第5話
深幸ちゃん曰く、私がこのままだと消えてしまうらしいですが、それって本気で言ってるのでしょうか。何度も騙された私ですが彼女の挙動を見る限り、嘘を付いているようには思えませんから本当なのでしょう。それに朔來先生の前でどうどうとそんな事を言うのも考えにくいですし、でもなぜ消えてしまうと思ったのですかね。
「どうして、そのように思うのですか?」
私も感じていた疑問を先に朔來先生が疑いもせずに真面目な顔をして深幸ちゃんに聞いた。少し話すのを躊躇うような間が空いて、こちらを見ないで少しずつ話しだした。
「深幸はね、本当はあの森で死ぬはずだったんだ」
それは深幸ちゃんがまだ普通の猫だった頃の話でした。その猫はもともと人里に住みつていて悠々自適に暮らしてそうです。しかしある時から体がだんだんと動かなくなり、もう自分の命もここまでだと思った彼女は最後の力で混沌の森へ向かったそうです。
「結構、森の奥深くまで行ったんだよ。誰にも見つからないようにね」
そこで猫は横になり、その時が来るのを待った。瞬きを繰り返し、かろうじて森の景色が認識出来る中でやり過ごしていた。やがて息をするのも苦しくなって瞼が重くなり体の力が全て抜けていくのを感じそうです。
「すると何処からか声がしたんです。こっちへ来なさいって」
声が聞こえてからは今までの疲労無くなり体が暖かくなって急速に体調が回復したそうです。最初これは夢を見ているのだと思っていたみたいです。何故なら自分の体を見てみると手が人間になっていたから。そして気づけば彼女は今のような姿、形へと変貌していたという。
「そして深幸は桔梗様のお屋敷の布団で目が覚めたの」
深幸という名前は桔梗さんが付けてくれたそうです。命を助けてくれた深幸ちゃんはそれからお屋敷の住み込みで働くようになったと。
彼女からこんなに重い話を聞かされるとは思いませんでした。深幸ちゃんは続けてなぜ私がこのままだと消えてしまうのかという推測を話し出しました。
「野良だった時と今の深幸と決定的に違うのは名前が有るか無いかなんです」
今の私は生きているけど生気を感じられないという宙に浮いた状態、それは深幸ちゃんが森で力尽きそうになっていたのと同じなのではないかと言うのです。確かに似ているのかもしれませんが私自身、体に何か起きているのを感じ取れません。
訳が分からず朔來先生に目をやるとこの話を受けて研究者の顔をして聞いていました。そして口元を手でこすりながら対象者である私を見て話し始めた。
「残念ですが、深幸さんのお話は筋が通っています。可能性としては十分ありえると思います」
残念ですが……それが何を物語っているかと言うと、もしかするとこのままだと私は死んでしまうと言う事です。半信半疑だった深幸ちゃんの予想は研究者である朔來先生の言葉で後押しをした。
「世の中には言霊というものがあります。」
言葉に含まれた微弱な霊力や不思議な力であると、そう朔來先生は話し始めた。ある時は善い行いを実現させ、またある時はどんな悪行さえも言葉一つで叶えてしてしまう。深幸ちゃんが名前を付けられてから力が宿ったのはおそらく言霊おかげなのでは無いかというのです。
「私としては不安ではありますが、もしかすると病院に行くよりも先に桔梗さんを訪ねる方が良いかもしれませんね」
「大丈夫ですよ。桔梗様に頼めばお姉ちゃんの悩みも解決です」
深幸ちゃんは明るく朔來先生と私を安心させる言葉を並べた。要するに私は深幸ちゃんと同じように桔梗さんに名前を付けてもらえないか頼みに行く事に決まりました。予定とは違う展開ですが一歩ずつ前進はしているのではないかと。それに姿が消えなければいずれ記憶の方もきっと解決するでしょう。先の見えない状況ですが私は楽観的になろうと決めました。
それにしても、これから会いに行く深幸ちゃんのお師匠である桔梗さんってどんな人なんでしょうか。
「あのさ、桔梗さんがなぜ深幸ちゃん助けたのかって聞いた事ある?」
深幸ちゃんの命を助けてくれたという事は慈悲深い方だと思い、その理由を聞いてみた。しかし彼女はその事に対して何も感じていないのか、あっさりと返事が返ってきた。
「それは気まぐれだそうです」
朔來先生が不安になる理由が良く分かります。




