【第6話:警官ゾンビの正体と無線機の嘘、そして全編ハードモードの真実】
俺は深く息を吸い込み、さっき解説動画でアメリカ人のおっさんに教わった通りのフォームで小型ピストルを両手でしっかり構えると、通信指令室の扉を思い切り蹴り開けた。
――ガンッ!!
扉が壁に激突し、部屋の真ん中に立っていた『そいつ』の姿が視界に入った瞬間、俺の背筋が凍りついた。
人間じゃない。まるで四枚扉の巨大な業務用冷蔵庫が立っているのかと思った。
身長はゆうに『2メートル』を超え、体重は140キロ以上ありそうな超絶マッチョの巨漢ゾンビだ。
警察官の制服は丸太のような上腕二頭筋と分厚い胸板でパツパツに引き裂かれ、腰のベルトには警棒やホルスターなどの装備品がそのままぶら下がっている。
俺の姿を見た瞬間、2メートルの巨漢警官ゾンビが床を踏み鳴らし、窓ガラスがビリビリと震えるほどの咆哮を上げた。
「マジかよ、出たな……!!」
俺は思わず一歩後ずさり、頭の中でフル回転で対策を練った。
「こいつが正真正銘、このゲームの『クソッタレなラスボス』じゃねえか! でけえ! こんな狭い部屋であんな怪物とどうやって戦えばいいんだ!? 手榴弾もロケットランチャーもねえし、爆発する赤いドラム缶も置いてねえぞ! 形態変化は何段階あるんだ!? まずは膝を撃って片膝をつかせてから、目にナイフを突き立てるパターンか!?」
巨漢ゾンビがズシン、ズシンと地響きを立ててこちらへ踏み出してくる。
どう攻略していいか分からずパニックになりかけた俺は、とりあえず戦闘を開始しようと反射的に小型ピストルを持ち上げ、その巨大な額のど真ん中に照準を合わせて引き金を引いた。
――パァンッ!!
乾いた銃声が一発だけ響いた。
次の瞬間、2メートルの巨漢の頭がガクンと後ろに跳ね上がり、白目がむき出しになったかと思うと――140キロの筋肉の塊が、まるで糸の切れたマリオネットのように前のめりにドサリと倒れ込んだ。
ピクリとも動かない。即死だった。
俺は銃口から立ち上る硝煙を見つめたまま、五秒間、その場で完全に固まった。
「…………えっ、終わり?」
俺は恐る恐る歩み寄り、倒れている巨漢のブーツを足先でツンツンと突いてみた。
完全に死んでいる。第2形態への変身もなければ、背中から触手が飛び出してくる気配もない。
俺は額に手を当て、静まり返った部屋の中で一人、乾いた笑いを漏らした。
「……俺の頭、ゲームのやりすぎで完全に湧いてたな」
よく考えれば当たり前だ!
現実の世界では、毎日ジムに通ってプロテインを飲んでベンチプレスを150キロ上げたからといって、頭蓋骨が防弾仕様になったりHPが1万に増えたりするわけがないのだ!
こいつは突然変異のタイラントでもラスボスでもなんでもない。ただ単に『身長2メートルで超筋トレマニアだった普通の警察官』が、他の連中と同じように噛まれてゾンビになっただけだったのだ!
「ローリング回避のタイミングまで計算して損したぜ……。マジで一日十時間もゲームするのは控えよう」
俺は苦笑いしながらピストルをホルスターに戻し、巨漢警官の死体を跨いで、部屋の奥にある『警察用・短波無線機』のコンソールへと駆け寄った。
だが――そのパネルを見た瞬間、俺の顔から笑みが消え去った。
無線機は、壁ごと無惨に叩き潰されていた。
おそらく、さっきの2メートルの怪力警官がゾンビに変異する直前の苦しみの中で暴れ回り、素手で無線機を鉄くずの山に変えてしまったのだろう。基盤は真っ二つに割れ、コードはすべて千切れていた。
電源スイッチを押してみるが、火花一つ散らない。
「……嘘だろ」
俺はその場に膝から崩れ落ち、冷たい壁に背中を預けた。
船の無線機は壊れていた。宿屋の固定電話も死んでいた。
そして最後の希望だった警察署の非常用無線機まで、完全に破壊されている。
俺は虚ろな目で灰色の天井を見上げた。
「終わった……。完全に詰み(ゲームオーバー)じゃねえか……」
俺の声は絶望に震えていた。
「こんなクソ島に閉じ込められて、いつか肉団子と弾薬が尽きたら終わりだ……。俺はここで誰にも知られずに死ぬのかよ……! 毎週楽しみにしてた『お気に入りの海賊アニメ』の最終回も見られずに死ぬのかよ……!!」
そこで、俺はピタリと動きを止めた。
三秒間の沈黙。
俺の脳内で、何かとてつもなく重要な二つの歯車が、ガチャンと音を立てて噛み合った。
(……お気に入りの、海賊アニメ?)
俺は目をひん剥いてガバリと顔を上げた。
「待てよ。……俺、昨日の夜、宿屋の厨房で『海賊アニメの今週の最新話』をどうやって見たっけ?」
――オンラインのストリーミング再生だ。しかもフルHDの最高画質で、一度も止まることなく。
俺の視線が、ゆっくりと自分のバックパックへと下がっていく。
「それに今朝……宿屋を出る前に、どうやって『ピストルの安全装置の解除方法』を調べたっけ……?」
――ゲーム機のブラウザで動画サイトを開いて検索した。なんなら解説してくれたアメリカ人のおっさんの動画に、感謝の『高評価ボタン(いいね)』まで押した!
首筋から耳の先端まで、一気に顔が真っ赤に沸騰していくのが分かった。
アナログの電話線と無線機が壊れていただけで――『衛星インターネット回線(Wi-Fi)』は、最初からバリバリに生きていたのだ!!
「クソがああああっ!! ネットで普通に救助を呼べるじゃねえかあああっ!! 俺はどこの世界のド阿呆だあああっ!!」
俺の絶叫が警察署中に響き渡った。
無線機なんて最初から必要なかったのだ!
ゲーム機のブラウザから沿岸警備隊の緊急通報フォームにアクセスして、現在地のGPS座標を送れば五分で済む話だったのだ!
俺は弾かれたように立ち上がると、通信指令室を飛び出し、警察署のシャッターを蹴り開けた。
もはや隠密行動も体力温存もクソもない。俺はピストルを片手に、行く手を塞ぐゾンビどもを「邪魔だボケェッ!」と撃ち倒しながら全速力で広場を突っ切り、宿屋『ラスティ・アンカー』の厨房へと猛ダッシュで戻って内側から鉄扉の鍵を閉めた。
肩でゼエゼエと息をしながら携帯ゲーム機を取り出す。
画面の右上には、宿屋の衛星Wi-Fiのアンテナが『最大』で立っていた。
俺は震える指でブラウザを開き、国際海難救助センターの緊急SOS窓口へアクセスして、ブラックロック島の現在地と状況、そして窓の外のゾンビの写真を添付して送信ボタンを押した。
わずか三十秒後。
画面に、救助司令部からの返信チャットがポップアップ表示された。
『【沿岸警備隊・緊急司令部】:SOS信号および画像を確認。現在、武装救助ヘリコプター2機が貴殿の座標へ急行中。到着予定時刻は25分後。ヘリ接近時に信号弾を撃ち上げ、安全な屋内で待機されたし』
俺は有機EL画面に表示されたその文字を、呆然と見つめた。
それからゆっくりと視線を下げ、料理雑誌と極厚アルミホイル、そしてガムテープでぐるぐる巻きにされた自分の両腕を見た。
血の付いた1・5キロのナタ、牛刀、弾薬だらけのベルト、そしてマメと青あざだらけになった自分の手。
船の衛星ネットも生きていたはずだから、俺は十一日前に厨房の扉を閉めたあの初日に、すぐさまヘリを呼ぶことだって出来たのだ。
それなのに、なぜ俺の脳みそは今まで一ミリもその可能性に思い至らなかったのか!?
俺は顔を手で覆い、これまでの自分の行動を振り返って、恥ずかしさのあまりその場で悶絶した。
十一日前の初日、船内でパニックが起きた瞬間、俺が真っ先に考えたのは救助のことではなかった。
巨大な冷蔵庫を開けて、『なんてこった! 今すぐ全部仕込まないと、二百キロの新鮮な野菜と最高級の肉がゴミ箱行きになっちまう!』と、食材を絶対に捨てたくない料理人としての使命感に燃えてしまったのだ。
それから十日間、俺は厨房に引きこもって完全にハイになっていた。
パスで伝票を叫ぶウェイターもいなければ、わがままな客もいない。食材の原価に口を出す邪魔な支配人もいない。
ただ俺と、愛用の包丁と、完璧なオイル漬けの瓶と、何時間もコトコトと煮込まれる極上のラグーソース、そして携帯ゲーム機だけがある天国!
そして食材をすべて完璧な保存食に変え終えたあと、扉の外のゾンビを見た俺の『三十四歳・重度ゲーマー脳』は、完全に自動モードへと切り替わっていたのだ。
――『ゾンビ・アポカリプス発生 = 通信網はすべて壊滅! よし、アルミホイルでクラフト装甲を作り、タッパーに回復アイテム(料理)を詰め、肉叩きで十五体の頭蓋骨を砕いてボートで脱出し、呪われた孤島の警察署へ無線機を探しに行くクエスト開始だ!』と!
本物のサバイバルホラーの世界を自分の手で体験できることと、厨房の武器でゾンビと戦えることに心の奥底でワクワクしすぎた結果、今朝インターネットで拳銃の解説動画を検索した時でさえ、それを『ゲーム内のチュートリアル画面』か何かだと錯覚して、自分がネットに繋がっていることすら気づいていなかったのだ!
そして、この命懸けの大冒険(ひとり相撲)の結末がこれだ。
冷たいステンレスの調理台で寝て背中をバキバキに痛め、何より――あのロレックス成金のクソまずい五リットル激安オイルで、俺の最高傑作のパニーニを台無しにしただけだったのだ!!
十秒間、厨房には墓場のような静寂が流れた。
やがて俺は、何事もなかったかのようにスンッとした真顔に戻ると、ポケットから『純正の充電器』を取り出して壁のコンセントに挿した。
そしてテーブルの上に信号弾ピストル(フレアガン)を置き、タッパーに残っていた最後の『ラグーソースのポルペッテ(肉団子)』をフォークで刺して、椅子に深く腰掛けた。
そのままゲーム機を起動し、画面の中の『本物のラスボス』との戦いを再開する。
さっきの2メートルの警官ゾンビより百倍手強いゲームのラスボスをギリギリの体力で撃破すると、画面に華やかなエンディングロールと『CONGRATULATIONS! HARD MODE CLEARED!』という金色の文字が浮かび上がった。
俺は暗転したゲーム画面に映る自分の顔を見つめ、わざとらしく肩をすくめて皮肉たっぷりに笑ってみせた。
「ま、まさか気づいてなかったわけねえだろ……! いやぁー、最初からネットが繋がってることくらい知ってたさ! 俺はただ、自分の意志で『ハードモード(最高難易度)』を選択してプレイしただけだからな!」
俺が最後の最高に美味い肉団子を口に放り込んだその時、島の空の彼方から、救助ヘリの力強いローター音がパタパタと響き始めていた。
【完】
最終話までお読みいただき、本当にありがとうございました!
食材を絶対に捨てたくない料理人としてのプライドと、重度のゲーマー脳が暴走した結果、最初からWi-Fiがバリバリに繋がっていたのに自ら『ハードモード』をプレイしてしまった34歳イタリア人シェフのひとり相撲、いかがでしたでしょうか?
もしよろしければ、ぜひ【感想欄】にて教えてください!
・もし皆様があの豪華客船にいたら、どの難易度でプレイしていましたか?(初日にWi-Fiで救助を呼ぶ「イージーモード」派? それとも厨房に籠城して料理&無双する「ハードモード」派?)
・作中に登場した料理(生クリームを使わない本場のカルボナーラ、茄子のパルミジャーナ、牛フィレ肉のグリーンペッパーソース、特製ラザニアなど)の中で、「これが一番お腹が空いた!」「食べてみたい!」と思った一皿はどれでしたか?
一言でもコメントをいただけると、厨房で飛び上がるほど嬉しいです!
また、もしこの物語を読んで「クスッと笑えた!」「お腹が空いた!」と楽しんでいただけましたら、ぜひ【ブックマーク登録】や、ページ下部からの【評価(★)】、ご友人への紹介やSNSでのシェアなどで応援していただけますと、今後の執筆の何よりの励みになります!
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