟いて、仕事もしなかったんだぞ! それに、僕も心配していたよ。君が居なくなってからろくにご飯が喉も通らず、寝不足の毎日。誘拐犯は皆殺しにしようと“血桜”を研いでいたよ」
「あ、兄上-。放してください」
「「…………」」
何だろうこの強烈な兄様は。というか桜は本当に黙って出てきたんだな。
「は! 君たちはなんなんだ」
「あ、あの人達は私の主殿と友人です!」
桜がそう叫ぶと、明らかに兄様の雰囲気が変わる。そう、この場所だけ氷河期になったような。あの蛙が寒いギャグを吐いて宴会の場を凍らせた時と同じ雰囲気だ。
「……友人は兎も角。主殿ってなにかな?」
「えーと兄上? 何を怒っているのですか?」
「ふふふ。主殿ってだーれかなー」
その顔は、笑っているのに、目は全く笑っていない。俺が一番恐い顔をしていた。
「可愛い妹に、主殿なんて羨ましい。ぶっ殺してやるー!」
兄様は腰の刀を抜いて、俺達に斬りかかってきた。
◇
「なるほど、桜がお世話になりました」
頭にたんこぶを三つ作っている兄様が俺達にお礼を言う。斬りかかって来た兄様は、桜に因ってボコボコにされた後、俺達も畳に正座をし、今までの事情を話した所だ。
「そうだ。申し遅れました。僕は夜月咲野と申します」
「あ、俺はバベルと言います」
「ボクはエルフィルです」
「にゃはははは。我は冥王ニャルカにゃ!」
咲野さんが自己紹介してきたので、俺達も自己紹介をする。ニャルカは挨拶の時だけは元気だな。
「それにしても、桜の食費は大変だったでしょう」
「そうですね。パーティの食費をむさぼる魔人ですよ」
「兄上。しかし、私もあの時から強くなりました。今なら兄上にだって……」
「へえ。大きく出たね桜。今度試してみるかい?」
「はい!」
……この人からは魔力を感じない。俺が魔力を見る事が出来る者は、二種類に分かれる。見える者と見えない者だ。前者は単純にだだ漏らし。後者は特殊な事情があるか、あえて隠しているかの二通り。咲野さんはあえて隠している。今までで、魔力が見えなかったのはウルルさんや影の巨獣の親玉さん。宿屋のお爺さん、剣聖は隠していることを悟られない様な実力の持ち主。咲野さんはまだその域まで来ていないが、可成り強いのだろう。
「うぅむ」
そんな事を考えていると、隅で気絶していた栄一郎さんがうめき声を上げる。
「は! なんだ貴様ら! 二度も拙者を倒すとは良い度胸。もう一度成敗してくれるわ!」
「まってください。父上」
「む! 咲野ではないか。どうしたのでござる?」
「この人達は、かくかくしかじかで――」
起き上がった栄一郎さんに咲野さんが説明する。栄一郎さんも此方を警戒しながらも、話しを聞いてくれている。
「――むう。そうでござったか。桜が世話になったな」
「いえいえ。こちらこそ桜には助けて貰っているので」
「そうか。ああ。拙者からも自己紹介しておこう。拙者は夜月栄一郎。この国の将軍にして、“殲滅将軍”と言われている」
そう自己紹介した栄一郎さんは、上に立つ者としての覇気があった。
「桜を連れてきてくれた事に感謝する。暫く泊まっていくでござる。ここを我が家と思ってくつろいでくれ」
栄一郎さんが手を叩くと、襖を開けて侍女らしき人がやって来る。
「客人を部屋に案内してくれ」
「かしこまりました」
「私は残るので、エル殿達は部屋に行っておいてください」
「ああ。分かった」
俺達は部屋に栄一郎さんと咲野さんと桜を残して、侍女さんの案内で部屋を出た。
「これが個室か……」
俺が案内されたのは個室だった。生まれて来てから、個室という物に縁がなかったため、少し感動。自分の部屋など前世ぶりだろう。エルは隣の部屋に案内されて、俺と同じ感覚にひたっていると思う。
「……まあ、個室じゃにゃいがにゃ。我と同室だと、ありがたく思えにゃ!」
「……そうだな」
俺は個室に案内されたが、一緒にニャルカが付いてきたので、厳密に言うと個室じゃない。
「にゃはははは。我が思うに、運命の選択にゃ。我を崇めよ」
「……はあ。まあいいんだけどな」
俺は畳に腰を下ろして、ニャルカを撫でる。
「ゴロゴロ」
……『桜を連れてきてくれた事に感謝する』か。これからも、桜と冒険を続けられるのかな。




