第3話
まさか深幸ちゃんが私の事で泣いてくれているとは思いませんでした。ここに来るまで一緒にいましたが彼女からイジられている事の方が多かったと思うのが正直な感想です。だけど深幸ちゃんにとって私といた時間が少なくとも楽しかった事だったと知り、不覚にも私も涙を流してしまいました。
「ありがとう……深幸ちゃん」
私は顔を反らして涙を見せないようにした。お礼も本当はもっと言いたい事があったのですが、何も思い浮かばなくて短い言葉で呟く事しか出来ませんでした。
「仕方ないわね。とりあえず部屋に入りなさい」
こんな状態の私達を見かねたのか桔梗さんは声を掛けてくれた。私は目を擦りながら涙を抑えつつ、失礼しますと言いながら部屋に入った。後から深幸ちゃんも私に続いて入り、戸を閉めて二人並んで桔梗さんの前に立った
「改めまして私の名は九條桔梗と申します」
こちらの状況など関係なくそのまま自己紹介を始める桔梗さん。私は少しずつ落ち着きを取り戻しながら話を聞いた。
「まず先に言って置かなければならない事があるわ。良い話と悪い話っていうのかしら」
少し笑いながら軽い感じで話し始めました。しかしこっちは先程まで泣いていましたので、ちょっと今はうまく言葉を返せません。私は静かに頷いて返事をするようにしました。
「まず一つ目は名前、それは私にはどうする事も出来ません」
続けて桔梗さんはあえて言うなれば『今は出来ない』と付け加えられました。よくは分かりませんが、もし私に名前をつけるのであれば順序があるというのを言われました。その順序については今ここでしても出来ないので詳しい説明は省かれました。
「二つ目は記憶の方ですね。そちらなら私にも出来る事があります」
そう言うと桔梗さんはその場でゆっくりと立ち上がり、懐から扇を取り出して私の額を指した。
私は体が固まり動けませんでした。なぜなら桔梗さんから感じる気迫が扇の先から伝わっているような気がしたからです。
「どうしますか?」
優しく笑いかけて選択肢を委ねていますが、瞳の奥は笑っていませんでした。
何をされるのかは分かりませんが、心の中で答えはもう決めています。今の私が記憶を取り戻すという事は、過去の自分と対話が出来ると言っても過言ではありません。それはこの世界に来るまでに何があったのかを知るための大事な手がかりが増える絶好の機会です。
「桔梗さん、私の記憶を取り戻してください。お願いします!」
私は直立したままで姿勢正しく声を張って言った。
すると桔梗さんはそのまま扇で私の額を突きました。そして後ろに倒れていくのを深幸ちゃんが私の体を受け止めてゆっくりと横に寝かせてくれました。
この力が入らないのには覚えがあります、これ三途の川で彼岸花に囲まれていた状態に似ている。
「お姉ちゃんは大丈夫なのですか?」
「今この娘はここに来るまでの記憶を一度に思い出しています。しばらく待てばその内に動き出しますよ」
薄れゆく意識の中で私の近くに深幸ちゃんが座り込んで桔梗さんに聞いているのが聞こえました。
それから少しずつ意識が途切れていくのを感じました。眠気とは違う波が私に襲いかかりやがて目の前が真っ暗になりました。
「……お姉ちゃん起きた?」
目が覚めると深幸ちゃんがこちらを覗き込んでいた。どれくらい寝ていたのかは分かりませんが、意外と時間が掛からなかったねと深幸ちゃんに言われたのでほんの数分なのでしょう。
「どう? 何か思い出しましたか?」
桔梗さんは私に不敵な笑みを浮かべながら聞いてきた。たぶんですがこの人にとって私が思い出そうが、思い出さなかろうがどっちでもいいのでしょう。気まぐれな人だと聞いていますし、きっとこの状況でさえも何とも思っていない、少なくとも私はそう感じました。
頭に受けた衝撃がまだ痛みますが私は体を起き上がらせてその場に立ち上がりました。
そして駆け巡る思考と湧き上がる気持ちを全て一言にまとめて上を向いて力強く声を出した。
「思い出したーーーーー!!」




