第180話 宴の影
前回までのライブ配信
アイリスは元怪物ハンターら三人を制圧し、皇帝護衛としてペルシア外交に参加する。パラスターナを交えた三国協議案を提案して交渉を前進させ、懇談会では第一軍団司令官ヴィクトルを確認する。その後、庭で自身に対する暗殺者を制圧・捕縛するのだった。
私は、意識を失った刺客を連れて宙を飛んでいる。
向かっている先は皇宮内にある親衛隊の宿舎。
捕らえた刺客は頸動脈の血流を止めただけなので、すぐにでも意識を回復すると思う。
親衛隊の宿舎へはすぐにたどり着いた。
宿舎前から5メートル程度の場所へと降りる。
見張りの隊員が2人いる。
私は刺客を宙に浮かせたまま、彼らに話しかけた。
「失礼いたします。陛下の護衛をしていたアイリスと申します。懇談会に紛れ込んでいた暗殺者を捕らえました」
2人は驚いたままだった。
私が空から降りてきたことに驚いているんだろうか。
「あの、恐れ入りますが、彼を拘束してもらえないでしょうか?」
「あ、ああ」
拘束中に、刺客の彼は意識を取り戻して暴れはじめた。
拘束が間に合ったのでなんとかなったけど。
「ところで、本日捕らえた別の暗殺者もこちらに収容されているということでよろしかったですか?」
元怪物ハンターのことだ。
「――答えられない」
部外者にはさすがに言えないか。
「そうですよね。ありがとうございます」
一旦引く。
「最後に1つだけお願いします。ビブルス長官にご報告しなければならないことがあるのですが、こちらへ戻ってはこられますか?」
「ああ」
「ありがとうございます。では、近くで待たせてもらいますね」
私はそう言って頭を下げた。
彼らは困惑しているようだけど、刺客が逃げないように監視はしておきたい。
親衛隊には皇妃派もいるし、気をつけるにこしたことはない。
私は宿舎近くで、魔術の訓練をすることにした。
まず、収容所の近くまで行って、セーラの様子を確認する。
無事に過ごしているみたいだ。
安心した。
さて、魔術の訓練だ。
今のところ気になっているのは影化の魔術。
今は肌しか影化できないけど、服装にまで広げたいんだよな。
「皆さん。ビブルス長官を待っている間、影化の魔術の練習をします。配信では暗くて映らないかもしれません」
視聴者に伝える。
≫OK≫
≫影化か≫
≫どこへ向かっているんだよ≫
「隠密方面にいってるのは自覚していますが、着ている服装も影化したいと思いまして。試してみます」
私は言って、トーガっぽい服の袖を見ながら私に向かう光が反射しないように意識を調整してみた。
ダメか。
影化しない。
『見える』という現象についての理解は高くなってるはず。
見えるは、光の反射によっておきる。
光の反射は、光子が物質の電子と相互作用を起こした上で再放出される現象だ。
光子の再放出の方向はある程度調整できる。
問題は、布みたいに複雑な構造だと方向の調整ができないことだ。
アプローチを変えた方がいいのかも。
見える色を全部吸収するのはどうだろうか?
全ての色を再放出させないように出来れば、人の目には黒く見えるんじゃないだろうか。
「質問があります。色の光を全て電子に吸収させて黒くした場合、何か副作用的な問題はありますか?」
≫温度が上がるんじゃないか?≫
≫可視光のエネルギーを電子に取り込むのか≫
≫電子の励起を維持する感じか≫
≫励起を熱に変えるイメージじゃ?≫
≫励起=電子の軌道が外側に移動した状態≫
≫直射日光浴びなきゃ大丈夫なレベルだろ≫
≫黒い傘レベル。真夏の直射日光は辛そう≫
そこまで副作用はないのかな?
励起するということは、電子の軌道の場所が変わるということだからそれを維持する必要がある。
≫ふむ。励起を保つなら副作用はないだろうね≫
≫バネを伸ばしたまま止めているようなものだ≫
≫保ったままなら熱にもならないだろう≫
≫実験屋?≫
≫いかにも≫
≫実験屋に質問! 励起を止めたら?≫
≫光熱が一気に出力されるだろうね≫
≫マジか≫
≫レーザーみたいなのも打てる?≫
≫レーザーは難しいのではないかな≫
≫光に変えれば目くらましは可能だと思うが≫
≫目くらまし! 技を借りられるってこと?≫
≫太陽拳かよ≫
実験屋さんが来たことでコメントは盛り上がり始めた。
副作用はないんだな。
いや、正確に言うと、解放したときに副作用がくるのか。
「励起を止めたとき、再放出される光と熱は物質の性質によると思いますが、基本的には不確定で確率的に決まるってことでいいんですか?」
≫理論的にはそうだね。制御できれば別だが≫
制御か。
難しそうだ。
でも、できるかもしれない。
光が特定の方向に一気に放出されるとなると面白そうだ。
「ありがとうございます。細かな制御は後の課題として、今は電子が励起した状態を維持できるように頑張ります」
電子の軌道が変わったらそれを維持すればいいんだよな。
「今から私の手に向けてやってみます。まずは今まで通りの影化の魔術です」
視聴者に手の甲側を見せて影化する。
光子が再放出されるときにこちらに向かわないようにするだけだ。
≫黒くなったな≫
≫完全に見えないって訳ではないのか≫
≫乱反射までは制御できないんだろう≫
「乱反射は制御の仕方が分からないんですよね。今のところあまり困ってはいません。では、次に同じく『手』の表面の電子から光子を再放出させないようにしてみます」
手全体を捕らえ、光子が放出されないように意識する。
電子の軌道――電子殻はなんとなく分かるだけ。
でも、全くできなかった。
いつも通り手は見える。
≫まだ?≫
≫難しい?≫
≫1度で出来れば苦労しない≫
「そうですね。現在の電子殻を維持するイメージだったので、別の方法に変えてみます。引き続き実況は続けますね」
その後もいくつか方法を試した。
電子殻が最初から広がっているイメージ。
――ダメ。
光子が出て行かないようにするイメージ。
――ダメ。
そもそも、電子殻が変わっているかどうかも分かりにくい。
コントロールなんてほど遠い。
なんとなく分子同士の境界が分かるだけだ。
理解が足りてないのか、そもそも実現が無理なのか。
「電子殻の理解って短時間では難しいんですか?」
≫正確なのは難しい≫
≫惑星軌道的な順番ではないからな≫
≫義務教育で習うボーアの原子模型とは違う≫
≫分子だと電子殻というより分子軌道だからな≫
≫分子となると想像は実質不可能だろ≫
「そ、そうなんですね。形がいびつな惑星の軌道みたいなものをイメージしていました。理解するのが難しいことは分かりました。電子殻――分子軌道からは離れます」
境界が見えているといっても、激しく衝突してるのでその痕跡が分かるというだけだからな。
私の理解度と想像力では分子軌道には立ち入らない方が良い気がした。
「光子で励起した電子って動きは速くなりますか?」
≫一般にはならないと考えて良いだろうね≫
「ありがとうございます。分かりました」
難しいな。
速度の調整は無理か。
となると、あとは時間かな。
魔術は不確定性関係に人の意志を介入させることで発現する。
もちろん仮説ではあるけど。
光曲の魔術で、私が光の方向を変えられるのはそこに不確定性があるから。
光子が放出されるまでの時間にも不確定性はあると思う。
でも、時間のイメージの仕方が分からないんだよなあ。
感覚的な時間なら、たまに戦いで起きる、周りがゆっくりになる現象は想像できる。
実際に少し試してみた。
――と一瞬だけ黒くなった気がした。
すぐに戻る。
≫今、黒くならなかったか?≫
「私も黒くなったような気がしました」
≫何かした?≫
「戦いの最中、時間がゆっくりになるときがあるのですが、それを再放出に当てはめてみました」
≫ゾーンか≫
≫黒くなったか?≫
≫一瞬だったからな≫
コメントが並ぶ。
「もう1度やってみます」
再度、そのゾーン状態のイメージを手の皮膚表面の電子に対して反映する。
一瞬だけ黒くなるけど、すぐに解除されてしまう。
≫黒くなったな≫
≫一瞬だけな≫
≫画面が暗くて分かりにくい≫
「長く続けようとしてもすぐに黒さが消えてしまいます。理由を思いつく方いますか?」
≫集中が切れたんじゃないのか?≫
≫黒くなったことを認識して集中が途切れた≫
≫ゾーンは注意が逸れると解ける説がある≫
「分かりました。手を視界にだけ入れて意識はしないようにゆっくりの状態にしてみます。私は手が黒いかどうか確認できないと思うので見ててください。10秒間くらいです」
結論から言うと、意識しない間は黒くなっていたようだ。
黒であることを認識したり意図的に動こうとすると黒さは解けてしまう。
服でやっても同じだった。
長さは現状15秒間くらいが限界のようだ。
≫だるまさんが転んだみたいだな≫
≫意識してないときだけ黒くなる≫
≫慣れれば意識しながらでも可能かもな≫
「分かりました。まずは繰り返し使って慣れてみます。あと、全身が黒くなってるかは別の人に見てもらいます」
≫OK≫
≫検証、面白かった≫
「私も助かりました。皆さんにはいつも助けられています。あ、でも、全力で集中してたので、ビブルス長官が戻ってきてるのか全く分かりません」
≫マジか≫
≫聞いてみるしかないな≫
「そうします」
気づくとかなり暗くなっている。
よく手が見えてたな。
私は急いで親衛隊員にビブルス長官が戻ってきているか聞くのだった。
宿舎の護衛に聞いてみたところ、ビブルス長官はまだ戻ってきていなかった。
空間把握を広げる。
長官が護衛と一緒に戻ってくる途中なのが分かった。
急いでいるようだ。
すぐに長官に駆け寄る。
「お疲れさまです」
「やはりここにいたか」
話を聞くと、中庭で何かトラブルがあり、私らしき人物が空を飛んでいったということを聞いて宿舎へ戻ってきたようだ。
「起きたことについてお話します」
「分かった。移動しよう。君たちは休んでくれ」
「はっ!」
長官は付き添っていた護衛に休むように話す。
私たちはいつもの話し合いに使っている場所へ移動した。
「防音の魔術を使います」
「ああ」
「使いました」
空間把握の範囲は広げる。
「助かる。ところで、話とはなんだ?」
「はい。中庭のトラブルの件ですが、私を暗殺しようとする刺客に襲われました」
「なに?」
簡単に経緯だけを説明する。
説明の途中、収容所の警備が2人とも外れた。
交代だろうか?
「ううむ。あのあとそのようなことがあったのか」
「貴族の奥方に暗殺者の元へ誘い込まれ、暗殺直前に『ごめんなさい』とも言われました。なんとなく罪悪感からの言葉な気がします」
「捕らえた方がいいだろうか」
「いえ、下手すると彼女が口封じされかねません。ところで、クルエンタス様をご存じですか?」
「クルエンタス議員か。彼は昔、第一軍団におられ、死線をくぐり抜けただ一人生き残った伝説を持つお方だ」
「当時、司令官だったのですか?」
「確か副官だったはずだが、なぜそのようなことを?」
嫌な予感がするというように私を見てくる。
「ここだけの話、彼を疑っています。証拠がある訳ではありませんが」
「――やはりか。理由は説明できるかね?」
「クルエンタス議員が、私を誘い込んだ貴族と一言だけ交わして別れたからです」
「それだけでか」
「貴族同士であれば挨拶しませんか? 一言だけで別れるのは不自然に感じました。しかも、貴族の奥様が私の前で違和感のある怪我をしたあとです」
「確かに挨拶もしないというのは不自然だが、それ以前に挨拶していたということは?」
「それでも一言だけで立ち去らせるというのは違和感がありませんか? ローマの懇談会のときの礼儀も詳しくはないのですが」
「一般的には貴族同士で起き得ぬ話ではある。違和感のある怪我というのは?」
「彼女が転びかけ、私が魔術で倒れないようにしたのですが、足に切り傷があり血が滴っていました。その上で、誰か医務室に連れていってくれと言われたのです」
「確かに怪しいが……。クルエンタス議員というのは信じがたいものがあるな」
「私もなんとなく疑いの目を向けている程度です。――ちょっと待ってください。すみません。今、誰かが収容所に忍び込みました」
「なに? 警備ではないのか?」
「警備は長官の許可なく収容所に入りませんよね?」
「そうだが……。警備はどうした?」
「少し前から2人ともいません。交代の時間かと思っていました」
「ううむ」
長官は深刻そうな表情だ。
「まずは、侵入者が誰を逃がそうとしているのか確認したいと思います。その上で全員捕らえます」
「――分かった。任せよう」
「ありがとうございます。では、防音の魔術を解きますね」
「ああ」
「長官はどうされますか?」
「私がいても邪魔になるだろう。ここで待機する」
「承知いたしました。それでは、捕らえた後、ここへ戻ってきます。時間は掛かるかもしれません」
「分かった。武運を祈る」
「ありがとうございます。念のため、私が外に出るときだけ灯りを消していただけますか?」
「承知した」
部屋の灯りが消える。
同時に私は素早く外へ出た。
近くに人はいないけど、遠くにいるかもしれない。
素早く収容所の建物の裏手に回る。
そのまま息を潜めた。
収容所の中を空間把握で確認する。
セーラらしき人物は無事のようだ。
ただ、異常に気づいているのだろう。
じっとしている。
収容所から出てこようとしているのは2人だ。
丁寧にも鍵を閉めている。
1人は親衛隊員の姿をしていると思う。
正式な隊員かどうかは分からない。
堂々と出てこようとしているので、隊員の可能性はある。
隊員の姿をした1人は外に出るときだけ、周辺を警戒していた。
さて、どうしよう。
言い逃れできない距離まで逃げたあとで捕らえるか。
私は古い方の影化の魔術を使ってあとをつけることにした。
白っぽい服を着ているので効果は薄いだろうけど。
2人が外へ出た。
尾行する。
ここから離れるつもりのようだ。
皇宮の敷地から出る予定なんだろうか。
向かっているのは出入り口じゃなさそうだ。
立ち止まり、何か話している。
声は聞こえない。
親衛隊の宿舎から離れ、こちらに向かって走り始めた。
私は建物に隠れたまま移動せずにやりすごした。
何事もなく通り過ぎ、そのまま裏手に駆けていく。
距離を空間把握のギリギリで保ちながら追いかけた。
皇宮の外壁はあるものの、そこまで高くない。
別の場所の皇宮の外壁から『蜂』が侵入してきたこともあった。
近くに大きめの木があり、彼らはそこで立ち止まる。
1人が促すと、もう1人がハシゴを上るような動きで移動していった。
ハシゴは誰かが用意したのだろうか。
木の枝からロープのようなものが外壁に繋がっているようだ。
1人がそのロープに移った直後、私は彼の真上から暴風を当てた。
彼が落ちる。
落ちる寸前に逆向きの暴風を送り、彼を助けた。
同時にもう1人の元へ瞬間移動。
彼は落ちる1人に気を取られていたので、頸動脈の血流を止め簡単に気絶させることができた。
落ちた彼の顎に細い暴風の魔術を当てて、意識を失わせる。
留めに頸動脈の血流を止めて完全に失神させた。
2人とも捕らえることに成功した。
私はこの2人をビブルス長官のいる部屋へ、風で運ぶのだった。
宿舎の近くへ戻ると、宿舎側2人と収容所側2人の護衛が復帰していた。
私は捕らえた2人を裏口側に置き、ビブルス長官に事情を説明してから連れてくる。
「この2人か。暗くてよく見えないな」
「1人は隊員の姿をしています」
「部屋で確認したいが、他の隊員に知られるのは避けた方が良いだろうな」
「そうですね。いっそのことミカエル――殿下の邸宅に運びましょうか」
長官が少し考える。
「承知した。のちに私も1人で向かう」
「よろしくお願いします。これはお願いなのですが――」
「なんだね」
「一応、セーラが無事かだけ確認をお願いしたいのですが……。空間把握で様子を確認してはいますが」
「分かった。彼女の無事を確認してから出ることにしよう。彼らの脱走時の様子も聞きたいしな」
「ありがとうございます」
その後、今夜の警備の人員を増やすことなどを話して私たちは別れた。
話の途中、捕らえた2人が目を覚ましそうになったので、もう1度失神させる。
後遺症とかないといいけど。
私は意識を失った2人を宙に浮かべ、ミカエルの邸宅の中庭へと降り立つのだった。
中庭に入ると、すぐにリンダさんがやってくる。
「急に申し訳ありません。どうしてもここしか思いつかなくてお邪魔しました」
名前は言わないでおく。
「な! あんた! 不作法にもほどがあるだろう?」
「本当に申し訳ありません」
頭を下げる。
ずっと頭を下げていると、彼女も落ち着いてきたようだ。
「なんだいその2人は」
「その、あまりよくない人たちです」
「――なんとなく分かったよ。殿下とルキヴィスを呼べばいいのかい?」
「はい。助かります」
「仕方ないねえ」
すぐにミカエルとレンさん、ルキヴィス先生がやってきた。
「これは予想外だなあ。場所を移した方がいいかい?」
「はい」
「ルキヴィス。通せんぼよろしく」
「昔よくやったな。実は得意なんだ」
相変わらずだ。
2人をロープで拘束してからレンさんに1人ずつ運んでもらう。
場所は、応接室になった。
ミカエルは、リンダさんに応接室使うからとだけ伝える。
私はビブルス長官が来たらここへ通して貰うようにお願いした。
「ルキヴィス先生が入ってきたあとに、防音の魔術を使います」
しばらくするとルキヴィス先生が入ってきたので、防音の魔術を使い、経緯を話した。
「1人は元怪物ハンターで皇帝の暗殺を試みた方だと思われます」
よくよく見ると、雰囲気に見覚えがあった。
元怪物ハンターの彼だと思う。
「背後に誰がいるかわかる?」
「現状は分かりません。ただし、彼を雇ったのはウァレリウス家の執事です。執事と接点のある人物はいますが、まだ話していい段階ではありません」
「口は割りそうかい?」
「誰に雇われたまでは知らないかと」
「もう1人は誰?」
「分かりません。ただ、暗殺者を逃がすために急遽誰かに頼まれた者だと思います」
「ふーん」
ミカエルは親衛隊の服を着ている彼を見て、薄い笑みを浮かべる。
――と元怪物ハンターの方が目を覚ました。
特に身動きはせずに視線だけ動かして状況を確認している。
「元怪物ハンターの方ですね? まずは、落ち着いて見ていてくださると助かります。こちらから特に危害を加えるようなことはいたしません。ただ、魔術無効は使わせてもらっています」
何も反応を見せない。
様子を伺っているだけだ。
普通なら元怪物ハンターと言い当てられて動揺しそうなものだけど。
もう1人が目を覚ます。
「こ、ここはどこだ? なんだお前らは!」
動揺している。
情報を引き出すならこっちの人か。
私に尋問とかできるかな?
「すぐにビブルス長官がやってきます」
「長官が? 俺はどうなる?」
この受け答えからすると親衛隊員っぽいな。
「分かりません」
「というかお前は誰だ。女のくせにどういうことだ」
「本日、陛下の護衛をしていたアイリスです。闘技会へも出場していました」
「お、お前があのアイリスだと」
「はい」
彼が初めて顔を上げて私の顔を見た。
すぐに目を逸らされる。
「なんで、いや――」
「隣の彼を捕らえたのも私です。つまり、陛下の護衛としてあなた方を捕らえた訳です」
彼は黙った。
そこで玄関にビブルス長官がやってきた。
しばらくすると、リンダさんが近づいてきたので、防音の魔術を解除する。
元怪物ハンターの彼は魔術の解除に気づいていると思うんだけど、反応しない。
徹底してるな。
「ビブルス様がいらっしゃいました」
「お入れするように」
レンさんが言うと、長官が入ってくる。
元怪物ハンターはそのレンさんに視線を向けた。
「お疲れさまです、ビブルス長官。差し出がましい意見ですが、こちらの場所については発言しないでいただけると助かります」
「分かった」
一応、ここがどこで誰がいるかは伏せておいた方がいいと思う。
ミカエルは顔でバレるかもしれないけど。
今のところは奇行もなく大人しい。
「さて、テルティウス副隊長」
ビブルス長官が、捕まった1人に話しかけた。
「何か申し開きはあるか」
「いえ、その私は頼まれただけで」
「誰に頼まれた?」
「そ、それは、し、知らない誰かです」
「知らない者に頼まれて暗殺者の脱走の手伝いをしたと?」
「あ、暗殺者?」
「それでどうなんだ?」
「い、いえ、脅されて」
「頼まれた場所はどこだ?」
「えーと、どこでしたっけね」
長官の顔が険しくなっていく。
このテルティウスさんは脱走の手伝いに向いてなさそうな気がする。
でも、彼って副隊長なんだよな。
騎士階級なのかもしれない。
確認をとった上、直球で聞いてみてもいいか。
「長官。私が話してもよろしいですか? 踏み込んで聞いてしまうかもしれませんが」
「そうだな。任せる」
「ありがとうございます」
「テルティウス様。お話させて貰ってよろしいですか?」
「な、なにをするつもりだ」
「陛下の護衛としてお話をさせていただくだけです」
何も言わない。
話を続ける。
「私は妃陛下に快く思われていません」
「なんの関係がある?」
「テルティウス様は親衛隊の皇妃派のどなたかに頼まれたのではないのですか?」
彼は声こそ出さなかったが息を呑んだ。
「長官。テルティウス様の処遇はどうなる予定ですか?」
「親衛隊は解雇。さらに裁判に掛けることになる」
「さ、裁判……」
「テルティウス様が裁判で有罪になるとどうなるのですか?」
「皇帝の暗殺者を脱獄させたともなれば、最低でも勘当はされる。名誉のための自死を命じられることも十分にあり得る」
「こ、皇帝の暗殺……」
テルティウスさんは真っ青だ。
皇帝の暗殺者ということを知らなかったのか。
あと、名誉が出てくるということはやっぱり騎士階級なんだろうな。
「自死とは……。その、穏やかではないですね」
「皇帝を守るべき者が、刃を向けた賊に組みしたのだ。家の名誉のためにはそうせざるを得ない」
「例外なくですか?」
「家長にもよる」
「長官はテルティウス様のお父様のことをご存じなのですか?」
「存じている。厳しい方だ」
テルティウスさんの指が震え始めた。
お父様のことを思い出したのかもしれない。
「仮にテルティウス様が暗殺者を脱走させていない、とした場合はどうでしょう?」
「――そうだな。裁判は行われない。さすがに親衛隊は辞めてもらうが」
長官は少し笑ってから真剣な表情で言った。
「実際のところ可能でしょうか?」
「一連の出来事はここにいる者しか知らないのでな。可能ではある」
「もちろん、ただで、という訳にはいかないよねえ。自死から逃げられるんだから見合う労力を払ってもらわないと」
ミカエルだ。
隠れたまま言った。
テルティウスさんは、縋るように長官と私の顔を見てくる。
≫絶望させたあとの希望ぶら下げは効くぞぉ≫
≫アイリスもワルよのお≫
≫成長? してるな≫
意図はなかったけど、テルティウスさんがこちらの頼みを断れない状況にしてしまったのか。
救う条件を示せば飛びつかれるかも。
でも――。
「一度整理しましょう。テルティウス様は陛下の暗殺者を助けることになるとは知らなかった。そうですね?」
「そ、そうだ!」
「何を助けろと言われたんですか?」
「不当に捕まった人間いるので、逃がしてくれと。金を借りていたのでつい……」
「怪しいとは思いませんでしたか?」
「思ったさ。でも断れないだろう。利子を考えるとか言われたら」
そ、そうなんだ。
いろいろな考え方があるな……。
≫なんだその理由≫
≫騎士階級って金ないのか?≫
≫ウァレリウス家みたいに貧乏とか?≫
横目でビブルス長官をみると、困った顔をしている。
「長官。先にテルティウス様の処遇をどうするか決めてもよろしいでしょうか?」
「――この件の進め方は全て君に任せよう。隊としてどう判断するかは別の話だが」
「感謝いたします」
「なんで先に決めるの? 脅しちゃえば?」
ミカエルが顔を出す。
どういう意図か読めない。
第二皇子とバレるよりも、ここで口を挟んだ方が良いと判断したんだと思うけど。
「私の我が儘です。このやり方が苦手なので」
「僕が脅そうか?」
「脅すってなんだよ?」
彼はミカエルを見た。
驚くような顔を見せる。
「お、皇子」
「そうだよ。ここは僕の家だからね」
テルティウスさんが硬直した。
「し、し、失礼いたしました!」
彼は拘束されたまま頭を下げる。
元怪物ハンターの彼は身動き1つしないな。
「殿下に人を脅させるように真似はさせられません」
「ちぇ。絶対簡単なのに」
「脅すというのは……」
独り言のようにテルティウスさんが言った。
自分のことなので気になるんだろう。
「このままだと君は死ぬしかないんだよ? ちゃんと分かってる?」
はっきり言われてショックを受けているのか何も言えない。
「君が死なないようする代わりにこっちに付けってこと。分かった?」
言葉はともかく分かりやすい。
ミカエルは、彼に分かりやすく現状を認識させたいのかも。
「――感謝、いたします」
「テルティウス様を脅す話は置いておいて、彼の位置づけを決めませんか?」
場はなだめるように言ってみた。
≫結果として飴と鞭になってるな≫
≫良い警官・悪い警官的な尋問≫
≫これが狙いか、ミカエル!≫
「僕は部外者だからね。脅したいけど我慢するよ」
「ありがとうございます。私個人の案としては、テルティウス様は脱走の手伝いを思いとどまった方向にしたいです。鍵は入手したものの、直前で思いとどまったという結末です」
「その場合、俺はどうなる?」
「親衛隊は自主的に辞めていただくことになります。本件で派閥には居にくくなると思いますし」
「甘すぎるんじゃないの?」
「そうですね。暗殺未遂犯を逃がした罰としては軽いかもしれません。しかし、テルティウス様としては、軽い気持ちで行ってしまったと推察いたします」
「こんなことになるなんて思わなかったんだよ」
「皇帝暗殺未遂犯を逃がしたことが分かっている現在はどのようにお考えですか?」
「実感がない。でも、死罪になってもおかしくないんだろうな。とんでもないことをした。怖え」
今度は身体から震えている。
「お前は怖くないのか?」
テルティウスさんが元怪物ハンターに声をかける。
「依頼は失敗した。報いは受ける」
何の変化もないその声色にゾッとした。
彼がどうして怪物ハンターになったのかとか、どういう経緯で辞めたのかとか気にはなる。
「なんでそんな風にいられる?」
彼はテルティウスさんの問いには答えなかった。
答えたくないのか、彼自身にも分からないのか。
「失礼ですが、話をテルティウス様に戻させてください」
仕切り直す。
「テルティウス様は、自身の行いによる罰がどのくらいまでなら受け入れられますか?」
「こんな場でそれを答えろと」
「是非」
親衛隊長官と皇子の存在が良い圧力になっている。
甘い要求はできないだろう。
「――勘当はされたくないな」
「長官、可能でしょうか?」
「自主的に親衛隊を辞めるのであれば可能だろう。しかし、ただ身勝手に辞めたというのは少々苦しいのではないかね?」
「鍵を不正に入手したことに関して、お父様にだけ伝えるのはいかがでしょうか? その上で、親衛隊が自主的な脱退を促したという形です」
見渡してから話を続ける。
「勘当までは至らないと考えていますがいかがですか?」
「各々の家系で異なるだろうが、恐らくは勘当まではないだろう。当然、厳しい叱責は受けることになる」
「叱られるのは慣れています。期待もされていません」
テルティウスさんが半笑いで言った。
それはどうなんだろう。
「僕らは何も見てないし聞いてないよ。でも長官に借り1つだね」
「感謝いたします、ミカエル皇子」
皇妃派でも第二皇子派でもないビブルス長官にとっては、重い借りな気がする。
私の言い出したことなんだから、私こそ長官に借りができたな。
「では現在、皇帝臨時護衛の任についているアイリスの案で行く。問題はないか?」
頷く。
何かあったら私が率先して動こう。
「アイリス。確認のためまとめてくれるか?」
「はい。テルティウス様は、暗殺者を逃亡させる依頼を受け、鍵を盗んだものの怖くなり逃亡。その結果、親衛隊からは自主的に辞めることとなります」
一呼吸置く。
「暗殺未遂犯の彼は、別の収容所に移送する予定とします。これは長官が逃亡計画の噂を知ったためです。これでいかがでしょうか?」
「問題なさそうだな」
長官が見渡す。
テルティウスさんは黙って一点を見つめていた。
何か言おうとしたがすぐに口を閉じる。
「それでは、今のアイリスの案で決定とする。次はどうするつもりだ?」
私に聞いてきた。
「次はテルティウス様へのお願いですね。私の希望としては、首謀者の言質をとりたいです」
「言質をとる? どうやって?」
「テルティウス様に命令した人の元へ、暗殺未遂犯の彼を連れていってもらいたいです」
「なに!」
驚く長官。
ミカエルは楽しそうにへらへら笑っている。
「お2人が首謀者の目の前に現れることで、何らかの発言を期待できます」
「発言しなかったらどうする?」
長官が副官的な役割をしてくれている。
「テルティウス様に交渉していただきます」
「俺が? 何を言えばいい?」
前のめりなのはありがたい。
「『陛下の暗殺未遂犯を脱走させるなんて聞いてなかった。借金を帳消しにして欲しい』のような交渉です」
「そのくらいなら俺にもできそうだな。事実、むかついてる。でもなあ、奴には子飼いの強いのが付いてるんだよ」
「スカロか」
ビブルス長官だ。
「もう言ってしまいますがそうですね」
スカロという親衛隊員がついてるのか。
その彼が護衛している首謀者は絞られると。
「ふぅ。アイリス。どうやら、首謀者は君も会ったことのある隊長のようだ」
「私がお会いしたことのある隊長と申しますと……」
思いつかない。
「会ったのは襲撃の夜だ」
襲撃。
たぶん、ウァレリウス邸が襲撃されて、来ていたのに何もしなかった隊長か。
「理解いたしました。お名前までは存じておりません」
「疑惑の段階で名を出すのははばかられるな。後に分かるだろう。彼は親衛隊の皇妃派ナンバー2でもある」
「承知いたしました」
「ところでアイリス。スカロのことだが、離れていてもなんとかできるものなのか? エレディウスほどの強さはないはずだが」
「魔術が使えればなんとでもできると思います。魔術無効を使われていると難しいですね」
「魔術無効は使えないと聞いている。どうなのだ? テルティウス副隊長」
「聞いたことはないですね。隊が違うので、詳しい訳ではありません。しかし、彼女はスカロをなんとかできるんですか? 話題の剣闘士とはいえ」
「魔術が使える状況であれば問題ないだろう。彼女に対抗できる親衛隊員はいない」
「そうなんですか」
「現に捕まったのだろう?」
「何が起こったのか分からず実感がありません」
「普通、親衛隊員と暗殺者相手に、何が起こったか悟らせずに捕らえることはできんだろう」
「そうなんですけどね。実感があるかないかの話なので仕方ありません」
テルティウスさんは余裕が出てきたのか肩をすくめる。
私に足りてないのは怖さなんだろうな。
ゼルディウスさんとか、居るだけで周囲を威圧してるからな。
「テルティウス様がお望みでなければ、この作戦に参加なさらなくても構いません」
「誰がやらないと言ったよ。こっちもむかついてるんだ。道連れにしてやりたい。ただ、スカロをどうするのか聞きたいだけだ」
「協力してくださるのならば全力でサポートいたします。長官、もしものときは宿舎を壊してもよろしいでしょうか?」
「もしものときとは、どのようなときかね」
「周辺全てに魔術無効が使われていて、魔術が使えないときです。私の経験からすると、そのようなケースは滅多にありませんが」
「魔術無効が使われているのに、魔術が使えるのか?」
「いくつか方法があります」
思いついたのは、上空に岩を浮かせておいて落とすとか、何か硬いもので部屋を壊すなどだ。
魔術無効の範囲が広い場合もあるから、他の方法も考えた方がいいだろうな。
「分かった。壊すことを許可しよう。今回の件を無事に終えることの方が重要だ」
「感謝いたします」
≫今日できた影化の魔術を使うのはどうだ?≫
≫影化の魔術は使うと動けないのがなあ≫
≫灯りを消して潜り込むとか?≫
影化の魔術か。
この大事な場面で使うのは不安だな。
≫元怪物ハンターに依頼するのはどうだ?≫
≫冗談半分だが≫
そんな考え方もあるのか。
思いつきもしなかった。
受けてもらえる可能性はあるんだよな。
仮に元怪物ハンターの彼が処刑ではなく猛獣刑となるなら、彼がお金を持つ意味はある。
それに、協力してもらうなら正式に依頼した方がいいんじゃないだろうか。
「長官の考えで構いませんが、暗殺者の彼が猛獣刑となる可能性はありますか?」
「あるな。ローマへの反逆行為の場合、見せしめのためもあり猛獣刑が選択されることが多い」
「では生き残る可能性もあるということですね」
「そうだな。なぜ、それを今、確認する?」
「いえ、彼に依頼しようと思いまして」
「依頼? どういうことだ?」
「私たちへの協力と、テルティウスさんを守ることを依頼したいのです」
「なに!」
「彼が依頼を受けてくれるなら、親衛隊から依頼料を出すことはできますか?」
「いや、それは問題ないが……」
「元怪物ハンターの貴方はなんと呼べばよろしいですか?」
彼に見られた。
「――ファルゴだ」
「ありがとうございます。では、ファルゴ様。今、依頼すれば受けていただけますか?」
「そうだな。構わない」
≫即答!≫
≫受けるのかよ!≫
≫何が起きてるんだ?≫
≫暗殺未遂犯に依頼とか面白い≫
≫頼む方も頼む方なら受ける方も受ける方だ≫
言っておいてなんだけど、受けてくれるんだ。
「依頼内容は、彼、テルティウス様の護衛と、偽りの証言に協力することです。依頼料はいくらになりますか?」
「護衛か。――金貨2枚だ」
「長官」
「分かった。いいだろう」
侍女としての私の月収の1金貨、親衛隊の年収が5金貨だったはず。
相場は分からないけど、そんなものかとは思う。
「では、正式に依頼いたします。書類等は必要ございますか?」
「必要なのは依頼料の半額を前金、成功報酬として残りの分だ。後の接触を控えたいのであれば前金で全額貰う」
「承知いたしました」
痕跡は一切残さないということか。
「依頼料を渡したあと、金貨をどう管理するつもりかね?」
ビブルス長官がファルゴさんに聞いた。
「アイリスと言ったか。階級は?」
ファルゴさんは長官の問いには答えず、私に話しかけてきた。
「解放奴隷です」
「では貴女に依頼料を預けたい。半額は報酬として渡す」
「わ、私にですか?」
「断っても構わない」
私が断ったらどうなるのか分からない。
ここで立場がなく、しがらみがなさそうなのは私かルキヴィス先生くらいしかいない。
彼はルキヴィス先生のことを知らないから私に頼むしかなさそうだ。
「承知いたしました。預からせていただきます。ただし、私の報酬は2割程度でお願いします。理由は依頼に成功してもらいたいからです。他に条件はございますか?」
金銭で動く人からはちゃんと報酬を受け取った方が納得してもらいやすい気がした。
「依頼が終わったあと、俺が死んだ場合の依頼料の扱いについて伝える」
死んだ場合か。
誰かに渡すということだろうか。
「承知いたしました。依頼の成功後に、誰もいない場所でお聞きします」
「ああ。では、依頼について話してくれ」
長官とテルティウスさんも交えて、作戦について話す。
護衛のスカロ隊員についても話を聞いた。
「もしもの場合は3つ数える程度の間、ご自身とテルティウス様を守ってください。その後は私がなんとかします」
「分かった」
「十分に余裕があればで構いませんが、殺さないでくださると助かります」
「殺しはしない。殺す仕事でなければな」
そういう主義の人か。
通路にいた親衛隊員2人が殺されていなかったのもそれが理由なのかもしれないな。
――それにしても、私っていつの間にか物騒な考えするようになってるな。
「承知いたしました。よろしくお願いします」
「作戦はいつ行うつもりだ?」
長官が聞いてくる。
「今すぐに行うのが良いと思います。その前に依頼料をいただきたいのですが、大丈夫ですか?」
「い、依頼料も今か。前払い分の金貨1枚でよいか? 残りは成功後に払う。今は持ち合わせがない」
私はファルゴさんの方を向いた。
「構わない。確認する」
彼は長官から金貨を受け取り、形などを簡単に確認していた。
「ミカエル殿下。お手数ではありますが証人になってくださいませんか?」
「――そうだね。うん、いいよ」
彼にしては珍しく即答じゃなかったな。
ファルゴさんが金貨を確認し、問題ないことを告げ、ミカエルがその証人になると宣言した。
最終的に金貨が私の手に渡る。
見た目より重いな。
これがゴールドか。
「確かに預かりました。それでは作戦を決行しましょう」
作戦は言葉にすると簡単だ。
テルティウスさんがファルゴさんを連れて首謀者の元へ行く。
その上で、収容所からの脱走を成功させたと虚偽の報告するだけだ。
借金取り消しの証書も用意した。
話の流れで言質がとれなかった場合は、この証書を使って交渉し、証言を引き出す予定だ。
でも、これを自然に行うのは難しいと思う。
勘づかれる可能性もある。
ただ、用意しないよりはいい。
私たちはミカエルの邸宅を出て、親衛隊の宿舎に向かった。
外はすでに暗い。
「まさかとは思いましたが、本当に皇子の邸宅だったのですね」
邸宅を見ながらテルティウスさんがつぶやく。
「滅多なことじゃ男は中に入れないからね」
「は、入ることができて、光栄にございます」
ミカエルもついてきている。
ルキヴィス先生も一緒だ。
やんわりと止めたけど、「証人になるって言ったよね」と訳の分からない理屈で押し通された。
まず、私と長官、そしてファルゴさんとで皇妃派のいない宿舎に入る。
宿舎ではファルゴさんを親衛隊服や鎧に着替えさせた。
剣も持たせる。
「違和感ないな」
「そうですね」
着替えたファルゴさんは反応を見せなかった。
その状態でミカエルやテルティウスさんと合流し、皇妃派のいる宿舎の区画へと入った。
外で魔術を使えることは確認した。
壊すときは、暴風でいけそうだ。
長官を先頭に、隊長の部屋へまっすぐ向かう。
護衛に対しては、誰が来ても通すなと言い含めた。
そうして、皇妃派の隊長の部屋へとたどり着く。
部屋の中には3人いる。
首謀者である隊長。
護衛の1人はスカロの特徴と一致する。
もう1人は誰だろう。
護衛なんだろうけど。
私は薄暗い中、部屋を指さしてから3本の指を立てた。
皆頷く。
最初は、テルティウスさんとファルゴさんにドアの前まで行ってもらった。
特に中の3人にリアクションはない。
少なくとも空間把握を常時発動している訳じゃなさそうだ。
私は他の3人に手で合図を送ってドアの前まで移動した。
薄暗い中、全員とアイコンタクトを取る。
緊張感の中、テルティウスさんがノックした。
「ムキニウス隊長。テルティウスです」
しばらく反応がなかった。
「入れ」
ドアを開けテルティウスさんとファルゴさんが入っていき、ドアを閉めた。
私はドアの開閉の瞬間にほんの少し部屋の空気を動かす。
問題ない。
部屋の中でも風の魔術は使えそうだ。
これで暴力沙汰は対処できる。
私は空間把握を風の魔術を使ったものに切り替えた。
「誰だそれは」
「例の男です」
「なぜ連れてきた」
「連れてこないと成功したかどうか分からないでしょう?」
テルティウスさんは怒りのせいか、肝が据わっている。
「時間が掛かったな」
「ほとぼりが冷めるまで隠れてたんです」
「なかなか現れなかったのはそういう訳か」
「何の話です?」
「スカロ」
スカロと呼ばれた男がドアの前を塞ぐ。
もう1人の男も静かにテルティウスさんの横へ移動した。
2人とも剣を抜いている。
ごく自然にファルゴさんも剣を抜く。
「ど、どういうことです?」
ムキリウス隊長は何も言わずに剣を抜き、そのままテルティウスさんへ剣を振り下ろした。
ファルゴさんが素早く剣で防御する。
ただ、私の暴風の魔術が一瞬早く、ムキリウス隊長の剣を側面から弾いた。
「貴様、なぜ助ける?」
「依頼以外の殺しはしない」
「くだらんな」
「俺の口も封じるつもりだろう?」
「ちょっと待ってくださいよ、ムキリウス隊長。なぜ、俺たちを殺すんですか? こいつをわざわざ助けた意味がないでしょう?」
「お前がその男をここに連れて来たからだ。もっとも、お前については最初から死んでもらうつもりだったがな」
「そ、そんな」
「貴様のようなキンティリアヌス家の面汚し。始末しても感謝こそされ、恨まれることはあるまい」
「最初から使い捨てのつもりで鍵を俺に渡したのかよ」
「言葉遣いがなってないな」
「渡したのかよ」
低い声だ。
「そうだ」
「――鍵を渡したのは皇帝暗殺に失敗したこいつを脱走させる目的でだな?」
急に演技を止めたような冷静な声になった。
「なにを?」
「皇帝暗殺を失敗したこいつを脱走させるのがお前の目的だったかって聞いてるんだよ」
「そうに決まっているだろう。いったいなんだというのだ?」
「だとよ。やってくれ!」
彼は剣を抜き、防御の態勢をとりながら大きな声を出した。
無茶するなあ。
私は3人を同時に壁に吹き飛ばす。
激突の瞬間から、数秒間真空の魔術を使って窒息させた。
「相手は3人。全員、無力化しました。突入します」
私は言って、ドアを開けて踏み入る。
入り口にいたスカロの頸動脈の血流を止め、意識を完全に失わせた。
剣を奪って部屋の端に滑らせる。
「長官。拘束してください」
すぐにもう1人の男性の意識も奪う。
ムキニウス隊長も同じように意識を奪った。
これで3人ともしばらくは目を覚まさない。
「他の2人の拘束もお願いします」
拘束はビブルス長官が行う。
他に頼める人がいない。
長官なのに雑用……。
「見事なもんだね」
言いながらドアのところにいたミカエルが入ってくる。
ルキヴィス先生も隣にいる。
「最後のあれも魔術か」
「はい」
先生の問いに答えた。
「便利そうだな」
「今の私だと、無力化するには欠かせません」
「俺もあれをされたのか……」
テルティウスさんがつぶやく。
「左様にございます」
3人の拘束を終えたビブルス長官が「人を呼んでこよう」と外へ出ようとした。
ミカエルが私を見た後にルキヴィス先生を指さす。
確かに護衛は必要か。
「先生。護衛として長官についていってもらえませんか?」
「了解」
長官とルキヴィス先生は出て行った。
さて、3人もそろそろ意識を取り戻しそうだ。
こちらのメンバーは4人。
私、ミカエル、テルティウスさん、ファルゴさん。
話をするのは私しかいないか。
3人が徐々に意識を取り戻していく。
一応、防音の魔術を使っておいた。
長官たちが戻ってきたら解除しよう。
「お目覚めですか? ムキニウス隊長」
「ん? お、女?」
彼はキョロキョロした。
自分の部屋なことには気づいたようだ。
すぐにテルティウスさんの存在に気づく。
ミカエルは彼の背後に隠れている。
ムキニウス隊長は動こうとして、自分が拘束されていることに気づいた。
「何だ、これは」
「失礼ですが、捕らえさせていただきました」
「なに?」
当たり前だけど、彼は状況が分かっていない。
「誰だ、お前は」
「陛下の護衛にございます」
顔色が変わった。
周りを見て、部下2人が拘束状態なことに気づいたようだ。
「誰か! 不審者だ! 部屋に不審者がいる!」
「残念ですが、この部屋へはどなたも参られません」
私はわざと静かに言った。
彼の顔がひきつる。
「このような無法が許されると思っているのか」
「貴方は、皇帝暗殺未遂の関係者として捕らわれました」
「暗殺未遂だと? 小娘がいい加減なことを。誰が信じる。犯罪者はそこの2人だろう」
「お2人は協力者にございます」
「協力者だと?」
「申し訳ございません。彼らがこちらに来たこと自体がムキニウス隊長を捕らえるための罠でした」
「――は?」
「ムキニウス隊長。貴方は、皇帝暗殺未遂の彼を逃がすように指示したとお認めになりました。その言質を取るための罠でした」
「な、な、な……」
パニック状態のようだ。
その姿を見て冷静になり、私は自分で思っていたより腹が立っていたことに気づいた。
「わ、私とお前とでは立場も何もかも違う。誰がお前の言うことなど信じるものか」
「僕も君の発言聞いてたんだけど、僕の言うことでも信じてもらえないかな?」
ミカエルが彼の前に姿を表す。
「お、皇子。なぜここに」
「ちなみに親衛隊長官のビブルスも君の発言を聞いていたよ。今、隊員たちを呼びにいってるみたいだね」
笑顔で楽しそうに話す。
隊長は口をパクパクしてるだけになった。
それからビブルス長官が隊員たちを連れてきて、隊長と他2人を正式に捕らえる。
どことなく気品がある隊員たちだったので、騎士階級なのだろう。
ムキニウス隊長の部下たちが何か起こすと身構えていたが、彼らは呆然としていた。
唯一、皇妃派の隊長の1人だけが「どういうことだ」と長官に詰め寄っていたが、皇帝暗殺未遂の関係者と言われてそれ以上は追求できなかった。
私、ミカエル、ルキヴィス先生、テルティウスさん、ファルゴさんは少し離れて見ている。
私は何が起きても対処できるように気を張っていた。
「思ったより楽しかったね」
「俺とは趣味が違うな。おかげで護衛に専念できたしよしとするか」
「君はどう楽しかったかい?」
ミカエルがテルティウスさんに聞く。
「は、はい。そうですね」
「本音で話しなよ。君を陥れた相手が破滅して気持ちよかったんじゃないの?」
「それは、まあ」
「最後の啖呵とか格好良かったよ」
「そうですか? 実は……」
何か話が盛り上がり始めた。
「ファルゴ様。依頼料の件について、今、話せますか?」
私はファルゴさんと一緒に、彼らから離れた。
「受け取った依頼料は私がどこかへ持って行くということでよいのでしょうか?」
「頼めるか」
「もちろんです。場所を教えていただけますか? 他言はしません」
「そうだな」
話によると彼には歳の離れた弟がいるらしい。
養育院にいるのでそのお金を渡して欲しいとのことだった。
はっきりいって養育院にはあまりよい印象がない。
「養育院の名前をお聞かせくださいますか?」
「ドムス・リベロルム」
聞いたことがないので安心する。
ウァレリウス邸を襲撃した養育院は最初に「カ」が付いていたはず。
カリタティスだったっけ?
ただ、彼の言う養育院――ドムス・リベロルムについても一応調べた方がいいかもしれない。
「ありがとうございます。養育院への寄付金として届ければいいのでしょうか?」
「ああ」
「ファルゴ様のお名前をお伝えした方がよろしいでしょうか?」
「出さなくていい」
「承知いたしました。それでは届けたらまた報告します。このことはこの世界の誰にも話しません」
養育院に問題があれば、ファルゴさんに聞いてから処理することにしよう。
≫今、『この世界』って言ったぞ!≫
≫俺らには話すってことだろうな≫
≫もう聞いちゃってるしな≫
私たちはミカエルの元へと戻った。
次は皇妃への対処のことを考えないといけない。
恐らく、今回のことは明日にでも彼女へ伝わる。
彼女は激昂し、なんらかのリアクションを起こしてくるだろう。
起きるのはビブルス長官への嫌がらせかな。
長官には、セーラと話してもらって皇妃への対抗を考えてもらった方がいいかもしれない。
セーラにお願いだけして帰ろう。
対抗して私にもできることはある。
皇妃が激昂するようなことを他でもいくつか起こせばいい。
同時に対処するのは難しい気がする。
あとは私を暗殺しようとした方面も気になる。
クルエンタス議員は私の暗殺に関わっているんだろうか?
彼と皇妃の繋がりはどうなんだろう。
その前に私に「ごめんなさい」と言ったあの貴族の奥様か。
彼女たちのことはソフィアに聞いてみよう。
私って頼りに出来る友だちが多いな。
ありがたいと思いつつ、今回の顛末を見届けるのだった。




