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Case1.みにくい鳥

 羽が今日も風を切る。


 ぼくの羽はむやみに強くて風を切る音はタカさんのと見分けが付かないらしい。


 だからだろうか、いつからかぼくはふるさとからはなれて毎夜この場所を飛んでいる。

 

 進む度にのどに入る無数の羽虫やかぶとむし。ぼくは生きているだけなのに、何だかせなかがぞっとしてしまう。


 だから飛んだ。家族にもお別れを言って。


 ——そうしてどこを目指したんだっけ。ぼんやりとしか思い出せないけれど、青い美しい光だけがぼくの頭のなかに深く深く焼き付いていた。


「見つけたあ!」


 目の前に急に現れた蛍光色の虫取りアミ。


「待って!よだか!」


 それと同時に聞こえた元気な女の子の声。


 ぼくはひらりとそれをかわし、また空へと上昇する。


 くやしがる女の子の後ろで、男の子の声がする。


「バカ!むやみにしげきするな!」


 ぼくはくるりとひるがえる。たのしい。まるで追いかけっこしているみたいだ。


「わたしにもうちょっと虫取りの才能があれば………」


 ゼーゼーと息を切らしたわたしの後ろから、つかれてなさそうな慎司くんが追いつく。


「タイムリミットも近い。とりあえず今日は、お前の目が正確に物語の怪異をとらえられるとわかっただけでも大きな成果だ」


 公園の時計を見上げると、23時まで1時間を切っている。つまり、わたしたちは陽が沈んでから4時間以上よだかを探していたことになる。が、この4時間でさっきの出会いが初めてのそうぐうだった。


 さっき見えたよだかの体は枯れた葉っぱみたいなこげ茶色で、夜の空にとけこんでいた。たしかに、これではなかなか見つけらず、つかまえるのもむずかしいだろう。


「慎司くんも、もっとよだかを追いかけてよ!」


 わたしはこんなに走って、あせをかいているのに………!そう思うと、慎司くんへかけることばが思わず強くなってしまう。


「よだかが見えないオレが、むやみやたらに追いかけるのはいい作戦じゃないだろう」

「そ、それもそうだけどお………」


 そうだった。猫の事務所に入所してないわたしがこの事件に関われているのも、特別な目がある(物語の怪異を見られる)からだ。


 わたしがオカシイだけで、物語の怪異が見えない慎司くんがふつうなのだ。つまり、慎司くんは悪くない。


「………ごめんなさい」


 こんなことで声をあらげてしまい、わたしははずかしくなった。


「ちょっと休憩しよう。李徴はこいつについてろ」

「承知した」


 いっぱい走って気が立っているわたしに気を使ってくれたんだろう。慎司くんは飲み物を買ってくるからと言い残し、わたしのそばに李徴を置いてどこかに行ってしまった。


 マフラーを巻いていない首に、夏の夜風が通り過ぎる。散々歩き回った体には、雪で冷やされた風が心地いい。——ああ、夏に雪が降っててよかった。わたしは雪の上に転がって空を見上げた。


「お嬢さん、夜は危ない。我の側にいてくれないか」


 地面に転がったわたしを囲むように、李徴が寄りそってくれた。


 まるで大きな抱き枕みたいだ。トラを抱き枕にする小学生なんできっとこの町でわたしくらいだろう。


 わたしたちはおしゃべりをしながら慎司くんの帰りを待った。


「ねえ、李徴はどうして慎司くんといっしょにいるの?」


 慎司くんのことを楽しそうに話す李徴にわたしは聞く。今日はすごく色々あって聞くひまがなかったけど、当然の疑問だ。


 今までこの町でペットのトラがいるなんて聞いたことがない。それに李徴は空も飛べるし、なによりも話せる。


 こんな子が近所にいるなら、ウワサになっていてもおかしくなはい。ふつうなら、テレビとかでニュースとかで取り上げられているだろう。


 でも、そういうコトにはなってないから、きっと李徴は物語の怪異の事件にとりつかれていて、わたしからはトラの姿に見えているんだろう。慎司くんのカミが白く見えるのと同じ理由だ。


 ——ん?つまり、わたしの横でねているのはトラではなくて、実はおじさんってコト?!


「そうさな、我の側にはあやつが必要だし、あやつの側には我が必要だと思ったからだ」


 そう考えているうちに、李徴からはわたしが聞きたいコトとはちがう内容が返ってきた。


 わたしは、慎司くんと李徴がどうやって出会ったのか聞きたかったんだけど………。そう思って李徴の方に振り向く。


 李徴は慎司くんが飲み物を買いに下りて行った階段をながめていた。まだ、慎司くんは帰ってきていないのに、李徴はまるで慎司くんがすぐ側にいるようなとても優しい目をしていた。


 きっと、李徴のなかではわたしの疑問とカレの答えはしっかりと意味がつながっているんだろう。


「——必要、か」


 わたしも今日、慎司くんにそう言われて、うれしくなってここに来た。それから、もう4時間以上よだかを探して回って、動く元気も、探す時間もなくなりかけている。


 ――それでも、慎司くんが必要としてくれるなら、わたしはまだがんばれるだろう。


「………それって、よだかにも言えるのかな」


 よだかはわたしたちが今休んでいる間もきっと空を飛び続けている。


 あんな小さな鳥がずっとずっと飛び回っているなんて、なにか見つけなきゃいけないモノでもあるのだろうか。


「そうであるかもしれんし、そうでないかもしれない。我も彼と同一の存在だが、同時に異なる存在でもある。ゆえにそれは物語と彼の者だけが知ることさ」

「カノモノ?」

「我らは物語から生まれるが、物語だけからは生まれない。人に愛されることで、つくもがみは生まれるのだ。物語の李徴と我が同一ではないように、生まれるつくもがみにも個性がある。物語から知れることと、あのよだかだけが知ること。——その両方を知ることがこれを解決するカギとなると我は思う」


 李徴はもともと頭のいい人?だったらしい。さっきのおしゃべりのなかでそういうことを言っていた。


 じゃあ、どうして今はトラの姿なのか。李徴からその理由は聞いたけど、わたしには難しくてよくわからなかった。


 けど、物語の怪異に関わりが深い李徴が言うのだ。きっと今回の事件を起こしたよだかにも、空を飛び続けなければならない理由がある。そして、それを知ることが今回の事件を解決する糸口にちがいない。


「物語から知れることと、あのよだかだけが知ることか」


 実は、宮沢賢治の本はお家にある。だから慎司くんが宮沢賢治の名前を出した時、ああ、あの人が作ったお話かと理解することができた。


 昔、外に出れないみやちゃんのために、お父さんがたくさん買ってきた。ちょうど、みやちゃんの病気の都合で移り住んだころだ。


 ………そういえばあの時、お父さんも()()()()()()()()()()()()って言ってたっけ?でも、みやちゃんのために買ってきたモノだから、わたしは今まで読んだことがなかった。


 こんなことなら、慎司くんと合流する前に読んでくればよかった。でも、公園に着くまでこの事件の原因はかまいたちだと思ってて、ずっとタブレットで調べ物をしてたしなあ。


「………そういえば」


 タブレットのことを思い出したら、前に友だちが言ってたことをふと思い出した。


「ちょっと前に、今はやっている主人公が転生するお話も、タブレットから読めるんだよって聞いたような………?ひょっとして『よだかの星』もタブレットから読める………?」


 わたしはさっそくタブレットを開き、白い検索バーに「よだかの星」と入力した。


 検索して出てきた一番上のサイトをクリックすると、青空文庫というサイトが表示され、本当に『よだかの星』が読めるみたいだった。


 物語の頭からスクロールして読み進めているわたしの横で、李徴が今の時代は板で文が読めるのかとすごく感動していた。今度慎司くんにねだってみるらしい。タブレットって肉球にも反応してくれるんだろうか。


「それで、なんか分かったか?」


 そうこうしているうちに慎司くんが帰ってきた。


 本当は少し前に帰ってきていたみたいだが、わたしたちがまじめにタブレットを見ているからあえて声をかけなかったらしい。


 李徴とわたしの話を聞いた慎司くんがペットボトルを差し出しながら、わたしに問う。わたしは受け取ったスポーツ飲料をがぶがぶと飲み干し、立ち上がった。


「あの紙、もう一回見せて」


 タブレットで読んだ文章と、改めて読み返した報告書の内容。——物語から知れることと、あのよだかだけが知ること。


 もしあの子をつかまえるのなら、わたしたちはそこを知る必要がある。


 今回の怪異の発生場所は、人の多い公園。内容はかまいたちに似ていると書いてあるが、本来のかまいたちは人を切りつける妖怪だ。


 対して、あのよだかの行動はどうだろう。よだかが起こすフシギな風を見た人の数から考えると、実際によだかにおそわれた子の数はかなり少ないと感じた。


 ——たぶん、おそわれる子にはあのよだかを引きつける理由があるはずだ。


 そう思って報告書を読み返すとおそわれた子の持ち物にはある共通点があった。それは、よだかが物語のなかで求めていたモノ。


「慎司くん、わたし――」


 自分用の缶コーヒーを飲み終えた慎司くんの目線がわたしに問う。わたしは持ってきたリュックであるものを探しながら答えた。


「あの子のこと、今ならつかまえられる気がする」

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