第1話
深幸ちゃんの住み込み場所、もとい桔梗さんのところへ向かう事が決まってからは私達の行動は早かった。何故ならそろそろ日が暮れ始めており、人里の多くの店が閉める準備をしていたりするからだ。
「彼女の宿は桔梗さんのお屋敷でよろしいのですか?」
「使っていない部屋が幾つもあるので、きっと大丈夫ですよ」
朔來先生は私に気を使って深幸ちゃんに聞いてくれていた。お屋敷というからには広いとは思いますが、主の許可なく承諾していいのでしょうか。
根拠のない返答で心配したのか朔來先生はもう一つ案を出してくれた。
「一応私は今夜、宿直室に寝泊まりしますので何かあれば訊ねて来てもいいですからね」
部屋の奥の扉を指差して説明をした、どうやらこの奥に宿直室があるようです。最初に出会った時に、その扉から出て持っていた本を置いてきましたが書斎としても扱っているのでしょうか。それにしても朔來先生、何から何までお世話になります。
ありがとうございますと頭を下げてお礼を言い、寺子屋を出る支度をした。と言ってもそこまで用意する事は何もありません。しいて言うなら長時間の正座に耐えていた足の痺れを取るくらいでしょう。
体の調子を整えた後は朔來先生が玄関先まで見送りに来てくれた。
「良い結果が出る事を祈ります。深幸さんは気をつけて帰るのよ」
私達は朔來先生に別れを告げて寺子屋を後にした。そして最後まで教職者として素晴らしい方だと感銘を受けました。三途の川の睦江さん以外にも報告する場所がもう一つ出来た事を思うと、いかに自分が支えられているのかを改めて実感しました。
「お姉ちゃん、ちょっと急いで帰ろう」
まず人里を抜けるために深幸ちゃんは私の手を握り歩きだした。先程まで人里を賑わせていた人たちは少なくなっており道は混雑しておらず歩きやすくなっていた。足早に幾つかの角を曲がりそのまま人里の外へと誘導してくれた。
特に出入り口が設けられている訳ではないが、人里からはどんどん離れて行った。やがて声が聞こえなくなるほど遠くまで来て、ゆっくりと沈んでいく太陽に見守られながら道をずっと進んでいた。
「この先に桔梗さんのお屋敷があるの?」
何もない道を歩き続けた時間と沈黙に耐えきれず、つい話しかけてしまった。
しかし彼女は何も答えてはくれませんでした。私はもう一度、質問をしたが何も返って来なかった。
もしかして私のために真剣になってくれているのかな。過去に深幸ちゃんは消えてしまいそうになったからなのか他人事ではないと思っているのでしょうか
そんな事を考えていると深幸ちゃんは突然立ち止まり私に向いて話しだした。
「ねえ、目つぶって……」
予想外に言葉に驚いた、いきなり何を言い出すのですか。ただ広いだけのこの場所で彼女に指示されて私は慌てていました。聞き返しても早くしてと、急かされるのみだったので仕方なく言われた通り目を閉じた。今まで散々な事をされてきた彼女の前で無防備になるのは不安なんですけどね。
「もういいよ」
少し緊張をしましたが目を閉じて数秒で深幸ちゃんから合図が掛かった。
目を開けると和造りの立派なお屋敷が建っており、いつの間にか私達はその玄関先にいた。一瞬の出来事で理解が追いつきません。
「何これ? どういう事?」
「ここが桔梗様のお屋敷だよ」
私は名称よりも、どうやったのかを聞きたかったのですが深くは考えないようにしました。人里から来ていたので忘れていましたが、この世界は三途の川や混沌の森があるのです。突然現れるお屋敷があっても不思議ではないでしょう。
「ただいま戻りました!」
玄関を開けて深幸ちゃんが少し大きな声で言っている。やはり師匠の家なだけあって丁寧な口調で話している。かしこまっている彼女を見るのはなんだか新鮮ですね。
「どうぞ上がって、ついて来てください」
私は言われるまま靴を脱ぎ、深幸ちゃんの後ろをついて行った。
長い廊下を歩きながら部屋の数を見ていると屋敷の広さが伺えます。
すると奥からパチッという音が聞こえだした。なんだろうと疑問に感じながら、その音のする方へと近づいて行く。
やがて中で音がする部屋の前まで来て深幸ちゃんが失礼しますと言い、ふすまを開けた
私はその部屋の中にいた人が、ここに来るまでに名前だけは何度も聞いていた桔梗さんだと確信した。ゆったりとした服装で身を包み金色の長い髪は美しく光っていて、それが目に飛び込んで来た。
彼女はこちらを見ずに本を片手に部屋で一人、囲碁に興じていた。そして淡々と碁石を並べながら、おかえりと言うだけで話し掛けづらい雰囲気が漂っていた。
「桔梗様、お話があって来ました」
空気の悪い中、深幸ちゃんは私の事をお願いするため話のきっかけを作ってくれた。
すると桔梗さんはこちらを少し見て、また囲碁に視線を戻して呟いた。
「どうしたの、その式神」




