あの日わたせなかったモノ
保育園の時、ずっと「入院している子のお姉ちゃん」だったわたし。お母さんお父さんよりも先生の顔を見る時間のほうが多くなってきたころには、親せきのお家にあずけられる日も増え始めた。
あずけ先のおばちゃんおじちゃんたちはいつもわたしに優しくしてくれて、さみしい思いをしていたわたしはすごくすごくうれしかった。でも………毎日毎日「かわいそう」や「えらいね」って言われ続けると、気付いてしまう。わたしにくれる優しさは、みやちゃんがいるからもらえたものなんだって。
でも、小学校に入学する年、こっちに引っ越して来てそれが変わった。新しい学校ではみやちゃんが病気で入院していることを知っている人も少なくて、わたしはわたしという存在だけを見てもらえる喜びを知った。
最初は「引っ越しなんてみやちゃんのせいだ」とゆううつに思っていたけれど、いつの間にかみやちゃんのおかげでわたしの毎日が楽しくなっていった。
「みやちゃんがいなくなったら、わたし――」
今まではみやちゃんだけがわたしを必要としていた。わたしがお外からおみやげを持って帰ってくるからだ。
みやちゃんが見てくれるなら、わたしはどんなことでもがんばれる。そう思って、草のなか、土のなか、雪のなか。どんなところでもためらずに手をつっこんで、おみやげを持って帰ってきた。
でも、あの雪の日をきっかけに、わたしはみやちゃんにお外のおみやげをわたさなくなった。
——だってもう、わたしはみやちゃんがいなくても、だれかに見てもらえるもん!
そう思っていた。けれど、
「また、だれからも見てもらえなくなっちゃう」
学校をお休みした日を境に、みんなの目はわたしを見なくなった。
あの日、わたしに向けられた目は言っていた。——わたしはわたしでなく、みやちゃんの姉なんだと。
初めてちゃんと、わたしをわたしとして見てもらえた学校のなかでさえも、もうわたしはわたしでなくなって、「幼くして亡くなった子のお姉ちゃん」になった。
「………きっと、バチが当たったんだ。みやちゃんはずっと辛い思いをしていたのに、わたしがいじわるでおみやげをわたさなかったから」
結局、みんなどんなときも、わたしを通してみやちゃんを見るんだ。——もうみやちゃんは、この世にいないのに。
………だからだろうか。わたしはわたしを見てもらうために、自分から外れなかった「みやちゃんの姉」というレッテルのつじつまを合わせるように、いなくなったはずのみやちゃんを物語の怪異として創り出したんだろうか。
「——わたしって、なんてひどいお姉ちゃんなんだろう」
みやちゃんがいなくなるのは怖い。
さみしい気持ちはもちろんある。けれど、みやちゃんがまたいなくなった時、だれにもわたしを見てもらえないことをあらためて気付かされてしまうほうがもっと怖い。
ボロボロと泣き出すわたしの目を慎司くんがゴシゴシとこする。それでも止まらない涙に慎司くんが言う。
「だいじょうぶか?」
――それは知波ちゃんと学校に行って、音子さんの前で泣いてしまった日に聞いたのと同じことば。
あの時はごまかせた。けれど、今日は――あの日言えなかった本音がこぼれてしまう。
「だいじょうぶ………じゃない」
クスッと慎司くんが声をもらした。
「お前、やっとだいじょうぶじゃないって認めたな?」
「なによう!」
わたしはポカポカと慎司くんの胸をたたいた。されるがままの慎司くんはわたしの左目の涙をぬぐった。
「オレはお前の目が必要だと言った」
慎司くんが雪の結晶が入ったわたしの目を見つめている。
——他人の怪異も見られる特別な目。たぶんこのフシギな目も物語の怪異のせいだ。
「やっぱり慎司くんも、みやちゃんのほうがいいんだ」
「そうじゃない」
慎司くんは首を振った。
「オレたちは他人が引き起こした怪異の姿が見えない。だから市蔵を捕まえるのにも時間がかかった」
「だからそれはみやちゃんのおかげで!」
「ちがうだろ」
慎司くんがわたしを必要だと言った時と同じように、わたしとしっかりと目を合わせる。
「たしかにこの目は市蔵の姿を見るの有効だったかもしれない。でも最後、市蔵は何につかまった?」
「………わたしのマフラー?」
「あのとき思ったよ。一生懸命マフラーをかかげて、かみをボサボサにしながら走る和風を見てさ。ああこいつ、きっとこの目がなくてもどんな怪異もつかまえそうだなって。そう思って思わず笑っちまった」
マフラーをかかげるわたしを見て笑った慎司くん。あのときはからかわれたと思ったけど、そういう理由で笑ってたんだ。
「オレたちはお前の目が必要なんじゃない。お前が必要なんだ」
わたしは慎司くんに付きそわれながら、みやちゃんの部屋に向かった。
いつもみたいに階段はかけ上がらなかった。いや、かけ上がれなかった。
だって――あのドアを開けたら、わたしはみやちゃんと向き合わなければならない。
「………明日でもいいんだぞ」
みやちゃんの部屋。閉じられたドアの前で慎司くんが言う。
「いいの。もう気づいちゃったから」
いつも開いてたのに閉じられたドア。みやちゃんがいても消されていたお部屋の明かり。学校を休んでも怒られなかった理由。先生とのお話。みやちゃんのクツだけがなくなったシューズクローゼット。
考えればすぐにわかったはずなんだ。けど――わかりたくなかった。
だってその理由がわかってしまえば、みやちゃんがいなくなったことを思い出してしまう。
閉じられたドアをノックして入る。もうこのベッドにみやちゃんはいない。もう頭ではわかっている。
「お姉ちゃん」
けれどまだ、みやちゃんの姿が目の前にあるんだ。これがわたしの乗り越えなきゃいけない問題で、わたしが引き起こした物語の怪異の正体。
「あめゆじゆとてちてけんじや」
また、みやちゃんがあの意味のわからないことばをつぶやく。怪異だと気付いてから見るみやちゃんのはだはあまりにも青白く、それが生き物ではないとわからされてしまう。
――まるで雪でできているみたいだ。そう感じてしまうと、みやちゃんに近付くたびに部屋の温度が下がっていく気がする。
「和風、あめゆじゆってなんだかわかるか?」
「みぞれ、なんだよね?」
レオ姉から教えてもらった永訣の朝のあらすじを思い出して答える。
あめゆじゆは雨雪の方言らしい。あの詩は妹の死を題材にしたもので、あめゆじゆとてちてけんじやは――。
「雪を取ってきてって、この怪異はお前に伝えてるんだ」
慎司くんの言ったことばは、わたしがなぜこの物語に取りつかれたかの核心だ。
あの冬の日。みやちゃんが入院から一時的にお家に帰ってきたあの日。——そして、みやちゃんがお家にいた最後の思い出となったあの日。
「お姉ちゃん………わたし、今日はお外の雪がいい」
みやちゃんはか細い声でそう言っていたのに、わたしはわたせなかった。
最期のお願いであった、雪のおみやげを。
「みやちゃん、ごめんね。遅くなっちゃったね」
――あの日と同じように丸くした、2人分の雪玉。
みぞれというにはかたくて、本物のアイスクリームには及ばないデコボコした見た目だけど。けどこれは、わたしからみやちゃんへ送る精いっぱいのおみやげだ。
「お外のにおいがする」
雪玉に鼻を寄せたみやちゃんはそう言って、うれしそうに笑った。




