第4話
しかし自分の名前や記憶を取り戻すのをやめないという事は、状況は変わらずふりだしに戻ったのと同等の意味であって、つまりは何も始まってはいないのです。
「すみません、朔來先生が言っていたお医者さんならこの症状に付いて分かったりしませんか?」
さっき信頼できる医者がいると言っていたのを思い出して質問してみた。私の記憶が無いのが一時的な物なら何か原因が分かるかもしれないと思ったからです。
「それは一つの案としては悪くないとは思いますが、今から向かうと途中で日が暮れてしまいますね」
聞くところによると、今から病院へ行くにはかなり時間が掛かってしまうみたい。そして夜出歩くには危ない場所にあるので朔來先生はやんわりと止めているのです。ここに住んでいる人達もよほどの怪我ではない限りその病院には行かなくて、そこで販売している置き薬で治療しているそうです。お医者さんがこの人里に住んでたら望みはあったのですが残念です。
「あと病院に行く事自体は止めませんが、原因不明と聞くとあの医者は何をするか分かりませんのでそれだけは伝えておきます」
何か最後に不安になる事を言われました。腕は確かなのですけど、と後から付け足されても遅いですよ、行く気が失せてしまうじゃないですか。なんだか信頼できる医者というのは本当に腕だけのように感じます。
いろいろ話してみましたが、とりあえず私の症状を今日中に解決するのは出来なさそうですね。
「もうそろそろ日が暮れますし、もし泊まる所が無いのでしたら本日はここでお休みください」
朔來先生は窓の外を見かねて、この寺子屋を貸してくれました。助かりました、これで野宿は免れます。そもそも彼岸花が咲いている所で起きているのに、今度は眠る時も地面なのは堪えますからね。
今日はもうここに泊まって、明日改めて考え直して最終手段としてお医者さんを紹介してもらいましょう。
「あの、深幸の師匠に頼むはどうですか?」
今まで静かに話を聞いていました深幸ちゃんが小さく手を挙げて質問した。そういえば住み込みで暮らしていると言っていましたが、師匠というのはその家主のことでしょうか。
「深幸さんの師匠というと桔梗さんという事ですね」
その師匠は深幸ちゃんの保護者という立場に当たるのでしょうか。朔來先生は寺子屋をしているからなのか会った事があるみたいです。
深幸ちゃんは発言した後も緊張しながら返答を聞いている。
朔來先生は自分で用意したお茶を手に取り、一口飲んで湯呑みを置き話し始めた。
「確かに桔梗さんなら何か分かるかもしれません。ですが深幸さんを前にして申し訳ありませんが、彼女は少し気まぐれなところがありますのでこの問題を解決してくれますかどうかは難しいのではないかと」
言葉や話し方自体は柔らかいのですが険のある言い方というのでしょうか、今までのとは違い冷たく突き放すような感じがします。
「朔來先生がそう言い出すのは分かっていました」
深幸ちゃんが言い出しにくそうにしていたのは緊張しているだけじゃなくて朔來先生の事を考えてだったのですか。見ている限りですと、その師匠という人の性格に難色を示していますが、もしかして仲が悪いのですかね。
「人里からは離れるけど師匠の家でしたら病院ほどは遠くはないですし」
なにやら必死に朔來先生を説得している深幸ちゃん。ここに来てからはずっと置物をように固まっていたのに、この急な心変わりはどうしたのでしょうか。
「それに、早くしないとお姉ちゃんは良くないと深幸は思うんです」
「え? 私ですか?」
いきなり呼ばれて驚きました、それよりも聞き捨てならないのが『良くない』っていう話しなんですけど。
深幸ちゃんの顔を見るとかなり慌てているよう感じます。だけど記憶を取り戻すのに早いのに越したことはないですけど、何もそこまで急ぐ必要ないと思うのです。
すると深幸ちゃんは悲しそうな目をしながらこっちを向いて話してくれました。
「だってこのままだとお姉ちゃん、消えちゃうかもしれないから……」




