監獄の闇
切り落とされた腕の焼却係を押し付けられたオムレットは、一人、人気のない回廊を歩いていた。
凹凸のある胸壁の向こうには、転落防止の柵すら設けられていなかった。飛び降りれば、確実に命を落とす高さだ。
――もっとも、そう簡単には死なせてもらえない。
残念ながら監獄の周囲には、無数の魔術結界が張り巡らされている。身を投げた囚人は空中で捉えられ、無傷のまま監獄内へと引き戻される。
それでも、身を投げ出す者は後を絶たない。死ぬことすら許されない場所。
それだけ、この監獄は現世の地獄と言えるのだろう。
「はぁ……貧乏くじを引いちまったもんだぜ」
他人の顔色をうかがいながら刑務に勤しむよりマシかと、布で巻かれた腕を見つめる。
その腕に生気などはなく、先ほどまで動いていたとは信じられないほど重く、冷たい「物」のようだった。
「ずいぶん豆だらけの指だな」
布の隙間から覗く手のひらに、オムレットは目が留まった。
極悪人には似つかわしくない、働き込んだ指――なぜセリシウス監獄まで堕ちてきてしまったのか、彼がどんな人生を歩んできたのか、オムレットには想像もつかなかった。
「……まあ、どうでもいいか」
囚人の腕で肩を叩きながら回廊を進むと、中央の中庭から声が聞こえ、オムレットは足を止めた。
「こんな時間に……サボりか?」
回廊は中庭を囲むように高く巡り、鉄柵のない縁から下の広場を見渡すことが出来る。
この時間は全ての囚人が刑務に従事しているはず。
本来、この時間に中庭で油を売っている暇はない。
しかしそこには、数名の男たちが亜人族の少女に言い寄る様子が見て取れた。
人族、獣族、魚人族の三人――
「アイツら……!」
彼らが何をしようとしているのか、すぐに察しがついた。
あれは、『愛人の勧誘』だ。
このセリシウス監獄は性別に隔たりはなく、全て一つの監獄内に収容されている。
理由は分からない。囚人であるオムレットには想像もつかったが、大きなデメリットが存在するのは確かだ。
凶悪犯が蔓延る監獄内で生き抜くためには、いくつかの選択肢がある。
一つ、強者であること。
一つ、強者に従順であること。
そして、最後に一つ。
強者の性を受け止める受け皿に成り下がることだ。
「やだやだ。見てられないぜ」
これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。
止めていた足を、再び焼却炉へと向けた。
「…………」
けれど、足はすぐに止まった。
考えればわかるはずだ。
他の囚人と問題を起こすメリットはオムレットにない。
確実にだ。
このまま誰にも見向きもされず、当たり障りなく平和に暮らすほうが、ずっと生きやすい。
そうに決まっている。
「チッ……」
にもかかわらず、足は勝手に中庭へ向かっていた。
オムレットは己の不合理さを苦々しく呪いながら、階下へ続く階段へと足を進めた。




