好きな人と幼馴染
それからというもの図書室で美咲と会うことが増えた。特に約束したわけじゃない。でも、放課後に行くと彼女がいて隣の席を空けてくれている。
「ねえ蒼くん、この問題わかる?」
ある日、美咲が数学のノートを広げながら聞いてきた。
「えっと……ここはこの公式を使うんだと思う」
「あ、ほんとだ。ありがとう」
「美咲でもわからないことあるんだな」
思わずそう言ってしまうと彼女は少し驚いた顔をして、それからくすっと笑った。
「当たり前でしょ。私、そんなに万能じゃないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。蒼くんは私のこと、どう思ってるの?」
突然の質問に、言葉が詰まる。
「どうって……その」
「私ね、蒼くんが思ってるほどできた人間じゃないんだよ」
美咲は窓の外を見ながら言った。夕日が彼女の横顔を染めている。
「私、結構ドジだし朝も弱いし、テスト前は焦って徹夜したりするし」
「意外だな」
「でしょ。真昼にはいつも呆れられてる」
美咲が苦笑する。
「それにね、好きな人の前だと緊張してうまく話せなかったりもするんだよ」
その言葉に、胸がざわついた。
好きな人。
美咲にも、好きな人がいるんだろうか。
当たり前だ。美咲だって普通の女の子で、誰かを好きになることくらいあるに決まっている。
でも、そう思うと同時に心のどこかがぎゅっと締めつけられるような気がした。
「……蒼くんは? 好きな人、いるの?」
美咲がこちらを見ずに聞く。窓ガラスに映った彼女の表情は、逆光でよく見えない。
「……いるよ」
気づいたら、そう答えていた。
「そっか」
美咲はそれだけ言って、しばらく黙っていた。
沈黙が痛い。
「だからね、蒼くんが私にだけすごく緊張してるのなんだか変な感じがしてた」
美咲が話題を元に戻す。
「ごめん」
「謝らなくていいよ。でも、もっと普通に話せたらいいなって思って」
普通に。
俺にとって美咲はずっと「普通」じゃなかった。幼い頃からずっと隣にいた、特別な存在。でもいつの間にかその特別さが、俺を彼女から遠ざける理由になっていた。
「わかった。努力する」
「努力って」
また美咲が笑った。その笑顔を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(ああ、俺、やっぱり美咲のことが好きだ)
それは今さら確認するまでもないことだった。
でも同時に、彼女の「好きな人」が誰なのか、知りたい気持ちと知りたくない気持ちがせめぎ合っていた。




