ようこそ、猫の事務所へ
その日はレオ姉と手をつないで帰った。手に伝わるレオ姉の体温が、なんだか昔の登下校を思い出して懐かしかった。
「和風ちゃんはなんであそこにいたの?」
レオ姉がさっきと同じ質問をした。
「………なんだか、レオ姉に会いたくなって」
なんでもない、っていうのは簡単だ。
けど、今日はなんだかレオ姉に甘えたくなった。
いつもみやちゃんよりもわたしを見てくれるレオ姉は、わたしにとってとってもとっても大切な人だ。だからウソはつきたくなかった。
「そう」
レオ姉がわたしの手を強くにぎった。レオ姉の目はなんだかいつもより優しくて、その目線はわたしのマフラーに注がれていた。
「これ、変かな」
つながれていない方の手でマフラーをぎゅっとにぎった。マフラーを着けた姿をレオ姉に見られるのがなんだかすごくはずかしかった。
「キレイな星のマフラー。和風ちゃんにとっても似合ってるね」
わたしはまた泣きそうになってレオ姉のうでにしがみついた。
行きはちょっと遠く感じた道も、レオ姉が居ればあっという間だった。私をお家まで送ってくれたレオ姉はすぐには帰らずにお母さんとなにかを話していた。
「和風ちゃん」
ローファーをはいたレオ姉が私に呼びかける。
「今度うちに泊まりに来る?」
「いいの?」
私は思わずレオ姉にだきついた。
「みやちゃんのこともあったからね。和風ちゃんに元気になってほしくて」
その言葉にわたしは口をとがらせる。レオ姉がみやちゃんと言った。なんでだれもわたしを、わたしだけを見てくれないのだろう。
「ね、約束」
それでもレオ姉から差し出された小指はとっても素敵で、わたしは思わず指を重ねてしまった。
次の日、わたしは昨日の公園にいた。カレの言っていた「この時間」が何時かは自信がなかったけど、今日も学校を休んだ身だ。何分でも待つ準備はできていた。
リュックに水筒、おにぎりにお菓子。時間をつぶせるように本とタブレット。できる限り荷物をつめたリュックはパンパンでここまで来るのにずいぶん水筒の水を飲んでしまった。
「のどがかわいたけど、今お水飲み切っちゃってもだいじょうぶかなあ」
おこづかい持ってくるんだった。そうしたら自動販売機でジュースでも買えたのになあ。そうぼんやりと考えていたら、目の前にカゲが現れた。
「おい」
「ひえっ?!」
また空から急に現れた昨日の男の子。
けれど、今日はカレの足元に一頭のトラがいる。その色はカレのかみのように白く、美しいけものだった。
「な、な、なんでトラが!」
思わずこしを抜かした私にカレが言う。
「やっぱりか」
わたしの反応はカレの予想通りだったようだ。
それもそうだろう。街中でいきなり現れたトラにとびっくりしない人はいない。
「こいつは李徴」
「安心なさい、お嬢さん。我はかまない。」
トラがしゃべった!!!!!
そう言いたかったのにおどろきで声が出ないわたしはただ口をパクパクさせるしかできない。
「早く乗れ」
しゃがみこむわたしのうでを引き、男の子が李徴と呼んだトラの上にわたしを乗せる。されるがままのわたしは李徴の首元にたおれこんだ。
わあ、温かい。思ったよりも短くてゴワゴワした毛並みをなでる。トラはネコ科っていうけどやっぱりちがう生き物なんだ。初めてのトラに感動しているわたしをよそに、男の子も李徴に乗り込む。
「しっかりつかまっとけ」
——ビュンッ。
李徴は走り出した。
速い!速い!
さっきまでいた公園はもうずいぶん離れた場所にある。景色がまるで新幹線に乗ったときみたいに後退していき、飛行機のときように小さくなっていく。わたし、今!空を飛んでるんだ!
李徴に運ばれること数分、わたしたちはある神社の鳥居前に降り立った。無数に並んだ招き猫。その目はどれもギョロギョロしてて、なんだかこわくなってきた。
確かお家からかなり遠いけれど、この区には招き猫をおまつりする神社があるって聞いたことがある。この招き猫の数から見るに、きっとここはその神社のなかなのだろう。よく説明もないままここまで連れて来られたけれど——わたし、どうなっちゃうの?
「いくぞ」
困っているわたしの手を引き、男の子が一つの鳥居の周りをぐるぐる回り出した。あっちへぐるぐる、こっちへぐるぐる。まだなんでここに連れて来られたか理解してないわたしはただただ男の子の後に続く。
――とぷん。
突然、音が鳴った。
顔はプールにもぐったときにように、何かに包まれている。私はキュッと目を結び、つながれた手を強くにぎった。ガチャンとドアを開ける音に続いて、カランコロンというドアベルのような音が聞こえた。
「やあ、時間通りだね」
目を開けたそこは、さっきの神社からは想像できない光景が広がっていた。
ベルのついた重たい木のドア。赤い布がかかった小さな机。棚からあふれそうなくらいたくさん積まれた紙の束——。まるで物語の中に入ってしまったような、レトロでアンティークな空間。——なんてかわいいんだろう。
目の前に広がるワクワクする景色のおくで、イスに深く腰かけ、足を組んだ女の人が、わたしたちに手を振っている。
「ようこそ、猫の事務所へ」
振っていない方の手に持った紅茶からは湯気が立ち、かぎ慣れた香りが部屋いっぱいに広がっている。その香りをかいだわたしは、フシギとここが現実なのだと理解してしまった。




