Case2.あめゆじゆ
外が真冬のように寒い。
辺り一面みぞれが降って、人の背丈くらいに雪が積もる。
この雪はわたししか見えないはずだ。けれど、フシギなことに外にいる誰もが天を仰いで見つめている。——けっして見ないはずの雪を。
わたしは走った。深い雪のなか、変に明るいブキミな空の下を。これからどうすればいいのか、——それがわからなくて。
頭のなかでいろいろな言葉が聞こえてくる。音子さんのことば。慎司くんの態度。レオ姉の思い出。——そして、永訣の朝のあらすじ。最近、わたしのきおくに強く残ったことばたち。
その全てに心がゆさぶられた理由にたどり着くと、なぜわたしの周りでフシギな雪が降っているのか。——わたしにとりついた物語の怪異がだれなのか、説明ができてしまう。
「でも、ちがう!ありえない!だって、みやちゃんは最近はすごく元気になって――」
「——和風!」
気が付くと、わたしはあの公園にいた。慎司くんと出会った場所だ。
「慎司くん……」
なぜか目の前に息を切らした慎司くんがいた。学校はどうしたんだろう。慎司くんもお休みだろうか。そう聞こうと思ったのに、口をついたのは全くちがうことばだった。
「おかしいの、お家にみやちゃんのクツが一足もないの」
わたしは慎司くんにすがりつく。
近づいてみると、今日の慎司くんのおでこには汗を流していた。よだかをつかまえるときですら、慎司くんはあんなにつかれてなさそうだったのに。………今日は何か大変なことでもあったんだろうか。
「そうだ!みやちゃんが勝手にお外に出てるから、クツがないのかもしれない!」
探さなくちゃ!と立ち上がろうとするわたしのカタを、慎司くんが優しく、けれど決してにがす気のない強さでおさえつける。
わたしは立ち上がれず、その場に座り直した。
「和風——お前自身、もうアレが何かわかっているはずだ」
だから家を飛び出したんだろう、と慎司くんが言う。
「わたし知らない!」
音量だけで慎司くんをおし返せそうなほど、大きな声でさけぶ。
――だって、音子さんが言った。
「三番書記くん、君がその心の苦しさの理由にたどり着いたとき、我々は君に決断をせまるだろう。」
音子さんが言った決断って?それに気づいたら、みやちゃんは………?
「何もいますぐこの事件の切りをつけなくていい!」
慎司くんがわたしに負けないくらい大声を出す。
「和風はまだ市蔵の事件しか担当してないから知らないだろうが、怪異事件の解決とは、通常トラブルの原因である物語の怪異がこの世からいなくなることを意味する。物語の怪異が持つ未練や、とりつかれた人間の問題を解消して、物語のなかにもどってもらうんだ」
事件の解決は、その怪異がこの世からいなくなること………?
「——なら、みやちゃ」
「そうじゃない!思い出せ、お前のそばにいる存在を」
「和風ちゃん」
いつの間に追いかけてきたのだろうか。白くにごった雪雲のなかに、一羽の鳥が羽ばたいている。市蔵と名づけたこの子は、今も目の前にいて、大きなひとみでわたしを心配そうに見つめていた。
けれど、この子をめぐる事件はすでに解決したはずだ。あれ以来、この公園に「かまいたち」が出たという報告は出ていない。それなら、なんで――。
「まだ市蔵は、ここにいるの?」
わたしがあの日、4時間走り回ってやっとつかまえた物語の怪異。
さきほどの慎司くんのことばとはむじゅんする存在。
「和風、最初に会った時、音子さんは猫の事務所をなんて説明していた?」
「物語が創り出す、怪異トラブル専門の相談所………」
「そうだ。そもそも、つくもがみはこの世に星の数ほど存在する。そのなかでオレたちが相手にしなきゃいけないのは、あくまでその存在がトラブルを起こした場合だけだ。だから市蔵や李徴のように、トラブルを起こさないヤツにまでこちらから手出しする必要がない。オレたちは怪異が起こすトラブルを解決するのが仕事であって、怪異を消すのが仕事じゃない」
「………ヘリクツ」
「ヘリクツでも事実なんだ」
ふとわたしのひざに温かい重さが乗った。李徴だ。
よだかと李徴。かつて物語の怪異だったふたりは消えず、まだここにいる。それが意味するのは――。
「市蔵も李徴も、何か未練があるの?」
慎司くんがうなずく。
「李徴がここにいるのはオレの問題だ。だからオレのカミはまだ白い」
「………他の人も?」
「そうだ。音子さんだって何か問題を抱えているから今も猫の事務所を開けてるんだし、知波だってきっとまだごんが見える理由があるんだろう」
そういえば、前に慎司くんは言っていた。ふつうの人に怪異は見えないって。
ふつうじゃない人——つまり、何かしら問題を抱えている人に物語の怪異は見えているんだ。
「怪異が見えてる時点で、オレたちはまだオレたち自身の問題を解決できていない。だから、オレにはお前の問題だけをすぐに解決しろとは言えない」
「………わたしはまだ、みやちゃんを消さなくていいの?」
――みやちゃんがいること。それがわたしがだれからも見てもらえない理由だって、ずっとそう思ってた。
けど、みやちゃんがいなくなって気付いた。みやちゃんがいないほうがわたしはだれからも見てもらえなくなるんだって。
わたしが学校に行けなくなった原因。——それはクラスメイトの目だった。




