第2話
私は朔來先生の後に続いて寺子屋の中に入った。深幸ちゃんも後ろからトボトボとついてくる。森で私の目の前から消えたときみたいに逃げないんですね。それとも無駄だと観念しているんでしょうか。
「し、失礼します」
入ってすぐ横に下足箱があったので、脱いだ靴を置いた。それなりに大きいさからは、ある程度の生徒の数が伺える。いつもはここにたくさんの教え子がいるんですね。
そして、その内の一人の深幸ちゃんは完全に静かになっています。私もここに初めて来てそれなりの緊張があるので、彼女が借りてきた猫の状態だと困るんですけど。
「私はこの本を置いて来ますので、そちらに座ってお待ちください」
そう言い残し朔來先生は奥にある扉から出て行った。
教室には長机と座布団が二つ、それを一組とした物が幾つも並んでいた。その中で指し示しされた、前から一番目の机に私達は座った。
座布団という事と雰囲気から、つい正座をしてしまいますね。目上の人を待つ側としては正解なのでしょうけど、私の悩みはややこしいので話が長くなるから足への負担を案じた。
きっと深幸ちゃんも正座に難儀しているではと、隣を見てみると姿勢正しく座っている事に少し驚いた。寺子屋に入る前も逃げませんでしたし、実は彼女は以外と根が真面目なのでしょうか。
しかし、先程から謎に引き締まった気合がこちらに伝わってきます。森で出会った時のような快活な感じが全くしません。
「どうしたんですか? さっきから様子がおかしいですよ」
「そ、そんなことニャいよ」
緊張で噛んだのか、化け猫だからなのか、分からない返事でした。ここまでとは言いませんが私の前でも少し静かにしてくれてたら、あんな恥を掻かずに済みましたのに。
彼女は寺子屋の入り口で朔來先生に対して『物凄く怖い』と言っていましたが、何を読み取っているのでしょうか。まさか、また私をからかっているだけなのかな。いえ、だとするとこの固まりようは説明が付きませんね。
「私は朔來先生、怖いと思わなかったけどな」
話しかけるというより独り言のように呟いた。この状態だと、たとえ話しかけたとしても十分な返答は返って来なさそうですし。私の言葉を受けて何か反応は無いか彼女の方へ耳を傾けてみる。
「笑顔……」
ぽつりと深幸ちゃんが声に出したが、それは予想もしていない答えでした。
まだ会って間もないですが朔來先生は心から笑っている正直な人だと見受けます。だから笑顔が怖いというのはどうも結びつきません。何か裏がありそうな表面的な笑顔でもありませんし、いったい何を恐れているのでしょうか。
「あの、人を疑っていない笑顔が怖いの」
そう話を続けるが、これはまた理解が出来ませんでした。
怒ると物凄く怖いとかでしょうか。その振り幅が大きいから笑顔さえも恐れいているのかもしれません。
しかし、それは怒られるような事をしなければいい簡単な話ではないのでしょうか。叱るべき場面でメリハリのある指導が出来るは教育者として素晴らしい事だと思うのですが。
「お待たせしました。すみません、お茶菓子を切らしておりまして」
扉を開けながらお盆を持った朔來先生が謝りながら入ってきた。そのまま机の前に座りお茶を一つずつ私達の前に置いてくれた。急に押しかけたのはこちらですので申し訳ありません。お構いなくと、私が返した言葉に優しく受け止めてくれた。
その場にお盆を置いて他の所から座布団を取り、机を挟んで私達の前に置いて着席しました。
「えっと、すみません。短く済ませますので先にこちらの話してもよろしいですか?」
私に申し訳なさそうに許可を得てきました。どうぞどうぞ、と少し恐縮しながら要望を受け入れた。そして軽く会釈をした朔來先生は深幸ちゃんの方へと向き直した。視線が変わったのを感じたのか反射的に一瞬動いた。
「深幸さん、次はいつ来るのですか?」
特に空気が張り詰めたわけでもなく、落ち着いた空気が流れていました。でも深幸ちゃんは明らかに目が泳いで動揺しています。それにしても彼女はここの生徒と言っていましたがあまり来ていないみたいですね。その事を後ろめたく思っているのでしょうか
「えっと……」
言葉が続かいない深幸ちゃんの様子から、なんだか少し関係性が見えてきました。
たぶんですが朔來先生は深幸ちゃんに期待しているのでしょう。だけど遊びたい盛りの彼女は寺子屋をよくサボっている。だけど根が真面目なので朔來先生が向ける期待の笑顔が重たくなり、それを恐れている。ちょっとしたすれ違いで出来上がったのが、この状況なのではないかと考えました。
深幸ちゃんは少し引きつった笑顔で朔來先生を見た。
「……明日来ます」
なるほど彼女にとっては天敵かもしれません。




