第181話 ペルソナ
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アイリスは影化の魔術を進歩させつつ、元怪物ハンターの収容所脱走を阻止。脱走に加担した副隊長テルティウスと元怪物ハンターで皇帝暗殺未遂犯のファルゴを利用して首謀者ムキニウスの自白を引き出し、陰謀を暴いて捕らえるのだった。
私は未明に皇宮を離れた。
星空が青に浸食され始めている。
空気が冷たい。
フィリッパとしての姿になってるので、長官に許可を貰ってから皇宮の外壁を飛び越え外へ出た。
ちょうど日の出頃にオプス神殿につくように歩いていく。
ソフィアとの約束はない。
ただ、神殿は日の出とともに準備を始めるらしいのでそれに合わせて向かっている。
オプス神殿は皇宮から近いのでゆっくりと向かっていった。
神殿に近づいていくと、女性が2人いた。
更に近づいていくと、ソフィアとカミラさんだということが分かった。
私を待っている?
いや、まさかな。
「おはよう。こんな朝早くどうしたの?」
ソフィアに声を掛ける。
「ふふ。おはよう。アイリスを待ってたんだよね」
待ってた!
「カミラさんもおはようございます。ソフィアは私が来ることを分かっていたんですか?」
「オプス様の神託があったようです」
「神託……」
神託って夢でみるんだっけ。
オプス様が夢として映像をソフィアへ送り込んでいるんだろうか。
私の様子を観察されていればできないことじゃないとは思う。
観察するには光子を何かが受け取る必要があるはず。
遠くからでもそれができるのかな?
「どうしたの?」
「あ、ごめん。神託の仕組みについてちょっと考えてた」
「仕組みって。でも、面白いね。そんなこと考えたこともなかったな」
「今、考えることじゃなかったね。それで、神託の内容ってどんなのだった?」
「朝ここでアイリスと会ってるって感じだったよ。神託っていっても様子しか分からないから」
「そっか。でも、助かるよ。ソフィアを神殿からどう呼ぼうか考えてたし」
「何か連絡手段があった方がいいかもね。それでどんな話?」
「込み入った話があるからどこかで時間とれるって話。内容はクルエンタス様の話なんだけど」
「クルエンタス様って議員の?」
「うん、クルエンタス議員。以前、ソフィアが公衆浴場で挨拶してたよね」
「してたしてた。アイリスも一緒にいたっけ?」
「そのとき私は馬車の中だったね。空間把握しててね。覚えてるのは議員が片足引きずってことが大きいかな」
「そういうこと。分かった。――続きは夜か。待ち合わせはどうするの?」
待ち合わせか。
考えてなかったけど、どこがいいかな。
オプス神殿からは遠くじゃない方が良い気がする。
見渡すとサトゥルヌス神殿が目に入った。
「サピエンス神官長に許可をいただけるならサトゥルヌス神殿がいいけど、どう?」
「頼んでみる。最悪、部屋借りられなくて外になるかも」
「ソフィアさえよければ、外でもいいよ。時間がとれるのは夜の自由時間になるから、日が落ちて少し経ったくらいかな」
「了解。それなら大丈夫」
「よろしく!」
「アイリス様」
「はい」
カミラさんに声を掛けられたので返事をする。
アイリスと呼ばれるのは初めてかも。
「先日の闘技会。素晴らしい戦いでした」
「ありがとうございます。カミラさんにそう言ってもらえて嬉しいです」
「ふふ。アイリスの対戦見たあと、カミラの様子が違ったからね。私としては語り合っても良かったんだけどな」
「また機会を作って3人で話しましょう」
言ってカミラさんに笑いかける。
「アイリスが休みのときに、また公衆浴場行くのがいいかもね」
「私はそのとき不穏な状況じゃなければ大丈夫」
「不穏て」
「夜に話すけど、今いろいろあって。確定できなくてごめん」
「アイリスも大変なんだね。今回流れても、また話せる機会がくるでしょ」
「そうだね」
手を振りながら2人と別れる。
そのあとは、ゼルディウス道場へ向かった。
ナルキサスさんは起きていたので、お礼とゲオルギウスさんの家族のその後を聞く。
ゲオルギウスさんの奥さんと娘さんは、あのあと1日だけ道場に泊まったらしい。
そして、昨日の朝にゲオルギウスさんと共に帰ったとのことだった。
無事みたいでよかった。
ゲオルギウスさんの家族をさらった組織からの接触はまだないみたいだ。
「ゲオルギウスさんって昨日の夜から養成所に戻ってるはずですよね?」
彼は剣闘士としての階級がパロスじゃないので自由はない。
だから、昨日の夜から養成所に戻っているはず。
「彼の仲間がご家族についているようですよ。剣闘士の仲間もついているようでした」
剣闘士の仲間というとカエソーさんだろうか。
なんのかんのいって仲間思いなところがあるからな。
ナルキサスさんにお礼を言って別れる。
そうして、ウァレリウス邸の近くに帰ってきた。
一応、誰にもつけられないように気をつけて戻ってきている。
「これからウァレリウス邸へ入ります。ただ、1つ懸念点があります」
≫なんだ?≫
≫何が気になってるんだ?≫
「闘技会でウルフガーさんにアイリスだとバレたっぽいんですよね」
≫そうなのか≫
≫いつだ?≫
「対戦で勝利して戻るときです。観客席にいたウルフガーさんに知ってる人を見るような視線を向けられました」
≫気づかなかったな≫
≫気のせいということはないのか?≫
「気のせいならいいんですが……。気が重いですが、入るしかありません」
≫がんばれ≫
「はい。入ります」
私は、邸宅前の護衛の2人に「お疲れさまです」と言って入っていった。
庭に人はいない。
屋内では誰か掃除しているようだ。
ヴィヴィアナさんかな?
「おはようございます。フィリッパです。ただいま戻りました」
外から声を掛けると、足音がして扉が開かれた。
「フィリッパちゃん! おかえり!」
「ヴィヴィアナさん。ただいまです」
彼女の笑顔を見るだけでほっとした。
戻ってきたんだ、という気分になる。
「何か変わったことってありましたか?」
「うーん、特になかったよ。いつも通り」
ヴィヴィアナさんと話していると、エミリウス様とウルフガーさんが通りがかった。
「エミリウス様、ただいま戻りました」
「先生おかえりなさい!」
「ウルフガーさんもお疲れさまです」
「――ああ」
彼はそれだけ言って、私を静かに観察するよう見ていた。
やっぱり、剣闘士のアイリスだと疑われてるように思う。
「ウァレリウス様はいらっしゃいますか? 戻ったと直接ご報告したいのですが」
「いらっしゃる。私がお伝えしようか?」
「お願いします」
エミリウス様に、剣術の練習などのことを聞いているとすぐにウルフガーさんが戻ってきた。
「お会いになられるそうだ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、私はウァレリウス様の部屋へと向かった。
「フィリッパです。戻りました」
「入りたまえ」
「失礼いたします」
入るとウァレリウス様は書類を見ていたけど、私が入ると傍らに置いた。
「ご苦労だったな」
「おかげさまでなんとか無事に終えることができました」
周りに人はいないので、このまま話してもいいだろう。
今、防音の魔術を使うとエミリウス様やヴィヴィアナさんに気づかれるかもしれない。
「勝利したそうだな」
「運良く勝つことができました」
「はは。クラウスなどはかなり興奮していたな」
「光栄にございます。ところで、関連して気になることがあります」
「この場では自由に発言してくれ」
「ありがとうございます。実は、ウルフガーさんに私だと気づかれたようなのです」
「なに?」
「私も目が合ったときに反応してしまいました。まさか観客席にウルフガーさんがいるとは思わず。それでより確信を持たれてしまったと思います」
「うーむ、そうか」
「ウァレリウス様としては、素直に私がアイリスだと正直に述べた方がいいと思いますか? それとも、隠した方がよいでしょうか?」
「悩ましいな」
彼は腕を組んだ。
「ウァレリウス様個人としてはどう思われていますか?」
「私個人としては、明かした方がすっきりする」
「そうですか。では、明かしましょう」
「――いいのかね?」
「私も素直に話すのが良いと存じます。ウルフガーさんであれば、明かす明かさないに関わらず、同じように接してくれるとは思いますが」
「そうだろうな」
「ただ、私の正体を知る人が多くなると、どうしてもこの家に危険が及ぶ可能性は増えますがよろしいでしょうか? 私は敵も多いので」
「敵か。何をしたのだ?」
「何をしたという訳ではありませんが、妃陛下に憎まれていることが一番大きいですね。彼女の嫌がらせを全部はねのけて来た結果、敵が多くなりました。後悔はありませんが」
「君にしては珍しい物言いだな」
「不敬ですが、彼女は唯一、私が敵と思っている人物です」
「き、聞かなかったことにしよう」
「失礼いたしました。助かります」
「話を戻そう。ウルフガーに話すのはいつにするかね?」
「早い内がいいと思います。タイミング的には今すぐがいいと思うのですがいかがでしょう?」
「構わない。では、呼んでしまうがいいか?」
「はい。私が呼んでまいりましょう」
「ああ」
「では、少々お待ちください。失礼します」
言って、部屋の外へ出た。
空間把握で探ると、エミリウス様と2階の部屋で何か事務作業をしている。
すぐに移動し、エミリウス様に断りをいれ、ウルフガーさんを呼んだ。
「忙しいところすみません。私がお休みをいただいた2日間について、ウァレリウス様に報告いたします。ご同席していただけますでしょうか?」
「分かった」
ウルフガーさんを先行させ、ウァレリウス様の部屋へ戻る。
「失礼いたします」
ウルフガーさんが丁寧な礼で入っていく。
私もそれに続いた。
「来たか」
「参りました」
「では、フィリッパに報告させる。ここでの話は他言無用だ」
「――かしこまりました」
場が引き締まった。
さて、始まる。
今回は少し緊張するな。
「報告の前に1つお願いがございます」
私は2人を見た。
「私が右手を挙げた場合は誰かが近づいてきているということなので、話を中止していただけると助かります」
2人とも頷く。
さらに緊張感が増した。
特にウルフガーさんが一層引き締まった表情になる。
「では、最初に重要なことを話します」
一呼吸置く。
「私の本当の名はアイリスと申します」
ウルフガーさんの目が見開かれた。
目が合ったので頷く。
「ウァレリウス様へは以前からお話ししていました」
「なぜ私に?」
探るような声。
「疑惑を持ったまま不信感を抱かれるのが嫌だったからです。個人的な事情です。申し訳ありません」
彼は厳しい表情で何かを考えているようだった。
「――ウァレリウス様。彼女に質問してもよろしいでしょうか?」
ウァレリウス様と目が合う。
私は頷いた。
「構わない」
「話せることであれば正直に答えます」
「では、なぜこの家にきたかを答えてほしい」
答えにくい質問だ。
確信を突いてくるな。
「端的に申し上げると、ウルフガーさんを疑ってこちらで働き始めました。私は陛下の護衛を受け持つことがあります。護衛中に、陛下の食事に毒を入れていた人物が、こちらの邸宅へ入っていきました。そのことが発端です」
ウルフガーさんが黙った。
驚いているというより、私の発言を頭の中で確認している気がする。
「私の発言で、何か気になるところはありましたか?」
「――陛下の食事への毒という話は初めて聞く」
「毒が使われていたことはウルフガーさんは知らされていなかったということですか?」
「知らされてはいなかった」
「ありがとうございます。あと、話していく中で、1つ心にとどめて欲しいことがあります」
「どのようなことだ?」
「はい。私はウルフガーさんを責めるつもりもありませんし、罪を認めさせたい訳でもありません。末永く、ウァレリウス様の元で働いて欲しいと考えています。ただ、事実関係を確認したいだけなのでその点はお願いします」
「心にとどめておこう」
そう言うウルフガーさんの表情が、やわらかくなった気がした。
「ありがとうございます。あの男性とのやり取りの中で、ウルフガーさんはどこまでの役割だったのですか?」
「私は連絡役にすぎない。内容に関しては封の施された手紙にのみ記述されていた。私への指示とは別のものだ。あの男にはすぐに追加で補充するように連絡すると伝えて帰ってもらった」
「興味本位ですが、彼についてはどう考えましたか?」
「正直に話してみなさい。私もお前を責めるつもりはない」
ウァレリウス様のフォローだ。
助かる。
「承知いたしました。今回、食事に使うなどと言っていたため、貴族などに毒を盛っているのではないかと考えました」
「見当はついていたんですね」
「ああ。ただ、数年以上、かの者との連絡役をしていた。そのため、毒であることを確信を持つことはできなかった」
「毒殺なら短い期間で済んだと」
「その通りだ」
「毒は砒素という何年もかけて少しずつ身体を蝕むものでした。すでに私の友人が治療したので、陛下はかなり快復なされています」
「そういうことだったか」
「はい。元怪物ハンターの彼についてはどうお考えですか?」
「何者かを殺めようということは予想はついた。これまでの話からすると、依頼は陛下の暗殺だったということか」
「その通りです。ただ、暗殺には失敗し、彼は捕まりました」
「――捕まったか。姿すら見せずに仕事をするとの噂だったが」
「確かにそのような立ち回りでしたね」
「もしかして君が?」
「はい」
一瞬だけ驚いたあと、息を吐き、表情が穏やかになる。
「しかし、陛下の暗殺か……。元怪物ハンターというのは、ウルフガーが手を出すなと言っていた者のことだろう?」
「おっしゃるとおりです」
私が答えた。
「そんな者を捕らえて大丈夫だったのか?」
「ご心配ありがとうございます。特に怪我などはしておりません」
「なら良いが。しかし2日間でいろいろあったのだな」
「戻ってくることができ、ほっとしております」
「分かった。ウルフガーと話を続けてほしい」
「承知いたしました。ウルフガーさんは依頼者との繋ぎ役だったということですね。依頼者のことはともかく、依頼内容は知らなかったと」
「その通りだ」
「分かりました。考えていたより、ウルフガーさんが依頼そのものと関わりなさそうなことが分かりました。この話はここまでしたいのですがどうですか?」
「構わない」
「はい。では、ウルフガーさん側から私に聞きたいことはありますか?」
「ある。レオニスと戦ったことについてだ」
間髪入れずに聞かれた。
私の立場とかではないんだな。
「分かりました。話しますので、なんでも聞いてください」
≫そっちを聞くのか≫
≫よほどレオニスのことが気になってるんだな≫
「奴が強かったかどうかだ」
「正直にお話すると、私にとって脅威ではありませんでした」
「そう……、なのか。いや、そうか」
目に見えてショックを受けている。
「私はこれまで様々な戦いを経験してきましたが、本気で戦った人で強いと思ったのは剣闘士次席のゼルディウスさんと、暗殺集団『蜂』のモルフェウスさんです。そのときはたまたま勝利できましたが、次にまた勝てるかどうかは分かりません」
「『蜂』のモルフェウスだと」
「ご存じなのですか?」
「以前、『蜂』には手を出すなと聞かされた。特に長剣の双剣使い『死』はダメだと。確か名がモルフェウスだったはずだ。組織をいくつか壊滅させたと聞いている」
「そ、そうなんですね。あ、でもモルフェウスさんってこの間の闘技会に出てましたよ。猛獣刑でキマイラリベリと戦っていました」
「な!」
ウルフガーさんもさすがに驚いたみたいだった。
「猛獣刑? どういう経緯でそうなったのだ。捕まったということか?」
ウァレリウス様だ。
「はい。ご推察の通り、捕まったということです。私と親衛隊や友人たちと協力して、『蜂』の戦闘員の大半を捕らえましたので。そのときに彼は捕らわれました。『蜂』の皇帝と呼ばれたソムヌスを倒すときは彼に協力して貰ったんですが……」
「『蜂』の皇帝? 倒すとき? 嫌な予感がするが……」
「申し訳ありません。その予感は正しいと思います。ソムヌスを倒したのは私です」
聞いていたウルフガーさんが固まっていた。
「私はもう驚かんよ。君のそういうところには慣れてきてしまった。ウルフガー。ソムヌスはどういう男なのかね?」
「――名は初めて知りましたが、『蜂』の皇帝は恐ろしい男と聞いております。何者であろうと機嫌を損ねただけで家族諸共死体になると」
「そ、そんな人物か」
「彼がそう噂されていたことは知りませんでしたが、違和感はございません」
「今はどうしているのだ?」
「生きてはいるようです」
「そ、そうか」
≫倒した当人が言うと怖っ!≫
≫アイリスが一番やばい人物かもしれん≫
≫キレさせなければ大丈夫だから≫
≫まさにザ・日本人って感じだな……≫
≫ウァレリウス様、驚いてないか?≫
驚いているというよりドン引きされている気がする。
「話をレオニスさんのことに戻しましょう。よろしいですか?」
「あ、ああ」
「ウルフガーさんはレオニスさんのことで他に聞きたいことはありますか?」
「――2度目に剣を奪われたのはなぜだ? 1度目の時点では防いでいたように見えたが」
「あれは、人質を取ったと脅されていたからです。わざと剣を奪われた上でパンチで倒しました。ウルフガーさんのお陰です。ありがとうございました」
「礼には及ばない。人質は無事だったのか?」
「対戦前に知り合いの協力もあって助けることができました」
「それはよかった」
「しかし、そのレオニスは強いのだろう? なぜ人質をとる必要があったのだ?」
ウルフガーさんと目が合うが、彼は首を振った。
「元々、奴は慎重な男です。彼女の以前の戦いのことも当然聞いていたと思われます」
「以前の戦いというと、鉄製の巨人だったか。神話に出てくるような戦いだったとクラウスに聞いた」
「そうですね。円形闘技場を壊すほどでしたから」
「き、君はどうやって倒したんだ……」
「こう、空中と地面の両方から相手の武器をかなりの速度で打ち出すことで倒しました。説明は難しいのですが……」
「も、もういい。分かった。説明はいい。十分に伝わった」
ウァレリウス様が手を左右に振った。
許容量いっぱいにさせてしまったか。
「君の話を聞いていると、レオニスの話が小さく思えてくるな」
ウルフガーさんが独り言のようにつぶやく。
「知人が『化け物の領域』という言葉を使っていました。剣闘士次席の『闘神』ゼルディウスさんの前に相手として立てる人間はその領域にいるのだと。私もその言葉は同意するしかありません。そして、レオニスさんはおそらく、彼の前に立てないでしょう」
「弱いということか?」
「私なりの解釈では、人としての限界を超えてない感じです」
「人としての限界か」
「偉そうな言い回しですみません」
「いや、実績に裏付けされた言葉だろう。世界は広いのだな」
「君は人としての限界を超えていることになるが、そうなのか?」
気を取り直したウァレリウス様が聞いてきた。
「私自身に実感がある訳ではございません。他の方の判断に任せます。それと皆さんによく言われることなのですが、私は強くは見られないようです」
ウァレリウス様が改めて私の姿を見てくる。
「確かに強くは見えない。こう言ってはなんだが、か弱くさえみえる」
「承知しております」
「闘技会で戦いを実際に見たウルフガーはどうだ?」
「レオニスを倒した彼女と、今ここにいる彼女が結びついておりません」
「賊に襲撃されたときの彼女の活躍は見ているだろう?」
「魔術で賊を退けていたことは認識しております」
つまり、私は魔術の人という認識なのかな。
「ウルフガーさんさえよろしければですが、私と戦ってみますか? 傲慢な言い方になりますが、怪我などはさせません」
ウルフガーさんの空気が変わった。
でも、迷っている。
「どうした?」
ウァレリウス様が彼に声をかける。
「いえ……」
「ふーむ。お前さえよければ、彼女に合わせて休みを設けるがどうだ?」
ウァレリウス様がやさしく言う。
「機会をいただけるのであれば」
「もちろんだ」
2人とも互いを尊重している様子が見て取れる。
「私がお休みをいただける際となると、少々先になりそうですね。その時までにコモド流の道場を借りられないかお願いしてみましょうか?」
「思いつきだが、ウチの庭でというのは難しいのか?」
「ウァレリウス様のご提案は嬉しいのですが、私の素性が明らかになるとご迷惑を掛けるので避けたいというのが本音です」
「コモド流の道場では問題ないと」
「コモド流の総師範は私の正体をご存じです。また、道場には戦うための部屋がございます」
「なるほど。しかし、そのような部屋があるのだな」
「以前、カミラさんとお伺いしたときに使わせていただきました」
「ウルフガーも近い内に道場へ挨拶に伺う予定だったか」
「左様でございます」
「では、その際にフィリッパもついていきなさい」
わずかにウルフガーさんの顔が明るくなった。
「――ご配慮ありがとうございます。それまでに連絡を試みておきます」
そう言っておく。
「連絡? まさかそのような魔術があるのか?」
「いえ、夜の自由時間にソフィアと少し話をする予定がございます」
「あ、あまり無茶なことはしないようにな」
「かしこまりました。続けて話しておきたいことがあります。それとも別の機会の方がよいですか? ウルフガーさんのことです」
「ああ、今で構わない」
「ありがとうございます。ウルフガーさんに組織の連絡役を辞めてもらう件です」
2人とも頷く。
「ネブロさんに交渉していただける予定となっていますが、私たちも準備を行う必要がございます」
「準備といっても何から始めればよいのだ?」
「情報を集めることなどを愚考しております」
「なるほど」
それからは私がウルフガーさんに質問していく形で、情報をまとめていった。
まず、ウルフガーさんが属する組織は、レオニスが属する組織と対立しているということ。
力関係はレオニス側の組織の方が優勢であること。
あと、ウルフガーさんが、クルエンタス議員と似た人物と会ったかもしれない、とのことだった。
会った場所は、郊外の地下闘技場がある建物。
座っていたため、右足が悪いかどうかまでは分からないそうだ。
その郊外の地下闘技場は、私がゲオルギウスさんの家族を捜索していたときに立ち寄った場所と同じっぽい。
また、レオニス側の組織が皇妃と繋がっているかどうかは分からないようだった。
ウルフガーさん自身の組織に関しても、背後に権力者がいるかどうか、全く知らないらしい。
彼の恩人であろうユミルさんのことは聞かないでおいた。
「なぜレオニスという者の組織についても情報が必要なのだ?」
「申し訳ございません。私の事情です。彼の属する組織は、すでに私と敵対してしまっています。そのため、情報を集めさせてもらっております。何かあってもご迷惑を掛けるつもりはございません」
言うと場が凍った。
≫怖っ≫
≫1人で反社会組織と戦えると同義だからなあ≫
≫実績アリ≫
「こ、怖がらせる意図はありませんでした。申し訳ございません」
「い、いや、驚いただけだ」
「――ソキエタス・パトロニ。他の都市にも影響力を持つ大きな組織だ」
「ソキエタス・パトロニ。それがレオニスさんの後ろにいる組織の名前なんですね」
無言で頷くウルフガーさん。
よく覚えておこう。
そんな感じで、情報集めは終わる。
特に私にとっては有意義だった。
ウルフガーさんの背景もおおよそ共有できた。
何か変化があったら、お互いにすぐ情報を交換するということで決まって解散となった。
部屋を出て、着替えに向かう。
その間、頭の中で人や組織を整理した。
まず、ソキエタス・パトロニ。
当面の私の敵になるかもしれない組織だ。
レオニスの背後にいて、クルエンタス議員が組織の中で重要な地位にいる可能性がある。
この組織はゲオルギウスさんの家族を誘拐し、私を殺そうとした疑いもある。
他の都市にも勢力を持っている。
このソキエタス・パトロニと対立する組織が、ウルフガーさんの関係する組織。
こっちは皇妃と何らかの繋がりがある。
皇帝の暗殺に関係している可能性もある。
こちらも私の敵になるかもしれない。
そして、ウルフガーさんとの関わりを完全に断たせる必要がある。
まだ情報が足りないので、別でも集めた方がいいかも。
この手の情報なら、やっぱりナルキサスさんが詳しそうか。
さ、考えるのはここまでにして侍女見習いとしての仕事をしよう。
私は昼食の準備をしに、キッチンへと向かった。
「不在中、ご迷惑をかけました。また、よろしくお願いします」
挨拶をして、ワインを冷やす役割を担う。
「飲み物冷やすのって私にもできるかなあ?」
ヴィヴィアナさんが興味津々だ。
ずっと見てる。
「ごめんね。私がヴィヴィアナに出来ないか聞いちゃったからさ」
プリメラさんだ。
魔術が使えるようになったヴィヴィアナさんに、ワインを冷やすことができないか聞いたのだろう。
「興味があるならやり方を説明しますよ。ヴィヴィアナさんなら出来ちゃうかもしれませんしね」
「ほんと?」
「はい。風の魔術が落ち着いてきたらやってみましょう」
「楽しみ!」
プリメラさんもメリサさんも優しげに見てる。
穏やかな雰囲気だ。
その後、私は給仕も無事終え、午後は、ヴィヴィアナさんと魔術の練習をしながら掃除をした。
彼女の風の魔術は安定していた。
次の段階にいってもいいのかもしれない。
そして掃除の時間が終わり、私はエミリウス様の魔術の練習に向かうのだった。




