わたしと友だちにならない?
「こんにちは!」
「来たか、三番書記くん」
所長のイスをかたむけながら音子さんがこちらに片手を上げる。
わたしは昨日のソファーに荷物を放り投げ、音子さんにかけよる。
「よだかは?」
音子さんが示した方向には、アンティーク調でそろえられた家具の中に似合わないものが一つ。どのお家にもある黄緑色の虫カゴだ。
そのカゴで茶色い小さなかたまりがさっきからずっと鳴き続けている。その声はその小さな体から出ていると思えないほどに大きな音だった。
「つかまえられてからずっとキシキシ鳴いているよ」
おかげで昨日は眠れなかったと音子さんは大きなあくびをした。
この前は紅茶を飲んでいたのに、今日の音子さんのカップからは黒い液体が見える。おそらくコーヒーなんだろう。
みやちゃんが夜に急に病院に行った次の日、お父さんもあくびをしながらよくコーヒーを飲んでいた。そのときにかいだのと同じニオイと音子さんのカップからただよっている。
「ねえ、音子さん」
わたしは音子さんの机にドンッと手をつき、身を乗り出す。
「慎司くんと李徴って友だちでしょう。わたしもあの二人みたいによだかと友だちになれないかな」
「ほう……」
コーヒーの湯気をはき出すように音子さんが息をもらす。
「君は自分でその結論にたどり着いたのか。三番書記くんは将来有望だなあ」
うれしそうな顔で立ち上がった音子さんは、一気にコーヒーを飲み干した。口のはしからこぼれたしずくはピッと指先で払い、わたしの前によだかのカゴを差し出す。
「やってみなさい。」
わたしは音子さんからカゴを受け取り、いまだにマフラーに包まったままのよだかにこんにちはと話しかけた。
「こんにちは。わたし、和風っていうの」
なかよくなりたいなら、あいさつは基本だ。新学年の時、となりの席の子に話しかけるみたいに、わたしはよだかに話しかけた。
よだかはわたしに興味があるのか、鳴くのをやめてマフラーのすき間から顔をのぞかせる。
昨夜はよく見えなかった真っ黒なひとみ。茶色い羽のなかからのぞくそれは、くりくりとしてとてもかわいかった。
「ねえ、よだか。わたしと友だちにならない?」
「友だち?」
大きな鳴き声から考えられないくらいか細い声でよだかがわたしに聞き返す。
「そう、友だち。友だちになればそのマフラーはこれからも使っていいし、一人で空を飛び回るよりもっとずっと楽しい遊びができるよ?」
よだかはぷるぷると頭をふるわせて悩んでいた。そうしてキシキシと数回鳴いた後、おそるおそるという風にわたしに聞いた。
「それって追いかけっこもできる?」
「うん、しよう!」
「じゃあ友だちになる!」
よだかは虫カゴからつま先を出す。わたしもその足に小指を寄せる。
よだかのかたい指先が、やわらかくわたしの指を包んだ。
指切りみたいに差し出されたあしゆびはゴツゴツとしていて、わたしのはだに簡単にツメを立てることだってできる。それでも、よだかはわたしを傷つけない。
「では、三番書記くん。この子に名前を付けてあげなさい」
わたしとよだかの様子を観察していた音子さんが言った。
「名前?」
「そうだ、名は縁を結ぶ一つの手段だ。それで君たちはパートナーになれる」
音子さんの言う「縁を結ぶ」って意味はよくわからないけど、名前ってわたしが勝手につけていいものだろうか。
「よだかもそれでいい?」
「いいよ!」
一応、よだかに確認をしたものの、特に不満はないらしい。いや、むしろ期待されている気がする。
よだかの真っ黒な目のなかにいつの間にか光が宿り、わたしをキラキラした目で見つめていた。
——どうしよう、重大責任だ。
「今日からあなたの名前は………」
そう言いながら、わたしは頭のなかを高速回転させる。
昨日読んだ『よだかの星』もとにこの子にふさわしい名前を考えよう――としたところでわたしは思い出す。
よだかは物語のなかで、たしか名前を付けられていたはずだ。もともと名前があるなら、その名で呼んだほうがいいだろう。
なんて名前だっけ?イチタ?イチロウ?いや、ちがう。たしか、この子の名前は――。
「市蔵!」
「ふっ」
カランコロン。
事務所のドアが開かれたようだ。
ふり返ると中学校の制服を着た慎司くんが李徴といっしょに入り口に立っていた。
「おかえりなさい」
おかえりという言葉が気に食わなかったのか、慎司くんがわたしをじっと見つめている。
どうしたのだろう。やっぱり事務所はお家じゃないからおかえりは変だったかな。
見つめ返す私からふいっと目をそらし、慎司くんは天上で飛び回る市蔵を見上げた。
「よだかがカゴから出てるってことは決まったんだな」
「決まったってどういうこと?」
「パートナーにだよ。昨日はお前が特別な目を持っているから同行させたが、本来物語の怪異にはオレと李徴のようにタッグで動く」
「へえ~?」
わたしがあまり理解していないとバレたのか、慎司くんがため息をついた。
「つまり、人間と物語の怪異が協力して事件を解決にあたるってことだ」
「そっか、人間と物語の怪異がいっしょに事件を解決してるんだ~」
あきれながらも、より簡単な説明をしてくれる。やさしい。
慎司くんと李徴は友だちだからいつもいっしょにいるのかと思ってたけど、まあ中学生とおじさんが友だちなのはめずらしいもんね。いっしょにいるのはそういう意味もあるんだ。
――でも、人間と物語の怪異が、ってコトは!
「李徴って物語の怪異にとりつかれてるんじゃなくて、もともとは物語の怪異だったってコト?!」
「聞いてなかったのか?」
「言ってなかったか!」
「「音子さん!」」
「まあまあ、子どもがそんなにカリカリすんじゃあない」
わたしたち二人におこられた音子さんはさすがに分が悪いと思ったのか、どこからか大きめのクッキーを取り出し、わたしたちの口に放りこんだ。
しゃべろうとするとクッキーが口に引っかかってモゴモゴとしか言えず、わたしたちは一旦だまってクッキーを食べるしかなかった。




