第10話
次の日。バイトの早番を終えた俺はライブ会場にいた。昨日の疲れが残っているのか足が重かったが、いわちゃんのアイドル姿を見られる嬉しさが勝った。
ひゃっこのライブは今日もめちゃくちゃ良かった。いわちゃんの歌声はいつにも増して胸に響いた。彼女はライブを重ねる毎に最高を更新してくる。俺はいわちゃん推しで良かったとしみじみ思った。
ちなみに、俺が抱えていた懸念……ライブ中にタイガーファイヤーと叫んだら突風を巻き起こしてしまうかもしれない、という心配は杞憂に終わった。やっぱり、それなりに集中しないと力は発揮できないらしい。
ライブが終わり、チェキ券を買うべく列に並ぼうとした時、芦田マネージャー──俺達の宿敵の姿が目に入った。現場に来ているなんて珍しいな、と警戒しながら見ていると、なんと彼はこちらに近付いてくる。
えっ、と思った時には目の前に立っていた。
「どうも。君、よく来てくれてるよね」
にこやかに話しかけてくる芦田さん。しかしその目はいやにギラギラしている。戸惑いながらも「はい」と答えると、彼は笑みを深めた。
「君、良かったらウチの事務所で働かない? いつでもひゃっこに会えるよ」
「……えっ?」
「ウチ、時給も結構いいよ。休みも多いし」
いや、ブラックですよね? という言葉は飲み込んだ。しかし、どう考えてもおかしい。アイドルのマネージャーがオタクを運営側に引き込もうとする訳がないのだ。じゃあ何故こんな話をしてくる? まさか……俺の力に気付かれた……!?
「どうかな?」
芦田さんは断られるとは微塵も思っていないような、自信満々な顔をしている、が。
「い、いえ……遠慮させてください」
芦田さんが片方の眉を上げた。
「俺は、ひゃっこのオタクしてるのが楽しいので……」
嘘ではない。けど、一番の理由は下手に芦田さんに近付いて力のことがバレるわけにはいかないからだ。
芦田さんは意外なほどあっさりと引き下がった。
「ふーん。まぁ、気が変わったらいつでも声かけてよ」
彼はそう言うと、さっさと会場を出ていった。
今日もいわちゃんの列は短めで、すぐに順番が回ってきた。
「ありがとう、ハルくん」
いわちゃんは何事もないかのように笑顔で迎えてくれた。俺はいつものように手を差し出しかけて、やめた。いわちゃんは少し首をかしげると、ありがとう、と小さく呟いた。
「いわちゃん、今日のステージも非常に良かった」
「嬉しいな、ハルくんに褒めてもらえるの」
パシャパシャパシャとシャッターが切られる中、俺はいわちゃんに今日のライブのどこが特に良かったかを力説した。
「あはは、ハルくんよく見てるね~」
いわちゃんは笑いながらチェキにコメントを書いて渡してくれた。
お時間でーす、とスタッフが告げた。名残惜しいが仕方ない。俺はいわちゃんに小さく手を振ってその場を離れた。
今日は「こっそり見て」とは言われなかったな、とチェキを見てみると、大きく「がんばって♡」と書かれていた。
家に帰ってシャワーを浴びた俺は、ちょっとだけ修行をしてから寝ることにした。机やら荷物やらを無理くり部屋の端に寄せ、申し訳程度にスペースを作る。昨日は十本消せたから、今日は二十本並べてみようか。机の上にいらない紙を敷き詰め、蝋燭を二十本立てて火を点けた。
昨日何度も実践したから、いわちゃんともえちゃんのアドバイスはだいぶ体に馴染んだ。
あとは……りぃちゃんが言っていた、気持ち。
昨日はいわちゃんを助けたいと強く思ったら上手くいった。それを再現するんだ。俺はペンライトを水色に光らせて握りしめた。
いわちゃんのため……いわちゃんのため……
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」
ペンライトの先から飛び出した風はほとんどの蝋燭の火を吹き消した。残っているのは一、二……三本だ。昨日よりよくできてる。
蝋燭の火を点けなおしながら、俺はふと思った。呪文を変えたら効果も変わるのだろうか? 俺は試してみることにした。タイガーファイヤーは使ったから、次は間奏の……
「虎! 火! 人造! 繊維! 海女! 振動! 化繊!」
蝋燭の火は消えなかった。なんだ、失敗か……。そう思った時、違和感に気付いた。
今、蝋燭の火が全く揺れていなかった。普通なら風が無くても多少は揺らめくはずなのに、完全に止まっていた。もしかして……。
俺は部屋の隅に転がっていた空のペットボトルを拾った。それを軽く放り投げ、即座に呪文を唱える。
「虎! 火! 人造! 繊維! 海女! 振動! 化繊!」
ペットボトルは空中で一瞬静止した後、コンッと軽い音を立てて床に落ちた。




