↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

【第5話:拳銃の解説動画と弾薬無限ドロップ、そしてボス戦前の特製ラザニア】

翌朝、目を開けた瞬間に俺を襲ったのは、背骨から腰にかけて走る猛烈な痛みだった。



 氷のように冷たくて硬いステンレスの調理台の上で七時間も眠ったおかげで、命は助かったが、背中の筋肉が塩漬けのタラみたいにガチガチに固まっている。


 俺は呻き声を上げながらゆっくりと上体を起こし、料理雑誌とアルミホイルで固めた首輪の中で首をボキボキと鳴らした。



 昨日ナタを振り回し続けた右腕は、まだ熱を持って重だるく痛んでいる。


 ゲームの中なら宿屋で三秒眠れば全回復するが、三十四歳の現実の肉体はそうはいかない。頭蓋骨を叩き割った反動と筋肉痛が、関節という関節にしっかりと刻み込まれていた。



 俺は調理台から飛び降りると、まずは何よりも先にコンセントへと向かった。


 最新型ゲーム機のランプは、充電完了を示す美しい緑色に輝いている。俺は『純正の充電器』を丁寧に抜いてコードを巻き、ゲーム機と一緒に防水パックへ入れてバックパックの奥へとしまった。



 外へ飛び出す前に、まずは朝食でエネルギーをチャージしなければならない。



 俺はひっくり返った木箱の上に腰を下ろし、バックパックから特製の『ラグーソースのポルペッテ(肉団子)』のタッパーと、船で焼いた自家製パンを二切れ取り出した。


 八時間煮込んだ牛骨のフォン(出汁)をベースにしたラグーソースは、冷めても肉の旨味がギュッと凝縮され、濃厚なクリームのように柔らかい肉団子に絡みついていた。



 俺は肉団子を頬張り、皿に残ったソースをパンで一滴残らず綺麗に拭って食べ尽くすと、水筒の水を飲んで深く息を吐いた。これでようやく、全身に熱い血が巡り始めたのが分かる。



「よし、朝飯は完璧だ。……だが、出発する前に一つだけ確認しておかなきゃな」



 俺は腰のベルトから、船長室で手に入れた『小型ピストル』を抜き出した。


 弾はマガジンに入った七発きり。


 そして何より問題なのは――俺がこれまでの人生で、画面の中の銃は何万発も撃ってきたくせに、『本物の拳銃』なんて一度も撃ったことがないという事実だった。



「ゲームならR2ボタンを押すだけだが、本物は安全装置(セーフティ)の位置すら分からねえぞ……」



 俺は再びポケットから携帯ゲーム機を取り出し、宿屋の通信アンテナが生きているうちにブラウザを開いて動画サイトへとアクセスした。


 検索窓に、銃の側面に刻印された型番と『使い方 初心者』と打ち込む。



 すると一秒で、アメリカの銃器インストラクターのおっさんが解説している『小型オートの正しい構え方と安全装置の解除方法』というチュートリアル動画がヒットした。



「おお、さすがネット時代だな! 何でも載ってるじゃねえか!」



 俺は動画のおっさんの説明を真剣に聞きながら、手元の小型ピストルをいじった。


 親指で側面のレバーを下げて安全装置を解除する方法、スライドが後退した時に親指の付け根を怪我しないための正しいグリップの握り方、そして反動を抑えるための手首の固定方法。



 十分間の解説動画を最後まで視聴し、高評価ボタンを押してから、俺は満足してゲーム機の電源を切った。


(この時の俺は、拳銃のチュートリアル動画に感心するあまり、ネットが繋がっているならそのまま救助要請のメールを送ればいいということに、まだ一ミリも気づいていなかったのだ)。



 俺は宿屋の窓辺へと忍び寄り、カーテンの隙間から外の通りを覗き見た。



 夜明けの薄暗い光の中、ブラックロック島のメインストリートが浮かび上がる。


 左手の坂の上にある『病院』の前は、文字通り地獄だった。血まみれの白衣を着た医者や看護師、点滴スタンドを引きずったままの患者のゾンビが四十体以上も群がっている。


 中央の『商店』が並ぶ通りには数体のゾンビがうろついており、その広場のずっと奥、二百メートル先に目的地の『警察署』の四角いコンクリートの建物が見えた。



 俺は右手に一・五キロの骨スキナタ(マンナイア)、左手にたった今動画で使い方をマスターしたばかりの小型ピストルを構え、宿屋の裏口から湿った朝の空気の中へと滑り出た。



 病院の群れに気づかれないよう、割れたショーウィンドウや倒れたマネキンの陰に身を潜めながら、壁沿いを静かに進んでいく。


 だが、広場の角を曲がって警察署の正面階段の前に辿り着いた瞬間、俺は足を止めた。



 パトカーが突っ込んで半開きになっている警察署の入り口の前に、五体のアンデッド――島の住民三体と、防弾チョッキを着た警官ゾンビ二体――がたむろしていたのだ。



 そのうちの警官ゾンビの一体が、足元の空き瓶を蹴飛ばした音でハッとこちらを向いた。


 次の瞬間、五体すべてが濁った咆哮を上げ、階段を駆け下りて俺へと殺到してきた。



 昨日の疲労が残るこの腕で、五体同時に接近戦を挑めば確実に囲まれる。しかもモタモタしていれば、坂の上の病院から四十体の大群が押し寄せてくるはずだ。



「弾は七発、敵は五体……。動画で見た通りにやればいける!」



 俺は左手のピストルの安全装置を親指でパチンと外し、両手でグリップを固めて手首をロックすると、五メートル先まで迫った先頭の警官ゾンビの眉間に照準を合わせて引き金を引いた。



 ――パァンッ!!



 ゲームのスピーカーから流れる軽い音とは比較にならない暴力的で乾いた銃声が広場に響き渡り、強烈な反動が俺の手首を跳ね上げた。


 だが、動画通りの構えのおかげで銃口はブレず、9ミリ弾が警官ゾンビの眉間を正確に撃ち抜いて背後へと吹き飛ばした。



 パァンッ! パァンッ!



 二発目は住民ゾンビの肩をかすめたが、三発目で鼻の下を撃ち抜いて沈める。


 さらに階段の下まで迫ってきた残りの三体に向けて、俺は冷静に四発を連射した。



 パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ!



 もう一体の警官と観光客のゾンビが頭を撃ち抜かれて倒れ込み――そこでガチャリと金属音がして、ピストルのスライドが後ろで止まった。


 弾切れだ。



 生き残った最後の五体目が、唸り声を上げて目の前に飛びかかってくる。


 俺は空になったピストルをホルスターにねじ込むと同時に、パトカーのボンネットへそいつを突き飛ばし、体勢を崩した頭上めがけて一・五キロのナタを真上から垂直に振り下ろした。



 ――ガシャアッ!!



 頭蓋骨が真っ二つに割れ、五体目がアスファルトに沈む。


 だが、銃声を聞きつけた病院の坂の上から、何十体ものおぞましい唸り声が一斉に響き渡り、こちらへ向かって足音が近づいてくるのが聞こえた。



 俺は一秒もためらわず、警察署の半開きのドアの隙間へと滑り込み、内側に設置されていた頑丈な『暴徒鎮圧用の鉄製シャッター』を渾身の力で引き下ろして、床のロックを完全に閉鎖した。



 直後、シャッターの外側にゾンビたちの手が激突する音が響いたが、分厚い鉄の壁はビクともしない。



「ふうっ……! 間一髪だったぜ……!」



 俺は壁に背中を預けて荒い息を整えてから、薄暗い警察署の1階を見渡した。


 幸い、警察署の非常用ディーゼル発電機が生きているらしく、廊下の非常灯は点いている。



 俺は散乱した書類やデスクを跨ぎながら廊下の奥へと進み、左手の突き当たりにある灰色の鉄扉の前で足を止めた。


 プレートには『ARMORY(武器・弾薬保管室)』と書かれている。



 ドアノブを回すと、鍵が挿さったまま開いていた。


 俺は中へ入り、壁一面の大型ガンロッカーの扉を両手で引き開けて――そのまま目を丸くした。



 そこには、俺が持っている小型ピストルとまったく同じ口径の『9ミリ弾の弾薬箱』が二十箱以上も綺麗に積み上げられ、さらに予備のマガジンが十本以上も並んでいたのだ。



 俺は静まり返った武器庫の中で、思わず一人で吹き出して笑ってしまった。



「おいおい、冗談だろ!?」



 俺は黄金色の銃弾がぎっしり詰まった箱を両手に持ち、呆れたように首を振った。



「弾切れ寸前で警察署に入ったら、同じ口径の弾薬が実質無限に手に入るとか……どんなバランス設定だよ! ゾンビゲームのイージーモードだって、ここまで露骨な弾薬のドロップ率はしねえぞ!」



 俺はニヤニヤしながらタクティカルベルトを腰に巻き、十本の予備マガジンすべてに弾をフル装填してポーチに並べ、ピストル本体にも新しいマガジンをガチャンと装填した。さらにバックパックのサイドポケットにも弾薬箱を四つ詰め込む。


 これで実質、俺の小型ピストルは『無限バンダナ』を装備したのと同じ状態になったわけだ。



 俺がバックパックのジッパーを閉めた、まさにその時だった。



 ――ドォンッ……! ドォンッ……! グオオオオオッ……!!



 ブーツの底から、床を揺らすほどの凄まじい振動が伝わってきた。


 音の発生源は、メイン廊下の突き当たりにある重厚な防音扉――『通信指令室(RADIO ROOM)』と書かれた部屋の向こう側だ。



 今まで相手にしてきた雑魚ゾンビの引っ掻き音とは明らかに違う。


 壁の漆喰がパラパラと剥がれ落ちるほどの怪力と、まるで巨大な熊が吠えているかのような重低音の咆哮。



 俺は二十メートル先のその扉を見つめ、すべてを理解した。


 生きている非常用無線機はあの部屋の中にある。そしてその前には、このゲームの最後にふさわしい『主(ヌシ)』が陣取っているらしい。



「なるほどな。エンディングの前にボス戦が用意されてるってわけか」



 だが、一流のゲーマーであり、一流の料理人である俺が、腹を空かせたままボスの部屋のドアを開けるはずがない。



 俺は通信指令室のすぐ手前にある当直巡査部長のデスクの上にどっかりと腰を下ろし、バックパックから最後の切り札を取り出した。


 俺が船の厨房で丹精込めて焼き上げてきた、『特製ラザニア・アッラ・ボロネーゼ』だ。



 タッパーの蓋を開けた瞬間、常温でありながら、じっくり煮込んだボロネーゼ(ミートソース)と濃厚なベシャメルソース、そしてパルミジャーノ・レッジャーノが重なり合った芳醇な香りがふわりと立ち上った。



 フォークを入れて口へと運ぶ。



 ――たまらない。


 むしろ常温に落ち着いたことで、手打ちのパスタ生地に肉の旨味とベシャメルソースのコクが完全に馴染み、一切の角が取れた究極の一体感を生み出している。


 熱々のラザニアもいいが、こうして少し休ませたラザニアこそ、実は料理人だけが知っている一番美味い状態なのだ。



 廊下の奥から「ドォンッ! ドォンッ!」と扉を叩く轟音が響く中、俺は優雅にラザニアを味わい、最後の一口まで綺麗に平らげてから水筒の水で喉を潤した。



 体力(HP)ゲージ、100%。


 弾薬、実質無限。



 俺はデスクから飛び降りると、小型ピストルのスライドを引いて初弾を薬室に送り込み、通信指令室の扉の前へと歩み寄った。



「待たせたな、デカブツ」



 俺はドアノブに左手をかけ、銃口を上げて不敵に笑った。



「最高のラザニアも食い終わったところだ。さっさと終わらせて、ゲームの続きをやらせてもらうぜ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。