わたしの思い出
まだわたしたちが仲の良かった冬の朝、わたしはみやちゃんに雪をすくって持って行ったことがある。部屋から見えるほどに積もった雪を見て、みやちゃんがわたしにリクエストしたからだ。
「こんなに雪が積もってるの、とっても久しぶりだ!」
わたしもお気に入りのマフラーを巻き、はりきってお外に飛び出した。お外ははく息が白くなるほど寒い。でも、わたしはみやちゃんのために手袋を外し、雪のなかに勢いよく手をつっこんだ。
数分後、わたしの手のなかには雪玉のアイスクリームが出来上がっていた。
みやちゃんが昔使っていたおままごと用のお皿に盛られた雪は、わたしの手のかたちで丸くなっていて、2段に積まれたそれはかき氷よりもアイスクリームに近い見た目をしていた。
わたしはそれを持って、階段をかけ上がり
「みやちゃん、アイスクリーム食べる?」
――そう言うつもりだった。
けれど、ベッドのなかのみやちゃんはお父さんとお母さんに囲まれ、すでに本当のアイスクリームを食べていた。
………なんでわたしはみやちゃんなんかのために、雪を取っていたんだろう。
わたしは寒さで赤くなった手に息をはき、ひとり、雪のなかに戻るため、玄関のドアを開けた。
「じゃあ、お母さんお仕事に行ってくるから。知波ちゃんによろしく、ね?」
そう言ってお母さんは玄関に座りこむ私を見下ろす。
先週、学校に行こうとした日から、なぜか毎日知波ちゃんがおむかえに来てくれる。知波ちゃんなりのあの日のおわびらしい。
そうしていくつかの朝を過ごすうちに、お母さんはわたしを置いて仕事に行くようになった。さみしいけれど、わたしではお母さんが仕事に行くのを止めることはできない。
わたしが玄関のドアが閉まるまでお母さんの背中を見つめていた。
ひとり残された玄関にはカチカチと無機質な時計の音が鳴る。時刻を見ると知波ちゃんが来るにはまだ時間があった。
横にいる市蔵は朝だからかうたた寝をしているし、わたしは何もする気が起きず、下を向いてくつを眺めた。なんだか今日は、スニーカーがいつもよりきたならしく見えた。
知波ちゃんがおむかえに来るといっても、わたしの行く場所は学校じゃない。音子さんのいる猫の事務所だ。
「だったら、べつに学校用のスニーカーで行く必要はないよね………?」
――そうだ!お出かけ用のクツをはこう!このゆううつな気持ちが少しでも軽くなるように!そう思ってわたしはシューズクローゼットを開けた。
久しぶりに開けたシューズクローゼット。最近黒いクツを一足買った以外はほとんどいつも通り――のはずの中身。でも今日は、ところどころぽっかりと開いた空間が目立つ。
………なんだろう。何足が足りない気がする。わたしはクツを一つ一つ点検し、ついにそれに思い当たった。
「みやちゃんのクツが………ひとつもない………」
みやちゃんは基本的に外出しない。でも病院は行くからクツは持っているはずだった。でも今日はそのクツが一つも見当たらない。
――昨日まであったクツが片付けられる光景。
これと似たような話を、最近どこかで聞いた。——そう、レオ姉のお家におとまりした日だ。
「でもふとした時に思うの。机とかゲタ箱とかが片付けられていく時に」
そう悲しそうに言ったレオ姉の言葉がよぎる。
あの時、レオ姉が話す思い出話に、わたしの心は苦しくなった。
「わたしは何を悲しいと思った………?」
ピンポーン。
「和風〜」
ピンポーン。
ドアの外から知波ちゃんの声がする。けれど、わすれていたコトに気付きかけたわたしの口はカタカタと震えて、知波ちゃんにお返事ができない。
ピンポーン。ドンドンドン。
「和風〜?」
しばらくドアを開けられずにいるとノックの音も聞こえてきた。
——そう、ノック。思い返せばあれもオカシイ。
あの子がお家にいる時、部屋のドアはいつも開いていたはずなんだ。
「なんであの部屋、最近電気も点けられてなくて、ドアも閉められているんだっけ………?」
ずっと入院している子。
モノが片付けられてしまう子。
もう学校に来られない子。
——そっか、わたしにもそういう存在がいたんだ。
「どうして、今までわすれてたんだろう」
クラスメイトよりもずっとずっと近い子だったのに、今はもうだれよりも遠くに行ってしまったあの子――。
「ああ、あの子はもう――」
今もお外から知波ちゃんがドンドンとドアを叩く音がする。けれど、それをかき消すくらいわたしの心臓がバクバクと大きな音を立てた。
一向にお返事をしないわたしに、がまんができなくなった知波ちゃんがドアノブを引いた。——お母さん、カギ、閉めなかったんだ。
開けたドアからお外の、吹雪のような冷たい風が吹き込んでくる。当たり前だ。もうすぐ夏休みだというのに、お外ではいまだに雪が降り続いている。
けれどもう――気づいてしまった。お外よりも、2階から感じる空気のほうがものすごく冷たいコトに。わたしは背中からガタガタふるえ出した。
「もう、いるんなら返事しないさいよって――和風!」
なんだか家にいるのが怖くなって、わたしは知波ちゃんを置いてお外に飛び出した。




