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第179話 策略の宴

前回までのライブ配信


アイリスはレオニスとの試合に勝利し、剣闘士第13位に任命される。閉会式では皇帝暗殺を察知し、護衛を果たした上で暗殺者たちを制圧するのだった。

 私はアリーナへの通行口にいた。

 足元には元怪物ハンターが倒れている。


 マリカに風の魔術で合図して、身振り手振りで助けを呼んで貰った。

 そうして、元怪物ハンターと他の2人を親衛隊に引き渡す。


 ビブルス長官もやってきてくれた。


 3人の取り調べをするそうだけど、彼らは恐らく何も知らないと思う。

 一応、ウルフガーさんの司法取引について長官に話してみた。


「情報と引き替えに減刑しろということかな?」


 珍しく厳しめに問われる。


「あくまで『お願い』です。難しいのであれば、別の方法を考えます」


「君の『考えます』は怖いからな……。分かった。私の方も考えておこう。今回の君の護衛の功績はかなり大きい」


「ビブルス長官の『考えておこう』は安心しますね。私の功績は考慮しなくて構わないので」


 長官は苦笑していた。

 なお、通路にいた親衛隊2人は意識を失い、拘束されて部屋に放置されていたらしい。


 その後は、皇帝の邸宅へと戻り、マリカと久しぶりに同じ部屋で眠った。

 皇帝の隣の部屋だったけど、いろいろ配慮してくれたみたいだ。


 マリカとは、皇帝の護衛の話をして、元怪物ハンターの引き渡しの話をした。

 そのあとは、ウァレリウス邸での仕事の話とかのお互いの最近の話。


 ソフィアの話は掘り下げることになった。

 最終的には闘技会での互いの話になったけど、疲れているのか安心しているのか、マリカはうとうとし始め、いつの間にか寝ていた。


「おやすみ」


 私は、彼女の寝息を聞きながら眠りにつくのだった。


 翌朝となり、再びマリカと皇帝の護衛につく。


 今日はペルシアとの外交がメインだ。

 両国の知らない貴族もいるし、まだ暗殺者もいるかもしれない。

 気は抜けない。

 夕方からは懇談会が予定されている。


「本日はどのような参加者がいらっしゃるのでしょうか?」


 皇帝に対して質問する。


「そなたが知ってる人物だとカトーが来る予定だ」


「か、カトー議員ですか」


「パラスターナを事実上の属国にしたのは、カトーだからな」


 皇帝が嬉しそうに言う。

 そ、そういえばそうだったか。

 何かずいぶん久しぶりに顔を合わせる気がするな。


 ≫誰だ?≫

 ≫カトー!≫

 ≫何か久しぶりな気がするな≫


「彼が苦手かね」


「苦手という訳ではございませんが、なんと申しましょうか。ある程度は有能でないと相手にしないぞという圧を感じて、心構えが必要となります」


「なるほど、分かるような気がする。そなたならば問題ないと思うがな」


「ご評価いただき光栄です」


 それから馬車で皇居を出て丘から降りていった。

 ペルシア使節団との交渉が行われるのは、元老院の議会が行われる場所だ。


 到着すると、カトー議員が周りと話していた。


「よっ、アイリス。活躍は聞いてるぞ?」


「カトー様、ご無沙汰しております」


 私は丁寧に礼をした。


「おほっ! 見違えたな!」


「過分なご評価、光栄にございます」


 笑顔を返した。


「かぁあ!」


 額をペチッと叩いている。

 なんだろう、この人。

 周りがスルー気味なのも怖い。


「ラデュケは元気に過ごしております」


「そいつは良かった。楽しくやってそうか?」


「左様にございます」


 そのあとは皇帝と体調のことなどについて話していた。

 皇帝は議会にもう出ているらしいけど、カトー議員とちゃんと話すのは私と話したとき以来らしい。


 話は次第に本日の議題へと進んでいった。


 議題はセーラの祖国でもある、パラスターナについて、どこを落としどころにするかの情報共有だ。

 ローマに利益が出るのなら、ペルシア側の要求をある程度飲んでもいいという話だった。


 また、皇帝はローマがパラスターナを攻めたときに、砒素の影響で思考がはっきりしていなかったらしい。

 その確認でもあったようだ。


 さっき皇帝がおっしゃったように、パラスターナを事実上の属国したのはカトー議員だ。

 皇妃派はローマに組み入れるように言ってきたが、カトー議員は形式的に独立を保つよう言いくるめたそうだ。


 ≫パラスターナってどこなんだろうな?≫

 ≫現在のアルメニアかシリアでしょうね≫

 ≫名前からするとシリアっぽいな≫

 ≫シリアは今も紛争の絶えない地域だな≫


 地理はあまり勉強してこなかったので、場所がどこか分からないんですけど。


 ≫どこだ?≫

 ≫トルコの東がアルメニアで南がシリアだな≫

 ≫緩衝地帯なので独立国で正解かと思います≫

 ≫組み入れたらペルシアとの火種になります≫


 つまり、カトー議員は正解ということか。

 緩衝地帯というのがよく分かってないけど。

 直接ぶつからないように間合いを空けてるようなものだろうか。


 情報共有ができたところで、場所を移動する。

 ペルシアと話し合いする場所は、皇宮ではなく議会の方で行うらしい。


 到着し、挨拶をすませ、すぐにペルシア側との話し合いになった。


 議題は想定通りパラスターナについて。

 特に、ペルシアからパラスターナへの通行料が高いことについて。


 通行料は、パラスターナの治安を維持しているローマ側にそのほとんどを送っている。

 その減額がペルシアの目的のようだ。


 話し合いは互いの国の外交担当が行い、間に通訳を入れて行われた。

 皇帝とカイハーン王子も同席しているが、口を出すことはない。


 互いの言い分が出尽くしたところで、国が分かれての休憩となる。


「現状をまとめてみよ」


 皇帝が外交担当の議員に聞いた。


「承知いたしました。結局のところ、ペルシアが求めているのはパラスターナへの通行料の撤廃となります」


 彼は周りを見渡した。

 言葉を続ける。


「提示されたペルシアの条件は3つあります。1つはシエナまでの通行料をなくすこと。次に少なくとも10年間の遊牧民族に対するパラスターナ国境警備の強化。最後にローマ管轄国への不可侵条約の締結となります」


 ≫シエナって中国?≫

 ≫中国≫


 不可侵条約ということは戦争を仕掛けてこないってことか。


「そなたの考えを聞かせてみよ」


 皇帝が外交担当の議員を見たまま言った。


「ペルシア側の案に加え、我々ローマ側の商人への売上税の減額や裁判権は求めてもよいのではないかと」


「なるほど。カトー議員はどう考える?」


「そうですね。そこの侍女に聞いてみましょう」


 カトー議員が私をみた。

 また無茶ぶりを。


「私も聞いてみたくはあるな」


 皇帝まで!

 ほら、外交担当の議員さんが困った顔をしていらっしゃる。

 ただ、止める気配はなかったので渋々答えることにした。


「承知いたしました。失礼ながら愚考を述べさせていただきます。あくまでも個人の意見としてお聞きください」


「はやく!」


 カトー議員……。


「確認となりますが、パラスターナから通行料を得るようなった前後で、経済への変化は捉えられておりますでしょうか?」


 高額な通行料がアクションなら、そのリアクションとしての変化も当然あるはずだ。


「経済への変化というと?」


 カトー議員が副官モードに入ったか。


「少々、思案させてください。――いえ」


 すぐに思いついた。


「例えば、ローマでのペルシア商人の売上税全体の変化は分かりませんか? 税収が目的であれば、通行料と合算することが適切かもしれません」


 頭が回り始める。


「なるほど。面白い視点だ。合算した報告は見てないな。他に確認した方がいいものはあるか?」


 と言われてもすぐには思いつかない。

 データを比較する大事さは分かるけど、社会の仕組みは全く分かってない。


「申し訳ございません。ご期待に添えそうにありません」


「そうか。では、こちらに考える時間が必要だな。ペルシアを待たせるには、どうすればいい?」


 また、難しいことを。

 こちらのアクションで、ペルシアに『待つ』リアクションをとらせる必要があるか。

 両国の友好関係は維持しながら。


「通行料を減額する条件を厳しいものにするのはいかがでしょうか? ペルシア王の権限が必要になる条件ともなれば、確認の時間がいるのではないかと」


「良い方向性だな。しかし、残念ながらカイハーン殿下にはペルシア王と変わらぬ権限が与えられてるという情報がある」


「左様でございましたか」


 悩ましい。

 カイハーン王子の一存では決められない厳しい条件にする?

 いや、関係を悪くするような厳しい条件は避けた方がいいだろうな。


 思いつかない。

 私は視聴者に協力を仰ぐために手のひらを左目に向けた。


「整理いたします。私個人の意見としましては、ペルシア側に考える時間が必要な条件を提示することが効果的だと考えておりました」


 一旦区切る。


「しかし、カイハーン殿下には王と遜色のない権限が与えられているとのこと。殿下とお話させていただいた限りでは、彼は即断で物事を決定する方です。待つ時間を得るには相応の工夫が必要かと存じます。少々、時間をいただけますでしょうか?」


 私は周りを見渡した。

 その上で手のひらを左目に向けたまま、考える振りをする。


 ≫きたか≫

 ≫難しいぞ、これ≫

 ≫人質を要求するのはやりすぎかね?≫

 ≫素直にお願いするとか?≫

 ≫こういうときはブレーンストーミングですね≫


 丁寧語さんの発言により、コメントが次第に加速していった。

 思いつきのアイデアがひたすら流れる。

 これを見て、私が選択しろってことだろう。

 人質が多い気がするが、それ以外を拾っていく。


 ≫ローマ側の法改正が必要になるとか≫

 ≫他国との調整時間≫

 ≫駐留軍との話し合いが必要≫

 ≫すでに数年先まで予算が決まってるとか?≫

 ≫駐留軍の司令官に権限があることにする≫

 ≫パラスターナに聞く≫

 ≫司令官を呼ぶ≫


 流れが速い上に難しい内容が多いので追いきれない。

 でも、1ついけそうだと予感できるコメントがあった。


 『パラスターナに聞く』だ。


「考えがまとまりましたのでよろしいでしょうか」


「もちろんだ」


「ありがとうございます。本来、通行料の決定権があるのはパラスターナ政権のはずです。パラスターナ抜きで話を進めることはできないと主張することが可能です」


 一旦区切る。


「続けてくれ」


「はい。よって、通行料について話し合うのであれば、パラスターナも交えて再度会合を開くべきということで時間を稼ぐというのはいかがでしょうか?」


「その話をした場合ペルシアはどうでてくると思う?」


「何も言えないのではないかと。何か言ってきたとしても、彼らにはローマとパラスターナの力関係の本当のところは分からないはずです。想像の域を出ない。ペルシア側はローマの主張を覆すことはできません」


「なるほどな。陛下、いかがでしょう?」


「聞いてみるとそれしか方法がないという気がしてくる」


 外交担当の議員は、良い顔はしていなかった。

 小娘が外交に意見するなんて、身の程知らずにもほどがあると私自身も思う。


 あとで頭を下げておこう。


 ただ、彼も対案は出してみるものの、カトー議員の突っ込みにうまく返せていなかった。

 結局、私の『パラスターナに決定権があるので一緒に会合を開くまで待ってもらう』案で交渉することになる。


 休憩も終わり、ペルシアとの話し合いが再開される。


 私とマリカは皇帝の後ろについていた。

 話は外交担当の議員が進めていく。

 不満そうな顔は全く見せずに、自信満々に話を進めていくのはさすがだ。


 結論は、パラスターナを含めて会合を開くこととなった。

 時間稼ぎは成功したということだ。


 ≫結局、アイリスの案が生きたか≫

 ≫すげえな≫

 ≫そっち行ってから開花したんだよな?≫

 ≫伊達にサバイバルで生き残ってきてないな≫

 ≫カトーが意図的に試練を与えてる気もする≫


 一方で、ペルシア側も成果なしでは本国に帰れない。

 パラスターナを交えた最初の会合までペルシア商人の売上税を減額するという方向で決まった。


 細かくは、現在のトルコ地域のみ限定で、ペルシアが指定した隊商(キャラバン)の売上税を減額する。

 また、軍事的にも互いに遊牧民に対する情報交換を定期的に行うなどの方向性で固まりつつある。


 見返りにローマ側の売上税も減額されることとなった。


 三国協議のスケジュールもある程度は決まる。


 ペルシア側も一定の成果があったということで、不満ではないようだ。

 ただ、カイハーン王子が自分の意見を発言しなかったので気になった。


「この後、懇談会を用意した。良ければ参加して欲しい」


 皇帝がそう言って、会談は一区切りつき、解散の運びとなった。


 先ほど休憩した部屋に再度集まる。


「有意義な交渉であったな」


「見事でした」


 皇帝とカトー議員が外交担当の議員を褒め始めた。

 議員もまんざらではなさそうだ。


 私も「一言よろしいでしょうか」と断ってから、外交担当に差し出がましい意見だったことと、彼の手腕を遠回しに褒めておく。

 彼はプレッシャーからの解放と上機嫌さもあって、私の意見を褒めてくれた。


「光栄にございます」


 それだけ言って、あとは静かに控えていた。


 夕方近くとなり、懇談会の時間になる。

 懇談会は、皇帝の邸宅に続いている大きな会場で行われた。


 ローマ側は皇子たちや皇妃やユミルさんもいる。

 今日はルキヴィス先生も護衛としている。

 珍しく護衛っぽい正装をしているのが新鮮だ。

 ミティウスさんもいて、特に隠すことなくカイハーン王子と話している。


 主賓(しゅひん)は当然のことながらカイハーン王子とペルシアの貴族たち。

 私やマリカは引き続き皇帝の護衛についた。

 本物の皇妃が近くにいるので居心地が悪い。


 皇帝が立ち上がると、皆が注目した。


「ローマはシャーハンシャーの高貴なる使節団を歓迎する。今宵は(まつりごと)を離れ、(さかづき)を交わし、互いの文化と人となりを深める時間としようではないか」


 皇帝の簡単な挨拶と共に懇談会が始まった。

 会議でもたまに名前が出てたけど、ペルシアはローマ側の通称でシャーハンシャーが正式名っぽいな。

 ジャパンと日本みたいなものか。


 カイハーン王子は皇帝と話せる距離にいる。

 少し離れているけど、ミティウスさんもいた。


 護衛はあまり来客に視線を向けることを許されていないので、ぼんやり周辺を見ている。

 警戒は空間把握主導だ。

 暗殺者がまだいるかもしれないし。


「陛下。彼女と話しても構わないか? なあに、儀礼の範疇を逸脱したりはしない」


 カイハーン王子が皇帝と話している最中にそんなことを言った。

 私の方を少し向く。

 あの、迷惑なんですけど。


「もちろん、構わぬよ」


「感謝する」


 王子が私の方を向いた。

 笑顔を返しておく。

 確か、護衛は話を広げないようにしないとダメなんだよな。


「アイリス。明日からはどうする予定だ?」


「今回の護衛は臨時ですので、本来の職務に復帰いたします」


「では、また顔を出すぞ」


「承知いたしました。その旨、お伝えしておきます」


 また、ウァレリウス邸に来るつもりか。

 そもそも、王子はいつまでローマにいるんだろ?


 ふと、ミティウスさんに見られていることに気づいた。

 彼はフィリッパとしての私しか知らないので、見極めようとしているのかもしれない。


 急に会場がざわつき始める。


 皆の視線の先にいるのはゆっくり歩んでくる大きな男性だった。

 存在感があり華もありそうだ。


「第一軍団ゲルマニカのヴィクトル司令官だな」


 私に聞こえるよう皇帝が言う。

 そうか。

 彼がローマ最強の軍団を率いているのか。

 ゲルマニカというのは軍団の名前かな。


 直視しないように確認する。


 顔は少しだけ皇妃の面影がある。

 さすが従兄弟だ。

 精悍な顔つき。

 容姿も整っている。


 歳は40歳くらいだろうか。

 気力も体力も充実している印象を受けた。


 両脇にいる側近2人も強そうだ。


 場の雰囲気は彼に支配されていた。

 その上で彼は注目を受け止めている。

 なんとなく正当派な強さを感じた。


 その彼が近づいてくる。

 膝をつけ、深く頭を下げる。


「陛下。御身のご不調を案じつつ、ゲルマニアに地久しく御前を離れておりました。本日ご回復なされたお姿を拝謁(はいえつ)し、第一軍団ゲルマニカを代表して深い喜びと感謝を申し上げます」


「アウレリウス・ヴィクトル。国境の重責を担い、なおも変わらぬ忠誠を示したことをしかと受け取った。この身はすでに回復し、神々の加護の元、ローマは益々強くなろう。引き続き、ローマに仕えよ」


「承知いたしました。我が剣と軍団が陛下とローマを護り続けましょう」


 立ち振る舞いは見事としか言いようがない。

 皇妃の従兄弟とは思えないな。


 続けて、カイハーン王子にも短く挨拶する。

 通訳を通してだ。

 2人とも自信に満ちあふれていた。

 互いに馴れ合いはせず、余裕も崩さず、最小限の言動で、注目を引きつけていた。


 存在感に息が詰まる。


 2人が離れても少し余韻が残っていた。

 そこへミカエルがふらりとやってくる。


「やあ。こんなところで会えるなんてね」


 礼儀など知らぬといった感じでカイハーン王子に声をかける。


「知っていたのだろう?」


 普通に通訳なしで話している。


「まあね。一応、黙っておいたのさ」


「助かる」


「僕と君の仲じゃないか」


「ふっ。ところでルキヴィスを護衛に連れているのだな」


「ほら、僕って臆病でしょ。だからお願いしたんだよ」


「羨ましい限りだ」


「いいでしょ」


 周りはハラハラしていた。

 皇帝の目はにこやかでいて鋭い。


 ミカエルのあとはアーネス皇子も来たが、簡単に挨拶をするだけだった。


「私の妻を紹介しよう」


 続いて皇帝が立ち上がり、カイハーン王子を皇妃の元へ連れていく。

 私やマリカも、皇帝の護衛としてついていった。


 私は皇妃と視線を合わせないようにする。


 皇妃はカイハーン王子に、礼儀がなっていない元奴隷を相手にさせて申し訳ないと言っていた。

 私の評価を落としたいんだろうな。


 でも、カイハーン王子は平然と私を褒め、人生の中でもあの驚きは楽しいものだったと堂々と言ってのけていた。


 そのあと、皇妃に憎々しく睨まれている気がしたけど視線を合わせないようにしてスルーする。

 護衛は来客にあまり関わってはいけないのが礼儀みたいなのでよかった。


 皇帝やカイハーン王子は、皇妃から離れ、元の位置へ戻る。


 彼らは私が快く思われていないことや、皇帝が病気のときに皇妃が何をしていたかを話していた。

 カイハーン王子は、パラスターナを攻めた首謀者が皇妃だと推測しているのかもしれない。


 ミティウスさんなら勘も鋭そうだし、その辺の事情も知ってそうだとなんとなく感じる。


 一方で、皇妃にはヴィクトル司令官が挨拶をしていた。

 機嫌の悪そうな皇妃に気さくに接しているところを見ると2人の関係は良好のようだ。


 ふと、そのヴィクトル司令官と目があった。

 咄嗟に視線だけを落とす。

 笑ったように見えたのは気のせいだろうか。


 その後の皇帝とカイハーン王子は、やってくる貴族などと挨拶を交わしていた。

 カトー議員もやってきていたけど最小限の挨拶で去っていった。


 多くの貴族たちが挨拶をしていく。

 私へも多く視線を向けられた。

 昨日は闘技会でメインも勤めた訳だし、噂にもなっているんだろうな。


 その中に気になる人がいた。


 体格が良く体重が100kgを超えているような貴族の男性だ。

 歳は50歳くらいだろうか。

 もう少し若いかもしれない。

 その男性が足を引きずりながら歩いてきた。


 一見にこやかだけど、凄みは伝わってくる。

 2人の護衛も強そうだ。

 兵士のようだけど少し粗野な感じもある。


 貴族の男性は見たことがあるような。

 どこだったかな?


 考えていると皇帝やカイハーン王子に挨拶だけして去っていった。

 クルエンタスというらしい。

 私のことは見なかった。


 それからしばらくして、おどおどとした貴族の夫妻が皇帝と王子の元に挨拶にくる。

 奥様の方が、私の前で意図的に転ぼうとした。

 瞬間、暴風の魔術をコントロールして彼女を静かに地面に転がした。


「え?」


 不思議そうな顔をしている。


「大丈夫か? 怪我は?」


 夫が駆け寄り、不自然に彼女の足を確かめた。

 血が出ている。

 傷は小さく、鋭利な刃物でつけたようだった。


 そもそも、転んでもいないのに血が出るはずない。


「大変だ。誰か妻を医務室へ運んでくれないか」


 私と目があった。


「陛下、お願いがございます」


 私は言いながら周辺を警戒した。

 皇帝暗殺のための隙を作り出す芝居だと疑ったからだ。


「申せ」


「魔術を使う許可をいただけないでしょうか」


「いいだろう」


 何も聞かずに許可がもらえた。

 話が早くて助かる。

 夫が怪訝そうな顔をしたことは見逃していない。


「ノーナ、周辺の警戒を」


 マリカに言いながら私は彼女の足下へと膝をつき、「失礼します」と言いながら止血し、傷口へ血小板を集めた。


「侍女の方は、何か汚れてもいいような布をお願いします」


 彼女の侍女が慌てるようにハンカチのような布を渡してきた。

 私は創水の魔術を使いコントロールしながら、傷口を洗い流し水をハンカチに吸い込ませる。


 彼女の足の血流を調整しながら、血が止まるまで1分ほど待った。


「失礼いたしました。傷もこれで問題ないかと思われます。恐れ入りますが、当面の間は安静にお過ごしください」


「え、ええ」


「な、いや。か、感謝する」


 ≫あからさまに怪しいな≫

 ≫何か狙ってた?≫

 ≫アイリスを遠ざけて皇帝の暗殺?≫

 ≫カイハーンの護衛もいるのにか?≫

 ≫弓矢や吹き矢ならなんとか≫


 私は丁寧に頭を下げ、護衛に戻った。

 皇帝とアイコンタクトだけする。

 貴族夫婦の不自然さに気づかれたのか、警戒した様子だ。


 でも、特に何も起きずに懇談会は終わりを迎えた。


 あの貴族夫婦は僅かな時間、あのクルエンタスという貴族と話していた。

 でも、たぶん数十秒程度しか会話していない。

 短すぎて気になるな。


 私たちが退出に向かう頃、貴族夫婦の奥様の方が私に近づいてきた。


「陛下、素敵な会にお呼びくださり感謝いたしますわ。助けていただいた侍女の方に、改めてお礼を申し上げたいのですがいかがでしょうか?」


 先ほどとは違い、彼女の覚悟が決まっている。


「陛下」


 私は真剣な表情で皇帝を見た。


「承知した」


「ノーナ」


 私がワザと柔らかく声を掛けると彼女も頷く。


「ミカエル殿下もありがとうございました」


「んん? なに?」


 私は敢えて少し遠くにいたミカエルに声を掛けた。

 なにも分かってない演技をしているが、これで伝わっただろう。


「それでは失礼いたします」


 私は深く頭を下げ、護衛の場から離れた。

 そのまま黙って貴族の妻について行く。

 特に何も言わない。


 そのまま庭に出た。


 夕暮れだ。

 薄暗く、人の顔が見分けにくくなる時間帯。

 黄昏の語原は誰そ彼だったっけ?


 もしかして、狙いは私なのだろうか。

 微風を使った空間把握に変える。

 壁のそばの屋根の下まで来ると、彼女は歩みを止めた。

 私も止まる。


 外壁の上にじっとした人がいる。

 剣を持ち、私に向けて支点を作っている。

 弓や吹き矢、投げナイフなどは持っていない。


 暗殺者か。

 狙いは私だろう。

 飛び降りるときに対処しよう。


「――ごめんなさい」


 私への謝罪の言葉だろうか。

 屋根から音もなく暗殺者が飛び降りる。


 私は暴風の魔術を使った。

 彼は吹き飛び、壁に激突した。

 風の魔術で空間把握をしていたので、魔術無効(アンチマジック)が使われていないことは分かっている。


 壁に激突した瞬間に、彼の口元を真空にした。

 彼がずるずると壁から落ち、そのまま倒れる。


 私は彼の元へ歩み寄り、彼の剣を遠くに投げ、そのまま首に腕を回して血流を止めた。


 完全に彼の意識が失われる。


「驚かせて申し訳ございません。不審者がいましたもので」


「ひ、ひぃ」


 不審者への恐怖だろうか。

 それとも私への恐怖だろうか。

 刺客を差し向けても意味ないと首謀者へ伝えて貰うために、普段通りに接して恐怖を煽ろう。


「ところで、私への用事はございますか?」


 私の笑顔に彼女は首を何度も横へ振った。


「奥様の身体は大丈夫でしょうか? 何か問題はございませんか? 足の傷口は開いてないようですが」


 今度は首を縦に振る。


「ご無事で良かったです。それでは失礼いたします」


 私は意識の失った彼を少し持ち上げ、ゆっくりと宙に浮かせた。

 どうしようかと思ったけど、そのまま親衛隊の宿舎に向かうことにする。


 捕らえた元怪物ハンターも宿舎の収容所にいるだろうし、彼らの様子をみたい。


 問題は、今の私が親衛隊の臨時隊員ラピウスじゃなくてアイリスなことだ。

 皇帝の護衛をしていた話でなんとかしよう。

 私は気を失っている彼と共に宙を飛び、皇宮内の親衛隊宿舎へと向かうのだった。

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