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竜のヒストリア ――ロドニスの子供たち――  作者: 文明開花
第一章 セリシウス監獄編
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監獄の闇



 切り落とされた腕の焼却係を押し付けられたオムレットは、一人、人気のない回廊を歩いていた。


 凹凸のある胸壁の向こうには、転落防止の柵すら設けられていなかった。飛び降りれば、確実に命を落とす高さだ。


 ――もっとも、そう簡単には死なせてもらえない。


 残念ながら監獄の周囲には、無数の魔術結界が張り巡らされている。身を投げた囚人は空中で捉えられ、無傷のまま監獄内へと引き戻される。


 それでも、身を投げ出す者は後を絶たない。死ぬことすら許されない場所。


 それだけ、この監獄は現世の地獄と言えるのだろう。


 「はぁ……貧乏くじを引いちまったもんだぜ」


 他人の顔色をうかがいながら刑務に勤しむよりマシかと、布で巻かれた腕を見つめる。


 その腕に生気などはなく、先ほどまで動いていたとは信じられないほど重く、冷たい「物」のようだった。


 「ずいぶん豆だらけの指だな」


 布の隙間から覗く手のひらに、オムレットは目が留まった。


 極悪人には似つかわしくない、働き込んだ指――なぜセリシウス監獄まで堕ちてきてしまったのか、彼がどんな人生を歩んできたのか、オムレットには想像もつかなかった。


 「……まあ、どうでもいいか」


 囚人の腕で肩を叩きながら回廊を進むと、中央の中庭から声が聞こえ、オムレットは足を止めた。


 「こんな時間に……サボりか?」


 回廊は中庭を囲むように高く巡り、鉄柵のない縁から下の広場を見渡すことが出来る。


 この時間は全ての囚人が刑務に従事しているはず。


 本来、この時間に中庭で油を売っている暇はない。


 しかしそこには、数名の男たちが亜人族の少女に言い寄る様子が見て取れた。


 人族、獣族、魚人族の三人――


 「アイツら……!」


 彼らが何をしようとしているのか、すぐに察しがついた。


 あれは、『愛人の勧誘』だ。


 このセリシウス監獄は性別に隔たりはなく、全て一つの監獄内に収容されている。


 理由は分からない。囚人であるオムレットには想像もつかったが、大きなデメリットが存在するのは確かだ。


 凶悪犯が蔓延る監獄内で生き抜くためには、いくつかの選択肢がある。


 一つ、強者であること。


 一つ、強者に従順であること。


 そして、最後に一つ。


 強者の性を受け止める受け皿に成り下がることだ。


 「やだやだ。見てられないぜ」


 これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。


 止めていた足を、再び焼却炉へと向けた。


 「…………」


 けれど、足はすぐに止まった。


 考えればわかるはずだ。


 他の囚人と問題を起こすメリットはオムレットにない。


 確実にだ。


 このまま誰にも見向きもされず、当たり障りなく平和に暮らすほうが、ずっと生きやすい。


 そうに決まっている。


 「チッ……」


 にもかかわらず、足は勝手に中庭へ向かっていた。


 オムレットは己の不合理さを苦々しく呪いながら、階下へ続く階段へと足を進めた。



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