第百四十一話 果てなき夢
「い、嫌だ」
自分はなにも出来なかった。未来では、なにも出来なかった。枷に縛られ、仲間を見殺しにして、仲間の心も壊れて、自分も死んだ。出来たかもしれない。桜なら、惨状を変えられたかもしれない。だけどなにも出来なかった。
「……コロス。コロス。コロス」
エルは一歩を進む。その歩みは遅く、でも着実に近づいている。エルも歩きたくないのかもしれない。仲間を殺したくはない。けど、進んでしまう。狂気は着実にエルの足を動かした。
「ァァア……ゴメン」
エルは涙を流した。はかなく笑いながら、一筋の涙を。エルは剣を構える。その剣が狙うのはニャルカを抱えているバベルの心臓。
「っ!」
桜の脳内にイメージがよみがえる。胸に血の剣が刺さったバベルの姿が。その側で倒れるニャルカの姿が。そして、泣いているエルの姿が。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
エルは血の剣を構え、笑いながらバベルへと飛んだ。翼を使い、低空飛行で突撃してくるエルの攻撃を避ける事はバベルには出来なかった。赤の炎を纏っていたら別だっただろうが、いま炎はすべて桜に渡している。つまり、あるのは死だった。
「死ぬのか……」
「アハハ」
ポツリとそう言ったバベルの胸に血の剣は刺さる――事はなく、血の剣はすんでのところでバベルの前に飛び出した桜の夜桜と衝突した。
「……仲間は、斬らせません!」
桜は無表情で、しかし迫力のある声でそう言う。
「桜っ!? ……とりあえず、助かった」
「いえ。それより倒れているニャルカを」
「ああ」
バベルは立ち上がり、気絶しているニャルカを担いで塔の端まで運んでいく。桜はそんなバベルの姿を尻目にエルと向き直った。
「エル殿、泣いていましたね」
「…………………」
「エル殿、少しだけ、我慢してください。すぐ終わらせます」
桜は夜桜を構える。その瞳は、覚悟を決めた者の目だった。
「ア、アハハハハハハハハハハ。……無理ダヨ」
エルは自身の着飾る装飾品を液状の血に戻す。そして、その血は形を変えてエルにまとわりついた。エルが装備したのは真っ赤な鎧ドレス。そして、ティアラだ。その姿は美しく可憐な赤い姫騎士のよう。
「……ボクを。キルノ?」
エルは小首を傾げて言う。それは桜を惑わす事を目的とした言葉だ。発音がおかしいとはいえ、イレギュラー化しても言葉を話し、暴走して襲いかかってこないだけで、エルが特異な存在と分かる。
「仲間を斬るのは嫌です。けど、目の前で仲間が死んで、仲間が泣くのをただ見ているのはもっと嫌だ!」
桜は夜桜を構え、静かにエルを見る。エルも剣を構え、桜を見た。
「私は超人。最強になるには、自分に、過去に負けちゃ駄目なんだ! 必殺スキル『その名は超人』!」
桜はまた一つ進化する。桜に取り付けられた枷は全てなくなり、超人は自由の身になった。LV10の必殺スキル、『その名は超人』の効果はいたってシンプル。ただ、超人となるだけ。無敵の、最強の超人に。
「アアアアァアァアァアア!」
「はあっ!」
たった一度のぶつかりあい。それで、勝負はついた。
「ア……ァァ」
ドサっと音を立てて倒れたのはエルだった。
「峰打ちで、ござる」
超人は勝利した。最強の超人は吸血鬼の王を、斬ったのだった。
「バベル殿、後は頼みました」
「ああ。まかせろ」
イレギュラーは解除出来ない。それは人々の常識だった。しかし、バベルは違う。人ならざる者、【暴走兵器】から聞いているのだ。イレギュラーを解除する方法を。
「魔力を吸い出さないとな」
イレギュラーは大量の魔力を摂取する事に因ってなるといわれている。だから、エルのもっている多すぎる魔力を吸いださなければならない。バベルはエルの胸に手を当て、魔法使いの高等技“魔力吸収”を使用する。
「凄い魔力だ。数値にして二十万は越えている」
生物は魔力量の限界というのが存在する。たとえば2000の魔力を持っていたとして、通常は魔力を2000以上持てない。しかしバベルは違った。バベルは、限界を超えて魔力を持つ事が出来る。十万以上の魔力をもっても平然とし、限界を超えた魔力を体が体外に追い出そうともしない。特異体質。魔法貴族の血なのか、転生者特有のなにかなのか。それともバベルにひそむ――
「そろそろだ」
バベルはエルにたまっていた魔力を吸い出す。その魔力は数値にして三十万を越えた。しかし、バベルの限界は見えない。吸いすぎて体に異常を来す事もなく、エルの魔力を吸い取る。
エルの魔力が減っていくにつれて、銀色の髪は白へと変わり、華奢な身体は少し男らしくなっていく(あくまで少し)。それは、エルが元に戻っていく証。イレギュラーとなったら色が変わるそのため、銀色の髪もすべてはイレギュラーの特性だった。白髪こそが、エルの本当の髪色。全ては、元に戻る。
「……バベル……君?」
エルの目には、まずバベルが映る。そしてその横に居る桜に移動し、最後に空を見た。
「……ごめんね」
「言うな。俺も、エルの異変に気付いてやれなかった」
「そうでござる。謝られるよりお礼を言われたほうがうれしいでござるよ」
「うん。……ありがとう」
エルはそう言うと、黒い目から涙を溢れさせる。
「それと、いつだったかな。ニャルカが戦った後の宴会でいっただろ。『ボクがいなくても果てなき夢は大丈夫だよね?』って。あの時は答えを出せなかったけど、今言ってやる。エルがいないと果てなき夢は成り立たない」
「うん。……そうなんだ」
エルは縁の下の力持ちだ。エルは一家の母みたいな存在。エルが居なくなれば果てなき夢は終わる。二つの意味で。
「しかし十五年以上つきあっていても、俺はエルの事まるで知らなかったんだな」
「そうだね。ボクも、バベル君の事よく理解してないしね」
二人はそう言って笑う。
「じゃあ、ちょっと付き合ってよボクの過去語りに」
「いいでござるな。エル殿の過去を知りたいでござる」
「うん。ボクは、産まれた頃からイレギュラーだった――」
◇
――同時刻、大陸の最北端。
魔物達がほそぼそと暮らす大陸の最北にある森では、ある存在が目覚めようとしていた。
「……ァ…………」
地中に潜むソレは小さく動くたびに地震を起こし、地上の森を揺らす。
「ァ、アガアアアァアァアァァアアァッ!」
地中に潜む存在は一際大きくからだをゆらし、森とその周辺数十㎞に地震を引き起こす。森に住む小さな魔物はその地震に体を縮ませ、鳥たちはその森から飛び立ち、小動物も鳴きながら森から逃げ出した。
――ドロリ。
その音は地中から聞こえた。地獄の底から這い出てきたようなヘドロ。それが地中から出現し、森を覆い尽くす。それにはたしかに知能があった。そして、狂気があった。
「ァァァァァァァァアア」
ソレは形をつくり、のっそりと歩き出した。スライムの様な身体だが、しっかりと発声器官は存在する。摩訶不思議なその存在は、地中から目覚め、南に向かって歩く。まるで目的を持つように、まるでなにかに惹かれるように。
世界は混乱につつまれた。目覚めたソレは人を喰らい、ゆっくりと南へと向かう。1000年の歴史のなかでも特に珍しい二つ名持ち級の魔物の進撃。新たに発見されたソレは、こう名付けられた【無双進撃 スライムゴッド】と。
はい! 第九章終了です! いかがだったでしょうか? 今回はエルとニャルカの伏線を回収しました。どとうの毎日更新でしたが、そのあいだにいきなりPVとポイントが増えた日があってビビりました。では、次の【二つ名持ち編】は二日後ぐらいに投稿します。次回で最終章ですよ~。
ニャルカ(我のことわすれてにゃいよね)
なんて思ってたかもしれません。ではでは
名前【超人LV9→10】 所有者 夜月桜
系統 補助系
メインスキル 『超人』能力が二十倍になるが、ご飯をとにかくいっぱい食べたくなる。
サブスキル 『狂った超人』一時的に能力が二五倍になるが、敵味方の区別がつかなくなる。使用後は死ぬほど腹が減る。
『肉体解放』人の本当の力を解放する。解放した力を『超人』によってさらに強化する事も出来る。
必殺スキル 『無敗の超人』十秒間だけ能力が百倍になる。一日一回使用可能。
『その名は超人』超人となる。
個体名エルフィルのユニークスキルは消滅しました。
to be continued……




