第百四十話 そして桜もイナクナッタ
エルフィルは、産まれた時から吸血王だった。産まれた時から、イレギュラーだった。
エルフィルの母、レイナは吸血鬼の血を持ってはいるがほぼ人間だ。しかし、エルフィルは違った。彼は、吸血王であり、イレギュラー。
イレギュラーには二つのタイプがあり、突然変異でイレギュラーになるか、産まれながらにしてイレギュラーか、だ。産まれながらのイレギュラーは小さい頃に力を貯め、五歳ほどに成ると一気にその力が解き放たれて暴走する。エルは特殊だった。産まれた時から不相応な魔力を有し、イレギュラーとなる。そこでレイナは考えた。イレギュラーとなったら自分の息子が殺される。その行いは殺人ではない。暴走したエルを倒すというのは功績だった。凶悪なイレギュラーを倒したという。
――それはだめ。
レイナはその現実を変える為に吸血鬼の秘術でエルの、イレギュラーの暴走を押さえつけた。それはエルの暴走を封印し、吸血鬼の力も赤き鎖で縛りつけた。
そして、ここで問題が発生する。レイナは吸血鬼の力(レイナの場合は吸血鬼の血が薄いため少量の血を操る程度だが)をユニークスキルと偽っていた。いくら人間に近かろうが、神は魔物の血が入ったものにユニークスキルを授けない。エルは吸血鬼の力を封印されている為、それで偽る事も出来ないし、10歳の儀式でバレるだろう。エルが人間でも森人でも獣人でも小人でも魚人でも妖精でもないナニカだと。
レイナは悩んだ。
――逃げ出す? 受け入れてくれた村の人達を裏切って? 子を守る? すべてを犠牲にして?
レイナは悩んだ。悩んで、悩んで、悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んだすえ、それは杞憂だと分かった。エルは存在事態がイレギュラーであり、すべてがイレギュラー。
イレギュラーとなったものは暴走する変わりに特殊能力を一つ得る。エルの特殊能力はヒトになる事。イレギュラーの特殊能力で、エルの体はニンゲンになった。エルはほかの人と同じようにユニークスキルを受け取れる。しかしそれはあくまでまねっこ。体は魔物だし、体内には魔核も存在した。
エルは幸運だった。特殊能力で神を騙し、仲間とともいられる。しかし、運命はエルを捕らえ続ける。
最初の切っ掛けはコボルトキング討伐戦の時。エルは、その時胸を貫かれるほどの重傷を負った。その時からだ。エルの封印が壊れ始めたのは……。
すべては不安定だった。エルの封印は少しずつ、少しずつ壊れる。妖精族の族長は不安定なエルの封印に止めをさし、解いてしまう。その行為は赤い狂気を解き放った。
赤い狂気は静かに待った。鎖が壊れ、飛び出せるのを。赤い狂気は踊り狂った。封印が解けた事に。赤い狂気は支配した。エルフィルという存在を――
◇
結果は分かりきっていた。もともと桜がエルを攻撃出来ようが負けていた戦いなのだ。かたや吸血王のイレギュラー。かたや、約束という名の枷に捕らわれた少女。
「アハハハハハ!」
エルは血の塔の内部を飛び回る。エルの持っている短剣は地獄の底から悲鳴を上げるような歪な音を出しながら肥大化し、大剣といっても差し支えないほどになった。桜はその短剣の攻撃を受け止めるが、つねに劣勢だ。しかし、エルは遊んでいる。笑いながら、桜をいたぶる。
「はぁ、はぁ……うぅ」
桜は息を切らしていた。すでに必殺スキル『無敗の超人』は使用済みで、あとはサブスキルの『肉体解放』か『狂った超人』しか残っていない。だが、桜はその二つを使わなかった。理解している。なにをしようが無駄だと。すでに三途の川は目の前。桜は耐え続ける。バベルが来る事を望んで。
「……オワリ……のハジマリ?」
エルは無邪気な声でそう呟く。その瞳は壊れかけの玩具に止めをさそうとする子供の目だった。
「チ、チ、チ、血がノミタイ……ヨ?」
エルは動き出した。桜に止めをさすために。
血で出来た塔の天井が崩れ落ちる。ドロドロの液体となった血は浮遊し、エルの周りに集まった。
「アハハハハ」
エルは液体と化した血を辺りに浮かせて、空へ飛び上がった。吸血鬼の翼をはためかせ、グングンと天空へ飛び立つ。バベルの視力では見えないだろうが、桜には見えた。エルがナニカを作っているのが。
エルは血を短剣に纏わせ、赤黒い血の大剣を作り出す。その大剣は果てしなく大きい。塔を真っ二つに出来るほど……。
「まさかっ!」
桜はエルの様子を見て理解した。エルは、斬るつもりだ。この血の塔を、赤い血の大剣で。桜はその瞬間空へ跳躍する。もし塔が斬られ、倒壊したとしても桜は大丈夫だ。ニャルカもなんとかするだろう。しかしバベルは人間だ。バベルの体は常人と同じ。二階から落ちても死ぬだろう。
「アハハ。“赤き断罪”」
エルは赤黒く、自身の数倍の背丈はある大剣をやすやすと振り下ろした。それは赤き塔を切断しようとせまる。
「させない! “桜吹雪”」
桜は大剣に対向するように夜桜を振るい、赤い大剣と衝突した。
桜色の斬撃と赤い血のような斬撃がぶつかりあい、刀と剣は互いに押し合う。
「うぅっ!」
押し負けたのは桜だった。桜は空を飛ぶ手段をもっていない。桜は、ただ空へ跳んだだけだ。重力にしたがい、桜は落下する。そして桜は血の塔の四階に叩きつけられた。
「アア。ザンネン」
桜は最後の力を振り絞って、大剣の軌道をずらしていた。エルのふるった赤い大剣は血の塔の横に在る森を切り裂き、さらに数㎞斬撃が走る。大剣の斬撃は森を出たところにある高い山を真っ二つにして消えていった。
「うっ。あぁ」
桜は動けない。血の床に叩きつけられたまま、うめき声を上げる。かたやエルは、まだまだ余裕。エルは傷ついてすらいない。桜は動けず、エルは余裕で空を飛ぶ。桜は、絶対絶命だった
「バベル殿、ニャルカ。すみません。私は……」
「フフ。バイバイ」
エルは血の槍を作り出し、血の床に倒れ伏す桜に向けて投擲した。それは桜の心臓をめがけて落ちる。槍は桜の心臓をつらぬ――――――かず、横から飛んできた爆虫に当たって軌道をそらした。
「桜! 大丈夫か!?」
「大丈夫かにゃ!?」
階段を駆け上ってバベルとニャルカが現れる。バベルとニャルカは倒れている桜を発見し、駆け寄った。
「むむむ。なんか分からんが、怪我してるにゃ」
「それは大変だ。すぐ治療するぞ」
バベルは倒した馬頭の魔核で補充した魔力を使い、青の炎を生産する。それを倒れている桜にかざし、治療を始めた。青の炎によって桜の体はみるみるうちに治癒され、正常な身体へと戻る。
「……バベル殿? ……すみません。私では、エル殿を……」
「……そうか」
バベルはそう言いつつ、空を見上げる。曇り空には、たしかになにかが飛んでいた。バベルの視力ではエルと判別出来ないが、それでも理解した。あれが、エルだと。
桜は起き上がり、近くに落ちていた夜桜を握って空を見上げる。
「っ来ます!」
桜がそう言ったかと思うと、衝撃波とともにエルが下りてきた。
「クスクス。イッパイ」
エルは笑う。無邪気な笑で。玩具が増えた事に、よろこんだ。
「あれが……エルのなか?」
「くっ。あれほどの存在だと我でも紙一重で負ける可能性が……」
バベルも、普段強きのニャルカも相対しただけで理解した。自分達では勝てない、と。バベルも炎を使ったとしてもたやすく負けるし、ニャルカはもう必殺スキルを牛頭戦で使ってしまっている。いや、たとえ必殺スキルがあっても勝てはしなかっただろう。アレは、次元が違う。アレに勝てるのは、一握りの人外だけだ。
「おいおい。冗談だろ。あれがエルとか」
「冗談じゃありません。あれは、エル殿です」
「そうか……」
バベルはツメを噛みながらシミュレーションする。どうやったらエルに勝てるか。そして、ある結論をだした。不可能。エルには、勝てないと……。
「よし、桜……」
バベルは赤の炎と青の炎をすべて桜に譲歩する。
「バベル殿?」
「これが一番高い勝率だ」
たとえ赤の炎を纏わせた爆虫だとしてもエルに傷を付けられるかあやしい。それに、広範囲攻撃は仲間を巻き込むだろう。そして、ニャルカの場合も役に立たない。エルに波動が効くかと言われればNOだろう。だからこそ、桜に託すのが一番勝率が高い。
「……無理ですよ。私は、弱い」
桜は弱音を吐いた。顔を歪ませながら。
「私は、仲間を斬れません。……殺せません」
桜はそう言って、一滴の涙を流した。
「……二つ言っておこう。エルは殺さなくていい。無力化してくれれば後は俺がやる。そして、仲間が変になったらたたいてでも止めてこい!」
バベルはそう言い切る。エルとは、十五年以上の付き合いだ。でも、バベルはエルの本当の姿を知らない。だけど分かる事もある、エルは望まないと。エルは、仲間を傷つける事も人を傷つける事も。
「エルが正気に戻ったら全ての責任は俺が取ろう。だからエルを、仲間を正気に戻す手伝いをしてくれ。エルを無力化出来るのは桜だけだ」
バベルは桜に頭をさげた――
「アハハ? もうイイ? タイクツ……ナンダ」
桜とバベルの会話を見ていたエルはしびれを切らして近づいてくる。バベル達の会話を眺めていたという事を考えると、イレギュラーとなってもエルにはそれ相応の知能はあるらしい。
「わ、私には……」
「桜、出来にゃいなら下がってるにゃ! 我がやる!」
ニャルカはそう言うと、双剣を取り出してエルと相対した。
「ニャルカ!? 無茶だ。勝てない!」
「にゃ! やる前から諦めにゃい! 我は、元冥王候補にゃんだから!」
ニャルカはそう言うと、エルに突撃した。エルは少し驚いたような表情をすると、床の血を操って一本の剣を作り出す。
「カンゲイする」
「にゃあ!」
血の剣と双剣はぶつかり合う。が、攻撃を受け流せず押し負けたニャルカは血の壁に激突した。
「「ニャルカ!?」」
「に……ぁ」
ニャルカはうめき声を上げ、動かなくなった。その様子を見てバベルと桜は駆け寄り、ニャルカの様子を診る。
「大丈夫だ。気絶しているだけ」
しかし、ニャルカを診ているあいだにエルは一歩一歩近づいてくる。それはまるで死神の足音。
「…………」
エルは手に剣を持ちながら、ゆっくりと近づいてくる。しかし桜の心には枷がついたまま。
「……みんな。……コロスっ!」
「っ!?」
次の瞬間、濃密なイメージが桜に襲ってきた。ある程度の強者に分かる死のイメージ。それは明確な未来だ。
――バベルが倒れている。その胸には剣が刺さっている。ニャルカが倒れている。その瞳は光を灯していない。桜はなにも出来なかった。ただ、見ているだけ。目の前の惨状を。そして、エルは泣いている。笑いながら泣いている。エルは完全に壊れた。壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた。そして桜もイナクナッタ。




