第2話
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、ライブが終わってしまった。
「以上、私達が……百輝☆夜光でした! ありがとうございましたー!」
五人揃って深々とお辞儀をする。俺は小さめの声で「いわちゃーん!」と呼び掛けた。彼女は顔を上げてこちらを見ると、ウインクを飛ばしてくれた。ああ、尊い……今ので寿命十年は延びた。
しかし、イベントはこれで終わりではない。そう、特典会があるのだ。ひゃっこではチェキ券を一枚千五百円で販売しており、枚数に応じた時間、二人でお話しすることができる。俺は貧乏フリーターなのであまり沢山は買えないが、いつも決まって三枚買うことにしていた。何故なら、三枚以上買うと一枚だけ推しからチェキにメッセージを書いてもらえるからだ。最低限の枚数でそれをもらうのは申し訳ない気もしているが、体裁より推しからのコメントの方が大事だ。
俺はいつも通り販売列に並び、チェキ券を購入した。俺の顔を覚えている特典会スタッフのトリヤマさんが「今日どうだった?」と聞いてきたので、いつも通り「最高でした」と答えた。
前のいわちゃんオタクの人から最後尾札を受け取り、特典会待ちの列に並ぶ。悲しいかないわちゃんは他のメンバーに比べて列が短い。俺が石油王だったら何百枚だってチェキ券を買えるのに、と忸怩たる思いを抱えている。
あっという間に俺の順番が回ってきた。スタッフにチェキ券を渡し、いわちゃんの隣へ。そんなに背が高くない俺と彼女では、ほとんど目線が変わらない。
いわちゃんは満面の笑みで迎えてくれた。
「ハルくん、今日も来てくれてありがとう!」
俺が右手を差し出すと、いわちゃんは優しく握ってくれた。いわちゃんと触れあえるのはこの一瞬だけだが、なかなか触れられないからこそありがたみが増すものだと思っている。
「今日も素晴らしかったよ、いわちゃん」
そう言いながらピースサインを作る。パシャリとカメラのシャッターが切られた。
「チェック衣装、久しぶりだね。俺この衣装大好き」
「私も大好きなの!」
今度は二人でハートを作る。パシャリ。
「特に、頭のリボンが可愛いなって」
「これでしょ? 私もお気に入りなんだ」
いわちゃんは俺にリボンがよく見えるよう頭を傾けてくれた。斜めから見ても美人だな、と思っていると最後の一枚を撮られた。
「最後の曲の落ちサビ、いつも良いけど今日は特に最高だった。感動した」
「ハルくん、それいつも言うよね」
いわちゃんはチェキにコメントを書きながら笑った。
「だって、そこ大好きだから」
「知ってるよ、ありがとう」
いわちゃんは裏返しにしたチェキを俺に手渡しながら言った。
お時間でーす、とスタッフが告げた。俺は後ろ髪を引かれながらいわちゃんの元を去ろうとした、その時。
「ハルくん、チェキ……こっそり見てね」
「えっ?」
聞き返すも、いわちゃんは何も言わず手を振った。
何だろう、普段はそんなこと言わないのに。不思議に思いながらも、チェキを手の中にしまったまま会場を出た。
会場からちょっと離れたところで、まわりに誰もいないのを確認してからおそるおそるチェキを見た。いつもなら『ハルくん今日もありがとう♡』などと書いてくれるチェキの白い枠には、
『助けて 21時裏口で待つ』
とだけ書かれていた。
……どういうことだろう。いわちゃんが俺に助けを求めている、らしい。しかし俺は金も権力もない、一介のオタクだ。いわちゃんが何に悩んでいるのかは分からないが、到底彼女の力になれるとは思えない。それに裏口で待ってるって、それは"繋がり"になってしまうのではないか。ライブハウスの外でアイドルとオタクが会うこと、いわゆる"繋がり"は御法度だ。バレたら俺は出禁確定、いわちゃんだって何かしらのペナルティを負うことは想像に難くない。
しかし、いわちゃんの文字からは何か切実なものを感じた。彼女が困っていて、俺がそれを解決できると思われているなら、それに応えないわけにはいかない。だっていわちゃんは推しだから。決して下心なんてないぞ、決して。
俺は、こっそりいわちゃんと会うことに決めた。




